馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?
6-4 グナーデシルト騎士学校
それから四日後の冬の祝祭の当日。
気持ち良く晴れた空の下、アナスタシア達は王都に来ていた。
騎士学校で行われるジョストのトーナメントを見学するためである。
同行しているのはローランドとシズ、ライヤーに、それからロザリーだ。
レイヴン伯爵領から王都までは移動に時間がかかるため、昨晩は王都の宿で一泊している。ロザリーが同行したのはその辺りが理由だったりする。
その宿は、貴族が利用する宿らしく外観も内装も、貴族の邸宅と遜色ない造りとなっていた。
調度品やカーテンなどは、そのどれもが流行に合わせて入れ替えられているらしい。もちろんここで働く従業員達の装いもだ。
諸々の費用はかかるが、流行の最先端を行くからこそ、貴族達からは人気があるのだそうだ。ここに来れば、王都の流行を知る事が出来る、と。料理やサービスはもちろんの事である。ロザリーは「一生かかっても泊まれない宿だわ……すごい……」と感動の面持ちで呟いていた。
ちなみにここの経営者はローランドの友人らしい。あいにく多忙で会う事は叶わなかったが「風変わりだが良い奴だ」と言っていた。機会があれば、挨拶してみたいものである。
そんな事を思い出しながら、アナスタシアは馬車に乗っていた。騎士学校へ移動するためだ。アナスタシアの膝の上には『何かあった時用』の発明品がしっかり詰まった鞄が乗せられている。膨らんだ鞄を見て、内容を聞いたローランド達は若干引いていたが。
馬達も宿でしっかり休めたためか、足取りが軽快だ。気分も良いらしく、アナスタシアの耳に馬の鼻歌のようなものが届く。
馬が楽しいのは何よりだ。アナスタシアがフフ、と笑っていると、窓の外を見ていたロザリーが、
「それにしても、王都ってほんっとお洒落ですよねぇ」
と言った。確かに、とアナスタシアは思った。
自分達が泊まった宿だけではなく、街の雰囲気や人の服装も、レイヴン伯爵領の雰囲気と違う。
それに……。
「ですねぇ。馬の皆さんも、背負ってらっしゃる鞍のデザインが、それぞれ違いますし」
「ここに住んでいる者達は、平民でも裕福層が多いからな。自然とそうなるのだろう」
「なるほど……」
頷きながら、そう言えばとアナスタシアは騎士達の方を見た。
お洒落と表現すると少々語弊があるが、シズとライヤーの装いもふだんと違っている。
二人は騎士団の制服の上に、ザルツァ隊を示す緑色のマントを羽織っている。諸々の式典に参加する際の騎士の正装がこれなのだそうだ。内容や指示によっては、鎧になる場合もあるらしい。
そんな事を思い出している内に、アナスタシア達を乗せた馬車は目的地へと到着した。
クライスフリューゲルにある、騎士などの武官を目指す者達の学び舎――グナーデシルト騎士学校だ。三百年という長い歴史を持つこの学校は、レイヴン伯爵領の初代領主アーサー・レイヴンも通っていたらしい。
ジョストのトーナメントが開催されるのは、学校の敷地内に作られた、円形の競技場だ。そこでは様々な催しが行われる他、普段は学生達の訓練にも利用されている。
馬車は騎士学校の門付近で停まった。他にも何代か馬車が連なっている。
窓からひょいとそちらを見れば、門の周辺には腕章をつけた騎士学校の生徒の姿があった。彼らは御者に、ここで降りて欲しい旨を話しているようだった。
アナスタシア達もそのまま馬車を降りる。
「今年も学生達、頑張っているな。お嬢さん、あの子達の腕、見えるかい?」
「はい。腕章をつけていますね」
「あれが今日のトーナメントにおいて、担う役割を示しているんだ。案内役は白、警備役は赤だ。とりあえず、その二つを覚えておくと良いよ」
「なるほど……分かりました!」
教えてくれたライヤーに、アナスタシアは大きく頷く。
案内役は白と聞いて、アナスタシアは辺りをきょろきょろと見回す。自分の案内人はイヴァンだ。ならば、たぶんこの近くにいるだろう。
そう思っていると、
「申し訳ありません! 競技場内で少々トラブルが発生しております! 確認しておりますので、今しばらくお待ちください!」
と、騎士学校の学生達の声が聞こえてきた。
「あら、お嬢様。何かあったみたいですよ」
「本当ですねぇ」
何だろう、とロザリーと揃ってそちらを見ていると、
「ジョストの当日に珍しいなぁ」
とシズが呟いた。
「と言いますと?」
「ほら、来賓を招くからね。特に冬の祝祭のジョストは、いつも以上に注意を払っているんだよ。俺が学生だった頃も、当日はすごく緊張したっけなぁ」
懐かしそうにシズは言う。ローランドとライヤーも同意するように頷いた。
「まぁ、気を付けていても、トラブルは起きるものだからな」
「そうですね。ただ、競技場内というのが気になります。あそこの警備は厳重になっているはずですし」
一体何が起きているのか。そんな話をしていると、こちらに近づいて来る靴音が聞こえた。
顔を向けると、そこには見知った顔がある。
「……来たか、アナスタシア」
やや硬い声でアナスタシアの名を呼んだのは、レイヴン伯爵家の次男イヴァンだった。
白い腕章をつけた彼は、複雑そうな顔でアナスタシアを見下ろしている。
イヴァンの登場に、騎士達が少し警戒したのが分かった。ロザリーなんてちょっと威嚇している。
アナスタシアは何と返せば良いか迷ったが、とりあえず、
「こんにちは、イヴァン兄様。ご招待頂き、ありがとうございます」
と挨拶をした。
するとイヴァンは驚いた様子で目を見開いて、
「あ、ああ。……その、よく、来たな。――――ローランド監査官や皆様も、その……お久しぶりです」
と、ぎこちなく頭を下げた。
彼の態度に、アナスタシアは「あれ?」と思った。失礼な言い方になるが、もう少しぞんざいな態度を取られると思っていたからだ。
アナスタシアの記憶にあるイヴァンは、もっと気が強く、ぶっきらぼうな態度を取る人間だった。
しかし目の前の兄からは、そういう気配は感じられない。もっと言えば元気がないようにも感じられる。
ローランド達も同じように思ったのか、意外そうな顔になっていた。
謹慎している間に何かあったのだろうか。
兎にも角にも、今のイヴァンとなら落ち着いて話が出来そうだ。そう思ったので、アナスタシアは何が起きているのか聞く事にした。
「イヴァン兄様、トラブルと伺いましたが、どうしたのですか?」
「ああ、それは……」
イヴァンは答えて良いものかと少し思案した様子だった。
彼はローランドに視線を向けてから、周囲に注意しつつ、
「競技場内に奇妙なガーゴイルが出現したんだ。今、その対処に追われている」
と、小声でそう教えてくれた。
ローランドが「珍しいな」と呟いた。
ガーゴイルとは石の身体を持った魔性の一種だ。
石像等に強い魔力が宿った事で、意志を持ち、ガーゴイルに変化する。閉塞的な古い遺跡に生息している事が多く、こういった明るい場所へ出てくる事はほとんどない。
ちなみに強い魔力が籠っているので、倒して得られる素材は、なかなか良いものだったりもする。
「この辺りって、出るんですか?」
「いや、ないな。昔は、王都近くの山の山頂にある遺跡に出たらしいが」
ふむ、とローランドは腕を組む。
「出現したのも不可解だが、そもそも奇妙なというのが気になるな。具体的にはどのような風にだ?」
「形がちょっと……その、馬のような形をしていて……」
「馬?」
馬と聞いて、イヴァンを除いた全員の視線がアナスタシアに集まった。
アナスタシアは一人「馬!」と目を輝かせていた。それは実に見てみたいものである。
だが、トラブルの原因となっているガーゴイルを、嬉々として「見たい!」と言うのは、さすがのアナスタシアも出来なかった。いくら図太くても、そこは一応、弁えているのである。
「馬の形か。それもそれで珍しいが……数は?」
「一匹です。あと、様子を見る限り、敵意らしいものも感じられません」
「ふむ。ならば討伐自体はそう難しくはないな」
「いえ、そうなんですが……実は問題がもう一つありまして」
「何だ?」
「他の馬達が、そのガーゴイルを守るように立ち塞がっていて。ジョストに出場する馬達も混ざっていて、どうにもならなくて……」
「ガーゴイルを馬がか? それはまた……」
馬が危険な相手を守るとは、これはもまた奇妙な話だった。
馬達は賢い。そこに危険があれば、不用意に近づいたりはしないはずだ。
それが近づくどころか守っているなんて、何か理由がありそうである。
「しかもガーゴイルを討伐しようとすると、馬達が怒ってしまって。なので手が出せないんです。今、対策を練っている最中で……」
イヴァンは困り顔でそう教えてくれた。
彼の話を聞いて、アナスタシアは『ピーン!』と良いアイデアを思い付いた。
馬も困っていて、皆も困っている。つまり。
「これはもしや……お役立ちの時では?」
そう、役に立てるチャンスである。アナスタシアはバッとローランドを見上げた。
「いささか不安ではあるが、馬だからな……」
「そうですよ、ローランド様! 馬と言えばお嬢様です!」
「馬相手なら確かになぁ」
「お嬢さん、馬のスペシャリストみたいな感じだもんな……」
それぞれ微妙に違う反応をされたが「馬ならばアナスタシア」という考えは一致していた。
承諾とも取れる言葉を貰って、アナスタシアも「おまかせを!」とやる気ばっちりだ。
「イヴァン兄様、競技場の方へ入れて頂いても良いでしょうか?」
「いや、それは」
「この騒動を収束するために、一つ試してみたい方法がある」
アナスタシアの言葉を補足して、ローランドが話す。
イヴァンは怪訝そうな顔で首を傾げたが、
「……分かりました、ローランド監査官がそう仰るなら。こちらです」
と言って歩き出した。
アナスタシア達はお互いの顔を見て頷きあうと、その後に続いたのだった。
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