客観的恋愛曖昧論
理不尽な言い分1
匠は肩を落として、二葉の隣に立った。
バレないように気をつけたつもりだったのに、壁にへばりついた瞬間、真梨子と目が合ってしまった。
「ごめん……二葉……バレないように隠れてたつもりだったんだけど……」
「あはは、まぁ……ちょっと隠れきれてなかったかもねぇ」
「あなたあれで隠れたつもり? 甘いわね。まぁとりあえず座ったら?」
真梨子に追い打ちをかけられ、申し訳なさそうに二葉の隣に座る。その背中を二葉は優しく撫でる。
「仕事は?」
「大丈夫。ちゃんと終わらせてから来たよ」
「そっか。お疲れ様」
行くと言っていたものの、もし来たことを咎められたらと思っていた匠は、二葉に微笑みかけられホッとした。
真梨子は二人の様子を見ながらクスクス笑う。
「なんだか不思議ね。まるで生徒同士のカップルを見ているような気分になるわ。そういえば、あなた高校はどこなの?」
「私ですか? 海鵬です。こう見えて陸上部だったんですよ。しつこい元カレを何度も振り切りましたから」
それを聞いた真梨子と匠が笑い出す。
「副島くん、本当に面白い子を見つけたわね」
匠は愛おしそうに二葉を見つめ、髪を撫でていく。すると彼女は照れたように頬を染めた。
「本当。俺にはもったいないくらいの子です」
「はいはい、ご馳走様。仲が良くて何よりね」
その時だった。バーの入口に目をやった真梨子の表情が突如として険しくなり、青ざめていく。
「真梨子」
彼女を呼ぶ声がし、匠と二葉は声のした方に顔を向ける。そこには三十代半ばくらい、短めの黒髪に眼鏡をかけたスーツ姿の男性が、怪訝そうな顔で真梨子を見つめ、立っていた。
「家に帰ったら、君がいないから心配してたんだ」
徐々に近付いてくる男性から、真梨子は目を逸らす。
「あぁ、ごめんなさい。連絡し忘れたみたい」
「君のことだからきっとこの店じゃないかと思って見にきたら、案の定だったね」
「今友達と飲んでるところだから、先に帰っててくれる?」
男性の想像していた返答と違っていたのか、真梨子の言葉を聞いて眉をひそめる。
「……友達? そんな若い子が?」
「私の教え子の恋人なの。最近仲良くなったのよ」
男性がそばに寄ろうとするのを、手を出して真梨子は牽制する。
会話の内容から、彼が真梨子の夫であることが予測出来る。しかし彼女のよそよそしい態度が、男性を苛立たせているように見えた。
二葉は緊張した様子で男性を観察する。この人が前回の会話の中で、私が思い切り貶した張本人なのだろうか。
男性は二葉に視線を移すと、ハッとした様子で口を開けた。
「もしかして君か? 真梨子に余計なことを吹き込んだのは」
「えっ……」
「晃! 彼女は関係ないわ。本当にただの友人よ」
「最近仲良くなったのなら、そうなんじゃないのか? 二人で納得したことを、君がまた持ち出してきたんだから」
晃と呼ばれた男性が真梨子の肩を掴む。
「しかも最近は連絡もなしに外出するし……」
「あなただって何も連絡して来ないじゃない。誰もいない家に一人でいても虚しいだけなの。だったら友達に会ったっていいじゃない」
「だからそのことは……」
「えぇ、話したわ。だからもうわかったって言ったでしょ」
真梨子は晃の手を振り払うと、語気が強くなる。
「しかも帰ったら冷蔵庫も空っぽだし……」
「自分の分はちゃんと作ってるわ。お弁当もね。でも食べてくれない人のために作って捨てるだけなんて、意味がないことをやめただけ」
すると堰を切ったように真梨子の口から、言葉が溢れ出す。
「休みの日になれば、あなたは趣味のゴルフに行ってしまう。家にいれば『くだらない』と言ってニュース番組以外は消してしまう。本を読み始めれば私はいないようなもの。私が具合が悪くても、心配するのは口だけ。帰って来る頃にはもう忘れてるわよね? じゃあ私は一体何なの? 一緒にいたっていないのと同じじゃない? それって一緒にいる意味があるの? 私はこれからも満たされない想いをずっと抱えて生きていかなきゃいけないの? そんなのもう耐えられない……!」
最後まで言い終わらないうちに、真梨子はカバンを持つと晃を押し退け、バーの入口に走り出す。
「真梨子⁈」
その後を慌てて追いかけようとした晃だったが、二葉に腕を掴まれ阻まれる。
「離せ! 真梨子を追いかけないと……!」
二葉の手を振り払おうとするが、彼女の力が強くて敵わない。
「……行かせません」
今行かれたら真梨子さんに追いついてしまう。そんなことはさせない。ここは私が引き止める。二葉は強く思う。
だって真梨子さんは私を友達と言ってくれた。大事な話も打ち明けてくれた。私だって友達のために出来ることをしたい。
二葉は晃をキッと睨みつけた。
バレないように気をつけたつもりだったのに、壁にへばりついた瞬間、真梨子と目が合ってしまった。
「ごめん……二葉……バレないように隠れてたつもりだったんだけど……」
「あはは、まぁ……ちょっと隠れきれてなかったかもねぇ」
「あなたあれで隠れたつもり? 甘いわね。まぁとりあえず座ったら?」
真梨子に追い打ちをかけられ、申し訳なさそうに二葉の隣に座る。その背中を二葉は優しく撫でる。
「仕事は?」
「大丈夫。ちゃんと終わらせてから来たよ」
「そっか。お疲れ様」
行くと言っていたものの、もし来たことを咎められたらと思っていた匠は、二葉に微笑みかけられホッとした。
真梨子は二人の様子を見ながらクスクス笑う。
「なんだか不思議ね。まるで生徒同士のカップルを見ているような気分になるわ。そういえば、あなた高校はどこなの?」
「私ですか? 海鵬です。こう見えて陸上部だったんですよ。しつこい元カレを何度も振り切りましたから」
それを聞いた真梨子と匠が笑い出す。
「副島くん、本当に面白い子を見つけたわね」
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彼女を呼ぶ声がし、匠と二葉は声のした方に顔を向ける。そこには三十代半ばくらい、短めの黒髪に眼鏡をかけたスーツ姿の男性が、怪訝そうな顔で真梨子を見つめ、立っていた。
「家に帰ったら、君がいないから心配してたんだ」
徐々に近付いてくる男性から、真梨子は目を逸らす。
「あぁ、ごめんなさい。連絡し忘れたみたい」
「君のことだからきっとこの店じゃないかと思って見にきたら、案の定だったね」
「今友達と飲んでるところだから、先に帰っててくれる?」
男性の想像していた返答と違っていたのか、真梨子の言葉を聞いて眉をひそめる。
「……友達? そんな若い子が?」
「私の教え子の恋人なの。最近仲良くなったのよ」
男性がそばに寄ろうとするのを、手を出して真梨子は牽制する。
会話の内容から、彼が真梨子の夫であることが予測出来る。しかし彼女のよそよそしい態度が、男性を苛立たせているように見えた。
二葉は緊張した様子で男性を観察する。この人が前回の会話の中で、私が思い切り貶した張本人なのだろうか。
男性は二葉に視線を移すと、ハッとした様子で口を開けた。
「もしかして君か? 真梨子に余計なことを吹き込んだのは」
「えっ……」
「晃! 彼女は関係ないわ。本当にただの友人よ」
「最近仲良くなったのなら、そうなんじゃないのか? 二人で納得したことを、君がまた持ち出してきたんだから」
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「しかも最近は連絡もなしに外出するし……」
「あなただって何も連絡して来ないじゃない。誰もいない家に一人でいても虚しいだけなの。だったら友達に会ったっていいじゃない」
「だからそのことは……」
「えぇ、話したわ。だからもうわかったって言ったでしょ」
真梨子は晃の手を振り払うと、語気が強くなる。
「しかも帰ったら冷蔵庫も空っぽだし……」
「自分の分はちゃんと作ってるわ。お弁当もね。でも食べてくれない人のために作って捨てるだけなんて、意味がないことをやめただけ」
すると堰を切ったように真梨子の口から、言葉が溢れ出す。
「休みの日になれば、あなたは趣味のゴルフに行ってしまう。家にいれば『くだらない』と言ってニュース番組以外は消してしまう。本を読み始めれば私はいないようなもの。私が具合が悪くても、心配するのは口だけ。帰って来る頃にはもう忘れてるわよね? じゃあ私は一体何なの? 一緒にいたっていないのと同じじゃない? それって一緒にいる意味があるの? 私はこれからも満たされない想いをずっと抱えて生きていかなきゃいけないの? そんなのもう耐えられない……!」
最後まで言い終わらないうちに、真梨子はカバンを持つと晃を押し退け、バーの入口に走り出す。
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