馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

6-7 騎士団長の隊の騎士


 『物』が壊れるというのは、よくある事だ。
 意図的かどうかはともかくとして、それ自体は珍しい話ではない。どんなに頑丈に作っても、大事に扱っていても、それはいつかは壊れる。
 アナスタシアが螢晶石で作り出した素材から出来た魔法道具もそうだ。本物とよく似た違うもの、あれは過程が過程だけに、本物より早く壊れる。
 大事なのは手入れをしたり、壊れたら正しい知識や方法で直す事だ。
 手が施せなくなるくらい壊れてしまう、その前に。



 グナーデシルト騎士学校の競技場には厩舎がある。
 この国で陸路を移動する際の主流となっているのが馬車や馬だ。競技場は各種行事で使用され、またそれに合わせて来客も多い。なので馬を休ませる場所が必要なのである。騎士学校で世話をしている馬達が休む場所は言わずもがなである。そして厩務員として世話をするのも、騎士学校の生徒だ。
 まぁそんな理由で、この競技場には厩舎があった。

 その厩舎付近に、アナスタシア達の目的の物が置かれているらしい。
 例の壊れた紅玉の星ルビー・ステラの像である。イヴァンの話では、その像は一次的に、競技場前から厩舎の近くへと移動されたそうだ。
 大勢が集まる中、目立つ場所に壊れた像があるというのは、少々問題があったのだろう。

「なるほど。紅玉の星ルビー・ステラの像は、今は厩舎の! 厩舎の近くにあるんですね!」
「あ、ああ。さすがに目立つから、あのまま置いてはおけなかったんだ」
「厩舎近くのチョイスは素晴らしいと思います。ええ、とても」
「そ、そこまで安心感があるだろうか……?」

 イヴァンとそんな話をしながら、アナスタシア達は競技場の廊下を歩いていた。
 馬と厩舎と聞いて、アナスタシアのテンションはぐんぐん挙がっている。スキップでもしそうなくらいウキウキだ。 
 そんなアナスタシアを見て、イヴァンは相当困惑していた。

「アナスタシアは、このような感じだったろうか……」
「うーん、会った時からこうだったと思うが」
「そうですねぇ。あたしの時もこんな風でしたよ」

 イヴァンの疑問に、ライヤーとロザリーははっきりとそう答えた。
 こうだったらしい。確かに自分を偽った事はないので、アナスタシアも頷いた。

「はい。今も昔もこんな感じですよ」
「いや、だが、もう少し弱……大人しかった気がする」
「弱そうと言われかけた気が」
「き、気のせいだ」

 アナスタシアがツッコミを入れると、イヴァンは慌てて首を横に振った。
 まぁ、弱そうと思われていても、アナスタシアは別に構わないのだが。
 ただアナスタシア自身、別にそれほど大人しくなかったような、とは思っている。イヴァンから「鍛えてやる」と追いかけまわされた時だって、アナスタシアは平気な顔でよく撒いていたからだ。
 ちなみにその逃げ方や撒き方は、馬から教わった技術である。

『身長の低さを利用して、物陰にサッと入って、相手の視界から外れるのがコツよ』

 との事である。実践してみたら、これがなかなか上手く行ったものだ。
 思い出してアナスタシアが「フフ……」と笑っている内に、厩舎へ到着した。

 厩舎の付近には、馬の世話役で生徒や、馬の様子を見に来た騎士が数人いるくらいだった。
 馬の匂いや声を感じながら、アナスタシアが落ち着くなぁなんて思っていると、青鹿毛あおかげの馬――騎士団長の愛馬であるアドリエンヌの姿が見えた。
 彼女の前には、紺色のマントを纏った女性騎士の姿がいる。歳は二十代前半、シズと同じくらいだろうか。アドリエンヌから女性に向けられた眼差しには、親しそうな雰囲気が感じられる。
 アナスタシアが見ていると、

「あれ、エルケじゃないか」

 と、ライヤーが騎士に声をかけた。するとエルケと呼ばれた女性がこちらを振り向く。
 ふわふわとした柔らかそうな薄茶の髪が揺れた。彼女はライヤーを視界にとらえると、

「あっライヤー隊長! お久しぶりです!」

 と、大きく手を振った。アナスタシア達がそちらへ行くと、彼女は朗らかに笑う。

「ああ、久しぶりだ。君は騎士団長と一緒に来たのか?」
「はい! 隊長もジョストの見学ですか? 今日はシズ君が出ますもんねぇ」

 エルケはどうやらシズとも知り合いらしい。
 彼女はそこまで話すと、自分を見上げているアナスタシアに気が付いた。

「こちらは隊長の妹さんですか?」
「いや、レイヴン伯爵家のお嬢さんだよ。後ろは屋敷の使用人のロザリー。それから……イヴァンの事は知っているな?」
「あ、レイヴンの」

 エルケの目がそれぞれの顔に順番に向けらられる。表情に変化はなかったが、なるほど、と小さく呟いている。

「アナスタシアお嬢さん。彼女はエルケと言ってね、騎士団長の隊の騎士だ。シズの同期なんだよ」
 
 その流れで、ライヤーがアナスタシアにそう紹介してくれた。

「初めまして、エルケさん。アナスタシア・レイヴンです。よろしくお願いします」
「こちらこそ初めまして、アナスタシアさん。エルケ・ドロッセルと申します!」

 アナスタシアが挨拶をすると、エルケも胸に手を当ててそう返してくれた。
 明るくて優しそうな印象の人である。陽だまりのような笑顔に、アナスタシアはふっと母の事を思い出して、少し懐かしくなった。

「それで、エルケはどうしたんだ? 団長はもう試合会場に行っているぞ」
「はい。先ほど、この子を厩舎に戻ったと伺ったので、様子を見に来たんですよ」

 ライヤーの質問に、エルケはアドリエンヌの首に手をそっとあて、そう答えた。
 アドリエヌを見上げれば、彼女は『あなた達、大丈夫?』と声をかけてくれた。アナスタシアが頷いてみせると、スヴァジルファリも少し不安そうな顔ではあったが『うん』と答えている。
 するとアドリエンヌは優しく目を細めた。それを見てエルケが目を丸くする。

「あら、アドリエンヌが優しい顔をしてる。珍しいですね、初対面の相手はもう少し警戒するのですが」
「うふふ、うちのお嬢様は馬に好かれやすいですからねぇ」
「ああ、それはあるな。そこの子も、お嬢さんにだけは懐いているし」

 エルケの言葉を聞いて、ロザリーとライヤーはスヴァジルファリに目を向ける。

「それは良いですね! 騎士にぴったりの才能ですよ! ……って、そう言えば、先ほどから気になっていたのですが、もしかしてその子が騒ぎになっていたガーゴイルですか?」
「ああ。ガーゴイルではなく、スヴァジルファリという名前の馬だそうだ。紅玉の星ルビー・ステラの遣いらしい」
「へぇー、かみさまの!」

 ライヤーの説明に、エルケは目を輝かせてスヴァジルファリを見た。
 石の馬は、ぴ、と身体を振る合わせると、アナスタシアの背中に隠れてしまう。まぁ、大きいので姿は丸見えだが。

「あらら、怖がらせちゃいましたか」
「いや、誰に対してもこの調子だから、もともと臆病なんだろう」
「なるほど、そうなんですか。アドリエンヌだけじゃなく、そんな馬にも懐かれるなんて、アナスタシア様はすごいですね!」
「まぁ馬だからなぁ」
「馬?」

 ライヤーがそう言うと、エルケは首を傾げた。ちなみにレイヴン伯爵家絡みでは割と日常会話になっているが「馬だから」で通じるのは一部の人間だけである。イヴァンもよく分からないといった顔をしていた。
 さて、そんな話をしていると、

「騎士隊長ともあろう者が、子供のお守りか。よほどザルツァ隊は暇と見える」

 と、刺々しい言葉が飛んできた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品