馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?
2-11 私の家はここですので
「あなたですのね、お嬢様のお顔に変な模様をつけた方は。直ぐに取って差し上げて!」
屋敷に戻って早々に、ホロウはレイヴン伯爵領に長くから仕えている使用人のマーガレットに怒られていた。
普段は柔和な笑顔を浮かべた穏やかな老婦人がここまで怒っているところを、アナスタシアは初めて見た気がする。
ポカンとした様子でアナスタシアが見ていると、彼女の隣に立ったロザリーもマーガレットが怒るたびに「ひい」と青ざめていた。恐らく彼女にとっても初めてだったのだろう。
「そ、そん事を言われてもだな。これは妖精騎士のしきたりで……」
「お返事は!」
「はいッ!」
マーガレットの勢いにホロウはたじたじになりながらも、アナスタシアとシズの頬につけられた魔法陣を消してくれた。
消した時に「あれ、効果が消えてる……?」なんて不思議そうに呟きながら。
それから自分に集まる視線に気が付いて、慌てて「コホン」と咳払いをする。
「ま、まぁ、逃げる気はないようなので良かろう。コシュタ・バワーもそう言っていた」
「逃げるというか、私の家はここですので。あ、お茶でも飲みますか?」
「うむ、頂こう」
アナスタシアが聞くとホロウはそう答えた。
頭はないが、コシュタ・バワー同様に飲食は可能らしい。
本当にどういう仕組みになっているのだろうかとアナスタシアが考える隣で、ローランドもまた興味津々と言った顔をしている。
そんな二人の様子に、何を考えているのか察知したライヤーは乾いた笑いを浮かべていた。
「立ち話も何ですし、とりあえず座りましょうか」
「ああ、そうだな」
アナスタシアの言葉に一同は頷くと、広間のソファーに腰を下ろした。
アナスタシアとローランドが並び、向かい側にホロウが座る。
シズとライヤーはいつでも動けるようにと、警戒の意味を込めて双方の後ろに立ち、マーガレットとロザリーは少し離れた位置についた。
「それで、ホロウさん。最初の話になりますが、ユニちゃんを攫った事については人違いです」
「まだ言うか。やはり悪党、平気で嘘を吐く!」
ホロウが「フン」と鼻を鳴らすような素振りで言うと、再びマーガレットの目が吊り上がる。
「お嬢様を悪党などと!」
「うぐ、い、いやその……」
とたんにホロウは委縮したようにしどろもどろになった。どうもホロウはマーガレットが苦手のようだ。
二人がそんなやり取りをしていると、ロザリーが何かを決意したかのように顔を上げる。
そして、
「あの、あたし――――」
「マーガレット、ロザリー。すまないが、お茶を頼めるか?」
ローランドが何かを言いかけたロザリーの言葉を遮って、お茶を頼んだ。
このタイミングでロザリーが真実を話すのは危険だと判断したのだろう。
ホロウに怒っていたマーガレットも、ローランドの意図を察知して直ぐに動き出す。
「かしこまりました、ローランド様。ロザリー、行きますよ」
「あ、は、はい……」
ロザリーは一度アナスタシアの方を見てから、マーガレットの後をついて部屋を出ていく。
パタン、とドアが静かに閉まると、ホロウがずるずるとソファーにもたれかかった。
「た、助かった……」
「ずいぶんとたじたじだったなぁ」
「……吾輩の母とよく似ておるのだ。子供のころは悪さをするとよく叱られたものだ……って、そのようなことはどうでも良い!」
自分で話し出したのに。
少し和らいだ場の空気の中で、アナスタシアは小さく笑った。
「それで、ホロウさんは北の地からここへ来たんでしたか。お住まいはそちらに?」
「うむ。……ああ、いや、違う。違った。吾輩に、定住している地はないのだ」
若干歯切れ悪く返答するホロウ。
おや、とアナスタシアはわずかに首を傾げた。
違うと否定してはいるものの、彼はアナスタシアが聞いた時、直ぐに肯定している。
短い期間であったが見えてきたホロウの性格から考えれば、ないならないで、言葉を濁す必要はないと思ったからだ。
同じような疑問をローランドも感じたらしく、言葉の意味を探るかのように目を細めている。
「妖精騎士とはそのような存在なのか?」
「む? う、うむ。もちろん、そうだとも! それよりも、だ。コシュタ・バワーの調子が戻るまで厄介になるとは言ったが、ただ世話になっているだけでは落ち着かん。何かこう、仕事はないのか?」
「え、仕事ですか?」
「うむ。貴様らはにっくき悪党! ……ではあるが、それとこれとは話が別なのでな。世話になる以上は、それに見合った働きをしたい」
「……意外と律儀なんだね」
ホロウの言葉にシズが目を丸くする。
「ローランド監査官、どうしますか?」
「そうだな……アナスタシア、何かあるか?」
「屋敷の騎士が足りないので、一時的に手伝って貰ったらどうでしょう? 街の人への説明も楽になりますし」
「なるほど。……では、それでどうだ?」
「うむ! 良いとも!」
ホロウが了承したことで、しばらくの間、ホロウをレイヴン伯爵家の騎士として雇うことになった。
しかし奇妙なことになったものだとローランドは思った。
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