馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

閑話 林檎のお裾分け

 しんしんと雪が降る日。
 ライヤーがレイヴン伯爵邸へやって来ると、ロザリーとガースが食堂で正座させられていた。
 二人の近くにはアナスタシアもおり、椅子に座ってココアを飲んでいる。
 何だこの状況。そう思いながら、ライヤーは三人に近づいた。
 
「あ、ライヤーさん。こんにちは」
「こんにちは、アナスタシアお嬢さん。そこの二人は何で正座しているんだい? 星教会ステラ・フェーデの修行?」
「ロザリーさんとガースさんが喧嘩をして、マーガレットさんに怒られた図です」
「図とか言うな」

 ライヤーの疑問に答えるアナスタシアに、ガースが半眼になった。
 どうやら修行でも何でもないらしい。怒られたと聞いて、ライヤーは呆れた顔で二人を見た。
 ロザリーとガースは「足がしびれるぅ……」なんて、若干涙目で呟いていた。一体いつから正座させられているのだろうか。

「また喧嘩したのか。今度の理由は一体何なんだ?」

 喧嘩するほど仲が良いとはいうものの。仲の良さはともかくとして、この二人はよく喧嘩をしている。
 大体はくだらない事が多いが、さて今回の理由は何なのか。
 そう思いながらライヤーが聞くと、

「いや、それが聞いて下さいよライヤーさん。林檎です」

 と返って来た。
 林檎とは秋に実る甘い果実だ。そのまま食べても良し、料理しても良し。ちゃんと保存すれば、そこそこ長持ちする果物で、ライヤーも好んでいた。
 だが喧嘩の理由が林檎とは、一体どういう事なのだろう。

「林檎がどうしたんだ?」
「実は今朝、ロッド商会のサイモンさんが、たくさん貰ったからとお裾分けに来てくれまして。それでハンスさんがどんな料理にしようか考えていたら、そのまま焼くかパイにして焼くかで二人が喧嘩になりました」
「すごくどうでも良い理由だったな……」

 アナスタシアの言葉を聞いて、ライヤーは心底そう思った。
 ちなみにライヤーだって、以前にロザリーと目玉焼きに何をかけるか論争をしていたりする。そんな事などすっかり忘れて、ライヤーが肩をすくめると、

「あたしはパイがベストだと思うんですよ。あのこんがりとした焼け具合と言ったら! ねぇそう思いませんか、ライヤーさん?」
「馬鹿言うな、焼き林檎だろ。オーブンから出した時のテンションが上がるのは、断然、焼きだ。そう思うでしょう、ライヤーさん?」

 なんて二人から話を振られてしまった。
 俺に振るな、と思ったが、その二択だと悩ましい。
 ううむ、と唸ってアナスタシアを見ると、

「私はジャムも捨てがたいです。ハンスさんはカレーに入れても美味しいですよって!」

 なんて返って来た。選択肢が増えてしまった。
 それを聞いたロザリーとガースは「伏兵……!」と慄いている。
 すごくどうでも良い。
 まぁ、料理の手段はともかくとして。それよりもライヤーには気になる事があった。

「しかしロッド商会か。お裾分けとは珍しい。何か企んでいるんじゃないか?」

 そう、そこである。ロッド商会とは以前にひと悶着起こっている。ホロウの件だ。
 あの後は特に問題なく、それなりの関係を保っていた。
 だがここに来てお裾分けとは、一体どういう風の吹き回しだろうか。
 するとアナスタシアは笑って、 

「サイモンさんも『大丈夫、何も企んでいませんから!』と言っていましたよ」

 と言った。思わずライヤーは苦笑する。

「自覚があったんだなぁ」
「みたいですねぇ。まぁ、企む人はみんなそういう事を言いますけれど。今回のロッド商会に関しては、大丈夫だと思います。ノエルさんも落ち着いていましたし」

 ノエルというのはサイモンの娘の宝飾品職人の事だ。
 彼女は商人の娘と言うには素直な性格で、考えている事が顔や態度に出るタイプだ。
 なので何かやましい事があればすぐに分かると、アナスタシアは言う。

「なるほど。それじゃあ、単純な厚意って奴か」
「そうですね。あ、でも、今回はお裾分けのお裾分け、みたいな感じだと思いますよ」
「お裾分けのお裾分け?」
「はい、ヴァルテール孤児院への。どうもサイモンさん、孤児院へよくお裾分けに行っているみたいですから」

 これは意外だった。
 もともとロッド商会は、高価な宝飾品を取り扱うため、顧客のほとんどは裕福層だ。
 だから宝飾品をそれほど必要としない者達と、積極的に関わるようにライヤーには思えなかった。
 確かにホロウの一件で、サイモンとヴァルテール孤児院の間には縁は出来てはいたが、まさかそれが続いているとは。
 少し驚きながら、ライヤーは当時の事を思い出す。

「……そう言えばサイモン、焼き芋パーティーがだいぶ気に入ってたみたいだったな。確か、二回目も企画するって言っていたっけ」
「はい。予定が合えば、私も参加したいです!」
「監査官の許可が下りたらね」
「大丈夫です、ローランドさんも乗り気でした!」
「監査官ッ!」

 返って来た言葉にライヤーは思わず頭を抱えた。
 確かにローランドは意外と、こういう催しが好きなタイプだ。
 今まではそれを表に出す事がなかったので、親しい人間しかその事を知らないが、レイヴン伯爵領へ来てからは時々ではあるが、素直に欲求を口に出すようになった。
 アナスタシアや屋敷の雰囲気が、ローランドにとって居心地が良いものであるからだろう。

 まぁ少々、素直になり過ぎている気もするが。

 子供は周囲の人間の影響を――とは言うものの、別にそれは子供だけではない。大人だってそうだ。
 素直な感情表現をするアナスタシアやシズが傍にいると、自然とそうなってしまうのだろう。
 そこまで考えてライヤーは、ふと、この場にシズがいない事に気が付いた。

「ところでアナスタシアお嬢さん、シズはどこにいるんだい?」
「シズさんは……」

 ライヤーが聞くと、アナスタシアは窓の方へ顔を向ける。
 そして何か言いかけた時、

『シズさん! 私と決闘を! ユニさんをかけて私と決闘をしてください!』
「しーまーせーん! いい加減諦めろって、コシュタ・バワー!」

 ……屋敷の外からそんな声が聞こえて来た。
 ほぼ同時に、窓の外を走るシズと首無し馬の姿まで見える。
 ライヤーは半眼になった。

「……あれは、何かな」
「馬の皆にも林檎を持っていったんですが、その時にユニちゃんがコシュタ・バワーさんよりシズさんの方が格好良いと言いまして」
「うん……?」
「その結果、ああなりました。朝から追いかけ回されていて止められなくて。冷えるので中に入っていてね、とシズさんから言われたので、これこの通り」

 ああなりました、じゃないのだが。
 どうやらアナスタシアは、正座させられた二人に付き合っているわけではなかったようだ。
 喧嘩、とはまた違うが。内でも外でも賑やかな事である。
 本当にこの屋敷の雰囲気は、貴族のそれとは違っていて、温かくて賑やかで。
 ここにいるとローランドが肩の力を抜ける気持ちも分かるなと思いながら、

「平和だなぁ」

 なんてライヤーは呟いたのだった。

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