馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

1-18 危険種と同列

 アナスタシアとロザリーを乗せたユニコーンは、勢い良く馬小屋から飛び出した。
 そしてロンドウィックの町を、風のように駆け抜ける。
 振り落とされないようにユニコーンの首にしがみつくアナスタシアは、そのまま後ろのロザリーに声をかける。

「ロザリーさん、あいつはどこへ行くと思いますか?」
「たぶん、町の北の門だと思う。あの先にカスケード商会の商人が使う屋敷があるから!」
「分かりました! ユニコーンさん、お願いします」
『わかった』

 アナスタシアの頼みを快諾し、ユニコーンは北の門へと進行方向を変える。
 蹄の音を響かせながら走っていると、途中、シズとライヤーを発見した。
 二人はユニコーンの背に乗るアナスタシアに驚いて目を向いている。

「アナスタシアちゃん!?」
「シズさん、ライヤーさん、もう一人、犯人が町の外へ逃げようとしています!」
「お嬢さん、その後ろのは!? そっちも犯人だろう!?」
「今は大丈夫です!」
「何が!?」

 二人の疑問はもっともだが、会話している最中も動きを止めないので、あっという間にその姿は遠くなる。
 颯爽と駆けるユニコーンを見て、シズとライヤーは困惑していたが、

「何がなんだか……!」
「シズ、とにかく追いかけるぞ!」
「はい!」

 と、考えることは後にして、とにかくアナスタシア達を追いかける事を優先したようだ。
 くるりと方向転換をして二人はユニコーンが駆けていった方向へと走り出す。
 アナスタシアはそんな二人を一度だけ振り返って、直ぐに前へ向き直した。
 心配してくれるのが嬉しいと思うのは不謹慎だろうか。
 そんなことを考えながら、アナスタシアはロザリーに再び話しかける。

「ところでロザリーさん。あなたのご家族はどちらに?」
「古都にね、実家があるの。そこであたしの弟と一緒に住んでいるわ」
「ああ、古都ならば、ここからそんなに遠くないですね」

 古都――正確には古都アーチボルト。
 レイヴン伯爵領で、一番古い時代から存在する大きな都だ。
 ロンドウィックからも、アナスタシアの屋敷からも、馬を走らせればそう遠くはない距離だ。
 ことが片付いてから向かっても、十分、対策が取れる位置にある。
 なんとかできると、アナスタシアは少しホッとしていると、そこでようやくガースの馬車の後ろ姿が見えてきた。

「「見えた!」」

 アナスタシアとロザリーが同時に叫ぶ。
 その声が聞こえてか、はたまたユニコーンの蹄の音に気付いてから、馬車の御者台からガースが振り向く。目が合ったとたん、舌打ちするのが見えた。
 ガースは直ぐに頭をひっこめると、片手でなにかを引っ掴んで再び顔を見せる。
 クロスボウだ。
 ガースは器用にも片手でクロスボウをこちらに向け、躊躇いもなく矢を放ってくる。 
 ヒュン、
 と音を立てて飛んでくる矢を、ユニコーンは軽々と避けた。
 二度、三度。
 ガースは凝りもせず、矢を放つ。
 ユニコーンはその全てを回避しているが、その度に速度が緩み、馬車と距離があく。
 それに気付いたアナスタシアは、

「ロザリーさん、私の身体支えていて貰えますか!」
「分かったわ!」

 ロザリーは両手でぎゅっとアナスタシアを抱きしめる。
 そのあたたかさに、アナスタシアは一瞬、懐かしさを感じた。
 母に、父に、抱きしめられたときの記憶が浮かんだ。
 けれど感傷に浸っている余裕も時間もない。
 アナスタシアは頭からそれを振り払うと、鞄の中から『風の扇』を引っ張り出した。 
 そして、前方の馬車の馬に向けて、

「馬さん、風が行くのでお気を付けて!」

 と大きな声で言う。ガースは「なんだ!?」と反応したが「あなた宛てじゃないですよ」とアナスタシアは心の中で悪態を吐く。
 ロザリーに支えられたアナスタシアは、風の扇を振り上げて、

「せい!」

 と、なかなかどうして漢らしい掛け声で、思い切り振り下ろした。
 とたんに、風の扇から放たれた突風が馬車を襲う。
 強い風に煽られ、馬車は大きく揺れる。
 だがアナスタシアの忠告を聞いていた馬は踏みとどまり、逆に準備の出来ていなかったガースだけは、揺れた馬車から振り落とされた。

「やった!」

 ロザリーは歓声をあげるが、そこで諦めるガースではない。
 馬車から落下したガースだったが、しっかりと受け身を取って起き上がり、その足で門に向かって駆け出す。
 手にはクロスボウが握られている。
 ガースの前方――北の門の前にはロンドウィックの町長らが立っていた。ローランドの指示で門を固めているのだ。
 その町人たちに向かって、ガースはクロスボウを構える。
 悪手だ。
 しかしガースに迷いはない。とっさに、アナスタシアがもう一度、風の扇を使おうとした。

――――その時、馬に乗ったローランドが、飛び込んできた。

 ローランドは町人達を守るように、ガースの進路を塞ぐ。
 そのままアナスタシアの方に向かって、

「無事か、アナスタシア!」
「はい、無事です! ローランドさん、馬、大丈夫なんですね!」
「君のおかげだ!」

 ニッと笑って見せるローランド。アナスタシアもつられた笑った。
 反対に、前と後ろを挟まれた形になったガースはとても苦い顔になった。
 だがそれもほんの僅かな時間だ。
 ガースは服を払い、帽子をかぶりなおすと、ス、と落ち着いた表情を取り繕う。
 商人の顔だ。
 そんなガースの前で、ローランドは馬から降りた。

「カスケード商会の者だな」
「ええ、そうです。しかし、これは一体何の真似ですか?」

 にこりと笑うガースに、ローランドは目を細くする。

「逃げておいて分からないのか?」
「はて。理由も分からず追われては、逃げるのは当然でしょう? 怖くて怖くて、護身用の武器も出してしまいました」

 ガースはしれっと言ってのけた。
 さすがのアナスタシアも「よく言うなぁ」と呟く。 
 そうしていると、シズとライヤーも追いついた。ぜいぜいと肩で息をする彼らは、全力で追いかけてきてくれたのだろう。
 二人とも疲れた顔をしていたが、周囲の様子を見て即座に状況を判断し、剣の柄に手をあて警戒を強めた。
 さすがローランドの認める騎士である。アナスタシアが感心していると、

「そう言えば名乗らず失礼を。私はガースと申します」

 そんな全員の目の前で、ガースは帽子を取ってにこやかに挨拶をした。
 だけ切り取れば、実に紳士然とした様子で。

「ガースって言えば、商会幹部の一人か」

 名前を聞いてぽつりとライヤーが呟くのが聞こえた。
 脳内にぼんやりした組織の略図を描きながら、アナスタシアは「なるほど」と思う。

「お前には、ロンドウィックに呪いをしかけたという容疑が掛かっている」
「おや……それは心外ですね。私が呪いを? 残念ながら、私は呪いなんてものは使えませんよ。お調べ頂けばお分かりかと思いますが、魔力の一つもありませんから」

 ローランドの言葉に、ガースはにこにこと笑ったまま、軽く両手を広げた。
 どうぞ、と言う様子のガースに、今度はアナスタシアが話しかける。

「あなたが計画を企てたと、証言があります」
「おやおや……」

 嘲るような色をしたためた目で、ガースはアナスタシアの方へ顔を向ける。
 にやにやと、そんな言葉が似合う笑みだ。

「誰の証言ですか?」
「あなたの部下のロザリーです」
「ああ、彼女ですか。確かに彼女は私の部下ですが……。ああ、そうか! そういう事か、ロザリー! お前の仕業か」

 するとガースは数段、声の大きさを上げそんな事を言い出した。
 視線は真っ直ぐにロザリーの目を捉える。
 ガースの言い様にローランドは片方の眉を上げた。

「どういう意味だ?」
「実はロザリーの父方は呪術師の家系なのですよ。その血を引くロザリーも呪術を扱う事ができます。きっと今回の件、商会に入ったばかりで、手柄を立てたいと焦って行ってしまった事なのでしょう。……そうだろう、ロザリー?」

 ガースはロザリーから目を逸らさず、そう続ける。
 その目が、違うと言えば分かっているだろうな、と語っているのがアナスタシアにも分かった。
 アナスタシアの後ろでロザリーがぐっと奥歯を噛みしめる。
 母さん、とロザリーが小さく呟いた。
 その言葉にアナスタシアの心がざわり、と波打つ。

(ああ、嫌な目だ)

 アナスタシアはこういう目が嫌いだ。
 人は危険種と同列であると、アナスタシアの認識は今も変わらない。 
 別にアナスタシアも人が嫌いではないが、人は時として怖い生き物であると身をもって経験しているからだ。
 だからガースが『同列』であるとよく分かる。
 そしてアナスタシアは知っている。危険種相手には容赦をする必要も、怯える必要もないのだと。

「ロザリーさん。――――必ず間に合わせます」
「……っ」

 ロザリーにだけ聞こえる大きさの声だ。
 背中のロザリーが目を見開いたのが分かった。
 アナスタシアは向けられた視線を笑って受け止める。

「ほら、何も言えないのが証拠でしょう?」
「違うわ。あんたが企てた計画に、あたしは乗った。あんたの指示で、川を呪った。あんたと二人で、あたしはロンドウィックの綿花を枯らしたのよ」
「……ロザリー」

 ガースの眉間にシワが深まり、目が細まる。
 だがロザリーは、今度は口ごもったりしなかった。

「ローランド監査官、琥珀の星アンバー・ステラに誓って言います。あたしが、こいつと二人でロンドウィックを呪いました」

 ロザリーははっきりとした声で、琥珀の星かみさまの名の下に、そう宣言した。

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