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吸血鬼だって殺せるくせに

大野原幸雄

旧友と傀儡Ⅳ


パカラ…
パカラ…

広い草原を真っ白な馬にまたがったモンスタースレイヤーが駆ける。

「ブルル…(おお!久しぶりにみたー!ホークビッツ城!)」

長旅を終え…ジェイスとディページは故郷であるホークビッツに戻っていた。

ホークビッツの首都アレン=ディーロ。
商店が立ち並ぶ賑やかな街道を抜け、ジェイスは数か月ぶり…ディページは約1年ぶりにその地を踏んだ。

「ブルル……(変わらないねぇ…賑やかだし、可愛い女の子いっぱい!)」

ホークビッツの豊かさを象徴する荘厳な城の門の前で、美しい白馬から任務を果たしたモンスタースレイヤーが降りる。
3本の大きな剣と……大きな袋を一つ持って。

「よし、ディページ、お前はここにいろ…」

「はいはい……悪魔はお城に入れないんでしたね~」

「いじけるな。これで今回の旅は終わりだ……戻ったら飲みに行こう」

「娼館を希望します!」

「あぁ……その代わり、待っている間に荷物から金を抜き取るなよ?」

「はいはーい♪」

ディページは人間の姿に戻り、城門の塀の所に腰かけた。そしていつものようにノンキにあくびをかます。

ジェイスは城門を進み、中庭を抜ける。色とりどり鮮やかな花が咲く中庭は、旅の帰りを歓迎してくれているようだ。
城にはいると、真っ赤な絨毯が玉座に向かって線を引くように敷かれている。ホークビッツで最も神聖な場所…王座の間である。

王座の間には計18本の柱があり、その下に各5人づつ、深紅に金色の装飾が施された鎧を来た剣士達が、胸に剣を構えてジェイスに視線を送っていた。
ホークビッツが誇る魔術師騎士団、『紅の騎士団』である。

そしてジェイスが歩く先…玉座には、金色の髪と髭を蓄えたホークビッツ王が座っている。
その後ろには、ジェイスを旅へ向かわせた張本人…ホークビッツ国政局を統べる、ラ=グロイゼン=シドラリア宰相がジトリとした瞳で向かってくるジェイスを見ていた。

「…」

玉座の前には6段の階段がある。
ジェイスはその下で、3本の剣を鞘におさめた状態で取り出し、床へ並べた。そして片膝をつき、王と宰相に深く頭を下げた。

「モンスタースレイヤー・ジェイス・ヘンディ……ただいま戻りました」

すると王が、優しい声で名前を呼ぶ。

「おかえりジェイス…頭をあげなさい」

ホークビッツ王が優しい口調でジェイスに言う。ジェイスは頭をあげ、ホークビッツ王とラ=グロイゼン宰相に目を合わせた。
すると今度は宰相が……王とは正反対の温度の無い口調でこう言った。

「あのホラ吹き吟遊詩人の首は…?」

ジェイスはもう一度軽く頭を下げ……持ってきた大きな袋を剣の横に置く。
そして紐を解き、中身が見えるように袋を開いた。

「…」

「うむ…」

そこには…真っ青になったバージニア・フェンスターの首が入っていた。
血が噴き出さないように首元にロープがぎゅっと縛られている。目には包帯巻かれており、口には布が詰められていた。

「包帯をほどいて瞳を見せろ」

「はい…」

ジェイスは結び目をほどき。ゆっくり包帯をとっていく。
明かされたバージニアの瞳には光がなくなっており…うつろな表情で斜め上を見ているようだった。

「間違いない……。吟遊詩人バージニア・フェンスターだ…」

宰相がその目で確認すると、王がジェイスに聞いた。

「彼はどこにいたんだ…?」

「ベルドランサからオロール連邦に渡りしばらく潜伏していました。その後グラインフォール経由でフュリーデント公国へ入り、最終的にはフィジールという町で捕えました…」

「ずいぶんと遠くまで逃げたものだな…」

「えぇ…」

ホークビッツ王は…吟遊詩人の顔を見て、寂しそうに下唇を噛んだ。

「私は…彼の歌が好きだった…」

「…」

「こんな最後になるとは…残念でならない」

王のその言葉を聞くと…宰相が軽く頭を下げて、王へこう返した。

「お言葉ですが……奴は嘘で私を陥れようとした反逆者です。王が追悼の送るような男ではありません」

王は、その言葉に返事をしない。
バージニアの顔を見たあと、今度はジェイスに向かってこう言った。

「辛い役回りをさせたな……ジェイス」

「いえ…」

「犯罪者である彼をこの国の墓へ入れることはできないが、この死を忘れぬようにすることは罪ではない」

「…はい」

「ジェイス。バージニアと最後に話をしたのはお前だ。決して忘れてやるな、彼がこの地に生きていたことを」

「はい…」


ホークビッツ王はこういう人なのだ。
ホークビッツ人……いや、全ての人を愛し、国を追われた反逆者にでさえ、思いやりを忘れない。

本当に、国民から信頼されている王の中の王。

「ふん」

ジェイスと王が感傷に浸っているのが気に入らないのか、宰相はまた温度を込めない声でジェイスに言った。

「かさんだ旅費と報酬は、後日いつもの方法で渡す…もう行け」

ジェイスはもう一度バージニアの首を見る。
そして…

「はい…」

と一言だけ返事を返し、立ち上がる。
深くお辞儀をして立ち去ろうとすると、宰相が呼び止めるようにジェイスに言った。

「モンスタースレイヤー…」

ジェイスが振りかえると、宰相は嫌みたらしく問い詰めた。

「お前はいつまで、根なし草の狩人を続けるつもりだ……?」

「私は、今の立場で満足しております」

「しかしお前は強い……。力のある者がどこにも属さないというのは、それだけで罪だとは思わんか?」

「国の機関に属せと?……それともまた『紅の騎士団』に戻れとでも?」

「そうすることがお前のあるべき立場だと思うがな?」

「……あなたの目の届く所に置いておきたいだけでは?」

ジェイスのこの皮肉に、宰相は冷静に返答する。

「立場がわかっていないようだな?ジェイス・ヘンディ」

「…」

「お前は我々が目をかけてやっているから、自由に色んな国へ行ける。我々の手から離れればお前はあらゆる大義を失い、怪物と人間を殺戮するただの途方もない無法者だ。それを忘れるんじゃないぞ」

「…心得ております」

ジェイスは宰相の顔は見ず、王にだけもう一度頭を下げる。
そして淡白な態度のまま、城を後にした。



城門を出ると、ディページが昼寝をしている。

「起きろ…」

「ん~?ふぁ~あ……暗い顔してんねぇ…ジェイス」

「…そう見えるか?」

「また宰相に嫌味でも言われた?…それとも旧友殺しの汚名を着るのは、さすがに『吸血鬼殺しのジェイス』と言えど堪えたのかな?」

ジェイスは、その問いに答えない。
そして珍しくディページに弱音に近い感情を漏らした。

「これで…よかったんだよな…」

「さぁねぇ。……よかったんじゃない?」

「…」

「ジェイスは『バージニアの首を持ってこい』って言う宰相からの命令を遂行できたわけだし……それに…」

「…」

「旧友を…本当に殺さずに済んだわけだしね……」





時は…ジェイスが俺を殺そうとする30分前にさかのぼる。
ジェイスは俺達が寝静まったあと…一人で川辺に行き剣を砥いでいた。

俺が苦しまずに死ねるよう…一撃で首を跳ねることができるよう…
傀儡のように表情を崩さず、ただ黙々と剣を研いでいた。

キン…

切先を乾いた布でふき…今度は自分の顔を水で洗う。
そして、旅の目的を達成するため…俺の家に帰ってくるのである。

「…」

家に帰ってくると…寝ていたハズのディページが家の扉の前に立っていたそうだ。

「殺るの?」

「…あぁ」

ジェイスはディページの横を通り過ぎ、家の中に入ろうとする。
するとディページが、例の悪魔的な笑みでこう言った。

「旧友ですら簡単に殺す……。さすが、『吸血鬼殺しのジェイス』様は容赦ないなぁ~。本当に心が無いんだねぇ」

「…」

「それとも……心が無いフリをしているだけなのかな?」

返答のないジェイスに、ディページは顔を近づける。

「本当は殺したくないくせに……自分に嘘をついて無機質な狩人を演じるのはずいぶん楽しいんだろうね」

「…」

「そうやって心の無い存在を演じているうちに、本当に心を無くしちゃったりしてね…くくく」

いつもの皮肉。
しかしジェイスには、この言葉の意図がよくわかっていた。

「俺を止めているつもりか?ディページ」

「…」

「悪いが、お前に何を言われようと……俺は目的を達成する」

ディページはまだじっとジェイスを見つめていた。

「俺はバージニア・フェンスターを殺す」

ジェイスから視線を向けられると、ディページは鼻で笑い、そして肩を落とした。

「ふーん……いつもの『俺は勇者や英雄なんかじゃない』ってやつ?」

「……」

「ジェイスさ、ダルケルノ村を出る時……俺に言ったよね?『いつだって俺は人間らしい答えにいきつこうとしてる』って。これがその『人間らしい答え』なの?」

ジェイスは少しの沈黙ののち、振り返らず、ディページに言った。

「ディページ。俺は小さい頃、ホークビッツ王に拾われた孤児だ」

「……」

「それ以前の記憶はない。自分が何者なのか、それどころか、なぜ強いのか……何もわからない」

ジェイスは強い。精神的にも、肉体的にも異様に強い。
しかし、それを振りかざす事をしないのは、自分の強さに一切の根拠がないからだった。

人間は『自分はこんな人間である』というアイデンティティの自認こそが、あらゆる行動の起因になる。
自分が何者であるのかを自覚し、それを根拠とすることで人間は人間になるのだ。

ジェイスにはそれが欠けていた。

自分の中に自分が知らない部分が存在する。
その中で行動をとることは、むしろ他者とのコミュニケーションに近い。

つまりは……ジェイスにとって自分が、他人と同等なのである。

「自分が何者なのか、いつも俺は考える。もしかしたら、お前と同じ悪魔なのかもしれないと思ったことすらある。だから俺は、自分が自分であるということを証明し続けなければいけないんだ」

「それが、英雄でも勇者でもない……ただ依頼を執行するモンスタースレイヤーってわけ?」

自分の中に自分という答えが無ければ、他者から貰うしかない。
他者からの依頼を遂行することで得られる信頼を積み重ねることで、他者の中にいるジェイスという人物像が、自らのアイデンティティになる。

それが、ジェイスの行動における、全ての源泉であった。

「あぁ」

ジェイスは扉を開ける。そこには眠る旧友と傀儡の姿があった。
旅の目的である2人が無防備に眠っている。

中に入る前に、ジェイスはディページに言った。

「ディページ……この旅の中で、お前を見ていて思ったことがある」

「…?」

「お前……人間が好きだろ?」

「……。……んなわけ……ないじゃん」

「…そうか」

ガチャ…

家の中に入り、ジェイスは剣を抜いた。
そして眠る旧友の前に立ち、剣すっと振り上げ、小さくつぶやいた。

「バージニア・フェンスター……。お前が無事シエルの地へ辿りつけることを願わん。どうか安らかに」

そして…

シュッ…

剣を振り降ろそうとしたとき…ジェイスは気づいた。

「…」

剣は…首から数センチ上でピタリと静止している。
そして眠る旧友に対して、ジェイスは言った。

「何をしている?カーラ」

すると…バージニア・フェンスターが目をパチリと開けて、ジェイスに返した。

「なぜ…偽物だとわかったんですか?」

「あいつは昨日風呂に入ってない……なのにお前の髪はひどく乾燥してる」

そう言われると…バージニアの姿に変身したカーラはゆっくりと魔法の光を放ち、本来の姿へ戻った。

「あいつは?」

「あなたがいない間に、魔法で強く眠らせて、移動させました」

「なるほど。外にいたディページもグルか……」

「私がお願いしたんです……。ディページさんは、何も悪くありません」

「俺とバージニアの話を聞いていたんだな?今夜、寝ている間に奴を殺すこと…」

「……はい」

「あいつは自分が死ぬことを受け入れていた…」

「だめです」

「…」

「バージニアさんは…死んだら駄目なんです」

「…どういう意味だ?」

「あの人は…私と違って…」

「…」

「生きているから」

カーラは、まっすぐにジェイスに向かって、そう言ったそうだ。

「呼吸して、いっぱい笑って、いっぱい食べて…」

「…」

「それが出来るだけで…人は生きる資格を持っています」

「カーラ…」

「もう一度、バージニアさんに変身します……ジェイスさん、だから、バージニアさんになった私の首を跳ねてください」

「…」

「そしてその首を持って…明日の朝、バージニアさんが目覚めて帰ってくる前に…ここを発ってください……。バージニアさんに見つかったら…きっとジェイスさん達を怒るから」

「…お前は…それでいいのか?」

「それがいいんです…」

「…」

「わからない。バージニアもお前も……なぜそこまでできる?お前は心を持たない傀儡のハズだろう?」

カーラはそれを言われて、表情を変えずに言った。

「バージニアさんが…教えてくれたからです」

「…教えてくれた?」

「…はい」



夜が明ける。
俺は昨日の夜何があったのか知らないまま、家の近くの林の中で目を覚ました。

「……生き…てる?なぜ…。どうして俺はこんな所で眠ってる?」

一瞬…ここはあの世なんじゃないかと錯覚した。
しかし土の匂いや草の音が、ここは現実なんだと実感させてくれる。

自分の首を触ってみる。俺の頭は身体としっかり繋がっていた。

「…」

俺は、慌てて家に帰る。



ガチャ…

家に入ると…ディページとジェイスがいた。

「ジェイス…ディページ…」

「…」

「おかえり」

2人とも、神妙な面持ちで帰宅した俺を見る。
しかし、そんなことより……俺の視線は机の上においてあるモノを見ていた。

それは、俺の首だった。

ベッドに視線を移すと、そこには裸で倒れる成人男性の身体が横たわっており、首から上が無かった。
俺はその身体が、自分の身体とまったく同じだとすぐに気付いた。しかし、体中にたくさんの魔法陣が描かれているのを見て……

俺はすぐに…この場所で起こった全てを悟った。

「……」

俺は…溢れる感情を抑えることができなかった。

「ジェイスッッ!!!!!きさまあああああああああああああああッ!!!!!」

俺は座るジェイスの首ねっこを掴む。そして、感情のまま言葉をぶつけた。

「俺の代わりにッ!カーラを殺したなッ!?」

「…」

「カーラに俺の姿へ変身させて殺すなんてッ!?それがてめぇのやり方かッ!?ジェイス・ヘンディッ!!!!!」

しかしジェイスは表情を変えず。ただ俺をじっと見た。

「なぜ俺を殺さないッ!?昨日話したはずじゃねぇかッ!俺を殺すのはかまわないとッ!その代わりにカーラの命は助けてくれとッ!」

「…」

「なんか言いやがれッ!なんでッ!!!どう…して……」

ジェイスは…感情的になる俺に…落ちついた口調で言う。

「お前は…殺さない」

しかし、その落ち着きが俺の怒りに拍車をかける。

「嘘をつくなッ!」

「…」

「吸血鬼だって殺せるくせにッ!…こんな薄汚れた吟遊詩人一人殺せないハズがあるかッ!!」

ディページは、ただ黙って俺たちを見ていた。
俺が怒りにまかせてジェイスを殴ろうとしたその時…ジェイスは少し視線を下へ向けた。

「お前…カーラに言ったそうだな…?」

「…!?」

「『自分が幸せだと思うことをしろ』と…」

「……」

「カーラはお前のために死ぬことを……自分の幸せだと思ったんだ」

「…なんだよ……それ……」

「彼女は…お前の言葉通り、自分が幸せだと思える決断をした」


頭が真っ白になっていく。
膨大な言葉を操る吟遊詩人の頭の中が…まるで真っ白な絵の具をぶちまけたキャンパスのように…何も無くなっていく。

そしてゆっくりと、全てを自覚していった。

「そんな…」

「…」

「そんな…いやだ……うそだ…」

俺はジェイスの首元から手を離す。
意図的じゃない…込める力が、無くなっていったんだ。

カーラが俺のために死んだ。
それを…徐々に身体が理解していったんだ。

「…カーラ……」

俺は、震える身体を無理やりに動かす。
そしてテーブルの上に置かれた、自分の首の前に立った。

気付けば涙が止まらなくなっていた。

俺のせいで、あんなにひどい目にあったのに…そんな俺なんかのために…どうして…
自分の首の前で立ち尽くす俺に…ジェイスが何かを渡す。

「手紙……カーラからだ」

「あいつ…字なんて読むこともできないじゃないか……」

「カーラに頼まれて俺が書いたんだ」

… … … …

「手紙…?」

「はい!…バージニアさんがいつも書いているのを見てて…私も書けたらいいなって思ってて…」

「…」

「だめ…ですか?」

「わかった……。俺が代わりに書いてやる…。内容を話してくれ」

「ありがとうございます!どうしようかな……えっと、えっとじゃあ…『バージニアさんへ…」

バージニアさんへ。

バージニアさんと手をつないで、色んな街にいきましたね。
全てが本当に素敵で、私には全部がきらきらしているように見えました。

私は最初、とっても不思議でした。
なんで私以外の全てが、こんなにきらきらしているのかなって。

それはきっと、この旅でバージニアさんが私に見せてくれたものぜんぶが生きていたからなのでしょう。

人、お馬さん、虫さん、猫さん、犬さん、そしてモンスタースレイヤーさんと、悪魔さん。

生きてない私から見ると、全部がとっても力強く見えたんです。

気づけば、それを見ているだけで…
まるで、私も本当に生きているんじゃないかなって思うようになりました。

色んな人と話したり、ムカデを食べて怒られたり、土で汚れた手を洗っているだけで。
私も、バージニアさんと一緒で 生きているみたいだなって。

それはなんだかとっても素敵なことな気がして、胸の奥がなんだか、ぽって不思議な感じになりました。

私は明日からいないですが、バージニアさんには、これからもたくさん素敵なことがあると思うんです。
ちょっとうらやましいけれど、この世界はきっと生きている人のモノだから。

私よりも、あなたが残った方がいい。

それと…
あと、ええと…ええと…

「…どうした?」

「なんだか、書いてほしいことがいっぱいあって…まとまりません」

「…」

「どうしようかなぁ…」

「あいつのことをどう思っていたとか……そういうのはいいのか?」

「バージニアさんを…私がどう思っていたか…?」

「あぁ…」

「んー…なんて言えばいいのか…。バージニアさんが笑っていると…なんだか素敵だなって気持ちになったんです…ん?ちがうかな…楽しい?っていうのかな…」

「似たようなことを…あいつも言ってた」

「そうなんですか?この気持ち…なんて言えばいいんでしょうか…」

「それはきっと…」


次に生まれてくる時は、こんな生きてない身体じゃなくて…バージニアさんの隣にいても変じゃなくなりたいなって思います。

最後にジェイスさんが教えてくれました。
私はバージニアさんを、こう思ってるって。

バージニアさん。
大好きです。

… … … …

言葉を操る吟遊詩人からすれば…それは、あまりに稚拙な文章だった。

だけど…俺は今までこんなに優しい言葉を見たことがないと思った。
その手紙はとにかく暖かくて、思いやりにあふれていた。

俺はとても嬉しくて…同時に悲しくて、さびしくて…
何より愛おしくて…ぽろぽろと涙がでてきた。

「カーラ…」

俺はお前から「ありがとう」なんて……「大好き」なんて言葉を貰えるような人間じゃない。
俺もお前が大好きだった。

「…平気か?」

ジェイスは、そんな俺に言葉をかける。
俺の心は一杯になって……言葉も上手く出てこなかったけど、ジェイスに確認するように、俺はこう聞いた。

「ジェイス…」

「ん?」

「命のない傀儡でも…シエルの地へいけるのだろうか…」

その言葉に、ジェイスはこう答えた。

「シエルの地は、生前に正しい行いをした人間が辿りつく場所だ…」

「…」

「カーラは辿りついたはずだ。だって……俺たちよりもずっと優しい心を持った…人間だったじゃないか」

人間だった。確かにそうだ。
大切な人のために死ぬなんて人形ができるか…?

カーラにはあった。たしかにあったんだ…
誰よりも深くてあったかい『心』が。

カーラ…君は本当に美しい人間だった。
薄汚れた権力で国を統べる宰相なんかより…浅はかな考えで歌う吟遊詩人なんかより…
ずっとずっと…君はただひたすらに優しい人間だったんだ。

生きるよ。

お前に活かして貰ったこの命……もう絶対に無駄になんかしない。

どんなにカッコ悪くったって…みっともなくたって…
必死で生きて、無表情だったお前の分まで笑い続けてやる。


カーラ。本当にありがとう。
本当に…




本当にありがとう。






俺達は……家の裏に小さな墓を作った。
カーラの身体だけを埋めて…俺は墓の前で、飛びっきり明るい曲をリュートで演奏した。

「本当に俺を殺さなくてよかったのかジェイス?」

「まぁ、俺は宰相に『バージニア・フェンスターの首を持ってこい』と言われただけだからな。それは手に入った。……それより、お前はこれからどうするんだ?」

「別に今までと変わらねぇさ……。歌を歌いながら旅をする。いかにも吟遊詩人らしい生き方だろ?」

「…そうだな」

そう言ってジェイスは、カーラが化けた俺の首を大きな布にくるんだ。
さっきはまともに見れなかったけれど…この時、一瞬だけ自分の生首と目があった。

「あれ?…その首…」

「ん?あぁ…そうなんだ」

「ジェイスはやくー」

「あぁ…。じゃあ俺たちは行く…旅先であんまり俺の歌は歌うなよ?」

「あぁ…できるかぎりな」

「元気でね!」

「おう!」

そう言って……ディページはジェイスを乗せて走り去って行く。
俺は、カーラの墓の前でもう少し音楽を奏でることにする。

できるだけ、精一杯の笑顔で。

だって…
ジェイス達が持っていった、カーラが化けた俺の生首。

生きてる時はあんなにいつも無表情だったくせに……
まるで心のある人間のように…活き活きと笑っていたんだから。


ー今回対応したモンスターの記録ー

■カーラ

怪物:傀儡
種別:魔法生物

木や人形などに魔法陣で行動を制御することで動くもの。
種別としては魔法生物であるが、実際は命を持たないただのモノ。

神に生贄を捧げる風習があった古来の文明において、人間の代わりの生贄として作られた。
神をだますために作られた存在であるがゆえ、多くの国で忌み嫌われている。

その後古代ドワーフによって研究がすすめられ、ゴーレムを始めとする様々な傀儡が生産されたが、現在では多くの国が傀儡の生産を禁止している。




傀儡は怪物ではなく、本来パペットやマリオネットなどを指す言葉です。読みも『かいらい』ではなく『くぐつ/でく』とされることが多いですよね。
今作では魔法の操り人形という意味でゴーレムと結び付けており、カーラの抱えていた問題はどちらかと言えばこのゴーレムに由来するストーリーだったのかと思っています。

作られた生命に対して、人間はどのように彼らを定義するのか。
ユダヤ伝承のゴーレムやルネサンス期のホムンクルス、現代ではアンドロイドを題材にした作品でも扱われる、ある意味で人のアイデンティティを改めて考えさせる良いテーマだと個人的には感じています。

感情的に人造の生命を愛することはできても、それをしっかりと定義し、どのように共存するのかを考える。
この時どんな作品でも壁になるのは、作られた生命に感情があるのかどうか。カーラに芽生えたものが感情であるのかどうかは、キャラクター達の主観のみで、あえて明確に描かないようにしました。
その答えはやはり、受け取り手が考えるべきものだと思うからです。

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