馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

3-20 失敗は成功の星


 アナスタシア達が港へ到着すると、そこではトリクシーやジャック達が船の出港準備をしている所だった。他にも漁師風の大人達の姿も見える。
 ジャックはアナスタシア達に気が付くと、ニヤリと口の端を上げた。

「おや、アナスタシアお嬢様。それにシズさんまで『蜂の巣』とご一緒の所を見ると……バレましたか?」
「ジャックさんよ、バレてなくてもバラす前振りだぜ、それはよう」
「ハハハ」
「フフ。砲台の方はヘルマン町長と一緒にローランドさん達が向かっています」
「それはありがたい! うちはカレンや、商会の者を向かわせています。玉の手配も出来ていますから、それほど時間は掛からないでしょう」

 軽快にジャックは笑う。こういう笑い方も出来るのだなぁとアナスタシアはしみじみ思った。
 そんな話をしていると、そこへトリクシーが跳ねてくる。そしてアナスタシアに飛びついた。

「アナスタシア! アナスタシア! 何よう、来たの? 来ちゃったの? あなた、なかなか勇敢ね!」
「やったー! 褒められました!」
「喜ばれたわ!」

 そしてお互いに飛び跳ねてハイタッチ。出会ってそんなに時間は経っていないが、歳が同じな事もあって気が合うらしい。
 きゃいきゃいと楽しそうな二人を見てガースは肩をすくめた。

「おたくのお嬢様元気ですね」
「その『おたく』に、今は君も含まれているんだけどね」

 そう返されて、ガースが驚いた顔になる。
 どうやら照れたらしく「そ、そうですか」と慌てて顔を反らした。
 ウィリアムはカラカラ笑い、

「まー、仲が良いのは何よりだ。さあて、それじゃあ船を出すぞ!」

 と大きな声で言った。その言葉に周囲の動きが早くなる。
 アナスタシアもトリクシーに「こっちよ!」と手を引かれ、シズがそれを追いかけて言った。
 ガースはもそれに続こうと一歩足を踏み出した時、不意にジャックと目が合った。
 一瞬戸惑って、それでも。
 それでもガースは、軽くでも頭を下げて行こうとするとジャックが、

「少しはマシな顔になったじゃないか」

 と笑って一言、そう言った。
 思わずガースの背筋が伸びる。
 ガースは「はい」と小さく返すと、アナスタシア達を走って追いかける。
 そして彼が乗り込んで程なくして、船は出航した。



 海に出ると、その海面にぽつぽつと危険種の頭が見えていた。今のところは魚のようなものがほとんどだ。
 アナスタシアはその中に、シーホースの姿も見つけた。
 シーホースも協力してくれているようだ。
 彼らは海都から出航した船に気が付くと、天に向かって吼える。すると船の周りが、水色の淡い光で覆われる。
 シーホースの祝福だ。
 確かウィリアムは『水難避け』と言っていた。

「いいか、野郎共! 危険種を一匹たりとも海都へ上げるんじゃねーぞ!」

 ウィリアムの号令に、仲間達が力強く答える。
 そして船の上からクロスボウや銛、そして大砲などで危険種を倒し始めた。
 中には甲板に飛び上がってくる危険種もいたが、シズが迅速に対処している。
 それを見てウィリアムは口笛を吹いた。

「はー、伊達に騎士様ってんじゃねぇなぁ」
「ハハ、そいつはどーも!」

 明るいやり取りを交わす二人。
 その近くではアナスタシアが螢晶石をこねては、火精石を作り出しひょいひょいと加工していた。
 このどさくさだ、アナスタシアがやっている事も目立ちはしないだろう。
 しかし何かやっていれば気にはなるもので、近くでクロスボウをやっていたガースが、不思議そうに目を向けた。

「アナスタシアお嬢様、何をしているんです?」
「失敗を作り出しています」
「また訳の分からない事を……」

 呆れたように言うガース。そんな彼に向かって、アナスタシアは作っていたものを差し出した。
 クロスボウの矢に火精石を取り付けたものだ。 
 何だこれ、とガースが目を丸くする。

「試しにこれ、撃ってみてくれませんか?」
「これをですか? って、うわ、ちょっと重……これ、変なものじゃないですよね?」
「はい、大丈夫です!」
「たぶん大丈夫大丈夫!」
「ダブルで信用できない笑顔がきた……外れても文句言わないでくださいよ!」

 アナスタシアとシズの根拠のない笑顔に、不信感半分でガースはクロスボウを装填する。
 そしてとりあえずと、海面の危険種めがけてその矢を撃つ。
 しかしやはり増えた重さの分、狙いは逸れてしまった。
 矢はバシャッと音を立てて海に落ちる。
 ガースが苦い顔で、

「重さで狙いがつけづら……」

 と呟いたとたん。
 クロスボウの矢は爆発し、落ちた場所から水しぶきが上がった。
 呆気にとられるガースを他所に、アナスタシアとシズは「やった!」とそれぞれの拳を合わせて喜んでいる。

「ななな何ですか、アレ!? 何で爆発したんです!?」
「失敗作の完成品です!」
「意味が分からない!」

 本当に意味が分からないようで、ガースは叫ぶ。
 そんな彼にシズは苦笑する。

「うん、いつもの! いつものだから気にするな、ガース! 今回はそれで成功だよ!」
「こんなに言葉に統一性のない成功は初めてですよ!」
「まぁまぁお気になさらず。でもこれなら、祝祭の火が来るまで多少の代わりになると思います。ですので、どんどん外して構いませんよ! 水さえかかれば爆発しますから!」
「そう言われて外すだけってのは芸がない。当てますよ、多少はね!」

 自棄糞気味にそう言うガースに向かって、アナスタシアはひょいひょいと量産した矢を渡していく。
 火精石で加工した矢は、半分当たりで半分外れほどの命中率だったが、想像以上に危険種に効果があった。

「ヒュウ! 良い感じじゃねぇの、お嬢様!」
「ガースさんの腕も良いので!」
「命中率が悪いと言われているようでちょっと腹立ちますね!」
「実際に悪いしさ!」
「覚えてろ、シズさん!」

 賑やかなやり取りをしながらも、一匹、また一匹と危険種は減っていく。
 海底から上ってくる数は減らないが、上陸させないくらいには何とか守れているようだ。
 もうそろそろ、祝祭の火の準備も整うだろう。
 これなら、と誰もが思った。

 その時、突然、海面が大きく揺れた。

 普通の揺れ方ではなかった。
 咄嗟にシズがアナスタシアを抱える。
 そのまま揺れに耐えていると、船の前方で徐々に海面が競り上がってきた。

「何だ!?」

 全員の注目が集まる。
――――現れたのは巨大なシーサーペントだった。 

「おいおい、マジかよ……」

 それを見てウィリアムが、頬をひくつかせて呟いた。

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