客観的恋愛曖昧論

白山小梅

二葉の願い1

 真梨子と話をしてから、二葉はずっと彼女のことが気になっていた。

 真梨子さんなりの答えっていうのは一体何を指しているんだろう。良いことも悪いことも頭に浮かび、二葉はモヤモヤが晴れなかった。

 仕事中もふとあの日の会話を思い出しては、考えに耽ってしまう瞬間があった。

「じゃあ企画自体は副島の案で行こうか。ただ宣伝に関しては木之下の方がインパクトがあるかもしれないな」

 部長の言葉で二葉ははっと我に返る。そしてホワイトボードに書かれた文字を見て、自分が全く話を聞いていなかったことに気付く。

『プロポーズ企画
 対象……結婚を考えている男女のどちらか』

「場所の提供、その日の宿泊、食事は両方つけた方がいいでしょうね」
「結婚式まで持っていくために、参加者への特典も考えるべきかな」

 プロポーズか……二葉はまた真梨子と繋げてしまう。

 結婚は二十四歳だったって言ってた。どんな風に出会って、プロポーズを受けたのかな……。好きで仕方ないって言っていたくらいだもの。きっとすごく愛し合っていたはずだよね……。

 一生を添い遂げるつもりで、愛を伝えるのがプロポーズ。匠さんは紙切れ一枚なんて言い方をしたけど、人生を左右する紙切れなのよ。まぁ逆に紙切れ一枚で別れることもできるけど。

 愛を伝える……愛を誓う……か。

『紙切れ一枚に縛られなくても愛し合うことは出来る』

 それって人生に一度だけのことなの?

「あの……」

 会議の中で、二葉は初めて自分の声を出した。

「どうした?」

 みんなの視線が集まり、少しずつ緊張感が増していく。

「あ、あの、この企画の対象は独身の男女だけですか?」

 会議室が一気に静まり返る。

「……というと?」

 部長に意見を求められ、二葉は突然のことに戸惑い出す。しかし隣にいた木之下に背中を叩かれ、少しだけ落ち着きを取り戻す。

「既婚の夫婦が、二度目の愛を誓う……そんなことは出来ないでしょうか。式を挙げられなかった人や、子どもが独立して久しぶりに夫婦だけになった方、喧嘩をした後の仲直りの材料や……冷え切ってしまった夫婦仲を取り戻すためなど、改めてプロポーズをする場を提供するんです。結婚式に繋げることにはなりませんが、ドレスを着て写真撮影をするなど、プランに幅を持たせれば、多くの方に利用していただけるかと思います」

 言い切った後の静けさが二葉の不安を煽る。思わず目を閉じて下を向く。

「……うん、良いんじゃないか。確かに対象が広がるのはいいと思うし」
「プランをある程度確定させて、オプションで追加出来れば、プランナーの負担も減らせますしね」
「場所も一ヶ所に固定しなければ、複数組を同時にも出来ますよ」

 二葉の言葉が会議の中で膨らんでいく。初めての経験に、二葉の心は踊った。

「よし、じゃあその案で進めていこう」

 部長の一声で会議が終わる。硬直したままの二葉の肩を木之下が笑顔で叩く。

「初めて企画に参加した感想は?」
「う、嬉しいです……」
「うん、それは良かった。よし、この調子でうちのグループも詰めていかないとな」
「は、はい!」

 木之下と二葉は使った資料をまとめると、会議室から出る。だが何を思ったのか、木之下は二葉に資料のファイルを渡した。

「悪いんだけど、この資料を片付けて、続きのファイルを取ってきてくれるか?」
「あっ、はい、わかりました」

 資料室に向かう二葉の背中を見送りながら、木之下は思わずほくそ笑んだ。

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