客観的恋愛曖昧論

白山小梅

出会い〜どん底からの光〜4

 二葉はかなり緊張していた。何しろ男の人が運転する車に乗るのは初めてだったのだ。

 慎吾は運転免許証はあっても、車がなかった。

「二葉ちゃん、カチコチじゃない?」

 匠に指摘され、二葉は更に緊張する。

「まぁそんなこと言ってる間に着いちゃうんだけどね。秩父ってこの近さがいいよね」
「匠さんは秩父以外も行かれたことがあるんですか?」
「まぁぼちぼちね。はい、着いたよ」

 境内までの道を歩きながら、二葉は大きく息を吸う。緑の香りが胸いっぱいに広がり、どこか懐かしい気持ちになった。

「……私、今日突然思い立って来ちゃったんです。ちょっと嫌なことがあって、癒しの旅に出たくなっちゃった」
「……癒しか……確かに俺もそうかな。現実から逃げ出したくなってさ、思い浮かんだのがここだった」

 匠は話しながら空を見上げる。先ほどの寂しそうな表情の理由がわかった気がした。

 彼も私と同じで、何か嫌なことかあって、その気持ちを紛らわすために今ここに居るのだろう。

「匠さんはいつからお寺が好きなんですか?」
「中学の時かな。修学旅行で京都に行った時に、仏像の魅力にハマったんだよね。二葉ちゃんは?」
「私は……中学の時に家族で鎌倉に行った時に、お寺と御朱印の魅力に取り憑かれてしまって……」
「渋い中学生だね」
「匠さんも人のこと言えませんよ」

 匠の車でお寺を順番に回りながら、他愛もない話に花を咲かす。きっと私、友達といるよりも笑顔で話しているかもしれない。

「匠さんが1番好きな観音様は?」
「うーん……やっぱり千手観音様かなぁ。無限の救済力で助けてほしいよ」
「……相当困ってるのね」
「まぁそんなとこ。二葉ちゃんは?」
「私は如意輪観音にょいりんかんのん様。あの柔らかい身のこなしがたまらなく好き」
「なるほど。美術的視点なんだね」

 夕方になり、納経所も閉まる時間になる。十六番札所の西光寺を後にして車に乗り込むと、二人は黙り込む。

 今日はこれでお終い。ということは、匠さんとの巡礼もこれで終わる。

 駅まで送ってくれるかな……そう思うのに、匠さんともう少し一緒にいたかったとも思う。それくらい楽しい時間だった。

 でも楽しい時間には終わりが来るのは当たり前。ふと頭に彼氏が別の女とホテルに入る場面を思い出して悲しくなった。私はまたあの辛い現実に向き合わなければならない。

 その時だった。匠の手が二葉の手に重なり、優しく握った。しかし表情は緊張が見て取れる。

「二葉ちゃん、明日って予定ある?」

 二葉は首を横に振る。

「あのさ……もっと一緒にいたいって言ったら嫌?」

 二葉は再び首を横に振る。

「俺さ、三日で回るつもりだったからホテルをとってあるんだ……良かったら明日も一緒に回らない?」

 そこで初めて首を縦に振った。

 不謹慎だろうか。警戒心がたりないだろうか。それでも匠さんと一緒にいたい気持ちが勝ってしまった。

 慎吾の顔が頭に浮かび、少しだけ罪悪感を感じる。だが二葉の指に匠の指が絡むと、久しぶりに感じるときめきに胸が熱くなる。

 裏切られた絶望感と、同じことをしようとしている背徳感。

 この人との関係だって、たった一夜のものかもしれない。それでも求められることの喜びを選んでしまうの。

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