宇宙図書館の司書
第12話
伯爵の家に招待されたのはすぐのことだった。伯爵に呼ばれた翌日にジャックはアウルが受けている歴史の授業が終わるのを待ち出て来たところを呼び止めた。次の休みに屋敷に来るように約束を取り付けられたアウルはわかったと即答した。一緒にいたアイビスも誘われたが、本人が休みの日をそんなことでつぶしたくないと断った。
二度目の伯爵の家に入る時はそれほど緊張せずに済んだ。ジャックが一緒にいたこともあるが、出迎えた伯爵の顔が和らいでいるように見えたからである。二人の間でどんなことが話し合われたかは想像するしかない。それでも話をして悪い事なんかより良い事の方がずっと多かったのだろう。アウルは家に流れる柔らかな空気にほっと胸を撫でおろした。
「先日は失礼をしたことを詫びさせてくれないか」
応接間に通されてすぐに伯爵は頭を下げた。アウルは驚き慌てふためき頭をあげるように促した。
「とんでもないです。こちらこそ偉そうなことを言ってしまい申し訳ございません。腹が立ったのは、まぁ…はい、嘘ではありませんが、立場をわきまえなかったのは不徳の致すところで…」
嘘ではないと言ったところで伯爵は笑っていた。アウルははっとして謝りながらも本心が隠せなかった自分が恥ずかしくなり顔が赤くなった。
「良い良い。貴殿のそういうところは儂は嫌いじゃない。忌憚のない言葉のおかげでこうして孫とも普通に話せるようになった。感謝する」
伯爵は笑顔と共に手を差し出した。アウルも眉を下げてその手を握り返した。ごつごつとした手はじんわりと温かかった。
「早速だが、頼めるかな?それとも先払いだろうか?」
「『成功報酬』で結構です」
アウルはペンダントを取り出して、門を作るための壁を目視して選んだ。背の高い飾り棚や、鏡、絵画などが壁を彩っているため、門に出来そうな場所が見つからない。応接間の角に置いてあるコンソールテーブルと椅子を除ければ門の幅くらいは取れそうだったので、伯爵にお願いして了承を貰う。ジャックはすぐに椅子を運び、テーブルはアウルと二人で移動させた。
「それじゃあ始めよう。ジャックこちらに」
アウルは手招きをして壁の前にジャックを呼寄せる。ジャックはこれから何が起こるのか想像もつかない緊張と、漸く願いが叶う高揚感、そして何が書かれているのか期待と不安が胸を渦巻く。こくりと頷いてアウルの傍に寄った。
「このペンダントから目を離さないで、どんなものでもいいからひとつの部屋を想像するんだ」
「どんな部屋でもいいんですか?」
「構わないよ」
「わかりました」
アウルはペンダントトップとチェーンの境目を指でつまんでジャックの目の前に垂らす。ジャックがじっとペンダントトップを凝視するのを確認してアウルは呪文を唱えた。
「タウグ・フーパ」
翡翠色の石が眼から出てくる様子に驚きジャック息を飲む。石はペンダントトップに入るとアウルはそれを壁に向ける。ジャックは「もういいよ」と言われても回転しながら仄かに光る石から目を離せずにいた。視線を外したのは壁が一枚の扉に姿を変えた時だった。今度は口をあんぐりと開けて呆然としている。目の前で起きた見たこともない現象にも間違いなく驚いているが、更に驚愕したのは頭に思い浮かべていた部屋の扉が現れたことである。
「さあ、入ろう。開けてごらんよ」
扉の取っ手を指を差し促した。ジャックは暫く扉を見つめていた。上部が丸く石で囲われた木目の玄関扉、そして黒い鉄の取っ手、子供の頃から何度もその取っ手を握り扉を開けてきた。
祖父が迎えに来た時、父親が帰ってこなければ二度と此処には帰れないと思うと胸が締め付けられた。事実今日まで一度もあの家に戻ってはいない。貸家だった家だ。きっと今は他人が住んでいることだろう。もう自分の家じゃないと思っていたから、もう一度その取っ手を握る機会に恵まれるとは思わなかった。ジャックは懐かしさに目の奥がじんとした。
ジャックは少し冷たい取っ手を強く握りゆっくりと扉を引いた。初めは嗅覚が動いた。懐かしい匂いがする。そしてゆっくりと中へと進んだ。次は視覚だ。もう何年も経つのに、足を踏み入れた家は過ごしていた頃の記憶が鮮明に蘇る程全く同じだ。嬉しいような切ないような気持ちが沸き上がり、頬が紅潮した。
アウルもある意味興奮していた。ここがあのダニエル・ライゼンの家だと思うとそわそわした。ただ有名作家の家にしてはこじんまりしていると思った。見た感じナタリーが暮らしている一人暮らしの貸家を少しだけ広くしたくらいだろうかと推測する。玄関を入って奥にキッチンとダイニングテーブルがあり、左手には階段があった。
「本棚はどこにある?実際に存在しなくてもどこかしらにあるはずなんだ」
「二階だと思います。父の書斎があるので」
そう言ってジャックは幅の狭い急な傾斜の階段を上がり始めた。後ろから伯爵とアウルが着いていく。伯爵は手を突きながら上がった。最後の段でジャックは伯爵に手を伸ばした。素直にその手を取り「よいしょ」と階段を上りきった。
二階はひとつの窓がひとつある部屋だ。窓際に小さな机、そして他の壁は全て本棚が置いてあり本が埋め尽くされていた。入りきらない本は机の上や机の周りの床に積み重なっていた。想像していた作家っぽい部屋にアウルは心ばかりにやけ顔になる。
「さて、お目当ての手帳だけれど、どこらへんにあるか検討はつくかい?」
ジャックはきょろきょろしていたが、何かに気付きまっすぐにその本棚へと向かって机の傍にある背の低い本棚の前で屈んだ。
「こんな本棚なかったはずだけれど…記憶が確かならここには引き出しがあったと思います」
本棚の前に置かれた本を持ち上げた。それをアウルは受け取り、机の上の開いている場所に置いた。
「おかしいな」
「どうした?」
「手帳が多いんです」
ジャックは十数冊の手帳を取り出し机上本の上に積み重ねて置いた。
「この十一冊は確かに父の手帳ですが、この三冊は見覚えのない手帳です」
二度目の伯爵の家に入る時はそれほど緊張せずに済んだ。ジャックが一緒にいたこともあるが、出迎えた伯爵の顔が和らいでいるように見えたからである。二人の間でどんなことが話し合われたかは想像するしかない。それでも話をして悪い事なんかより良い事の方がずっと多かったのだろう。アウルは家に流れる柔らかな空気にほっと胸を撫でおろした。
「先日は失礼をしたことを詫びさせてくれないか」
応接間に通されてすぐに伯爵は頭を下げた。アウルは驚き慌てふためき頭をあげるように促した。
「とんでもないです。こちらこそ偉そうなことを言ってしまい申し訳ございません。腹が立ったのは、まぁ…はい、嘘ではありませんが、立場をわきまえなかったのは不徳の致すところで…」
嘘ではないと言ったところで伯爵は笑っていた。アウルははっとして謝りながらも本心が隠せなかった自分が恥ずかしくなり顔が赤くなった。
「良い良い。貴殿のそういうところは儂は嫌いじゃない。忌憚のない言葉のおかげでこうして孫とも普通に話せるようになった。感謝する」
伯爵は笑顔と共に手を差し出した。アウルも眉を下げてその手を握り返した。ごつごつとした手はじんわりと温かかった。
「早速だが、頼めるかな?それとも先払いだろうか?」
「『成功報酬』で結構です」
アウルはペンダントを取り出して、門を作るための壁を目視して選んだ。背の高い飾り棚や、鏡、絵画などが壁を彩っているため、門に出来そうな場所が見つからない。応接間の角に置いてあるコンソールテーブルと椅子を除ければ門の幅くらいは取れそうだったので、伯爵にお願いして了承を貰う。ジャックはすぐに椅子を運び、テーブルはアウルと二人で移動させた。
「それじゃあ始めよう。ジャックこちらに」
アウルは手招きをして壁の前にジャックを呼寄せる。ジャックはこれから何が起こるのか想像もつかない緊張と、漸く願いが叶う高揚感、そして何が書かれているのか期待と不安が胸を渦巻く。こくりと頷いてアウルの傍に寄った。
「このペンダントから目を離さないで、どんなものでもいいからひとつの部屋を想像するんだ」
「どんな部屋でもいいんですか?」
「構わないよ」
「わかりました」
アウルはペンダントトップとチェーンの境目を指でつまんでジャックの目の前に垂らす。ジャックがじっとペンダントトップを凝視するのを確認してアウルは呪文を唱えた。
「タウグ・フーパ」
翡翠色の石が眼から出てくる様子に驚きジャック息を飲む。石はペンダントトップに入るとアウルはそれを壁に向ける。ジャックは「もういいよ」と言われても回転しながら仄かに光る石から目を離せずにいた。視線を外したのは壁が一枚の扉に姿を変えた時だった。今度は口をあんぐりと開けて呆然としている。目の前で起きた見たこともない現象にも間違いなく驚いているが、更に驚愕したのは頭に思い浮かべていた部屋の扉が現れたことである。
「さあ、入ろう。開けてごらんよ」
扉の取っ手を指を差し促した。ジャックは暫く扉を見つめていた。上部が丸く石で囲われた木目の玄関扉、そして黒い鉄の取っ手、子供の頃から何度もその取っ手を握り扉を開けてきた。
祖父が迎えに来た時、父親が帰ってこなければ二度と此処には帰れないと思うと胸が締め付けられた。事実今日まで一度もあの家に戻ってはいない。貸家だった家だ。きっと今は他人が住んでいることだろう。もう自分の家じゃないと思っていたから、もう一度その取っ手を握る機会に恵まれるとは思わなかった。ジャックは懐かしさに目の奥がじんとした。
ジャックは少し冷たい取っ手を強く握りゆっくりと扉を引いた。初めは嗅覚が動いた。懐かしい匂いがする。そしてゆっくりと中へと進んだ。次は視覚だ。もう何年も経つのに、足を踏み入れた家は過ごしていた頃の記憶が鮮明に蘇る程全く同じだ。嬉しいような切ないような気持ちが沸き上がり、頬が紅潮した。
アウルもある意味興奮していた。ここがあのダニエル・ライゼンの家だと思うとそわそわした。ただ有名作家の家にしてはこじんまりしていると思った。見た感じナタリーが暮らしている一人暮らしの貸家を少しだけ広くしたくらいだろうかと推測する。玄関を入って奥にキッチンとダイニングテーブルがあり、左手には階段があった。
「本棚はどこにある?実際に存在しなくてもどこかしらにあるはずなんだ」
「二階だと思います。父の書斎があるので」
そう言ってジャックは幅の狭い急な傾斜の階段を上がり始めた。後ろから伯爵とアウルが着いていく。伯爵は手を突きながら上がった。最後の段でジャックは伯爵に手を伸ばした。素直にその手を取り「よいしょ」と階段を上りきった。
二階はひとつの窓がひとつある部屋だ。窓際に小さな机、そして他の壁は全て本棚が置いてあり本が埋め尽くされていた。入りきらない本は机の上や机の周りの床に積み重なっていた。想像していた作家っぽい部屋にアウルは心ばかりにやけ顔になる。
「さて、お目当ての手帳だけれど、どこらへんにあるか検討はつくかい?」
ジャックはきょろきょろしていたが、何かに気付きまっすぐにその本棚へと向かって机の傍にある背の低い本棚の前で屈んだ。
「こんな本棚なかったはずだけれど…記憶が確かならここには引き出しがあったと思います」
本棚の前に置かれた本を持ち上げた。それをアウルは受け取り、机の上の開いている場所に置いた。
「おかしいな」
「どうした?」
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