宇宙図書館の司書

桝克人

第15話

「改めまして、この度は家族共々大変お世話になりました」

エミリアは目を細めて話し始めた。自身が貴族の娘として生まれてきたものの、貴族《それ》らしく振舞うことが苦手であったこと、ダニエルと出会い外の世界に憧れて駆け落ちしたこと、その暮らしがとても充実しており何よりの宝物だったこと、ダニエルが行方不明になって一人でジャックに満足な教育を与えることが難しくなって父親の元に帰ったこと―――それまでのことを端的に話した。

「父はダニエルの捜索をしてくれていましたが、私も父とは別に探しました。ですが探すといっても素人同然の私に何が出来たでしょう。大した情報が手に入るでもなく、結局父の情報を盗み見ること位しかできませんでした。ただ父がコードリー島に足しげく通う様子を見て何かしらあると思いました。予想は的中し、父とは別にコードリー島に足を運びました。そこでダニエルを見かけたのです」
「え、それじゃぁ、すでにダニエルさんが生きているって知っていたんですか?」アイビスは心に浮かんだ驚きを素直に口にする。
「ええ。ダニエルが別の家庭を持っていたことはショックでしたが、それよりも生きていたことをこの目で確認出来て安心したんです。ずっと心を占めていた不安がすっかりなくなったことに気付きふっきれました。勿論未練はあったし、帰ってきて欲しいとは思いましたが、夫のいない生活をしていく覚悟が決まったのも確かです。ただジャックには話す勇気を持てずにいました。狡いと思いましたが、ジャックから聞かれたら話すと決めて仕事に励むことにしたんです。まさか私や父に訊ねる前に、アウル様に依頼をするとは思ってもいなかったので本当に驚きました」

この家族は誰もが家族のことを一番に考えているのに、肝心なことを話さない。妙なところが似ているなとアウルは思った。

「でもアウル様のお力のおかげで、コードリー島の奥様が私たちのことを思いやって下さってると知ったんです。そしてダニエルや向こうの奥様に会う決意が出来ました。それで先日、父と息子と三人でコードリー島に行ってまいりました」

予想してなかった急展開にアウルは思わず「は?」と声が漏れた。確かに母親ときちんと話をしろとせっついたのは自分で、ジャック自身も父親に会いたいと言っていたが、この数日のうちにまさかすでにコードリー島にまで行っているとは思ってもいなかった。伯爵が呼びつけた時も思ったが、思い立ったが吉日と言わんばかりの行動力に驚かされる。

「まさか本当に、向こうの、その奥様に会ったんですか?」

ナタリーが訊ねるとエミリアはふふふと笑って頷いた。同じ人を愛した別の女性に会うのは私なら怖いなとナタリーは言った。

「そうですね。怖くなかったといえば嘘になります。ただ気持ちの決着をつければいいと思っていたので躊躇いはありません。夫のいない生活にどこかで慣れてしまったことも要因でしょうね。ジャック自身も連れ戻したいわけじゃなくて生きている父親に一目会えればいいと思っていたから、挨拶をしに行くことにしたのです」

誰もが唾を飲み下し、噛り付くようにエミリアを熱く見た。
エミリアは続けた。コードリー島の妻はエミリアやジャックのことを全く邪見にはしなかった。それどころかずっと会いたいと思っていたと言った。

ダニエルがコードリー島に流れ着いたときにはすでに自分のことすらもわからなくなっていた。唯一の手掛かりは手帳だけだったが、コードリー島では冒険家ダニエル・ライゼンのことはあまり知られておらず、手帳からも奥さんや子供がいること以外多くの情報は得られなかった。
彼女は記憶がすっかりなくなったダニエルを献身的に世話をした。ダニエルに体力が戻っても記憶は一向に戻る気配がなかった。そのためコードリー島で暮らせるように仕事の世話をし、生活に困ることのないように彼女はダニエルの様子をちょくちょく伺った。二人の間に愛が芽生えるのも時間の問題だった。記憶が戻っても戻らなくても、家族が迎えに来たら帰ることを約束して二人の生活は始まりいつしか子供が生まれた。七年の間、初めに交わした約束を忘れることのないように何度も二人の間で確認しあった。それを形にしたように日記をつけた。

そして運命のその日がやってきた。前の妻、今の妻が対面すると二人はどちらからでもなく抱擁を交わした。お互いに待っていたと言わんばかりに笑顔が咲いた。不思議な気持ちだったとエミリアは言う。ダニエルと同じくらい彼女に会えた喜びが胸をいっぱいにした。それはダニエルを救ってくれた感謝の気持ちだったのだろう。
また彼女も同じ思いだった。ダニエルが良い人であるのは、エミリアやジャックがいたおかげだと言った。

二つの家族が見《まみ》えても変わらなかったのはダニエルの記憶であった。残念なことに家族の顔を見ても彼の記憶は戻ることがなかった。一目で恋に落ちたエミリア、結婚の挨拶に行った時に酷く反対した伯爵、二人の間に生まれた愛しい息子のジャック、三人をお客さんとして扱っていた。
話し合った結果、ダニエルはコードリー島に残ることにした。それぞれの生活に戻ることで皆が納得した。いつでも会える間柄が出来たことが一番の収穫だとエミリアは笑っていた。

「ジャックはどんな様子でしたか?」
「ダニエルの記憶が戻らなかったことは少なからずショックを受けていたようでしたが、一度死を覚悟した父親が生きている姿を見れたこと自体を喜んでいました。向こうのお嬢さんもジャックに懐いて下さったことや奥様もジャックを快く受け入れてくださって、ジャック自身また会いに行くと言っています」

コードリー島から帰る船の中でジャックはこれからも勉学に励むと伯爵に伝えたらしい。まだ将来のことまで考えるのは難しいけれど、伯爵の仕事を覚えていきたいと力強く答えたことに伯爵は嬉し涙を浮かべた。

不幸な事故をきっかけに家族が増え、家族の絆を強くした。エミリアの笑顔を見て、アウルはほっと胸を撫でおろした。

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