客観的恋愛曖昧論

白山小梅

真梨子の決意1

 それは突然だった。仕事を終えて帰る準備を始めた頃、二葉のスマホが鳴ったのだ。

 登録されたものではなかったが、画面に並んだ数字を見た途端、二葉には誰からの着信であるかすぐにわかった。

 慌てて休憩室に向かい、電話を取る。

「もしもし」
『……私。わかるかしら?』
「わかります。真梨子さんですよね」

 暫しの沈黙が流れる。

『……あなた、これから予定はある?』
「いえ、ちょうど帰るところだったので……」
『それならちょっとおしゃべりに付き合ってくれない?』
「わ、私でいいんですか⁈」
『女子トーク、してくれるんでしょ? そうね、この間と同じバーはどうかしら?』
「大丈夫です! すぐに行きます!」

 電話を切ると、慌ててオフィスに戻る。まだ残って仕事をしている匠の元へ行きたかったが、和田もそばにいるため迂闊には近寄れない。

 迷った二葉は、とりあえずメールを送ることにした。

『さっき真梨子さんに誘われたので、前回と同じバーで会ってきます』

 送信すると、すぐに匠のスマホが鳴る。メールを確認した匠の表情が険しくなり、二葉の方を見た。

 二葉は微笑むと、荷物を持ってオフィスを出る。するとすぐに匠が追いかけてきた。

「二葉……! さっきのメールって……」
「なんかね、女子トークをしましょうって誘われたの。おしゃべりするだけだから大丈夫だよ」
「でも……」
「何かあったらすぐに連絡するから」

 納得のいかない顔をしていたが、渋々頷く。

「……俺も終わり次第、すぐに行くから」
「うん、わかった」

 到着したエレベーターに乗り込むと、ドアが閉まるまで彼に手を振り続けた。

* * * *

 二葉がバーに到着した時、真梨子は既にカウンター席に座ってカクテルを飲んでいた。

 やはり彼女の姿を見ると、どこか緊張してしまう。二葉はゆっくりと真梨子に近付くと、
「お待たせしました」
と言って、隣の席に座った。

 バーテンダーにカクテルを注文すると、横目でちらっと真梨子の様子を伺う。

 二葉は会うたびに真梨子の凛とした美しさに胸が苦しくなる。自分にないものを持つ彼女に、どこか憧れに似たような感情と、匠さんを虜にしたという嫉妬に近い気持ちが入り混じっているのだと思った。

 本当は彼女に聞きたいけどがあるけれど、今日は私は誘われた身。私から話を振るのは違う気がした。

 その時、カクテルグラスに触れながら真梨子が口を開く。

「彼とは上手くいってるの?」

 話が唐突に始まったので、二葉は慌てて真梨子は方を向いた。

「は、はい。仲良くさせていただいてます」
「なんだ、上手くいってなかったら鼻で笑ってやろうと思ってたのに」

 二葉が驚いたように目を見開くと、真梨子は思わず吹き出した。

「嘘よ。あなたといると本当に調子が狂っちゃう。それで……今日私と会うことは伝えたの?」
「一応……」
「じゃあそのうち来るかもしれないわね」

 真梨子はカクテルを飲み干すと、同じものを再び注文する。バーテンダーが目の前で作るのを眺めている間、彼女は口を閉ざした。

 グラスにカクテルが注がれる。真梨子の前に綺麗なブルーのカクテルが置かれると、彼女はようやく二葉の顔を見た。

 

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