馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

6-6 スヴァジルファリが現れた理由


「ふぅむ、なるほど。紅玉の星ルビー・ステラの遣いか」

 石の馬をしげしげと見ながら、ドミニクはそう言った。
 スヴァジルファリの事を説明すると、意外な事にドミニクは、直ぐに納得してくれたのだ。
 どうやら彼も、自分の愛馬の様子から、石の馬が魔獣や危険種の類ではないのだろうとは思っていたらしい。
 そして、そんなドミニクが「危険はない」と周囲に宣言してくれた事もあって、ひとまず物々しい雰囲気は収まった。
 アドリエンヌもそれを見て安心したのだろう、

『では、私達は先に戻るわね』
『えっ? 戻ってしまうの?』
『フフ、もう大丈夫でしょう。アナスタシア。この子の事をよろしくお願いするわね』

 そう言って、他の馬達と共に、その場を離れて行った。向かう先は厩舎だろう。軽快な蹄の音を立てながら、彼女達は去って行く。
 スヴァジルファリだけは、彼女達の後ろ姿を見ながら不安そうな顔になっていた。
 彼はアナスタシアのそばにぴたりと引っ付いて、

『アナスタシア、アナスタシア。ここにいてね、一緒にいてね。どこかへ行かないでね』

 と必死に訴えた。アドリエンヌの言葉もあってか、すっかり懐かれてしまったらしい。
 馬から頼られるのは嬉しいものである。アナスタシアはにこにこと笑って「はい、大丈夫ですよ」と答えた。

「さて、スヴァジルファリと言ったか。何故ここへ現れたのだ?」

 馬達がいなくなると、ドミニクは早速、スヴァジルファリにそう質問した。
 石の馬はびくびくしながらも、

『…………紅玉の星ルビー・ステラの像が、壊れてしまったの。それを直して欲しくて……』

 と話してくれた。アナスタシアはそれをドミニクに伝える。

紅玉の星ルビー・ステラの像が壊れてしまって、直して欲しかった、と言っています」
「競技場前のあれか。確か先日、落雷のせいで破損したと聞いたが……そうだったな、イヴァン。其方が見たのだろう?」

 ドミニクは思い出すように顎をさすって、イヴァンの方へ顔を向けた。

「あ、は、はい。そうです! 像に雷が落ちて、その衝撃で落下してしまって。それで……」

 急に話を振られたイヴァンは、あたふたしながらそう答えた。
 その言葉に、シズとロザリーがぎょっと目を剥く。

「うわ、それ本当に人に落ちなくてよかった……」
「ひええ、自然の力って怖い……」
「ですねぇ。兄様、近くにいたんでしょう? 無事で良かったですね」
「え?」

 二人の言葉に同意しつつ、アナスタシアは何気なくそう言った。
 するとイヴァンは僅かに首を傾げる。

「な、何がだ?」
「怪我が無くて何よりです」
「へ!? あ、いや……そ、そう、だな……」

 イヴァンは素っ頓狂な声を出し、しどろもどろになりながら頷く。
 そんなに驚かれるような事を言っただろうかと、アナスタシアも首を傾げた。
 普通の会話のつもりで話しかけたのだが、驚かれてしまったようだ。人間との会話はやはり難しいものである。
 なんて事をアナスタシアが考えていると、

「しかし、あの像か。調べたいが、トーナメントの時間が押しているので、どうしたものか……」

 と、ドミニクが懐中時計を取り出して「ううむ」と唸った。
 招待客はすでに競技場の外で待っている。冬の寒さは和らいできたと言えど、冷える事は冷えるのだ。いつまでも屋外で待たせておくわけにはいかない。
 ちなみにここも外気に触れる場所ではあるのだが、座席などにクッションを置いたり、希望者にはひざ掛けを用意したりと、寒さ対策は取られている。
 なので外にいるよりは競技場に入ってもらった方が良いのである。

「でしたら、皆様がトーナメント準備をしている間に、私がこの事一緒に像を見てきます」

 アナスタシアがそう提案すると、ドミニクは目を丸くした。

「其方がか?」
「はい。物作りは好きなので、直す事もそれなりに。ただ石像の修理は未経験ですし、そもそも本職の方には敵いませんので、状態を調べるくらいになるでしょうが……」
『ボクが手伝うから大丈夫だよ。直そう、直そう』

 するとスヴァジルファリが嬉しそうに頬を摺り寄せてきた。石みたいにざりざりしているけど痛くない、不思議な感覚である。

「アナスタシア嬢、痛くないか? 大丈夫か?」
「大丈夫です。スヴァジルファリさんが直すのを手伝うから、と言っていました」
「そうか、それならば……。うむ、よし。ローランド、この子に任せても構わないか?」
 
 ドミニクは少し考えた後、ローランドに聞いた。どうやらアナスタシアも、今のスヴァジルファリの様子や先ほどの馬の一件で、少し信用されているらしい。

「……そうですね。アナスタシアならば可能でしょう」

 ローランドはそう答えると、ライヤーとロザリーの方へ視線を移す。

「ライヤー、ロザリー。アナスタシアと一緒に頼めるか?」
「はい、承知しました」
「もちろんですともっ」

 ライヤーとロザリーは笑って力強く頷いてくれた。
 そうしているとイヴァンが、

「……僕も行っても良いだろうか?」

 と言った。予想外の申し出に、その場の者達の視線が集まる。

「兄様はジョストの方は大丈夫なのですか? お仕事とか」
「ああ。僕はトーナメントには出場しないし、何よりお前の案内役が僕の仕事だ。放っておくわけにはいかない」

 おや、意外。アナスタシアは心の中で独り言ちた。
 お役御免と言わんばかりに放り出されると思っていたが、そうではないらしい。
 彼の申し出に、ローランド達も見定めるような目をイヴァンに向けていた。
 どういう風の吹き回しかーーなんて失礼な感想を頂きつつ。案内してくれるならば、それはそれで有難い。
 なので、

「はい、ではよろしくお願いします。イヴァン兄様」

 アナスタシアがそう言うと、イヴァンは少しだけホッとした顔で「ああ」と頷いたのだった。

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