馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

1-14 ユニコーンのお礼

 呪いの核が破壊されると、毒々しい紫色に淀んでいた川は、ゆっくりと透明度を取り戻して行った。
 澄んだ色となった川を見て、ローランドとライヤーは直ぐ水質の調査に取り掛かる。
 その傍らで、アナスタシアとシズはユニコーンの手当てをしていた。
 もっとも乙女の件があるので、直接触れているのはアナスタシアだが。

「どう? アナスタシアちゃん」
「呪い自体は消えているみたいですが、体力の消耗が激しいですね」

 ユニコーンの角を見ながらアナスタシアはそう答える。
 先ほど見た時は、角の根元が紫色に変色していたが、今は本来の白い色へと戻っている。
 呪いが消えたことで、その影響を受けていた部分も治ったのだろう。
 だがいくら呪いが消えたとは言え、身体を蝕まれていた間の体力までは戻らない。
 ユニコーンはぐったりと、疲れたように横たわったままだった。

「うーん、体力かぁ……。癒しの魔法なら俺ちょっと使えるけど、いけるかな?」
「なんと。シズさん、格好良いですね!」
「えっマジで? やったー褒められたー!」

 アナスタシアが素直に称賛すると、シズは嬉しそうに両手を挙げる。
 けれどすぐに、

「……なーんてね! まー、これしか使えないし、そもそも酷い怪我とかは治せない程度のもんだけどさ」

 と、その手を下ろし、ひらひらと振ってそう言った。
 その言葉にアナスタシアは目を瞬く。
 何となくシズが自分自身を卑下しているように聞こえたからだ。

「なぜ?」
「ん?」
「世の中にこの"程度"と称するに、相応しいものは多くはありません」
「……?」

 良く分からずにいるシズ。
 そんな彼を見上げて、アナスタシアはにこりと笑う。

「助けたい人を助けられる魔法に、その"程度"は相応しくない」

 アナスタシアが思った事を言うと、シズは驚いたように目を丸くする。

「そう?」
「そうですとも。シズさんの魔法は格好良いです!」
「……そっか」

 シズは指でポリポリと顔をかいたあと、ニカッと笑う。

「よーし! 何かパワーを貰ったから、ちょっと頑張ってみようかなっ。あ、でも念のため、アナスタシアちゃんユニコーンに触っててくれる?」

 力こぶを作り、ウィンクしてみせたシズはアナスタシアにそう頼んだ。
 万が一、シズが近づいたことでユニコーンが暴れ出したら危ないと思ったのだろう。
 アナスタシアは「おまかせを!」と、元気に胸を叩いて快諾する。
 シズは「ありがと!」と頷くと、ユニコーンに近づいてその隣で片膝をついた。

「……ちょいと緊張するな」

 ぽつりとそう呟きつつ、シズは両の掌をユニコーンの身体の上に向ける。
 それから小さく言葉を紡ぎ出した。
 魔法の言葉だとアナスタシアは理解する。
 興味津々といった様子でアナスタシアが見つめていると、魔法の言葉に呼応して、シズの手の周りが淡く光り始めた。
 少し遅れて、同じ光がユニコーンの身体に灯る。
 ユニコーンを包むシズの光は暖かくて、優しくて、まるでお日様の光のようだとアナスタシアは思った。

 それから、しばらくして。
 シズの癒しの魔法に包まれたユニコーンの目がゆっくりと開かれた。
 綺麗な青い目だ。
 ユニコーンは顔を上げ、アナスタシアとシズを順番に見る。

『…………くるしく、ない』

 ユニコーンは小さな声でそう言った。
 アナスタシアはほっと安堵の息を吐き、シズを見上げて微笑む。

「シズさん、もう苦しくないみたいです」
「おっそいつは良かった!」

 アナスタシアの通訳を聞いたシズは笑ってそう言うと、掲げていた手を膝の上に下ろした。
 すると光もすうと収まる。
 ふう、と息を吐くシズの顔には少しばかり疲れが見えた。

「お疲れ様です、シズさん」
「アナスタシアちゃんもね」
「私はこう、役得みたいなアレでしたけど」
「役得って」

 噴き出すシズにつられて笑うと、アナスタシアもユニコーンから手を離した。
 するとユニコーンはよろよろよ身体を起こし、二人の方へと向きなおる。
 それから二人の前でお辞儀をするように角を地面につけた。

『ありがとう、とても、助かった』
「いえいえ。こちらこそ、呪いの場所を教えてくれて助かりました。ありがとうございます」

 返すようにアナスタシアが頭を下げると、シズも何となく会話の内容が分かったのだろう。
 ユニコーンに向かって「ありがとね」と片手を軽く挙げる。
 するとユニコーンは今度はシズの方を見た。
 その青さと目が合って、シズはきょとんとした顔になる。

『それから、いやしてくれて、ありがとう。あたたかかった』
「ユニコーンが癒してくれてありがとうって言っています。温かかったって」

 アナスタシアが通訳をするとシズは目に見えて嬉しそうな顔になり、

「えっ? やー、ははは。うん、俺の魔法が効いたなら、良かったよ。……っていうか、ユニコーンからお礼言われるのってちょっと照れるな!」

 と、少し慌てながらそう言った。
 ねっと話を振られたアナスタシアは、何だか微笑ましい気持ちになってにこにこ頷く。
 そうしているとユニコーンは、

『おれいが、したい』

 なんて言い出した。

「え?」
『あなたたちに、しゅくふくを』

 きょとんとするアナスタシアを他所に、ユニコーンは顔を上げ、のどを見せるように角を天高くへ向ける。
 すると角の先からふわふわしたシャボン玉のような光が現れ、アナスタシアとシズ、そして少し離れた位置にいるローランドとライヤーに飛んで行く。
 それらは四人の頭に触れるとパチンと弾け、細かな光の粒子となって降り注ぎ、身体に吸い込まれて行った。

「うわ!? 何だ今の!?」

 ライヤーの驚く声が聞こえる。
 ローランドもぎょっとした様子でアナスタシアたちの方へ顔を向けた。

「今のは何だ?」
「ユニコーンの祝福だそうです」

 アナスタシアは綺麗なものを見たなぁと思いながらローランドの問い掛けに答える。
 するとローランドは目を剥いて、足早にこちらへ近づいてきた。
 やや興奮気味に見えるのは気のせいだろうか。

「ユニコーンの祝福を受けられるなど、滅多にない事だぞ……!」

 気のせいではなく、実際に興奮しているようだ。
 目を輝かせているローランドが何だか若く見えて、アナスタシアは少し楽しい気持ちになる。

『われらのしゅくふくは、わるいものから、みをまもるちから』
「そうか! それは素晴らしい!」
「あれ? 監査官、今、ブレスレットしていませんよね?」
「ニュアンスで伝わった!」
「仲間ですね!」
「ああ!」

 アナスタシアとローランドががっちりと握手を交わす。
 その様子をシズとライヤーはやや引き気味に見ながら、

「ヤダ……この二人よく似てる……」
「そっとしておこうぜ、シズ。俺たちには良く分からない世界だ」

 なんてこそこそ話をしていた。

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