客観的恋愛曖昧論

白山小梅

理不尽な言い分2

 匠は真梨子と晃のやりとりを見ながら、バーテンダーに目配せをする。するとバーテンダーが頷き、裏の方へ消えていく。

 しばらくして戻って来たバーテンダーは、コースターを一枚匠の前に差し出す。

『副支配人に連絡しました。すぐにこちらに向かうそうです。』

 安堵した匠が入口を見ると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。入口の受付の中に、兄の姿があったのだ。

 なんで兄貴がここにいるんだ? 本社はこの近くだし、よく来ていることは知っている。でもタイミングが良すぎるだろ……。

 二人の言い争う言葉に耳を傾けていると、真梨子が店を飛び出そうと走り出した。その瞬間に二葉が晃の腕を掴み引き止める。

 晃の視線が二葉に向いた瞬間、匠は兄が真梨子を連れて店の外に向かう姿を目にして驚いた。

 社長自ら出てきて対処するような大事おおごとじゃないはずだ。なんで兄貴が……?

 その時、匠の脳裏にあの日のあの言葉が思い出される。

『俺はどちらかといえば、ラウンジで揉めた女性の方が好みだからな』

 まさかあの言葉って本気だったわけじゃないよな……。

 親に勧められて結婚した若い奥さんと、たった二ヶ月で離婚したのが半年前。独身だし、ないわけじゃないのか?

 それに先生はご主人と上手くいっていないとはいえ、まだ既婚者だぞ。やっぱりそれは駄目だろう。

 兄の行動の真意が掴めず、匠の頭は混乱し始める。しかし二葉の声で現実に引き戻された。

「……行かせません」

 そうだ、それどころじゃない。匠は二人の間に入ろうとしたが、二葉の言葉で躊躇した。

「あなたは勝手です。真梨子さんの気持ちを理解しようともしないで、自分の意見を押し付けてる」

 晃が怯むのがわかった。二葉の言葉にダメージを受けたように見える。

「そ、そんなことはない。私たちはちゃんと話し合って……」
「話し合って、なんですか? 真梨子さんの願いを聞き入れもしない、受け入れもしない、ただ自分のワガママに真梨子さんを巻き込んでいるだけにしか見えません」
「君には関係のないことだろう⁈ 何も知らないくせに口を出すんじゃない!」

 二葉の言葉は核心をついているのだろう。匠はいざとなれば止める覚悟で、二人を見守る。

「……たぶんあなたが理解しようとしない部分の真梨子さんを、私は知ってます。だって真梨子さんが打ち明けてくれたから……」
「何を言ってるんだ、いい加減に離してくれ」
「離しません。真梨子さんは今あなたの元から離れた。なら行かせることは出来ない」

 二葉は怒りと共に、掴む手の力も強くなる。

「真梨子さんは周りの友達にあなたの文句を言われても、庇い続けたそうです。あなたを愛していたからそばにいて、あなたと仲良くしたいからあなたの意見を受け入れた。じゃああなたは真梨子さんのために何をしましたか? 子どもが欲しいと願う真梨子さんの気持ちを、あなたはどう受け止めたんですか? 一緒に悩みましたか? 彼女の気持ちに寄り添いましたか?」
「それは……」

 晃は目が泳ぎ、言葉に詰まる。

「でも子どもがいたら今のように仕事や、こうして夜に飲みに行ったり、好きな買い物だって出来なくなる。今の二人の穏やかな生活が……」
「それは真梨子さんが望んだものですか?」
「えっ……」
「真梨子さんが仕事を続けたいと言ったんですか? 飲みに行きたいと言いましたか? 欲しいものがたくさんあると言いましたか? 好きなことをして穏やかに生活したいのはあなたの希望でしょ? それこそあなたの意見を押し付けてる証拠だわ」

 二葉は悔しくて唇を噛み締める。どうしてこんな自分勝手な男に、真梨子さんの人生を握られなきゃいけないんだろう。

「夫婦って、二人で家庭を築いていくんじゃないんですか? あなたの話を聞いてると、あなたの敷いたレールに真梨子さんを乗せているだけ。どこかに立ち寄ることさえ許されない。窓から見える景色すら限定されてしまう。そんな息の詰まるような電車、私なら降りるわ」
「息が詰まるだと……?」

 晃の怒ったような表情に、二葉は怯みそうになる。でもまだ終わりじゃない。気持ちを奮い立たせ、負けないように晃を見る。

「どうして二人で話し合って、一緒に行き先を決めないんですか? お互いの行きたい場所にどちらも行って、新しい景色に二人で感動する……。新しい思い出が出来て、古い思い出を振り返って笑い合う。それが夫婦なんじゃないんですか?」

 言い切った二葉は、大きく息を吸って吐いた。息が苦しくて、眩暈がする。自分が言った言葉が正しいのかはわからない。でも真梨子さんを放っておきたくなかった。

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