客観的恋愛曖昧論

白山小梅

心配1

 二葉と匠はタクシーに乗って、彼のマンションへと帰った。自分の家で良かったのに……と二葉は言ったが、匠はそれを許さなかった。

 彼の部屋に泊まるようになってから、自分の私物も少しだけ置くようにしていた。そのため、明日の仕事へも違う服を着て行ける安心感があった。

 マンションに着いてから、二人は無言だった。何を話せばいいのかわからなかったのだ。

 二葉は洗面所でうがいをしていた匠の背中に抱きつくと、
「お風呂……一緒に入ろう?」
と言う。

 すると匠は頷き、二人は互いの服を脱がせると、浴槽に身を沈める。二葉は匠の体に寄り掛かり、ほうっと一息ついた。

「……疲れた?」
「うん……精神的にね……。あっ、でもどうしてあの場所がわかったの? 突然現れたからびっくりした」
「木之下から連絡が来てさ、二葉が女の人に連れて行かれたって」

 そうか。二人より先にエレベーターを出たことが功を奏したんだ。

「そういえば仕事は? 突然出ちゃって大丈夫だった?」
「うん……急用って言って出てきた。明日は残業になるな」

 匠の手が二葉の体に回され、強く抱きしめる。

「……女の人に連れて行かれたって聞いて、嫌な予感がしたんだ……間に合って良かった……。巻き込んでごめん」
「大丈夫」

 そうは言っても、やはり大きな不安が二葉の心を占めていれるのも事実だった。

「二葉の言葉、嬉しかったんだ。俺を守るとか、
信じるとか」

 首元にかかる匠の息遣いがくすぐったい。それなのに、匠は更に嬉しそうにクスクスと笑う。

「自信がなかったわけじゃないけど、二葉がそこまで俺を想ってくれてたことが嬉しくて仕方ない」
「……こんなに好きって言ってるのに?」
「なんかまだ手探りだったんだ。言葉にしないと伝わらない。でも言葉だけでも足りない。どれだけ疑心暗鬼になってんだろうね」
「私の愛は伝わってなかった?」
「そんなことないよ。二葉はたくさん愛情を示してくれてた。俺の心のせいなんだ。先生と関係を持ってから、正解がわからなくなった。この好きは本物なのか……好きじゃなくても口に出せる嘘つきな自分がここにいて、それが当たり前のようになってた。偽りの自分から抜け出せなくなっている気がして、二葉を愛してやまないのに、これがちゃんと本物なのか不安になってたんだ……」

 二葉も真梨子と対峙し、彼女の持つ圧倒的な雰囲気に呑まれるかのような感覚を味わった。だから匠の言葉の意味がわかる気がした。

「でも今日、二葉と先生の二人を前にして、二葉を守りたいって思った。いや、守らなきゃって思ったんだ。先生と完全に違う感情が俺の中に湧き起こって……あぁ、人を愛するってこういうことなんだって改めて思ったんだ」

 匠は二葉を自分の方に向かせると、そっとキスをする。

「俺を信じてくれてありがとう。二葉のこと、心から愛してるよ……。今なら自信を持って言える」

 そして微笑みながら、額にキスをした。匠の愛情を感じ、二葉の心がようやく緊張から解けていく。

「……本当のことを言うとね、今もちょっと動揺してるの。怖かった……」
「うん……そうだよね……」
「あの人が怖かったというより、あの人の言うことが事実だったらどうしようって不安だった。だって私はこんなに匠さんが好きなのに、もしいきなり私はいらないって言われたらどうしようって怖くなったの……」
「そんなこと、絶対にないから……!」

 匠の腕に抱かれながら、二葉は止まらなくなった涙を隠すために両手で顔を覆った。

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