宇宙図書館の司書
第四話
学校の敷地内を出ることは滅多にない。アウルの普段の行動は、勉学に励むこと、図書館で調べものをすること、ご飯を食べることであり、それ以外は殆どない。必要な買い出しも校内にある売店で済む。つまりアウルの生活に関わる全てのものが校内で揃うので街に出る必要性がないのである。他の生徒は校内だけでは退屈だと街に出ることもしばしばで、特に寮の同室であるアイビスはその先端を走っていると言っても過言ではない。
街に出るのは少し億劫な気分になった。故郷の田舎は地平線が見える程の広大な自然に囲まれていた。それに比べて皇都の街は高い建物がぎっちり詰まるように並び、当然人も多く雑多な空気に歩くだけで頭がくらくらする。皇都に来た頃は、人とぶつからずに歩くことすら出来なかった。流石に三年目ともなると慣れたが、あちこち店を眺めて歩く余裕はまだない。
アウルは皇都に来た頃に一度だけ足を運んだモース新聞社にまっすぐ向かった。皇都一番の有名な新聞社である。貴族や商人は時世に遅れないよう大抵この新聞を読む。アウルも同じ情報を得るためにモース新聞社で契約していた。他人から話題を振られたときにモース新聞を読んでいれば大体は話題に乗れるからである。アウルの場合はそれだけではない。ここにはよく知る人物がいた。
モース新聞社は皇都でもひときわ目立つ縦長の大きな建物だ。流石にエーデル皇立学校と比べると小さいが、街の中では一二を争う大きさである。周りも背の高い建物はいくつもあったが、モース新聞社は特に大きかった。アウルが建物の下から上を見上げると首を後ろに大きく曲げる必要がある。
「ちょっと邪魔だよ!」
改めて見ても大きいなとぼんやり見上げて突っ立っていると、後ろから来た男性に肩をぶつけられた。アウルが謝ろうとする間もなく男性は扉の前の石段を一つ飛ばしに駆け上がり社内に入って行った。肩に掛けられている大きな布製の鞄は今にも底が抜け落ちるのではないかと思うほど底がパンパンに膨らんでいた。
アウルは男性についていく形で、石段を一歩ずつ丁寧にあがって両開きの扉の片側をそっと開けて入る。外の騒がしさとは全く異なる喧噪が満ちていた。誰もが気忙しく動き回り、どこからともなく怒声が飛び交ってる。アウルが「すみません」と呼び掛けても誰も足を止めこちらを見る様子がない。
「坊やどうしたの?」
きょろきょろと首と目を動かしていると、出入り口の近くにあるカウンターの中から女性が甘ったるい声で呼びかけた。アウルがそちらを見ると、緩いウェーブがかかった髪を片側に垂れ流した女性はおいでおいでと手招きをする。
「どうしたの?こんなところで坊や一人で。何か御用?」
「あ、えっと…」
「誰かお探し?」
「そ、そうです。スウェイン…ナタリー・スウェインを呼んでいただけませんか?」
「ナタリー…ナタリーね…」
女性はカウンターに置かれたノートをペラペラと捲る。
「その方とお約束していらっしゃるの?」
「い、いいえ…僕、いや私はスウェインの家族で…ちょっと話がしたくて来たんですが、約束していないと駄目ですか?」
「まぁ、ご家族とは。あなたは旦那様?」
「ち、違います!ナタリーは姉で…」
「そうよね。あなたどう見ても大人には見えないもの」
女性はくすくすと笑って別のファイルを開く。揶揄われたのだと気付きアウルは真っ赤になった顔を伏せて肩をすくめた。女性はうぶな少年の反応を気にすることなく細い指でファイルを捲っていく。
「ああ、あったわ。ナタリー・スウェインね。部署はあちらの階段を三つあがって左手に向かって『十四室』にいるわ。表札があるからすぐわかるわよ」
アウルはお辞儀をしてお礼を言うと「また来てね」とウインクを貰う。アウルは同返せばいいのかわからず固い笑顔だけ返して足早にその場所を離れた。こういう時アイビスならもっとうまくやれるんだろうか。
女性に言われたように階段を上がって十四室へと向かった。途中何人もの人とすれ違う度に、見慣れない顔だとじろっと見られた。
十四室の前に着くと、あちこちで聞かれた怒声がこの部屋からも聞こえた。アウルは恐る恐る扉を開けて中を覗くと、一枚の紙が顔面を掠め落ちる。その紙を拾い見ると殴り書いた字とも言えない字がミミズの様にうねっている。
「ああ、そんなところで読んでないでこっちに貸して」
アウルがその紙をにらめっこしていると、若い細身で筋肉質の男性が手を差し出した。読んでいると言われても読める字ではない。アウルは口を閉じたまま紙を差し出した。
「君、誰?見ない顔だけど」
「ナタリー・スウェインがこちらにいると伺って来たんですが」
「スウェイン?ああ、確かにここにいるけど…」
男性が指を刺した方向に怒声の元と思われる男性と、そして女性の後姿が見えた。
「ナタリーに何か用かい?」
「私はアウル・スウェインと言います。姉に用があって…」
「君、ナタリーの弟?ああ、そうとは知らず、とんでもないところ見せちゃって悪いね」
確かに仕事とはいえ家族が誰かに叱られている場所を見るのは正直居心地が悪い。
「でもあれを止めるには丁度いいか。ナタリー!」
男性が呼びかけると項垂れ縮こまっていた女性は振り返った。そしてアウルを見るなりにしょげていた顔はぱっと花が咲くように笑顔に変わった。
「なんでい。こんな時に」
ナタリーを
街に出るのは少し億劫な気分になった。故郷の田舎は地平線が見える程の広大な自然に囲まれていた。それに比べて皇都の街は高い建物がぎっちり詰まるように並び、当然人も多く雑多な空気に歩くだけで頭がくらくらする。皇都に来た頃は、人とぶつからずに歩くことすら出来なかった。流石に三年目ともなると慣れたが、あちこち店を眺めて歩く余裕はまだない。
アウルは皇都に来た頃に一度だけ足を運んだモース新聞社にまっすぐ向かった。皇都一番の有名な新聞社である。貴族や商人は時世に遅れないよう大抵この新聞を読む。アウルも同じ情報を得るためにモース新聞社で契約していた。他人から話題を振られたときにモース新聞を読んでいれば大体は話題に乗れるからである。アウルの場合はそれだけではない。ここにはよく知る人物がいた。
モース新聞社は皇都でもひときわ目立つ縦長の大きな建物だ。流石にエーデル皇立学校と比べると小さいが、街の中では一二を争う大きさである。周りも背の高い建物はいくつもあったが、モース新聞社は特に大きかった。アウルが建物の下から上を見上げると首を後ろに大きく曲げる必要がある。
「ちょっと邪魔だよ!」
改めて見ても大きいなとぼんやり見上げて突っ立っていると、後ろから来た男性に肩をぶつけられた。アウルが謝ろうとする間もなく男性は扉の前の石段を一つ飛ばしに駆け上がり社内に入って行った。肩に掛けられている大きな布製の鞄は今にも底が抜け落ちるのではないかと思うほど底がパンパンに膨らんでいた。
アウルは男性についていく形で、石段を一歩ずつ丁寧にあがって両開きの扉の片側をそっと開けて入る。外の騒がしさとは全く異なる喧噪が満ちていた。誰もが気忙しく動き回り、どこからともなく怒声が飛び交ってる。アウルが「すみません」と呼び掛けても誰も足を止めこちらを見る様子がない。
「坊やどうしたの?」
きょろきょろと首と目を動かしていると、出入り口の近くにあるカウンターの中から女性が甘ったるい声で呼びかけた。アウルがそちらを見ると、緩いウェーブがかかった髪を片側に垂れ流した女性はおいでおいでと手招きをする。
「どうしたの?こんなところで坊や一人で。何か御用?」
「あ、えっと…」
「誰かお探し?」
「そ、そうです。スウェイン…ナタリー・スウェインを呼んでいただけませんか?」
「ナタリー…ナタリーね…」
女性はカウンターに置かれたノートをペラペラと捲る。
「その方とお約束していらっしゃるの?」
「い、いいえ…僕、いや私はスウェインの家族で…ちょっと話がしたくて来たんですが、約束していないと駄目ですか?」
「まぁ、ご家族とは。あなたは旦那様?」
「ち、違います!ナタリーは姉で…」
「そうよね。あなたどう見ても大人には見えないもの」
女性はくすくすと笑って別のファイルを開く。揶揄われたのだと気付きアウルは真っ赤になった顔を伏せて肩をすくめた。女性はうぶな少年の反応を気にすることなく細い指でファイルを捲っていく。
「ああ、あったわ。ナタリー・スウェインね。部署はあちらの階段を三つあがって左手に向かって『十四室』にいるわ。表札があるからすぐわかるわよ」
アウルはお辞儀をしてお礼を言うと「また来てね」とウインクを貰う。アウルは同返せばいいのかわからず固い笑顔だけ返して足早にその場所を離れた。こういう時アイビスならもっとうまくやれるんだろうか。
女性に言われたように階段を上がって十四室へと向かった。途中何人もの人とすれ違う度に、見慣れない顔だとじろっと見られた。
十四室の前に着くと、あちこちで聞かれた怒声がこの部屋からも聞こえた。アウルは恐る恐る扉を開けて中を覗くと、一枚の紙が顔面を掠め落ちる。その紙を拾い見ると殴り書いた字とも言えない字がミミズの様にうねっている。
「ああ、そんなところで読んでないでこっちに貸して」
アウルがその紙をにらめっこしていると、若い細身で筋肉質の男性が手を差し出した。読んでいると言われても読める字ではない。アウルは口を閉じたまま紙を差し出した。
「君、誰?見ない顔だけど」
「ナタリー・スウェインがこちらにいると伺って来たんですが」
「スウェイン?ああ、確かにここにいるけど…」
男性が指を刺した方向に怒声の元と思われる男性と、そして女性の後姿が見えた。
「ナタリーに何か用かい?」
「私はアウル・スウェインと言います。姉に用があって…」
「君、ナタリーの弟?ああ、そうとは知らず、とんでもないところ見せちゃって悪いね」
確かに仕事とはいえ家族が誰かに叱られている場所を見るのは正直居心地が悪い。
「でもあれを止めるには丁度いいか。ナタリー!」
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