客観的恋愛曖昧論

白山小梅

心配2

 明日は時間をずらして出勤するため、二人は早めに布団に入った。

 向かい合い、匠の腕に抱かれたまま二葉はそっと目を閉じたが、なかなか寝付けない。

「匠さん……寝てる……?」
「まだ。寝付けない?」
「うん……」

 頭の上から響く彼の声が、二葉の耳に優しく響く。

「あの人のこと……聞いてもいい? それとも話したくない?」
「あまりいい気はしないけどね……二葉が知りたいならいいよ。むしろ嫌じゃないの?」
「嫌……かも。でも知っておきたい気もする」
「わかった。何から話す?」

 匠はため息をつくと、二葉の髪を撫で始める。

「そうだな……どんな先生だった?」
「数学の先生で、すごくはっきりした物言いだから、苦手な生徒が多かったかな。俺はそのさっぱりした感じが好きだったけど」

 確かにはっきりした口調だった。こちらに有無を言わせない空気感は、二葉が生徒だったとしても苦手な先生だったと思う。

「旦那さんと上手くいってないって言ってたけど、まだ別れていないみたいだよね。今日の会話でそれを感じた……」
「そうだね……あの頃も仲は良いって言ってたんだ。だけど体の関係が……よく言うレスってやつだったみたい。先生は子どもが欲しかったのに、旦那さんには性欲も、子どもが欲しいっていう気持ちも薄くて、それが唯一の不満だって言ってた……。だから先生は性欲を満たすために俺と関係を持ったんだ……」

 愛のない体だけの関係。でも匠さんは愛の言葉を言わされたと言った。しかも彼女は匠さんから愛されてるとも言っていた。

 でもなんだろう……この違和感は……。湧き上がる感情に拍車をかけるように思い出されるのは、彼女の辛そうな表情。あれは何を意味していたのだろう。

「俺、先生との行為の間、顔を見ることが出来なかったんだ。目を瞑ったり、顔が見えないようにしたりしてさ。やっぱり罪悪感というか、自分がしていることを肯定したくなかった。だから秩父で二葉を抱いた時、二葉の顔を見ながら体を重ねて、艶っぽい声を聞いて、何度もキスをして、初めて満たされた……」

 そういえばよく『顔を見せて』って言われた気がする。そんな意味があったことに二葉は驚いた。

「でもあの時って、二葉は俺と浮気だったんだよね。先生と同じシチュエーションなのに、二葉にはなんか背徳感からか、すごく燃えちゃったんだ」
「……私、浮気とかするような性格じゃなかったのになぁ。匠さんだからしちゃったのね。きっと私にとって、たった一人の浮気相手だわ」
「……俺だって、毎日写経書いて、巡礼を好んで、しかも仏女なんて特殊な趣味の二葉だから夢中になったんだよ。君がいなかったら、俺は今も囚われていたかもしれない」

 すると匠の手が、髪の上を滑り降りたかと思うと、二葉の首筋を通って顎を持ち上げる。

「二葉、顔見せて」

 そして何度も何度もキスをする。ゆっくりじっくり舌が絡み、二葉の唇から思わず熱い吐息が漏れた。

「俺は六年前のあの日から、ずっと二葉に囚われているんだ。だからもう絶対に離さないからね」

 再び唇を塞がれると、二葉はうっとりと目を閉じた。

 考えなければならないことはたくさんある。でも今は匠の真っ直ぐな愛に酔いたかった。

 

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