馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

閑話 レイヴン伯爵家使用人会議


 アナスタシアが眠った後、レイヴン伯爵家の食堂の片隅に使用人達が集まっていた。
 暗い食堂を照らしているのは長テーブルに等間隔で置かれたキャンドルの火だ。
 金と橙色の灯りに照らされた彼らの顔には、陰影が出来ている。アナスタシアがその場にいれば「強そう」なんて感想を口にしそうなほどである。

 そんな使用人達は全員がそれぞれ椅子に座り、深刻そうな面持ちをしていた。
 端から使用人頭のマシュー、使用人のマーガレットとロザリー、料理長のハンス。他にもレイヴン伯爵家で働く使用人達が数人いる。
 仕事終わりのちょっとした雑談なんて様子ではない。
 一体何をしようとしているのか――――その口火を切ったのは、料理長のハンスであった。

「皆さん、今宵は集まっていただき、ありがとうございます。それでは……第七回レイヴン伯爵家使用人会議を始めたいと思います」

 そう言うとハンスは立ち上がる。そしてテーブルに伏せていた小さめのブラックボードを持ち上げた。 
 ブラックボードにはでかでかと『アナスタシアお嬢様のお誕生日お祝いし隊』などと書かれていた。ついでに可愛らしい花まで描かれている。

「今回の議題は、アナスタシアお嬢様のお誕生日について!」

 一斉に起こる拍手。
 ――――そう、これはそういう集まりであった。

「っつーわけで、何をするかって話だけどよ。やっぱりパーティーはやりてぇよなぁ」

 先ほどまでの丁寧な口調をぺいっと投げ捨てて、ハンスはそう話し出した。
 使用人頭のマシューは頷く。

「そうですね。まずはどんなメニューにするかですが、やはりアナスタシアお嬢様のお好きなものをお出ししたいですね」 
「それならやっぱり、ケーキはメインですわねぇ」

 マーガレットが頬にが手を当ててそう言うが、ハンスは首を横に振る。

「いや、ケーキはすでにローランド様から頼まれているし、お嬢様も知ってる。ニンジンケーキだ」
「さすがローランド様、良い所に目をつけてる……!」

 ロザリーが目を見張り、軽く仰け反った。

「ちなみにニンジンケーキ以外に、いくつかニンジン料理は考えているぞ。ニンジンステーキに、ニンジンたっぷりのミネストローネ、ハンバーグと、その付け合わせにニンジンのグラッセ。前に出して好評だったものをチョイスしている」
「ニンジン尽くしっスね、料理長!」
「ああ、ニンジン尽くしだとも!」

 部下の料理人達からの歓声にハンスはぐっとガッツポーズをする。
 使用人達の間でもアナスタシアのニンジン好きは知られているようだ。

「だけど色合いのバランスが悪ぃから、他の色も取り入れたいところなんだよなぁ」
「うーん。そのメニューですと、そうですね……。あっパン・ド・アーチボルトはどうですか?」

 ロザリーが手を挙げて発言する。その言葉にハンスは「なるほど」と軽く頷いた。

「古都風パンか。あれならスープに合うな」
「そう言えばお嬢様、ナッツやドライフルーツが入ったパンがお好きでしたね」

 思い出してフフ、とマーガレットが微笑む。

「そうなんですか?」
「オデッサ様が良く作ってらっしゃったんです。ねぇ、マシュー」
「ええ。私も頂いたことがありますが、優しいお味でございましたよ」

 マーガレットとマシューは懐かしそうに目を細める。
 他にも古くからいる使用人達はコクコク頷いていた。
 オデッサのパンの味はハンスにも覚えがあった。

「確かに美味かったなぁ……。もしかしたらお嬢様、ああいう家庭の味ってのが好きなのかもしれねぇなぁ」
「家庭の味……あっそう言えば、ロンドウィックで出たポテトサラダも気に入っていましたよ」
「ほー? それなら、サラダ枠はそれで行くか」

 色々あったが、アナスタシア達と共に数日ロンドウィックに滞在したロザリーが、食事風景を思い出してそう言った。
 あの時アナスタシアは、出されたポテトサラダを二度お代わりしていた。
 ロザリーから見て、たぶん三度目も行きたそうだったが、さすがにお腹と相談して我慢した様子だった。

「これでメニューの大体は決まったか。あとはプレゼントだなぁ……」
「そこなんですよねぇ……お嬢様は何でも喜んで下さるとは思うんですけれど」

 ハンスの言葉に、全員が「うーん」と腕を組む。
 できれば一番「これだ!」と喜んでくれる物を贈りたい、というのが一同の考えである。
 そんな彼らを見てロザリーがふと、

「それにしても、すごく気合が入っているんですね」

 と言った。ロザリーもアナスタシアの事は好きだし恩を感じているが、彼らがここまで気合を入れている事が不思議だったのだ。
 彼女の言葉にハンスが首の後ろに手を当てて、

「……今まで、ちゃんと祝ってやれなかったからなぁ」

 と、自嘲の混ざった声で答えた。

 料理長のハンスは以前、第一夫人のエレインワースに苦言を呈して、仕事をクビになった使用人の一人だ。
 ちなみに『苦言を呈した』はオブラートにしっかり包まれた上の言葉であって、実際にはほぼ喧嘩を売ったという方が正しい。

『お嬢様にあんな扱いする奴に、食わせるもんなんかねぇ! タダでさえ大量に作らせて、ほとんど余らせてるじゃねぇか!』

 などと言ってのけたのだ。
 食材は一欠けらだって無駄にしないが座右の銘のハンスである。それにハンスは何でも綺麗にペロリと食べてくれるアナスタシアや彼女の母オデッサの事が好きだった。そんな彼女達に対して理不尽な嫌がらせをしているエレインワースや、その子供達に対して良い感情は抱いていない。
 そこにもともと血気盛んであった性格も相まって、ある瞬間に爆発したのである。

 ハンスの怒りはもっともだが、その時はさすがにマシューとマーガレットは青ざめた。
 物理的な意味で首が繋がっているのは二人が必死でフォローしたからと、ハンスを我が家の料理人にと連れてきたのがレイモンドだったのを、エレインワースが覚えていたからである。
 だがしかし、それでもエレインワースに喧嘩を売ったハンスは、その場でレイヴン伯爵家の料理長をクビになった。

 クビになった彼は故郷へは戻らず、その足でレイモンドを探し歩いて、その途中でレイヴン伯爵家の騒動を知ったのだ。
 ああ良かったと安堵して実家に戻ったハンスは、そこでローランドから「また働いてくれないか」との打診を受けたのである。
 実家に届いた上等な封筒に押されていた封蝋を見た時にハンスは仰天したが、アナスタシアが無事に保護されたと聞いて、恥を承知で戻ってきたのだ。

 辞めた方としては最悪だった。レイモンドが戻るまではと踏ん張っていた他の使用人にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 けれど彼らはハンスを責めず、温かく迎えてくれたのだ。とくにアナスタシアが満面の笑顔を浮かべて「おかえりなさい!」と言ってくれたのが、ハンスはとても嬉しかった。
 同時に今度こそは頭に血が上っても我慢して、押さえて、アナスタシアや同僚の食事事情を最後まで守るのだと決意している。

 そんなわけでハンスの忠誠心やら何やらはアナスタシアとローランドに全力で向けられている。
 そして今回はアナスタシアの誕生日だ。表立ってお祝いをする事が出来なかったハンスはとても気合を入れている。
 それは他の使用人達も同じことだった。

「今まではちゃんとお祝いをしたくても、エレインワース様がお許しになりませんでしたから」
「せめて坊ちゃん達と同じくらいには、お祝いして差し上げたかったですね」

 マーガレットとマシューがそう話す。
 エレインワースにとってアナスタシアや第二夫人のオデッサの存在は気に入らないものだった。
 下手に何かをしようとすれば彼女達への嫌がらせが増してしまう。だから今まで細心の注意を払った上で、ささやかなお祝いしか出来なかった。
 そしてそんなささやかなお祝いも、レイモンドが屋敷へ帰ってこなくなってからは行う事が出来なかった。

「……アナスタシアお嬢様さ、俺が料理を作ると、どれも美味しいって食べてくれるんだよ。残さず全部食べてくれるんだよ。それがすげぇ嬉しくてさぁ」
「分かる。たまに食材の中に苦いのがあるんスけど、それたぶん苦手みたいなのに、ちゃんと食べてくれるんスよね」
「苦いもの食べた後に、ちょっと慌てて甘いもの食べてるんですよねぇ」

 ハンス達が楽しそうにそう話していると、マーガレットが微笑ましそうに目を細める。

「お嬢様は誰かに何かを求める事はほとんどなさいません。あっても、それは助けたい人、協力したい人がいる時で、自分の事ではありません。……私はもっと、ワガママになってくださっても良いのにと思うのですよ」

 そこが良い所でもあるのですが、とマーガレットは小さく笑う。
 ここの人達は本当にアナスタシアの事を慕っているのだなぁとロザリーは思った。

「皆、アナスタシアお嬢様、大好きなんですね」
「おうともよ! お嬢様が優しいから、その分、返したくなるんだよなぁ」

 ハンスがニッと笑ってそう返す。

「威厳とか、そういうのはさ、立場的に大事だとは思うぜ。舐められたらダメだって世界だろうからさ。……だけど俺は、今のお嬢様が好きだ」
「ええ。私もです。……これから先、どうなるかは分かりませんが、今度こそ。……今度こそ、ちゃんと最後まで、お嬢様の味方でいようと思っています」
「腕とか鍛えるかなー」
「戦い方とかなー。ちょうどライヤーさんやシズさんもいるし」
「ホロウさんも教えてくれそうだよな」
「あるある。私もちゃんと馬の乗り方、教わろうかしら」

 使用人達がわいわい話す。
 このまま行くと別の意味でレイヴン伯爵家は強化されそうだ。
 使用人頭のマシューも止める様子がなく「私もお手伝いしますかね」などと言っている辺り、やる気である。

「ま! それはそれとして、今はお祝いだ。近いうちにお嬢様は海都へ出かけるそうだし、その間に準備を進めようぜ!」
「おおー!」

 ハンスの言葉に全員が拳を振り上げ同意する。
 ちょうど時計の針はカチコチと日付を跨いだところだが、熱の入った使用人会議はまだまだ続くのであった。

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