馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?
3-7 黄色の花が咲く丘で
レイヴン伯爵領は他の領地と比べると町が多い。
主となる都だけでも領都クロックボーゲン、古都アーチボルト、海都レインリヒトと三つあり、それ以外にもロンドウィックなどの村が幾つか存在している。
その理由は初代のレイヴン伯爵が国王の護衛騎士であった事に関係している。
初代レイヴン伯爵――アーサー・レイヴンは、クライスフリューゲルの国王に仕える騎士だった。
アーサーは身分こそ低いものの、優れた馬術・槍術の腕前と気さくな人柄で、多くの部下や国民から好かれていた。
王の護衛騎士として、どんな時も王に付き従っていた。学生からの友人であった二人は、身分を超えた親友であったと伝えられている。
二人は仲間と共に戦場に立ち、国を守り続けた。
そして王となった時、彼はアーサーの腕を見込んで頼んだのだそうだ。
この国を守るために危険種の多い土地を治めてくれないか、と。
アーサーはその頼みを快く受けた。しかし彼の予想以上に、その土地には危険種が多く生息していた。
そうした危険種への対処法として、アーサーは自分の部下たちを各地へ派遣し拠点を作り、周辺の敵を倒すという手段を取った。
その時に騎士達が拠点としていたのが、今のレイヴン伯爵領にある街や村である。
領都クロックボーゲン以外のほとんどは、そうして出来たものだ。
―――と、そんな話をアナスタシアは、海都へ向かう馬車に揺られながらローランドから聞いた。
「初代の伯爵は、馬とは長い付き合いだったのですね」
「最初にその感想が出てくるのが君らしいな」
馬の話題で食いついたアナスタシアに、隣に座ったローランドが小さく笑う。
「お嬢様は本当に馬が好きなんですね」
と、目の前のロザリーもくすくすと笑う。その隣ではガースが興味のなさそうな顔で窓の外を眺めていた。
ガースはそのまま視線を向けずにボソリと、
「どんなに初代が立派でも、それが今ではこんな体たら……ぐえっ」
そう言いかけて、ロザリーに肘打ちされていた。
ガースは涙目でロザリーを睨み、
「てめぇ、ロザリー……」
「あんたは一言も二言も多いのよ」
フン、とロザリーに鼻を鳴らされていた。
ロンドウィックの一件があっただけに、この二人の仲はあまり良くない。
かといって険悪というわけでもなく、今のやり取りくらいである。
それをたまにアナスタシアがなだめたり、ローランドが諫めたりするくらいだ。
さて、そういった状況で、領都の屋敷を出発してから数時間。
アナスタシア達は海都に向かって移動してる最中だった。
馬車に同乗しているのはアナスタシアとローランド、ロザリーとガースの四人。その外で馬に乗ったシズとライヤーが馬車を警護しながら進んでいる。
最初はガースを同乗させる事にシズとライヤーの二人が難色を示したが、
「何かあれば瞬時に沈められるので問題ない」
などとローランドが物騒な事を言ったのが決め手になった。
手段は聞いていないが、恐らく魔法かなぁとアナスタシアは思っている。
ちなみにロザリーも「呪いますから!」などと、似たり寄ったりの事を力いっぱい言っていた。
話を聞いたガースは「雇われたんだから、別に何もしませんよ……」と若干青ざめていたが。
そんなアナスタシア達を乗せた馬車は、まもなく海都が見えてくるであろう丘へ差し掛かった。
見晴らしの良いその丘には、黄色の花がそよそよと風に揺れている。秋に咲くハルモニアという花だ。
アナスタシアが馬車の窓から花を眺めて視線を動かしていくと、遠くの方に海都の街並みが見えてきた。
あれが海都レインリヒトである。
海都レインリヒトは白い壁と、色の違うカラフルな屋根の建物が特徴の港町だ。
まだ小麦の粒ほどの大きさだが、港の辺りにはたくさんの船が停泊しているのも見える。
初めて見る海と、白い壁、そして鮮やかな屋根のコントラストに、アナスタシアは目を輝かせる。
「うわあ、綺麗ですねぇ」
「あの屋根の色は船乗りが海に出た時に、自分の家がどこにあるかを見つけるための目印なのだそうだ」
「海に出た時にですか?」
「ああ。家が見えれば、何があっても帰らねばという気持ちになるだろう?」
そう言いながらローランドも窓の外を見る。そして少しだけ目を細め、
「……しかしこの時間にしては、やけに港に船が多いな」
と不思議そうに言った。その言葉にガースも港の方に目を遣って、
「……確かに多いですね。今ならもう、海に出ているはずの時間だ」
と同じ感想を口にした。
海都にはカスケード商会の本拠地がある。そこの幹部だったガースが言うならば、確かにそうなのだろう。
そうなの、とロザリーも身を乗り出して海の方を見る。
目を細めて見つめたロザリーは、
「何か……馬っぽいものが見えますね」
と言った。
馬、と聞いてアナスタシアも目を凝らす。
しかし船は見えども馬らしきものの姿はどこにもなかった。
「ロザリーさん、馬がいるんですか?」
「ええ、海に。あたし、目は良いんですよ」
ロザリーは人差し指で自分の目を指して言った。
馬と聞いて居ても立ってもいられないのはアナスタシアだ。
ソワソワし出したアナスタシアに、ローランドは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「……まだ時間は問題ないな。見に行ってみるか?」
「はい! 馬、気になります!」
「君は本当にブレないな」
ローランドは苦笑すると、小窓を叩いて御者を呼び、港に向かうように頼んだ。
それから今まで覗いていた窓を開けてシズとライヤーにも声をかける。
了解です、と明るく答える二人の声が聞こえてくる。
「海に馬かぁ……」
アナスタシアは独り言のように声を漏らす。
そう言えば、昔、馬からそんな馬の話を聞いた事があったなぁ。
その話を思い出しながら、アナスタシア達を乗せた馬車は港に向かって行った。
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