客観的恋愛曖昧論

白山小梅

二葉の決意1

 この間の女子会の後から、二葉はずっと考えていたことがあった。いや、実際は真梨子と対峙したあの日から、心の中でくすぶっていたのだ。

 それが正しいことなのかはわからなかったが、そうするべきというより、二葉自身がそうしたかった。

 匠に『先生のことで話がある』とメッセージを送ると、以前購入したデリでテイクアウトを購入すると、彼のマンションの前で帰りを待った。

 二葉が到着してからニ十分ほどしてから、匠が慌てて走ってくる姿が見えた。

「ご、ごめん。待った?」
「走らなくていいのに。私も着いたばかりだし」

 二人は匠の部屋に入ると、食事の準備を始める。"先生"という単語には一切触れず、いつも通りの会話をする。

 食事が終わりかけた時、少し不安そうな表情を浮かべた匠がようやく口を開いた。

「で……先生の話って何?」

 二葉は真面目な顔になり、匠をじっと見つめるとこう言った。

「先生と会って話してみようかと思うの」

 匠の顔が険しくなる。

「どういうこと?」
「……この間は匠さんの話だけで終わっちゃったでしょ? だからきちんとお互いの話をしてみたいと思って」
「話すことなんかある? 俺は二葉をあの人の前に出したくない」
「どうして?」
「心配だからに決まってるだろ⁈ あの人は言葉の圧力が強いんだ……二葉も強いけど、あの人に言いくるめられるに決まってる……」

 珍しく語気の強くなった匠から、彼がどれほど心配しているかが伝わってくる。

「そうだね……ちょっと怖い。でもね、なんだかあの人……何かを隠してるような気がするの……。なんとも説明し難いんだけど、あの日の匠さんみたいな複雑な感情を抱いてるような……そんな感じがするの。だから話を聞きたいなって思ったんだ……」

 二葉は匠の目を見てしっかりと意思を伝える。しかし匠は頭を抱えて首を縦に振ろうとはしない。

「二葉が心配なんだよ……」
「うん……わかるよ」
「こ、こんなこと俺が言うのもおかしいけど、二葉は初めて会った俺に声をかけて、ノコノコとホテルまでついていっちゃったじゃないか……! 警戒心がないというか、騙されやすいというか……」
「はぁっ⁈ あ、あのね! あれは匠さんだから声をかけたんだからね! ちゃんと住職さんに挨拶をして、写経も渡して、百円玉をしっかり用意してるような匠さんだから話しかけたし、真面目に巡礼している姿にキュンとしたからホテルも行ったんだよ!」
「わ、わかってるけど、二葉は素直すぎて心配なんだよ……!」
「どの口がそんなこと言うのよ〜! ホテルにつれていった張本人のクセに!」
「だ、だから心配してるんじゃないか!」

 匠は困ったように下を向く。二葉は彼の隣に座り、そっと抱きしめた。

 匠の気持ちもわかる。先生に縛られていた張本人だからこそ、何が起こるか、何を言われるのかを想像してしまうのだろう。でも二葉自身、彼女を放っておいてはいけない気がしたのだ。

 二葉の頑なな想いを察し、匠はため息をつく。

「……考えは変わらないの?」
「うん、ずっと考えて出した結論だから」
「……頑固二葉」
「そうなの。よく覚えてたね」

 二葉が言うと、匠は降参するように両手を上げる。

「ただ約束して。いつどこで会うかを報告すること、なるべく大勢の人がいるところで会うこと、音声データを残すこと」
「音声も?」
「音声も」
「わかった。約束する」

 二葉は大きく頷くと、匠の頬にキスをする。

「……はぁ。不安しかないのに……惚れた弱みだよなぁ」
「そんな匠さんが大好きよ」

 すると二葉の体は彼の腕に抱きしめられる。

「……もっと言って」
「匠さんが好き」
「もっと……」
「愛してる」
「うん……」
「匠さんがいれば、それだけで幸せよ」

 匠は大きなため息をついたかと思うと、二葉をソファに押し倒す。

「この間は次の日が仕事だったからお預けだったけど、今日は俺が満足するまで寝かさないから」

 甘い言葉とは裏腹に、苦しげな表情をしていた。

 その言葉を聞いて、二葉は匠の首に腕を回してキスをする。ごめんなさい、頑固者で。

 きっと不安でいっぱいだよね。なのに私の意見を尊重してくれることに、申し訳なさと感謝を感じる。

「臨むところですよ」

 本当になんて優しい人なのかしら……。

 匠の愛情をたっぷりと感じながら、二葉はゆっくりと目を閉じた。

 

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