客観的恋愛曖昧論

白山小梅

秘密裏2

 すると不意に匠が二葉の手に自分の手を重ねた。

「良かったらさ、今日の仕事の現場を見てく? 実は天空チャペルでイベント準備してたんだけど、社員でもなかなか入る機会がないじゃない?」
「えっ、いいの? すごく行きたい」

 天空チャペルはこのホテルの人気スポットで、まるで空に浮いているように見えることでその名前がつけられた。

 結婚式やブライダルフェアで埋まっていることが多く、本社で仕事をする人間にとっては、なかなか足を踏み入れることの出来ない場所だった。

「でも匠さん、仕事は大丈夫なの?」
「ん? あぁ、みんなまだ戻って来ないし、ちょっとだけならね」

 匠は二葉の手を引いて店を出ると、エレベーターに向かった。到着したエレベーターに乗り込み、屋上のスイッチを押す。

「どんなイベントなの? やっぱりブライダル関係?」

 二葉は気になり尋ねる。

「うん、まぁそんな感じかな」
 
 しかし匠の返答はどこか曖昧なものだった。なんだろう……ブライダルじゃないってこと?

 エレベーターが最上階に到着すると、チャペルに向かって真っ白な廊下が真っ直ぐ伸びている。

 匠に手を引かれ、二葉は少し緊張した様子で進んでいく。

 チャペルへの白い扉が開かれているのが見え、中の景色を見た二葉は目を見開いた。

「わぁ……素敵……!」

 バージンロードに立った二葉は、思わず感嘆の声を漏らす。祭壇奥はすべてガラス張りになっており、その向こう側全体に青空が広がっていた。

 歩き出そうとし、一度立ち止まる。そして不安そうに匠の方を見た。

「ここって入っていいの?」
「もちろん。今は俺たち二人の貸切だしね」

 二葉は嬉しそうに祭壇の方へと歩き始めた。だが途中で違和感を感じて足を止める。

 おかしい……イベントの準備をしてるって言っていたのに、それらしい様子が何も見当たらなかったのだ。

 飾りも花もないし、マイクやライトなどの機材もない。ましてや人がいた気配すらもなかった。

「ねぇ匠さん……」

 不安そうに振り返った二葉は、驚きのあまり言葉を失った。なんと匠が花束を持って立っていたのだ。

 匠はゆっくり二葉に近付くと、ぎこちなく笑う。彼から漂う緊張感が伝わり、二葉も呼吸の仕方を忘れてしまった。

 二葉の胸が高鳴る。このシチュエーションってもしかして……。

 匠は大きく深呼吸をすると、二葉を真っ直ぐ見つめる。

「仕事中だし……いや、むしろ本当に仕事中なんだけど……」

 何やら口籠るが、ハッとしたように我に返ると、二葉に花束を差し出す。

「俺たちらしいものって何かなって考えた時、この花が頭に浮かんだんだ」

 たくさんの種類の花の真ん中に、一輪のピンク色の蓮の花が存在感を示す。

「仏前式ではよく使われるらしいんだけどね。二葉の好きな如意輪観音様も手に持ってる」
「うん、そうだね……」
「俺、六年前に二葉に出会えて本当に幸せだった。二葉に会えなかったら、きっと今の俺はないと思うんだ。だから二葉、俺と結婚してくれませんか?」

 あまりにも予想外の展開に、頭と心が追いつかない。でも瞳から溢れ出る涙が、二葉の気持ちを表しているようだった。

「二葉?」

 困ったように匠が二葉の顔を覗き込む。その瞬間、二葉は匠に抱きついた。

 涙と笑顔が同時に溢れるなんて、これが嬉し泣きなんだ……。

「ありがとう……すごく嬉しい……」
「うん……」
「匠さん、これからもよろしくお願いします」
「ありがとう……こちらこそよろしく」

 二人は喜びのあまり抱き合う。幸せの余韻に浸る中、それは起こった。

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