馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

5-16 エピローグ 騒ぎが絶えない伯爵家

 この国は、十二の月で一年を、かみさまに準えて区切っている。
 金の星ゴルド・ステラとその眷族が一、二、三、四の、冬から春にかけての月。
 銀の星シルバ・ステラとその眷族が五、六、七、八の春から夏にかけての月。
 そして銅の星コパ・ステラとその眷族が、九、十、十一、十二の秋から冬にかけての月だ。

 その十二の月の終わりと、新しい月の始まりは、なかなか忙しかった。
 そんな事を思いながら、アナスタシアは馬小屋に設置したテーブルの上に小さいの額縁を見た。
 数は二架。それぞれに入っているのは、先日フランツと撮った念写紙と、後でシズ達と皆で撮った念写紙だ。
 見ていると何だか嬉しくなってアナスタシアはほんわりと笑顔になる。

 あの事件から二日経った。
 テレンスが起こした騒動は、ナイトメアが消失した事により、終息した。
 彼についてはまだ取り調べが行われている最中で、その目的や動機、協力者の存在などはまだはっきりしない。
 だが、ひとまず。
 ――――ひとまずは、何とか落ち着いた。眠らされていた誰も、深刻な状態になっていない。
 フランツも無事に目覚めて、アレンジーナと共に屋敷に滞在している。あと数日はここで過ごす予定だ。
 そう言えば、とアナスタシアはフランツがオーギュストと出会った時の事を思い出して、小さく笑う。
 目覚めてオーギュストを見たフランツは、

「は……伯父上……? 伯父……? え、あの……え? これは、どういう……?」

 なんて、とても驚いていた表情をしていた。

『アナスタシア、良い事があった?』

 そんな事を考えていたら、ユニコーンのユニが頬を摺り寄せてきた。
 柔らかくて、あたたかい。アナスタシアは「はい、色々と」と素直に答え、ユニの顔を手で撫でる。

『そちらは騒ぎが絶えないね』

 その様子を見ていたフローズンホースがそう言った。

「そうですね。でも、普段はもっと穏やかですよ?」
『半年の内に、色々あったと聞いたけど?』
「うっ」

 ツッコミを入れられ、アナスタシアは言葉に詰まる。
 言われてみると確かにと、ここ最近の色々がアナスタシアの頭の中に蘇る。
 ローランド達が来て、知り合いが大勢で出来て、フランツとも交流するようになって。
 ずっと変化のない日常であったのに、不思議なものだ。
 そして、ずっと会いたかった人にも、声だけだったが会う事が出来た。

(……お母様)

 夢だったのか、本物だったのか。それは今も分からない。
 けれど――――心の中にずっと残っていた寂しい気持ちが、少しだけ和らいだ気がした。
 目を閉じて、あの夢の中で聞こえてきた声を思い出していると、馬小屋の扉が開いた。

「ああ、やはりここだったか」

 入って来たのはローランドだ。

「ローランドさん、どうしました?」
「少しな。今、大丈夫か?」
「はい」

 どうやら用事があるらしい。
 アナスタシアが立ち上がり、ローランドの所へ歩み寄る。

「何でしょう?」
「ああ。新しく雇う事になった者がいてな、君に紹介をしに来たんだ」

 そう言うとローランドはひょいと、誰かに道を譲るように横に避けた。
 このタイミングで珍しいなとアナスタシアが思っていると、突然、白色の薔薇の花束が目の前に差し出された。
 驚いて、目をぱちくりするアナスタシア。
 顔を上げると、薔薇の花束の向こうに服装や髪型を整えたオーギュストの姿があった。

「伯父様?」
「はい、伯父様です。……改めて、今日からここで働かせてもらう事になった、オーギュスト・レイヴンです。よろしくね」

 オーギュストはそう言うと、片目を閉じて笑った。

「びっくりした?」
「はい、とても。どうしたんですか?」

 アナスタシアが聞くと、オーギュストは「うん」と頷く。

「プリメラを助けてくれたお礼がしたくてね。幸い、一通りの教育は受けているし、一応これでも情報収集は得意な方なんだ。で、そちら方面で是非にと、ローランド君に売り込んだんだよ」

 にこにこ笑顔を浮かべるオーギュストに、ローランドが若干呆れた目を向けた。

「雇ってくれるまで意地でも動かないと、頭を下げたまま扉の前に張り付いた人間が良く言う」
「はっはっは! いやぁ、持つべきものは話の分かる上司だなぁ!」

 そう言うと、オーギュストはローランドの背を片手で叩く。ローランドは若干嫌そうだ。
 それからオーギュストは片膝をつき、アナスタシアに視線を合わせる。
 優しい表情はそのまま、少し真面目な雰囲気を纏わせて、

「アナスタシア。僕はどうしようもない伯父だけど、出来る限りで君の力になる。どうか僕に、恩を返させてくれ」

 と言った。その姿に一瞬、アナスタシアは父親が重なって見えた。 
 不思議な感覚だ。少しだけ照れながら、アナスタシアは「よろしくお願いします!」と答える。

「――――などと言っているが、資金が底をついたから、働き先を探していたのもあるそうだぞ」
「あっ何でバラすんだい、ローランド君!? 今、ちょっと良い話だっただろう!」

 ぎょっとして、大慌てでオーギュストは立ち上がる。
 そう言えば食い逃げしていたな、と思い出し、アナスタシアがくすくす笑っていると、

『ほら、やっぱり騒ぎが絶えない』

 フローズンホースが、やや呆れた声で、そんな事を呟いたのが聞こえてきたのだった。


第五章 END

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