馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

6-12 探しのダイス

 紅玉の星ルビー・ステラの像の大体の修復は、それから一時間ほどで大体が完了した。
 想定していたより時間がかからなかったのは、スヴァジルファリのアドバイスのおかげだろう。彼が、どの欠片がどれと、というのを明確に指示してくれたため、悩む時間がほとんどいらなかった。
 さすが鍛冶のかみとも呼ばれる、紅玉の星ルビー・ステラのお遣いである。作業中にアナスタシア達が褒めると、彼は『えへん』と得意げになっていた。

――――しかし。

 あとちょっとで完成、というところにも関わらず、当のスヴァジルファリの表情は冴えなかった。
 それもそのはず、実は問題が一つ発生していたのだ。

『欠片、足りない……』

 スヴァジルファリは悲しそうに呟いた。そう、像の欠片が足りないのである。
 彼が見つめているのは紅玉の星ルビー・ステラの像の右手。そこにある大槌だ。
 実は、その大槌の一部が、どこを探しても見当たらないのである。
 倒れた時に、その部分だけどこかに入り込んでしまったのだろうか。
 うーん、と考えていると、

「……そう言えば、カイラルがいたと言っていたな」

 ライヤーが思い出したように呟いた。
 先ほど、イヴァンが言っていた話だ。像が倒れて、イヴァンが先生を呼びに行った時、すでにカイラルがそこにいたーーというアレである。
 その言葉から導き出される可能性に気付いたイヴァンが、ぎょっと目を剥く。

「ま、まさか、カイラル隊長が盗んだ……?」
「無い、と言い切りたいんだが……やはり俺には、あいつが親切心でそういう事をするようには、とんと思えないんだよな」
「経験ですか?」
「経験だ」

 アナスタシアが聞き返すと、ライヤーは神妙な顔で頷いた。
 彼が言うには、学生時代のカイラルもそんな様子だったらしい。逆に自分より立場が上の人間に対しては、率先して手を貸していたが、とも彼は言っていた。

「へぇー、っていうか、何かずいぶん分かりやすい行動を取りますねぇ。それ、誰も気づかないんですか?」
「半々だな。そういう立ち回りは上手いんだよ。あと、自分によくしてくれたり、メリットがある相手を、人は庇うからな」
「騎士であり貴族である人が庇うのが、真っ先に自分とはこれいかに」
「お嬢さんは本当にすっぱりしているな」

 ライヤーが苦笑交じりに言う。
 そんなやり取りを聞きながら、イヴァンは顎に手をあてる。

「……だけど、像の欠片なんて盗んで、何の意味があるんだろう」
「んー、意味というか、効果はあるんですよ、たぶん」
「効果?」

 ロザリーが答えると、イヴァンは首を少し傾げる。聞き返した彼に、ロザリーは「はい」と頷き、解説するように人差し指をピンと立てた。

かみさまの像には、それぞれが司っているものに関するご利益がある、と言われているんですよ」
「ご利益ですか。それってもしかして、ユニちゃんの祝福のようなものですか?」

 アナスタシアの頭に、仲良しのユニコーンの顔が浮かぶ。ロザリーはこくこく頷いた。

「そうです、そうです。それと似たような感じです、お嬢様!」
星教会ステラ・フェーデでよく使われている言葉だな。真剣に像へ祈ればかみさまの助けが与えられますよ、という」

 ロザリーの言葉を引き継いで、ライヤーがそう続ける。
 実際に、そういう話も世の中にはあるらしい。
 琥珀の星アンバー・ステラの像に、取引が無事済むように祈った商人が大成功を収めたり。
 瑪瑙の星アゲート・ステラの像に、将来は騎士になれますようにと祈った子供が騎士となったり。
 そんな話が、ちらほらと存在する。
 ただ、それらは本人や周囲の努力によるものがほとんどなので、真偽のほどは定かではない。
 運が良かった、あたりはそうかもしれないが、あくまでお伽話のような、そんなふわっとしたものだ。
 しかし、

「実際にかみさまが降りると聞くと、あながち間違いでもなさそうだな」
『自分のために真剣に祈ってくれる相手を好ましく思うのは、人だけじゃないから。でも、ほんのちょっとの後押しくらいだよ』
「そうなんですか?」
『うん。何でもかんでも手伝ったら、世の中の均衡が崩れるって』
「すごく聞き覚えのある言葉が」

 アナスタシアは螢晶石の事を馬から教わった時に、同じ言葉を言われている。
 もしかして、あの方法ってその辺りから出たものなんじゃないだろうか。
 この辺りはあまり深く考えない方が良いかもしれない。
 広めない、という馬達との約束は、とにかくしっかり守ろうと、アナスタシアは改めて決意した。

「そうか、かみさまが降りるなら、像はその御力――魔力に染まるって事ですか?」
『うん、そうだよ。それで合っているよ』
「あ、なるほど! 効果って、像の欠片に籠った魔力の事か!」

 合点がいったらしく、イヴァンはポンと手を叩く。

紅玉の星ルビー・ステラは、鍛冶と火のかみ。なら、効果を発揮するのは……」
「はい。武具の類でしょう」

 イヴァンの言葉に、アナスタシアは真面目な顔で頷いた。
 するとロザリーがサッと青褪める。

「まさか、あの人がさっき言っていた最終調整って、そういう……」
 
 もし本当に欠片を持ち去ったのがカイラルであれば、目的は奉納試合だ。
 奉納試合の武具は、相手になるべく怪我を負わせないよう、念入りに補強や調整が入っている。魔法や魔法道具による補助ももちろんだ。
 そこに紅玉の星ルビー・ステラの像の欠片で、強化なんてしたら。

「シズさんが危険ですね」
『あと、紅玉の星ルビー・ステラが泣いちゃう。せっかく自分達のための奉納試合なのにって』
「泣いてしまうとどうなるんですか?」
『雨が降って、この周辺の剣とか、その類が錆びやすくなるよ』
「わあ」
「マジか……」

 ひくっとライヤーが頬を引き攣らせる。色んな意味で危険な状態になりそうだ。
 ひとまず、今のところカイラルが一番怪しい。けれど、問い詰めても彼が素直に話すとは思えないし、先入観で考えていても事実を見落とす可能性がある。
 とりあえず今できる事は、欠片を探す事だ。アナスタシアは肩から提げていた鞄に手を突っ込んだ。

「奉納試合まで時間がありますので、今から欠片を探しましょう」
「そうは言うが、アナスタシア。トーナメントが始まっていても、競技場前はまだ人でにぎわっていると思うぞ。あの中で探すのは、ちょっと難しいと思うんだが」
「大丈夫です、そのために、これを使います!」

 イヴァンに向かってにっこり笑うと、アナスタシアは鞄から発明品を取り出し、ぺかー、と掲げて見せる。
 それは薄桃色をした、七面のダイスだった。
 アナスタシア以外の全員がきょとんとした顔になった。

「ダイス?」
「はい、こちら『探しのダイス』です。探しものを念じながら振ると、そこへ案内してくれるんです。執着の水晶をメインに使いました」
「エグいものが素材になってるう……」

 発明品の説明をすると、ロザリーが目を剥いた。
 『執着の水晶』とは、呪術の媒介としてよく使われる素材だ。色はこのダイスより濃い桃色で、見た目こそ綺麗だが、ちょっと厄介な性質を持っている。
 水晶と名前がつくが鉱石ではなく『ジェム・アルミラージ』という、群れで行動するウサギのような中型魔獣の角である。アルミラージはとても執念深く、一度危害を加えた相手を延々と追いかける習性がある。そんな事情で、ジェム・アルミラージは出来れば出会いたくない魔獣ランキングに、よく名前が挙がっていた。
 
 その習性が、そのままその角――執着の水晶の『一度狙ったら地の果てまでも追いかける』というような性質となっていた。
 まぁイメージはともかくとして、つまり効果時間を長く、効果範囲を広くするのに最適な素材なのである。
 それと他の素材を幾つか組み合わせて出来上がったのが、この『探しのダイス』だ。

「では、始めますね」

 頭の中で紅玉の星ルビー・ステラの像の欠片を思い浮かべ、アナスタシアは探しのダイスを振る。
 ころころ、と地面に転がったダイスは『Ⅱ』と書かれた面で止まった。

「やっぱり近いですね」
「お嬢さん、この数字の意味は何だい?」
「時間です。ダイスの速度で二分くらい。――――走ります!」
「え?」

 ライヤー達が聞き返したとたん、ダイスはふわりと浮かび上がり、すごい速さで空中を飛び始めた。
 それを追いかけ、走り出すアナスタシア。僅かに遅れてライヤー達がそれに続いた。

『わあん、待って、待って』

 スヴァジルファリも慌ててそれを追いかける。ドシドシ、と腹に響く振動を立て、石の馬は走る。
 そんな様子にすれ違った者達がぎょっとするのが見えたが、気にしている暇はない。
 探しのダイスは速度を落とさずぐんぐんと進んでいく。

 そうして進んだ先にあったのは、トーナメントに出場する騎士達の控室だった。

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