客観的恋愛曖昧論

白山小梅

あの夜をもう一度3

 ホテルのエレベーターには他の宿泊客が同乗していたため、二人は衝動をじっと我慢した。その人たちが降りた途端、何度も唇を重ねる。

 エレベーターを降りて部屋に向かうまでの時間すら惜しい。部屋に入るなり再びキスを繰り返し、そのままベッドに倒れ込む。

 言葉はいらなかった。愛し合うことに夢中になり、お互いの熱にだけ集中する。

 部屋の中は、二人の息遣いだけが響いていた。

 彼に暴かれていくことがこんなにも気持ちがいい……。彼の指、唇、瞳、全てから愛されている歓びを感じる。

 昨日とはまた違う。なんだか愛が溢れてるよう。

 匠が二葉の中へと入り込むと、二人は思わず笑顔になる。

「二葉のことがずっと好きだった……愛してるよ……」
「私も大好きよ……」

 その夜、二人は果てても果てても、何度も激しく愛し合った。

* * * *

 シャワーの音で目が覚めると、久しぶりに体の怠さを感じる。そして夜のことを思い出して、二葉は思わず吹き出した。

 あんなに激しくお互いを求め合うなんて……あぁ、もう本当に幸せ過ぎる。

 布団の中でそんなことを考えていると、浴室からバスローブを着た匠が出てきた。匠はベッドに座ると、にっこり微笑んで二葉の額にキスをする。

「おはよう。起きてた?」
「おはよう。今起きたところ。あまりにも体が怠くて動けないの」

 二葉が言うと、匠は困ったように彼女の体をさすった。

「ちょっと夢中になり過ぎちゃった。ごめんね。あっ、朝食ルームサービス頼んだから、ゆっくり過ごしてから三峯神社に行こう!」

 二葉はベッドを片手でポンポンと叩く。そのことに気付き、匠は二葉の隣に横になる。彼の差し出した腕に頭を乗せると、二葉は匠に抱きついた。

「……せっかくだから、もう少し余韻に浸らせて……」

 匠の少し湿った体と、フローラルのボディソープの香りに包まれて、二葉は気持ち良さそうに目を閉じる。

「匠さん……六年前のこと、気付いてなかったとはいえごめんなさい……」
「いいんだ。ようやく記憶の上書きが出来たし、昨日は更に忘れられない夜になったしね。あんなに激しく愛し合ったこと、絶対に忘れない」
「本当にねぇ……観音院の階段を昇った後にあんな体力があったことに驚きだわ」

 匠の手が二葉の髪を撫でる。

「六年前、もし俺が二葉を引き留めていたら、あの日の夜もこんなだったかな」
「さぁ……それはわからないな。でも過去は過去。今が幸せならそれでいいんじゃない?」
「……どうしよう……朝食の前に二葉が食べたくなってきた」
「あはは! でも空腹の私を食べても美味しくないと思うよ」
「それって食後ならいいってこと?」

 まるで尻尾を振る子犬みたいな顔をしている。本当に可愛い人。

 二葉は匠にそっと口づける。

「……時間次第かな。チェックアウトの時間もあるしね」

 匠は二葉の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑む。

「俺、高校の時に初めて付き合った子に『愛が重過ぎる』って言われたことがあるんだよね」
「どういう意味? 独占欲が強いとか?」
「うん、たぶん。二葉にも俺の重過ぎる愛をぶつけてないか心配」

 二葉は少し考えてから、匠の頬を撫でた。

「それは受取手次第なんじゃないかなぁ。私は重いというよりは……そうだな……深いっていう言葉が合うと思う」

 匠はまるで時が止まったかのように二葉を見つめた。

「……深い?」
「そう。匠さんは愛情深いのよ。だから私は愛されてることを実感出来るの」
「はは……そんなことを言ってくれるの、きっと二葉だけだよ……」

 その時、二葉はムクッと起き上がると、匠の体に覆い被さり唇を奪う。

「匠さんが可愛いから、空腹より……性欲が勝っちゃったじゃない……」
「そ、それって……」
「私の愛の方が重いかもしれない……」

 匠は体勢を入れ替え、二葉を組み敷く。

「二葉の愛なら大歓迎だよ」

 二人は貪るようにキスをし、熱く舌を絡ませていく。匠の手が二葉の体に触れようとした瞬間。

 部屋のチャイムが鳴る。

「ルームサービスをお持ちしました」

 二人は時間が止まったかのように固まると、苦笑いをした。


 

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品