男だけど魔法少女になれちゃった話。

カラメルラ

固有魔法

 「…さて、始めようか」
 場所を移して例の公園。
 猫がここにしようと言ったのだが、そのチョイスの理由は謎だ。
 わざわざここを選ぶ辺り、僕への当て付けまたは皮肉としか思えないけれど。
 「えーず、君を魔法少女にします」
 「何をすれば良いんだ?」
 この黒い猫畜生に服従するのはいただけないものの…姉さんの為だ、仕方がない。
 何でもやってやるよ。必要な事なら。
 「んーちょっと待ってね、集中しないと…にゃんにゃんにゃんにゃん…」
 何だその効果音。
 猫だからか?
 逆に集中力が削がれる気もするのだが。
 それから猫は暫く謎の効果音を発し続け、やっと閉じられていた目が開いた。
 その深紅の眼はいつになく真剣な色味を帯びていて…僕の生殺与奪を握られている気さえする程に。
 そうして僕の未来を決める声は─響いた。
 「…よし……おすわり!」
 「はいっ!」
 「お手!」
 「はいっ!」
 「おかわり!」
 「はいっ!」
 「うん、君は魔法少女になったよ」
 「何だったんだ今のっ!?」
 明らかに可笑しいだろ!
 何だ僕の未来を決める声って!
 「それはあれだ、魔法少女に成る為の儀式…ってとこかな」
 「格好良さげに言っても駄目だ、というか儀式があれで良いのか!?」
 絶対儀式とか大仰な事じゃないって、僕をからかって遊んでいるだけだろう多分!
 何でもやる決意をしたが、有言実行もしてしまったが、これは違う、違う筈だ…。
 魔法少女に成る為の儀式がこれって…男が魔法少女に成る事よりも夢が壊されている気がする。
 「…ふざけてないで魔法少女にしてくれよ早く」
 ……改めて言うと恥ずかしいな、これ。
 姉さんを助ける為にやむなく魔法少女に成るだけだからね、念のため。
 「君もノリノリだったじゃないか」
 「まじでふざけんなよ!?」
 お前と一緒にするな人聞きの悪い!
 仕方なく従っただけだ。断じて他意はない。
 「それと、ボクはさっき、君はもう魔法少女になったって言った筈だよ」
 「はぁ…?」
 幾ら何でも犬の真似事で魔法少女とかいう特異な存在に成れるとは思えないが。
 そんな疑いを込めて猫を見ると、そいつは変なポージングで僕を見ていた。
 具体的に言えば、目を見開いて、首をぐいっと傾げて僕を見ていた。
 「…えいっ」
 数分そうしていたかと思うと、実にわざとらしく声をあげて飛び掛かってくる。
 僕の腕に。
 飛び掛かってくる。
 そして─あろうことか引っ掻かれた。
 「ぁにすんだてめっ」
 血が出てしまっている…大騒ぎする程深くはないけれど。
 引き攣る様な痛みが腕に走った。
 極めて理不尽な行為である。
 僕は今日一日だけで何回ふざけんなよと言わなければいけないんだ…。
 「何って…君がボクの言葉を信じられないのであれば、君がその目で実際に見るしかないだろう?」
 「お前本当に何言ってんの…?」
 「まあ見てみなよ、腕」
 猫は心なしか余裕ある表情をしている…何だろう、そこはかとなく苛つく表情だ。
 つくづく思うけれど、人を煽るのが何よりも楽しい感じの奴だろ、こいつ。
 質が悪い。
 その質の悪い屑に従うのは癪に障るが─正直意地でも腕を見るという行為をしたくなくなったが、仕方がなく見た。
 引っ掻かれた方の腕の、引っ掻かれた箇所を見た。
 「…あれ?」
 僕の幻覚か気分の問題か、はたまた思ったより皮膚が丈夫だったのか、そこに傷は無かった。
 確かに引き攣る様な痛みがあったのだが。
 傷らしきものは見当たらない。
 勿論、痛みがあった箇所の周辺はこれでもかという程隈無く探したものの…結局それらしいものは見つからなかった。
 …ということは…。
 「黒猫マジックか…!」
 「流石だね、何でその答えに辿り着いたのか興味深いよ。ボクには無い思考回路だ」
 うん、意識的に煽られているのは解るけど今は気のせいだと思うことにしよう…それより重要なのは。
 「じゃあこれはどういう事なんだ?」
 「そうだね…ボクが意識的に君を煽ってるのが気のせいじゃないって事は確かだね」
 「訊いてるのはそこじゃないし、第一そこは気のせいって事にして流せよっ!」
 話を進ませる気ないだろ!
 そこまで堂々とされると苛々するとか呆れるとか通り越して笑えてくるわ!
 「ごめんごめん、ついね。楽しそうで何よりだ…で、"ソレ"がどういう事なのかの答えだけど─君の固有魔法だよ。回復系だね」
 「え、こんなに直ぐ現れるもんなのか?しかも大分顕著に」
 全くもって楽しくはないが、猫の狂言よりも気になるフレーズが耳に入ったので、そちらを最優先させる事にする。
 いちいちこいつの発言を気に掛けるのが面倒だというのもちょっとだけあるが。
 八割位かな?
 「ちょっとどころじゃなくないかい?」
 「いや、僕がお前とのお喋りに興じている時の数々の煽りを踏まえればそんな台詞は出てこないね」
 寧ろ少ないくらいだ。
 「それは申し訳ないけど、」
 「絶対思ってないだろ」
 「話を進めたかったんじゃないのかい。…まあ詰まるところ、君は無事魔法少女になったって訳だ」
 へえ…本当に成ってたのか……あれで?
 …それはかなり疑わしいけれど、実際魔法が遣えているのだから、魔法少女には成れたということなのだろう─多分。
 何にしろ、姉さんを漸く助けられるなら些細な問題だ…と思おう。
 ……何か引っ掛かる…そうだ、魔法を遣うのには代償がいるのではなかったのか?
 「代償じゃなくて条件さ。君は僅かだけど条件を満たしていたみたいだったからね」
 「待て待て、僕には条件を満たしたなんて覚えはないぞ」
 確か、感情に関する事例が多いのだったけ。
 否、そもそも僕の"条件"が何なのか解らないのに何故それが解ったんだ?
 「うん、それは君にしては珍しいくらい至極真っ当な疑問だ」
 「お前はいつもの如く失礼な奴だな」
 「条件はボクにも解らないよ」
 あれ、僕のささやかな抵抗は無視ですか…?
 しかも解ってなかったんだ…。
 「でも、大抵は自分かその周りの不幸を魔力に変換している事が多いからね…君の周り、不幸だろう?姉さんとかさ」
 要するに、憶測か。
 「そうだね、だけど、君の固有魔法が何か解ったからオールオッケーだ!」
 「無駄にポジティブだな、お前…」
 もし僕の魔法がエクスプロージョンとかだったらどうするつもりだったんだよ。
 もっと攻撃的な魔法であればこいつを吹き飛ばせたと思うんだけどなー。
 残念だ。
 「それはあり得ないよ。だって君の願いは姉さんを治す事なんだから」
 …まあ…それもそうか。
 気になる点もあるけれど、今は良いか。
 姉さんが助かる光が見えてきたのだから。
 「あ、そういえばお前、名前はあるのか?」
 いつまでもお前とかこいつとか黒猫とかの他と見分けが付かない呼び方を続ける訳にもいかないし。
 そう思うと名前って便利だよね。
 「えー気になるのかい?変わってるねえ」
 「そうでもないと思うが…?」
 「─ウァラクだ」
 
 「ボクはウァラクだよ。解ったかい?」

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