吸血鬼だって殺せるくせに
旧友と傀儡Ⅲ
次の日…
俺は誰よりも早く目が覚めて、とある用事をするために少しの間家を出た。
決してジェイスから逃げようとしたわけじゃない…その点については、俺はもう諦めていた。
俺が家にいない間、起きたジェイス達はカーラとこんな会話をしていたらしい。
「おはよう」
「おはようございます」
「あいつは…?」
「バージニア様は…お手紙をだしにいきました」
「手紙…?」
「はい…毎朝…誰かに手紙をだしているんです」
ここでジェイスは、俺が机の上に置いてあった書きかけの手紙を見つけたらしい。
見られて困るもんでもなかったが……ジェイスはしばらくの間、その手紙をじっと見つめたらしい。
「カーラ…この手紙を読んだか?」
「いえ…私…字が読めないから…」
「…そうか」
ジェイスはその手紙の一枚を胸ポケットにいれる。
するとディページがすぐに起きてくる。
「ふぁ~あ…おはよ…ジェイス…カーラ」
「おはようございます。ディページさんは……お寝坊さんですね」
「ごめんって……。悪魔はたくさん寝るものなんだよ?覚えておきな」
「そうなんですか?新しいことを教えていただき、ありがとうございます」
「ディページ、変なこと教えるな……。こいつは飛びっきりだらしないだけだ」
「ディページさんは飛びっきりだらしない悪魔…」
「あー!ジェイスこそ余計なこと教えてないでよ!」
その後は俺が帰るまで、三人はここまでの旅の話をしたのだそうだ。
カーラは表情を変えなかったが…本当に楽しそうに語ったらしい。
特にディページとは何か気があったようだ。
「そしたら、おっきな虫がでてきたんです!足がいっぱいあって…」
「ムカデかなぁ…俺虫だめなんだよねぇ……気持ちわるい~~」
「可愛かったですよ?興味があって、食べてみようと思って口に入れたら、バージニアさんに怒られてしまいました」
「うげ!ムカデ食べようとしたの!?」
「はい…でもバージニアさんが教えてくれたんです!『女の子は虫を見たら怖がった方が可愛い』って…」
「いや、そこはなんていうか…『普通は虫を食わない』っていう常識的な観点から教えた方が…」
「悪魔が常識を語るか」
カーラは、学ぶことが本当に好きなんだろう。
俺もこの旅を通して感じていたし、ジェイス達もそれはわかったようだ。
カーラは旅の最中…まるで赤子のように何にでも興味を示した。家、村、食べ物、武器、魔法、人間、悪魔。
荒廃したオロール連邦を超える時でさえ、彼女は本当に楽しそうにしていた。
彼女が見てるこの世界は、きっと俺達が見ている世界よりもずっとキラキラ輝いているのだろう。
…
俺が帰ると、ジェイスが1人で家の前に立ち、俺のことを待っていた。
その手には…書きかけで置いてあった俺の手紙が握られていた。
「手紙を読んだ」
「書きかけの手紙を読むなんて…趣味悪いなぁ」
「置いていく方が悪い…」
「……」
「この手紙……全てフュリーデント公国の外国境管理局へ書かれたものだ。バージニア、お前カーラをどこかの国に亡命させようとしていたのか…?」
俺はジェイスに正直に答える。
「ヴィンドールだ……。あそこは人間の法がない。カーラでも安全に暮らせるだろう?」
「返事は来たのか?」
「いや……一介の吟遊詩人が許可を得るのは難しいのさ…。お前もこの国に入る時通っただろう?ただでさえ今のフュリーデントはオロールからの亡命者で忙しいからな」
ジェイスはグラインフォールで見たたくさんの亡命者の列を思い出していた。フュリーデント公国の旅のはじまり。
そして根なし草の吟遊詩人が、公的な許可を得る難しさを改めて感じていたように見える。
俺はここで、俺の目的を果たそうと思い立った。
死ぬ前に、絶対にやっておかなければならないことだ。
「なぁジェイス…」
「?」
「お前…ここまですんなり来れたってことは…ホークビッツの公的な書類を何か持っているんじゃないのか?」
「ホークビッツ国の公印と……大使館への召喚状は預かってきている」
「本当か!?」
「あぁ。しかし召喚状の方は……グラインフォールの国境で子供……いや、使ってしまったが…」
「公印はあるんだな?…お前が手紙にそれを添えてくれれば、俺の手紙はホークビッツ大使の公的な印書になるってことだ…。亡命許可だって下りる…」
俺はジェイスの前に膝まづき…地面に額を押し当てた。
「頼む…公印を押してくれないか?…カーラを亡命させたいんだ…」
「…」
「…頼む」
「それはできない…」
「なぜだ!?」
「俺は宰相の命令でお前を殺しに来たんだぞ?」
「…」
「その宰相から預かったものを使って……標的であるお前らの亡命を手伝うことはできない…」
ジェイスは…とても冷たく俺に言った。
「はは…ははは……そ、そうだよな…。俺、勘違いしてた……お前とは古い付き合いだから…なんていうか……その」
「…バージニア」
「…?」
「甲斐性のないお前が……なぜそこまでできる?」
俺は額に付いた砂を落としながら、その質問に答えた。
「そうしたいからそうする…それが自由を愛する吟遊詩人の生き方ってもんさ」
「……」
「ってのはカッコつけすぎだな…」
「……」
「あの子を見てると思うんだよ。表情こそ変わらないが……あの子には世界が本当に色鮮やかに見えてるんだって。なんていうか、色んなものを見て楽しそうにしているところを見ると、心があったかくなるんだ…きっと気づかぬうちに俺も彼女に助けられていたんだと思う」
「……」
「だから、助けたいんだ」
ジェイスはそれを聞くと、俺からすっと目をそらした。
そして、今度は振り向かずに言った。
「今日の夜……お前を殺す」
「……」
「せめて苦しまないよう、眠っている間に首をはねてやる」
その言葉に温度はなく、ガキの時から知っているジェイスとは違う声に聞こえた。
「それまでに……やるべきことはやっておけ」
「ジェイス……頼む……俺はいい。どうか、どうかカーラだけは助けてくれ」
「……」
「……亡命を助けてくれなんて、もう言わない。けどよ……あの子は人形じゃない。俺と違って、なんにも悪いことしてねぇんだよ」
俺の声は、死とジェイスへの恐怖で震えていた。
けれどまっすぐに、ただ誠実にお願いした。
それを聞くと、ジェイスは振りかえらずに家の扉をあけ……
「…宰相に言われたのは…お前の命だけだ」
と言って、中に入っていった。
「ジェイス……ありがとう」
…
その夜は、俺とカーラ、ジェイスとディページと4人で酒を飲んだ。
俺はカーラに何も言わず死のうと決めていた。
カーラはまだまだおしゃべりし足りないようで、ディページに身振り手振りを使って色々話していた。
「それで収穫を手伝わせてもらった時、すごかったんです!切られていないニンジンを始めて見ました…まさかあんな形をしているなんて予想外です!…泥が爪のなかにはいって、洗うのが大変で…」
「イーストレア村の村長が言ってたよ…とっても元気なお母さんだって」
「そうなんです!私、その時はバージニアさんのお母さんのふりして変身したんです!村の皆さんはとっても優しくて…」
ディページと楽しそうに話すカーラ……
その横で、俺とジェイスは浮かない顔でワインを飲んでいた。
「どうしたんですか?バージニアさん…」
「ん?あ、いや…なんでもないんだ」
「…?」
少しづつ…死の実感が、恐怖が…俺を飲み込んでいった。
部屋の隅にジェイスの剣が3本立てかけられており……それが妙に大きく見えた。
しばらくするとディページがあくびをたてて眠りはじめた。
それを見たカーラが…
「私もそろそろ眠りますね。ジェイスさん、バージニアさん……おやすみなさい」
カーラが部屋の隅に移動し、目をつむろうとした時。
俺はカーラに、最後の言葉を残した。
「なぁカーラ…」
「…はい?」
「幸せに…なれよ…」
「…え?ありがとうございます」
「おやすみ」
カーラが眠りについてから数分間……俺とジェイスは何も言わず、ただワインで口を湿らせていた。
そして決心のついた俺は、ついに眠りにつくことにした。
これから目をつむったら、もうその目が開くことはない。
俺は立ちあがり、床に座って、ジェイスに言った。
「ジェイス……ガキのころ2人で川に遊びにいったことを覚えているか?」
「あぁ…お前が溺れて、俺が助けた」
「あの時からお前は、本当によくできたガキだった」
「…」
「でも大人になって……お前はさらに立派になった。ジェイス、お前は俺の誇りだ」
「…」
「後悔しないように生きていけ……ジェイス」
死刑執行人と、死刑囚である俺らは…ガキの頃から一緒だった友人でもあった。
俺は最後に、ジェイスへ友人としての言葉を贈った。
「……あぁ」
「俺の最後の言葉を聞いてくれるか?」
「……」
「本当に、本当に美しい人生だったッ!ははっ!」
俺はそう言って目をつむり…もう二度と見ることができないあらゆる光景との別れを惜しんだ。
この会話を…
カーラが聞いていることも知らずに。
「…」
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