吸血鬼だって殺せるくせに

大野原幸雄

吟遊詩人は真実を歌う エピローグ


ここまでがジェイスとディページ、彼らのフュリーデントでの旅物語だ。
今回の話はここでお終い……少しは楽しんでもらえたかな?

まぁ俺がこの話をしている時点で気づいてた人も多かったと思うが……結局俺は、死なずに済んだわけだ。

カーラのおかげで俺はここでエピローグを語ることができている。
彼女のこと、俺は死ぬまで忘れることはないだろう。

さて、その後のジェイスがどうなったのか。
それをこのバージニア・フェンスターの語る『ジェイス物語ーフュリーデント編ー』の締めとさせてもらうよ。

ジェイスはこの件の報酬を受け取るためホークビッツ城に赴いた。
そこで、とある人物とある会話をしたんだ。



ジェイスは国政局の役人から報酬を受け取り、近道をしようと中庭を通っていた。
沢山の花で彩られた庭園は、いつだってジェイスの心を優しくつつみ、安心させてくれる。

庭には数名の宮廷庭師が花や木の手入れをしており、その中に熱心に土いじりをするお爺さんがいた。
ジェイスは彼に近づき、驚かさないようにゆったりとした口調で話しかけた。

「また庭の手入れですか?ホークビッツ王」

「おお、ジェイスか。ははは、みろ……今年はアマナがこんなに綺麗に咲いたぞ」

それは時のホークビッツ王、ウルス・フアティ・ホークビッツ7世。
ほっぺたに土をつける気のいいお爺さんに見えるが、魔法大国ホークビッツにおいて最も偉大な魔法使いの一人であり、今や大陸で最も大きな国土を持つホークビッツの頂点に立つお方だった。

「本当ですね。フュリーデントも自然が豊かな場所でしたが……やはり故郷にはかないません」

「フュリーデントの旅はどうだった?」

「……食べ物も豊かで、外で戦争をしているとは思えないくらいの平和な国でしたよ。小さい農村にはまだまだ怪物もいましたが」

「そうか……そんな国に埋められたのなら、バージニア君も安心してシエルの地へいけるだろう」

バージニア・フェンスターが生きている。
当然、その事実は王に言うこともできなかった。

宰相の命令に虚偽の報告をした時点で、ジェイスは俺と同じように罪人だ。
どんな秘密も王に作らなかったジェイスは、これだけがとても苦しかったらしい。

「ジェイス、旅で感じたものを大切にしなさい。それはすべて学び。自分の力で得た学びとは、何にも代えがたいものだ」

「はい。ありがとうございます」

王は二コリと笑い、また土いじりを始めた。

「ジェイス、この後は?」

「特に何も……」

「そうか。なら一緒に土いじりを手伝いなさい。楽しいぞ?」

「はい 是非」

王は立ち上がり、作業用の手袋をジェイスに渡す。
ジェイスはそれを受け取り、王と一緒に土に肥料を混ぜ込む作業を始めた。

「あまり力を込めすぎてはならんぞ。料理を作るように、優しく混ぜ込みなさい」

公的な仕事をしていない時、王はいつも庭の手入れをしていた。
ジェイスは王とプライベートな話をするときは、いつもそれを手伝っていたんだ。

王はジェイスがリラックスして会話できる、数少ない相手の1人だった。

「次はあっちの土をやるぞ……ついてきなさい」

「はい」

ジェイスは戦争中、とある村で捨てられてた孤児だった。
当時13だったジェイスには記憶が無く、父親や母親、自分の名前すら思い出せなかった。

王はジェイスを王宮へ連れ帰り、名前を与えて『紅の騎士団』に所属させた。
ジェイスは自分を自立した1人の男にしてくれた王を、本当の父親のように尊敬していた。

「王宮はいかがです?俺がいない間、何か変わったことは起こりませんでしたか?」

「特にはないな……。あ、いや……まぁ、『紅の騎士団』の人事の件については、まだ少々ゴタついているな」

「例の新しい師団長の件ですか?」

「あぁ……。団員は皆、彼が師団を束ねることを良く思っていないようだ」

「大丈夫なのですか?」

「環境が変わると誰もがどこかで臆病になるものだ……。ジェイス、お前はどう思っている?」

「……私はもう騎士団を離れた身ですので」

『紅の騎士団』は旧シドラル国との戦争のために発起された騎士団。
団員は皆ホークビッツ人だけで構成されていたが、ここ数年、王の意向で旧シドラル人の団員が増えつつあった。

そんな中、最近になって大がかりな人事が行われた。
師団長という重要な立場に、旧シドラル出身の兵士が選出されたのである。

『実力があれば、出身など関係ない』

言葉ではわかっても、元敵国兵だった男が自分たちの上司になるというのは、多くの騎士達にとって耐えがたいものだった。
多くの騎士達が混乱したように、ジェイスも気持ち的には難しいものがあった。

「ひとつ……お聞きしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「今回の師団長の件もそうですが……なぜ元シドラル皇帝である宰相に、ホークビッツの政治を任せたのですか?」

「……」

「国民の多くは今でも王政の一権政治を望んでいます。宰相が長を務める国政局が、国のあらゆる実権を握ることをホークビッツ人は恐れているのです。新しい騎士団長への不安も、その現れだと思います」

「そうだろうな……。私のことを『シドラルびいきの王』と揶揄する者もいるくらいだ」

王は土いじりを続けながら、ジェイスに落ちついた口調で話す。

「ジェイス、我々ホークビッツはシドラルとの戦争で勝利した。同時に膨大な国土と、多くの国民をホークビッツは受け入れたのだ」

「国民……ですか」

「あぁ……旧シドラル人は植民ではなく、国民だ。旧シドラル領は植民地ではなく、ホークビッツ国領土だ。私は、これに大きな意味があると思っている」

「王……」

「戦争に勝利した時……私は嬉しさよりも悲しみの方が多かった。なぜもっと早く終わらせることができなかったのだ……とな」

土に肥料を混ぜ終わると、王は土を払うために手をぱんぱんと叩いた。
王は、手袋をつけていなかった。

「戦後、私は得たものより無くしたものを数えることが多くなった……。偉大な先人達が何度も戦争の無意味さを嘆いていたのに、我々はその歴史を繰り返した」

「……」

「そして戦争が終わった後に気付いたことと言えば……『失ったものに比べたら、戦争の勝利など何の価値もない』という当たり前の事実だけだったよ」

王はジェイスに小さな袋を渡した。そこには、たくさんの花の種が入っている。
そこから袋から種を取り出し、2人は優しく土に植えていく。

「戦争に勝利したからこそ、我々は優しくならなければいけない。彼らを師団長や宰相に推薦したのは、そういう意味があるんだよ。そしてなにより……その先を見なければならないんだ」

「例の……新しい国家の形……ですか?」

「あぁ、すなわち……王がいなくても機能する、完全な国家の実現だ」

王がいなくても機能する完全な国家。
つまりは王政に頼らず、国民、または彼らに選出された代表者の集団的な合意によって政治的な決定が行われる体制。

これはホークビッツ王が常日頃から口にしていた、新しい国家の形だった。

旧シドラルとの戦争以前は、ホークビッツは『戦を知らぬ大国』とまで呼ばれるほど平和な国だった。
その歴史は奇跡とも言われ、領土を広げる際にほとんど血を流さなかったと言われている。

外国人は気味悪がっていたが、ひたすらに成功を積み重ねる王と王政に対し、国民達は絶大な信頼を置いていった。

しかし同時に、それらは国民の政治的関心の希薄さと、王に寄りかかった国家の脆弱性を表してもいた。
王は戦後……いや、おそらくそのずっと前からそんな国民感情と、王と王政と言う存在の危うさに気付いていたんだ。

それは王政を信じていた国民には、まったく理解できない、想像を超えた領域の話だった。

「フュリーデントにいく途中、オロールを通りました」

「王の死んだ国か」

「とても悲惨だった。旅の途中、王の言っていることが少し……わかった気がしたんです」

「国家の終焉は、繁栄を願う道中に落ちているものだ。国も王も民も、いつか変わらなくてはならない時がくる」

「……」

「ジェイス……それがどんな変化でも、落ち着いた選択ができるようにしなさい」

「……はい」

2人が花の種を植え終わると、ころ合いを見計らって世話役の執事が2人分のハーブティーを持ってきた。
それを少し離れた机に置こうとする姿を見て、王が……

「シェルゼン、こっちで飲むよ」

と花壇の縁に腰かける。
しかしそれを見たシェルゼン執事は

「王、ちゃんと椅子に座って飲みなさい」

と王を叱った。
王が子供のように少しふてくされた顔をすると、執事は何も言わずに王を睨む。

しぶしぶ服に付いた土を落としながら、王とジェイスは椅子に座って席についた。
そして綺麗に整った花壇や庭園を見ながら、ハーブティーで休憩する。

「ジェイス。そう言えば、旅先で彼を見つけたそうだな?……名前はなんて言ったか。ええっと……」

「ディページですか?」

「あぁ……そうだそうだ。みな心配していたぞ?仮にも首都転覆を謀った頭の良い悪魔だ……。『紅の騎士団』も警戒しているようだしな。その後は平気そうか?」

王の問いは何気ないものだったが……ジェイスには思うことがあった。
そしてそれを、王に尋ねてみることにした。王は偉大な魔術師。悪魔についても、非常に詳しかった。

「王……あの…」

「どうした?」

「なんと言えばいいのかわかりませんが……。その……悪魔が、人間らしさを獲得するということがあり得るのでしょうか?」

「人間らしさ…?」

「……はい」

「ディページ君のことか?」

「そうです」

ジェイスは続けた。

「今回の旅を通して……ディページが、以前のアイツとは違って見えるようになってきたんです」

「どんなふうに?」

「なんというか、初めて会ったときと比べて……人の感情に近づいているんじゃないかと思うんです。何か……行動に迷いというか…やさしさ…というか、そんなものを感じるんです」

「迷い……やさしさね…」

「悪魔らしくあろうとする自分と…人間のようになりつつある自分に…戸惑っているような」

王はハーブティーで口を湿らせて、少し考える。

「人間の形を模す悪魔の中には、魔力を奪われたことで人間らしさを獲得するものも確かに存在する」

「……」

「しかし、そのフリをする悪魔もおる」

「フリ……ですか?」

「あぁ」

「ディページは、俺に人間になりつつあるフリをしているのでしょうか……」

「それは、君が一番わかるのではないか?」

「……」

「悪魔も人も命は有限だ。私からしてみれば、お前だってだいぶ変わったと思うぞ、ジェイス」

「王……」

「悪魔との関係を築く時は慎重になるに越したことはない。歴史上、人間は悪魔との関係作りにことごとく失敗してきたからな。……しかし結局のところ、全ての決断は彼と、主となった君が決めることだ」

「……」

「彼を、しっかり見ていてあげなさい……友達なんだろ?」

ジェイスは……それを聞いて、なんだか少し安心した。

「…はい」





ジェイス達の旅はこれからも続く。
俺の旅も…まだまだ終わりが見えてこない。

俺の話が聞きたくなったらまたここにきてくれ。
もちろん代金は頂くが…面白い話はまだまだたくさんあるんだ。

迷子になった精霊の話とか、夢の中に閉じ込められた夢魔の話とか。

ん…?え?本当に?
あぁ、そうかい。

じゃあご希望通り…次回も無愛想なモンスタースレイヤーと、チャラついた悪魔の物語を用意しとくよ。

ではまた皆さん。また会う日まで。



ー『吟遊詩人は真実を歌う』 語り:バージニア・フェンスター ー

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