黒歴史小説 トリプルエッジ

味噌村 幸太郎

5-3

 
 俺は目を覚ますと、婦子羅姫のいた真っ赤な部屋ではなく、病院のような真っ白な部屋にいた。
 お歯黒をつけた召使いらしき妖怪が「新しい服に着替えてくれ」と言った。
「新しい服? どこにそんなもんがあるんだ?」
 俺は辺りを見渡した。
 すると、部屋の隅に黒い服……ではなく、鎧があるのに気がついた。
 それは何か、黒い血で塗ったような……そんな禍々しい鎧に見えた。


「魔王様、もうご気分はよろしいので?」
 ミノが笑顔で出迎えた。
「ああ、すまない……。迷惑かけちまったな」
 俺は素直に謝った。
「いえいえ、お気になさらず……ん? 魔王様、その鎧は……」
 ミノは身に着けた黒い鎧を指差している。

「似合わないか?」
「いえ、そんなことはありませぬ。この老いぼれ、久方ぶりに見とれましたぞ」
「やめろよ……」
 柄にもなく、顔を赤くした。

「ところで、婦子羅姫は?」
「はい、姫なら新牙しんがの間に居られます。私も姫に呼ばれておりますので、ご一緒に参りましょう」
「ああ」
 いつの間にか、ミノや婦子羅姫に対して、憎しみや怒り、それに警戒心も捨てていた。
 心を許している。

 俺達は新牙の間の中に入った。
 そこは大きな石製の台が置かれていた。台にはどこかの地図が載せられている。

「二人とも、来たか」
「おい、なんなんだ? この鎧は……」と俺は訊いた。
 鎧をコンコンと叩いてみせる。
 婦子羅姫は俺の姿を見て、ニッコリと嬉しそうに笑った。

「似合うでないか! やはり、思ったとおり、そなたには黒が似合っておる」
 婦子羅姫は「うんうん」と一人頷いている。
「魔王よ、今日からそなたは〝黒王こくおう〟と名乗るがよい」
「こくおう?」
「姫、それはいいですぞ。この鎧といい、お顔立ちといい、黒がお似合いです!」
「爺もそう思うか」
 今度は婦子羅姫一人だけではなく、ミノもまじって、二人で頷いている。


「なあ、ところでこの部屋はなんなんだ?」
 俺が部屋を不思議そうに眺めていると、ミノが説明してくれた。
「ここは人間界でいう作戦室ですな」
「作戦室?」
「そうじゃ。そなたには、頼みごとがあって、この海呪城に呼んだのじゃ」
「言えよ……人間を殺すこと以外なら、なんでもやるぜ」
 婦子羅姫は、しばらく黙ったあとに、俺の顔を窺いながら言った。

「そなたに、城を……魔族の城を奪ってもらいたいのじゃ」
 婦子羅姫は黙って、俺の目を見つめる。ミノも答えを待っている。
 俺はあっけらかんと答えた。
「城? それぐらいなら、別にいいぜ。引き受けてやるよ」
 婦子羅姫に笑顔が浮ぶ。
「まことか!?」
 俺は肩をすくめた。
「ああ、どうせ、魔族の城なんて人間には関係ない……つーか、いらねぇもんだろ」
 そう言うと、ミノが俺の手を強く握りしめた。
「黒王様、ありがとうございます! この老いぼれ、微力ながらお供させていただきます」
 ミノはとても勇んでいた。

「妾からも礼を言うぞ。本当にありがたいぞ。黒王」
 俺は堅苦しい口調で礼を言う二人をとめさせた。
「あ~、もういいよ。それよか、その城ってのは?」
 婦子羅姫の顔に、真剣な表情がうつる。

「その城は先日、妾が異国に送った内偵が見つけたものじゃ……奪って欲しいとは言ったが……今、城主はいないはずじゃ」
 ミノが台に広げてある地図の、ある一点に長棒で指した。
「黒王様、こちらでございます」
 俺はミノが指した地点を見たが、どうも、場所が分からない。
「……悪いが、俺は地図がダメな方でな。どこの国だ、これ?」
「はい、仏蘭西でございます……」
「フランス?」
「そうじゃ。仏蘭西にそれはある」
 婦子羅姫は切れ長の目を、更に細くして言った。
「マザーの遺産……〝悪魔の蓄音機〟がそこにある」

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