馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

2-15 悪意なく、真正面から


 穏やかな秋晴れの日。
 時計の針が午前を指す頃、レイヴン伯爵邸に客人がやって来ていた。
 相手は二人の商人で――何だか商人で二人組って縁があるなぁなんてアナスタシアは思った――ロッド商会の人間だそうだ。あの大量の面会依頼の手紙の中から、ローランドが「とりあえず会っておいた方が良いだろう」と選別した相手の一人である。
 ロッド商会とは宝飾品や装飾品を取り扱う、レイヴン伯爵領に昔から店を構える商会の一つなのだそう。カスケード商会を一方的にライバル視しているなんて話もローランドから聞いて、アナスタシアはジャックを思い出した。

 そんなロッド商会から来た二人の商人を応接間に招いた、アナスタシアはローランドと並んで応対している。
 二人の護衛としてシズが、扉の外には警護としてホロウが立っている。
 シズはともかく、ホロウがなぜそんな仕事をしているかと言うと、本人が「仕事が欲しい」と訴えてきたからである。暇が耐えられないらしい。
 それを聞いた今は不在のライヤーが「ワーカーホリック……」「妖精騎士ってどれだけスケジュール詰め込んでるんだ?」とドン引いていた。

 さて、その二人組だが。
 一人はサイモン・ロッドと言い、ロッド商会の会長だ。こげ茶の髪をした四十代後半くらいの痩躯な体格の男性である。
 サイモンの隣に座るのは彼の娘のノエル・ロッド。歳はアナスタシアより七つ年上の十七だそう。素朴な雰囲気の可愛らしい少女だ。
 にこにこと商人らしい笑顔を浮かべるサイモンとは正反対に、ノエルはとても緊張した様子で、先ほどから両手をぎゅっと握りしめ俯いている。顔色も悪いのでアナスタシアが「大丈夫かな」と気になって見ていると時々目が合うのだが、合った途端に大慌てで反らされてしまっていた。

「いやぁ、レイモンド様や、エレインワース様のお話を聞いて驚きました。急なお話でしたので、ご依頼を受けた品をどうしたら良いか心配していたのですよ。ですが、本当にお買い上げ頂いて良いのですか?」
「ああ、契約は契約だからな。こちらも連絡が遅くなってすまなかった」

 やや不安が混ざった様子のサイモンの言葉に、ローランドはそう返す。
 依頼の品というのは、エレインワースや彼女の子供たちが屋敷にいた頃に注文した宝飾品のことだ。
 彼女たちはドレス以外にも宝飾品をよく注文しており、中でもこの世に一品だけのものが良いとオーダーメイドの品を好んでいたらしい。

 ローランドがこの注文書を見つけた時には、すでに断れる段階ではなかった。どのみち注文した時点で素材の確保や職人が動き始めていたので、断ること自体は難しかったのだが――金額を見てローランドが「桁が……」などと頭を抱えていたのをアナスタシアは思い出す。

 アナスタシアは自分で買い物をしたことがないので金額については今一つピンとこなかった。しかし見せてもらった金額でシズが卒倒しかけたので、恐らくとんでもない額なのだろうと理解する。
 なので、そんな金額を払って大丈夫かと思い聞くと、ローランドは「注文書の写しをつけて、後でエレインワースの実家に請求する」と言っていたので、その辺りは抜かりはないようだ。

「それでは確認させてもらっても良いか?」
「はい、もちろんでございます」

 サイモンはにこにこ笑顔を浮かべたまま、テーブルの上に宝飾品の入った小さな箱を並べていく。
 赤い宝石を花の形に加工した指輪にネックレス、紫の宝石を蝶々の形の銀細工で囲ったブローチ。光を受けてキラキラと煌めくそれらは素晴らしく、ローランドが思わず「ほう」と感嘆の声を漏らすほどだ。

「これは素晴らしいな。ここまで繊細に加工できるとは」
「それに素材もとても質の良い物を使ってらっしゃいますね」
「ははは、そう言って頂けますと、うちの職人も喜びます」

 サイモンは機嫌を良くした様子で、さらに宝飾品を並べていく。
 先に出した宝飾品とは雰囲気が違って、デザインが可愛らしいブレスレットやブローチだ。
 それを見てローランドが怪訝そうに片方の眉を上げる。

「それは注文していない品物のようだが?」
「ええ、こちらは別です。その、お近づきの印に、アナスタシア様に贈らせて頂けたらと思いまして」
「私にですか?」
「はい。実はこれは娘のノエルが作ったものでして……」

 サイモンはそういうと、隣で縮こまっているノエルに顔を向けた。
 名前を呼ばれたノエルは「ふえっ!?」と変な声を出して、わたわたと慌て出す。

「親の贔屓目もありますが、腕の良い子で。アナスタシア様、いかがでしょう?」
「いえ、申し訳ありませんが、頂く理由がありません」
「そうおっしゃらず。一つ一つ、心を込めて作り上げたものです。品質の方もロッド商会の会長として保証いたします」

 アナスタシアが断ると思わなかったのか、サイモンは驚いてやや早口でそう話す。
 しかしアナスタシアは首を横に振る。

「気に入ったものがなかったのでしたら、また新たに……」
「いいえ、どれも素晴らしくて、可愛らしいものだと思います。特にこの天馬の形のブローチは、とても素敵だと思います」
「なら」
「だからこそ、頂くわけにはいきません」

 食い下がるサイモンに、アナスタシアはきっぱりと断る。

「それだけ心と、技術と、素材と、そして時間をかけて作って下さった品を、ただで頂くわけにはいきません。商品にはそれに相応しい対価を支払う必要があります。私には支払える対価がありません」

 まるで湖面のように静かに、けれどはっきりとアナスタシアは言う。
 飾り気のない真っすぐな言葉にサイモンは、出会ったことのない何かを見るような困惑した顔になった。贈り物を拒まれるとは思わなかったのだろう。

 実際にアナスタシアがヴァルテール孤児院へ物を贈りたいと考えていることと、サイモンがアナスタシアへ贈りたいと言っていることは、傍から見れば同じだ。けれどアナスタシアとサイモンは立場が違う。
 孤児院でお茶を頂いた、ホロウの件で迷惑をかけてしまった。それに対する対価としてと前提が立てられるものと、恐らく今後も付き合っていきたいという意味のサイモンとは括りが違う。エレインワースの頃と同じように付き合っていく事はないだろう。
 品物の対価を払えないのに、受け取るわけにはいかない。
 なので、とアナスタシアは続ける。

「せっかくのご厚意ですが、受け取る事はできません」

 アナスタシアの言葉にサイモンはポカンとした表情になった。隣に座るノエルも目を丸くしている。
 思わずと言った様子でローランドは苦笑した。

「君はそういう部分は頑固だな」
「私も作る側ですので。一つのものを作り上げるのが、どれだけ大変かは分かります」

 アナスタシアが笑ってそう返すと、ローランドも「まぁ、それは分かる」と小さく頷いた。
 それからサイモンとノエルの方に顔を向けて、

「そういうわけだ。すまないな、サイモン、ノエル。必要となったら、また依頼をさせてもらう」
「は、はあ……」

 サイモンはまだ不思議そうであったが、ローランドからもそう言われてしまえばどうしようもない。しぶしぶといった様子で宝飾品を鞄にしまった。
 それを見届けてから、ローランドが「……さて、話はこんなところか」と、面会を終えようとした時、

「ああ、そうだ。ところで、ローランド様、アナスタシア様」

 と、サイモンが何かを思い出したという風に、少し大きめの声を出した。
 まだ何か話があっただろうかとアナスタシアは首を傾げる。

「何でしょう?」
「アナスタシア様はそちらの騎士の方を、いつまでお側に置いておくおつもりで?」

 そしてサイモンは、ちらりと二人の後ろに立つシズに、思わせぶりに視線を送る。
 急に話題に出たシズは「俺?」と目を瞬いていた。

「はあ。上の事情や、シズさんが嫌でない限りは、いて頂けるとありがたいですが」
「そうだな、しばらくは外す予定はない」

 アナスタシアとローランドがそう答えると、シズは少し嬉しそうな顔になった。
 たぶんこういう場じゃなければ「ずっといるよ! まかせてオッケー!」などと元気に答えていただろう。
 しかしサイモンは何を言いたいのか。アナスタシアとローランドが怪訝そうな目になっていると、
 
「差し出口ですが、あまりに不相応なのではないかと。良ければ私の知り合いの、女性騎士をご紹介しますよ」

 と、彼は言い出した。隣のノエルがぎょっとして「と、父さん……?」と困惑した呟きを漏らしているところから察するに、彼女にも予想外の発言なのだろう。

「不相応とは?」
「何でもそちらの騎士の方は、孤児院出身だそうではありませんか」

 サイモンがにこり、と笑みを深める。
 彼の言葉にローランドが不快そうに目を細め、シズが顔を少し強張らせた。
 アナスタシアはサイモンの言葉の意図が分からず、きょとんとしている。

「シズがそうであって、何の問題があるのだ?」
「育ちの悪い者をお側に置いておくなど、アナスタシア様の御身が危険ではありませんか」
「仰っている意味が良く分かりませんが、シズさんは紳士ですよ」
「アナスタシア様は純粋でいらっしゃいますなぁ」

 サイモンの言葉に僅かに悪意が混ざる。本人にはその自覚がないのか、場の空気が悪くなったことに気が付いていないようだ。
 逆にノエルはそれを敏感に察知して、もう青を通り越して白くなった顔色でサイモンの袖を引っ張り、必死で止めようとしている。
 そんな様子を見ながら、アナスタシアは「ふむ」と頬に手を当てる。

「シズさんが孤児院で育った事が、なぜイコールで育ちが悪いとなるのですか?」
「ハハハ。世間一般の常識ですよ」
「なぜ?」

 アナスタシアは重ねて聞く。アナスタシアの疑問に対する答えになっていないからだ。
 するとサイモンは不思議そうに目を瞬く。

「なぜ、とは?」
「なぜ一般常識なのですか? 統計を取られた結果なので?」
「い、いえ、それは……ありませんが。親がおらず、碌な教育も受けられない環境ですよ。まともに育つはずがないでしょう?」
「そうならば、それはレイヴン伯爵家が原因ですね、ローランドさん」
「ああ、そうなるな」

 すっぱりとアナスタシアが言い放つと、ローランドは軽く頷いた。
 領民の環境が改善出来ていないのは、アナスタシアからすれば領主の責任だ。孤児や孤児院を悪し様に言うのはお門違いである。
 そう言ったアナスタシアの言葉に、サイモンはサーッと青ざめた。そして目に見えて焦りだす。
 自分がレイヴン伯爵家を貶めた発言をしていると、アナスタシア達に思われているように感じたのだろう。ノエルなどもはや口から魂がでそうな顔になっている。

「それに努力をせずに騎士となった者はいないでしょう。私は短い時間ですが、シズという騎士の人となりを見ております。騎士として優秀で、家族思いの人です。だからローランド監査官も私の護衛につけて下さいました。むしろ不相応なのは私の方です」
「あ、アナスタシア様、わ、私は別に……!」
「サイモン・ロッドさん。次にお会いする時は、悪意なく、真正面からのお話が出来ると良いと思います。あなたの商会は素晴らしい商品をお持ちなのですから」

 アナスタシアのその言葉を区切りに、面会は終了となった。
 サイモンは顔色を悪くしたまま、ノエルに支えられて出ていく。ノエルは最後まで「申し訳ありません」と、何度も何度も頭を下げていた。
 その商人と入れ替わりに、応接間の扉の外に立って警護してくれていたホロウが入ってくる。

「……話とやらは終わったか? あの商人、ずいぶんと青い顔をしていたが」
「はい、終わりました。ホロウさん、ありがとうございました」
「うむ。よく務めたな」
「何でオッサンの方が偉そうなんだろうなぁ」

 ホロウの労いの言葉に、シズが苦笑しながらツッコミを入れる。
 アナスタシアも思わずと言った様子でくすくす笑ったあと、ローランドの方を見て、

「あの商会から面会依頼があれば、次回は後回しで良いですね」

 と言った。ローランドもしっかり頷く。

「そうだな。……シズ、悪かった。大丈夫か?」
「はーい! 平気ですよー。まー、慣れてますし!」

 アナスタシアは少しほっとした。
 シズがいつも通りの明るい調子だったからだ。
 孤児院でシズは自分の出身の事を話すと、驚かれるか突っ込まれるかと思ったと言っていた。
 もしかしたら今までもずっと、あんな風に悪意ある言葉を受けていたのかもしれない。孤児院の子供達も、院長のカサンドラも。
 少し、胸が疼いた。

「慣れて良いものではないと思います」
「そうかな」
「そうだな」
「なので、今なら盛大に怒って大丈夫ですよ!」

 アナスタシアが両手をバッと開くと、シズが少しだけのけぞった。

「そんなにウェルカム状態で手を広げられると、怒り辛いね!?」
「なるほど。ではノン・ウェルカム状態にします」
「腕を閉じても意味合いは同じではないか?」

 腕をすっと下したアナスタシアだが、思わずといった様子のホロウにまでツッコミを入れられる。
 そのやり取りがおかしくて、一同は噴き出す。
 応接間からその賑やかな笑い声が落ち着くのは、もう少ししてからのことだった。

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