馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

3-2 トロッコって何ですか?


 爆発の事情聴取のようなものが終わったあと。
 アナスタシアは休憩に入ったローランドとライヤーと一緒にお茶をする事になった。
 今日はミルクティーとクッキーだ。アナスタシアは少し甘め、ローランドとライヤーは甘さ控えめである。
 マーガレットに淹れて貰ったミルクティーを飲みながら、アナスタシアがほんわりとした気分になっていると、

「それでアナスタシア、例の贈り物は、どこが上手くいっていないんだ?」

 とローランドが聞いてきた。
 ヴァルテール孤児院へ贈る予定の簡易式暖炉(仮)の事だろう。
 アナスタシアはティーカップをテーブルに置くと、

「熱の関係ですね。火精石の温度調整の仕組みが、なかなかうまくいかなくて」

 と答えた。
 火精石で温度を上昇させる仕組みまでは簡単だったが、ちょうど良い温度で留めておくというのが意外と難しかったのである。
 その辺りの仕組みを弄ったり、新しい素材を増やしたりと色々試してはいるのだが、なかなか上手く行かず――というのがここ最近の爆発の原因であった。
 アナスタシアの話を聞いたローランドは、ふむ、と顎に手を当てる。

「火精石か……以前に聞いた話では、確か水を吸い上げて熱に変換させる仕組みだったな。火精石は温度を上げるのは簡単だが、留めるという面では、やや難しいだろう?」
「はい。じゃじゃ馬のようだねと、馬のみんなも言っていました」
「それは馬が言う言葉なのか……?」

 思わずライヤーが真顔になって、そう呟いた。
 相変わらず馬の思考は謎である。
 ローランドも同じ事は思ったが、さすがに慣れ始めたようで「まぁ馬だからな……」と軽く頷いた。
 納得の仕方がアナスタシアの言動に対しての感想と全く同じである。その事にライヤーは気づいたが、敢えて何も言わずにミルクティーと一緒に飲み込んだ。
 遠い目をしながらミルクティーを飲む部下に、ローランドは疑問符を浮かべたが、直ぐに話を戻す。

「それならば、そうだな。火精石の調整が難しいならば、それ自体を変えてみるというのはどうだ?」
「別の素材にですか?」
「ああ。例えばサンストーンや火とかげの鱗、スノーフレイム……ふむ。火精石には劣るが、ひと部屋を暖めるくらいであれば、スチームジェムも良いのではないか?」
「スチームジェムですか?」

 ローランドの提案にアナスタシアは目を瞬いた。
 スチームジェムとは初めて聞く名前だとアナスタシアは身を乗り出す。

「ローランドさん、どんなものなんでしょう?」
「スチームジェムは、水に浸けると蒸気を発する鉱石だ」
「蒸気?」
「スープを煮るときに出てくる湯気みたいなものかなぁ。結構温かいんだよ」

 アナスタシアの疑問にライヤーが答える。
 蒸気とは水などの液体が蒸発した時に発生するものだ。
 話を聞きながら、アナスタシアは目を輝かせた。確かにそれならば、アナスタシアが目指さんとしているものと性質が同じ方向だ。
 火精石をどう調整するかに集中していたせいで、どうやら視野が狭くなっていたらしい。
 上手く行かなければ素材を変える、やり方を変える、見方を変えるは、大事な事であったのに、うっかりしていた。
 とたんに視界が開けたような気持ちになったアナスタシアは、 ぐっと両手の拳を握る。

「素敵です! ちなみに参考までに、本来は何に使うものなんですか? やっぱり料理とかですか?」
「一番多いのは蒸し風呂サウナだな。他にはトロッコの動力として使われている」

 蒸し風呂サウナは何となく聞いた事があったが、トロッコというものは初耳だった。
 アナスタシアが興味津々に「トロッコとは?」と聞くと、

「知らないか? 少し待っていなさい、確かこの辺りに……ああ、あった。これだ」

 とローランドは立ち上がり、本棚から一冊の資料を取った。
 パラパラと頁をめくると、ちょうど真ん中くらいで手を止めて、アナスタシアに見えるように差し出す。
 どうやらその資料は鉱山や炭鉱に関するもののようだ。ローランドが見せてくれたその箇所には炭鉱内の様子を描いた挿絵が載っていた。
 ローランドはその挿絵の一部を指さす。そこには車輪のついた箱のような乗り物があった。
 屋根はないけれど馬車っぽい、との感想をアナスタシアは抱く。

「これがトロッコだ。鉱山や炭鉱内から掘り出した鉱石などを運ぶ道具だ。下に線路レールが敷いてあるだろう? それにはまる形の車輪を作って、乗せて動かすものだ」
「あ、やっぱりこれ、馬が牽かないですね」
「ああ。スチームジェムとアロージェムを組み合わせて動かしている」

 アロージェムと言うのは、熱すると真っ直ぐに飛んでいく石の事だ。その性質から、矢の代わりに利用されている事が多い。
 おそらくスチームジェムで熱を発生させて、その熱でアロージェムを飛ばしているのだろう。
 正確な仕組みは調べてみないと分からないが、アナスタシアも頭の中でそのは描く事はできた。

 アナスタシアはローランドの話を聞きながら、挿絵をじっと見つめる。
 簡易式暖炉(仮)とは別で、実は前々から、アナスタシアはやってみたい事があった。
 これを利用したら、もしかしたら『あれ、、』が上手く行くのではないだろうかと、そんな事を考えながら、しばらくそれを眺めたあと、

「……例えば、なんですが。トロッコって、鉱山や炭鉱以外で使えますか?」

 と、アナスタシアはローランドにそう聞いた。
 ローランドは不思議そうに少し首を傾げる。

「まぁレールを敷けば使えるだろうが……どうした?」
「いえ。その……このトロッコって、人を乗せて動かせないかなって」
「人?」

 ワクワクしたアナスタシアの言葉に、ローランドとライヤーは目を丸くした。


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