馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?
5-14 多勢に無勢とは言いますが
作られた囮魔法達は、形が出来たとたんにシズとライヤー目掛けて襲い掛かって来る。
テレンスの作り出した囮魔法達は精巧だった。
そのどれもが違う動きをして、違う表情を浮かべている。
本体は、その中にすうと混ざり込んだ。
一度その集団の中に紛れてしまえば本体を見つけるのが難しいほどに、それらは見事に『テレンス』だった。
時折、アナスタシアにも魔法による攻撃が向けられる事があったが、オーギュストやホロウが防いでいる。ホロウはともかく、オーギュストも難なく、という言葉が相応しいあたり、マシューの言っていた言葉は本当なのだろう。
「……ここまでの囮魔法は、通常ならばあり得ない」
剣と剣とが打ち合う音が響く中。
透明化して魔法陣を消す作業をしているローランドの呟きが、近くで聞こえた。
精巧な動作を囮魔法にさせる場合、集中を要するため、普通ならば一体か、出来て二体が限界だ。
しかしテレンスの場合は違う。十数体の囮魔法を出現させ、バラバラに操っているのだ。
「恐らく、あれも死霊術の応用でしょうな」
ホロウもそう言った。
「死霊術ですか?」
「自分の魂を切り取って、それを使って囮魔法を作ったのだろうね」
アナスタシアが聞き返すと、ホロウの言葉を引き継いで、オーギュストが補足してくれた。
囮魔法とは、自分とそっくりな分身を作って操る魔法だ。
先日のクロック劇場の件で見た氷で作られた 囮魔法のように、基本は一体か二体が限界である。
だがその限界を取り払う方法があると、オーギュストは言った。
それが『死霊術』だ。
自身の魂を使って囮魔法を作る。すると繋がりが強くなるのだ。より本体に近くなり、動かすのも容易になる。
まさに分身だ。もう一人の自分のように、その囮魔法は五感すら持つ。
しかし何の代償もなく、そんな事はできない。
魂を使う事、それは『命を削っている』のと同意語だ。
魔力なら休めば回復する。しかし魂はそうではない。使えば使った分だけ減ったまま、決して元には戻らない。
(――――命懸けの)
テレンスがどうしてそこまでするのか分からない。
彼にどんな理由や、事情や、背景があって、命を懸けて行動しているのか、察するにはあまりに情報が足りなすぎる。
だが、それでも。
軽薄な言動とは裏腹に、彼がそうまでしてもこれを成し遂げたいのだという事は理解した。
――――だからと言って、彼の行為は許容できるものではない。
アナスタシアは鞄に手を入れ、中から馬の形をした、青色のガラス細工を取り出した。
手のひらに乗るくらいの小さなものだ。よく見れば、関節部分につなぎ目がある事が分かる。
アナスタシアはそれを両手に乗せると、フッ、と息を吹きかけた。
するとガラスの馬は光を放ち始め、
「行って」
アナスタシアの言葉と同時に、硝子の馬は地面に降り立ち。
テレンスの囮魔法に向かって駆け始めた。
そしてそのまま、辺りを走り回って囮魔法の足を引っかけては転ばせていく。
「何―――ーっ何だ、これ!」
テレンス達が、揃ってぎょっと顔色を変える。
何だ、と問われれば、アナスタシアの作った発明品だ。
先日のクロック劇場の時に、フローズンホースが使った魔法を参考に、作ったものである。
名付けるならば『劇場の氷馬』と言った所だろうか。
足元からの予想外の攻撃に、数体の囮魔法が倒れる。
精巧な囮魔法達の動きが、その『予想外』で本体が受けた動揺に連動する。
一体、二体だけに注力出来れば、繊細な動きは出来るだろう。
けれどそれが複数だったらどうだ。人は同時に多くの物事をこなせない。数は増えるにつれ、こなす行動が複雑になるにつれ、必ず綻びが生まれる。
いかに動かすのが容易となっても、動かしている人間は一人だ。
そして一瞬でも、僅かなズレでも、騎士達は見過ごさない。
シズの剣が。ライヤーの剣が、ほぼ同時にテレンスの囮魔法を貫く。
どろりと解けて消える囮魔法。その体に残った魔力の粒子が、器を求めて術者の元へ返っていく。
それを追ってシズとライヤーは走る。
だが本体もただ黙っているだけではない。
彼が素早く呪文を唱えると、その両腕にバチバチと、光の茨が纏わりつく。テレンスはその腕の手で拳を作り、雪で覆われた地面を殴りつけた。
茨が、速度を上げて、雪を飛ばしながら地面を這う。縦横無尽に駆け巡るそれが通った後に、細かな目の光の網が作られた。
「罠! 雷の茨だ!」
ローランドの声が聞こえた。ナイトメアの魔法陣を消しながら、ローランドが発動の兆候を見せる魔法の罠を看破する。
雷の茨。その網が張った箇所を踏んだ対象を雷で貫き、拘束するタイプの魔法だ。テレンスがレイヴン伯爵家の門番に使って見せたものより、高度な魔法である。
その言葉を受けて、ホロウが姿を現した。そして槍を構え、光の網に向かって投げる。
槍が罠の仕掛けられた地面に突き刺さったとたんに『雷の茨』が発動した。
バチバチと音を立てて、ホロウの槍に茨のような光の戒めが巻き付く。
その脇をシズとライヤーが走り抜ける。
複数の囮魔法を掻い潜り、魔力の粒子が向かう先へ。
その先に本体がいた。
「くそッ!」
もう紛れる事は不可能。
そう判断したテレンスは囮魔法達を一斉に二人に飛び掛からせ――目の前で消滅させた。
その一瞬、視界がどろりとした液体で覆われる。
目くらましだ。
それを見てアナスタシアが二人に叫ぶ。
「シズさんライヤーさん、踏ん張って!」
言うが早いか、アナスタシアは鞄から取り出した『風の扇』を振り下ろす。
そこから発生した突風が、液体を吹き飛ばし二人の視界を確保する。
クリアになった目の前ではテレンスが剣を向けるところだった。
ガァン、
と金属がぶつかる鈍い音が響く。
シズの剣がテレンスの剣を受け止めた。
「多勢に無勢は卑怯じゃねぇかい! ええ、騎士様よう!」
「どの口が言うのかな、それをさ!」
鬼気迫る様子で口の端を上げてシズとテレンスがギチギチと押し合う。
そこへライヤーの剣の柄が振り下ろされた。
避ける事も出来ず、テレンスの腕から嫌な音が響く。
苦痛に顔を歪めてテレンスは剣を取り落とし、そのまま地面に膝をつく。
その眼前にシズが剣の切っ先を突きつけた。
「テレンス・ワード。お前を拘束する」
テレンスは苦々しくシズを見上げ、
「…………くそ」
小さく、そう吐き捨てるように言って仰向けに倒れ込んだ。
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