客観的恋愛曖昧論

白山小梅

今の二人3

 どうしてかな……匠さんが相手だと、私の警戒心が弱まるようだった。

「あの……もし良かったら一緒に行きませんか?」
「えっ……」

 あの日に自分から話しかけた時の気持ちが蘇る。

「坂東三十三観音様の前に、まずは都内を散策しませんか? お互いに調べて、いろいろ出かけるの。私はいつも一人だから、匠さんが一緒なら嬉しいな」

 匠は握っていた二葉の手を愛おしそうに触れたかと思うと、どこか泣きそうな顔になる。二葉は心配になり、彼の手に自分の手を重ねる。

「匠さん?」
「……たった三日一緒にいただけなのにな。二葉があの日と変わらないことが、こんなにも俺を安心させる」

 二葉の手に口付けると、匠は彼女の瞳をまっすぐ見据える。真剣な眼差しに捕らえられ、二葉は動けなくなる。

「ねぇ二葉、俺と付き合ってって言ったら困る? 今確信したんだ。確かに体の関係は満たされない気持ちを埋めてくれた。でも二葉といたいって思うのはそれだけじゃないんだ。趣味も合うし、君といると穏やかな気持ちになれる……」

 唐突な展開に二葉の頭がついていけずにフリーズしてしまう。

 だめんずの話をして、巡礼の話をして、何故いきなり付き合う展開になるの⁈

「まだお互い知らないことばかりだけど、なんとなくはわかってるつもりだよ。そういう部分は付き合いながら、徐々に知っていけばいいと思うんだ。もし不安ならお試しで付き合うでもいい」
「でも……」

 二葉の頭に昨日の会話が蘇る。

『勝手に作り上げた幻想を打ち砕くために付き合ってみる。もしかしたら、思っていたのと全然違うかもしれないじゃない』

 でも、想像した通りである可能性もある。

「……でもそれって匠さんもまだ恋愛感情にはなっていないってことだよね?」
「いや、俺は八割方なってきてるから大丈夫。二割はこれから知っていく部分だから」

 二葉の想像より高い割合に驚く。でも二葉自身も五分五分くらいだった。

「わかった……でもお願いがあるの。私、匠さんと体から始めちゃったから、ちゃんと順を追った恋がしたい。体の関係はお互いちゃんと好きになってからでもいい?」
「……それって俺をだめんずと思ってたりする?」
「そうじゃなくて。曖昧な気持ちじゃなくて、ちゃんと好きになりたいの。お試し期間を終えて、ちゃんと付き合うようになってからじゃダメ?」
「……ダメじゃないよ。俺だって不安なまま付き合うより、お互い愛し合ってるって確信が欲しい。でもさ、キスくらいはいい?」
「……ダメ」
「なんで?」
「……我慢出来る自信がないから……」
「俺、それくらいは我慢出来ると思うけど」
「……違う。私がってこと……」
「……まさかそれって、俺とエッチなことがしたくなっちゃうかもってこと?」

 二葉は恥ずかしさのあまり机に突っ伏す。こんな欲求不満みたいな発言、匠さんには聞かれたくなかった。

 匠はそんな二葉が可愛くて、つい顔が綻ぶ。

「ねぇ二葉、昨日再会は期待してなかったって言ってたけど、俺と過ごした三日間ってどうだった? ちゃんと記憶に残ってる?」
「もちろん。どうしてですか?」
「……俺はずっと二葉に会いたかったよ。でもそう思っていたのが俺だけだったら切ないなぁと思って」

 確かにあの日、匠さんは何度も私を引き止めようとしてくれた。それなのに頑なに断ったのは私の方だった。だからこそ申し訳ないという思いが湧き上がってくる。

「再会を期待はしてなかった……でも記憶から消えたことはないよ。いつも思い出しては、匠さん以上の人に出会えないもどかしさを感じてた」
「俺のこと、ちょっとでも好きだった?」
「好きの意味合いがわからないんですけどね……。友達としてはあの日も今も大好きです。愛情か友情かと聞かれれば、まだ半分くらいだけど」
「じゃあやっぱりキスはしたい」

 二人は見つめ合うと、匠がテーブルを越えて二葉に口付ける。匠の舌が二葉の唇をなぞると、二葉はあまりの気持ちよさに腰が抜けそうになる。

 唇が離れると、思わず『もっと……』とねだってしまいそうになった。

「六年振りのキスだ……やばい、もっとキスしたい」

 顔を真っ赤にして両手で口元を押さえた匠に、二葉の胸の鼓動が止まらない。匠さんも同じ気持ちだということが嬉しかった。

 でも……やっぱり我慢出来ないのは私の方だ。キスだけでこんなに胸が掻き乱される。体の奥が疼く。

「……ねぇ匠さん、注文したメニューって全部来てる?」
「えっ、うん、来てるよ」

 二葉はおもむろに立ち上がると、テーブルの向こう側の匠の膝の上に座る。そして彼に軽くキスをする。

「……キスだけ……私も我慢出来なくなっちゃった……」

 驚いたように目を見開いた匠の頬が緩み出す。

「うん……個室で良かった……」

 二葉は匠の首に手を回し、何度もキスをする。私ってこんなに大胆だったっけ……。それともただの欲求不満? それでもこの欲望には勝てないの。

 体に回された匠の腕の感触は、あの夜と変わらず力強くて、体が熱くなる。

 互いの匂いと唇と舌の感触が、二人をあの日に引き戻すかのようだった。

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