客観的恋愛曖昧論

白山小梅

二葉の願い2

 資料室に入り、ファイルを戻すと次のファイルを取り出す。

 その時ドアが開く音がしたが、気にも止めずにドアの方へ歩き出す。しかしドアの前に立っていたのが匠だったため、二葉は驚きと喜びで彼のそばに駆け寄る。

 そして頭の中で、木之下が気遣ってくれたことに気付く。

「木之下さんね」
「そう。ちょっと目で合図を送っておいた」

 匠は二葉の体を抱きしめ、奥の方に移動していく。彼女の手から資料を取り上げると、棚の空いている部分に載せる。

「これで首に手を回せるでしょ?」

 二葉が返事をするまでもなく唇を塞がれる。匠の希望通り首に腕を回すと、彼の手に腰を強く引き寄せられる。体と体がピタリと密着し、それだけで二葉は体の芯が震えた。

 この人はわかっててやってるのかしら……。だとしたら本当に困ったものだわ。

 唇が離れると、匠の唇が二葉の耳を甘噛みする。

「……さっきのってさ、先生が関係してる?」

 熱い吐息が降り掛かり、腰が抜けそうになる。しかし匠の腕にしっかりと支えられ、二葉は彼の胸に倒れ込む。

「……うん、してる。なんとなく発言しちゃったの、ごめんなさい」
「なんで謝るのさ。でもなんか変な感じ。俺より二葉の方が先生のことを知ってるみたい」

 二葉は匠にキスをする。

「別に先生のための発言じゃないのよ。しかも私が話すことなんて、きっとただの綺麗事でしかない……」
「まぁ……そうかもしれない。でも逆に二葉のこの案を喜んで受け入れる人だっているはずだよ。それは受取手次第なんだから、俺たちは全力で企画を作っていこう」

 匠さんの笑顔は私に勇気をくれる。大丈夫だって安心させてくれるの。

「……でも本当はちょっとだけ、真梨子さんに届いて欲しいなって思ってる……」
「それって先生? それとも旦那さん?」
「本音を言えば旦那さん……。真梨子さんには別の選択肢も考えて欲しいから……」

 でもそれは口には出せない。だって大事なのは真梨子さんの気持ちだから。

「……二葉らしいな。こんなこと言ったらおかしいけどさ、最近二葉ってばずっと先生のこと考えてたでしょ? ちょっと妬いてたんだよね。もっと俺のこと考えてほしいなってさ」
「えっ、そ、そんなことないよ……?」
「とぼけても無駄だよ」
「……」
「でも二葉は先生に本気でぶつかってくれたんだよね。それは俺には出来ないことだから……すごく嬉しかった」
「……本当?」
「もちろん。だから……先生から連絡が来るといいね。あっ、もちろん二葉に。俺は拒否してるから」

 先生に向けられる優しさにちょっと妬いてしまったけど、こういう匠さんだから好きなの。

「うん、ありがとう……大好き、匠さん。もっとぎゅってしてくれる? 実はさっきの、結構ドキドキしちゃったんだよねぇ。今も緊張感が取れない……慣れないことはするもんじゃないね」

 すると匠は吹き出す。

「あはは! そうだったの? かなり堂々としてたけど」
「……してません」

 匠の腕に抱きしめられ、ようやく二葉は落ち着きを取り戻していく。

「お疲れ様」

 そして再び塞がれる唇の甘い感触をもっと感じたくて、二葉はそっと目を伏せる。

 後で木之下さんにお礼言わなきゃ……しかしそんな想いも、匠の熱に囚われ一瞬で吹き飛んでしまった。


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