吸血鬼だって殺せるくせに
鮮血にただ酔う剣士Ⅳ
気絶したオルテスを横にして、ジェイスは魔剣ティルフィングを拾った。
ティルフィングを握ると、ジェイスはその禍々しさに一瞬吐き気を催した。
鞘にしまい、地面に突き刺さった自分の剣を取りに行こうと立ちあがると……
「なんだ。終わったの?」
「あぁ」
何処からともなくディページが現れて、ジェイスに話しかけた。
ディページは死体だらけのその場に、まるで虫を見た貴族かのように嫌悪感を示した。
「ふーん……。それで?……その剣はなんだったの?」
ジェイスは自分が手にしている剣を見ようとはしなかった。
その代わり倒れたオルテスを見て、戦闘が終わったことを改めてかみしめながら言った。
「ティルフィング……古代ドワーフが、魔人を脅迫して造らせたと言われる魔剣だ」
ディページはジェイスの握る剣を見ると、少し溜息をつくように言った。
「ただの魔剣じゃないんでしょ?」
「あぁ…もたらす効果も、呪いも他の比にならない……今も吐きそうだよ」
ティルフィングは、古のドワーフが魔人を脅迫し作らせた……と呼ばれる世界で最も悪名高い魔剣だった。
しかも全く同じものが20本程度作られており、長い歴史の中で多くの凄惨な事件を起こしていた。
運がよかったのは、有名だからこそジェイスにはその剣をどのように処分すべきかわかっていることだ。
「魔人って……意思を持った人型の自然現象……みたいなもんでしょ?よくそんな奴がかけた呪いに勝てたね」
「戦ってみてわかったよ……。オルテスは普通の剣士が到達できる領域を遥かに超えていた。正体のわからない圧倒的な強さにただ酔っていたんだ」
ディページはそれを聞いて、悪魔めいた笑いをジェイスに向ける。
「正体不明の強さね……ジェイスとおんなじだね。くすくす」
「……」
「いや、正体がわからないのは強さだけじゃないか。誰かさんは自分が何者なのかもよくわかってないもんね」
色々思うところはあったにせよ、これに対しジェイスは反論はしなかった。
「どうする?村に戻る……?」
「いや、依頼で動いていたわけじゃないし、オルテスのことを説明するのも面倒だ。このまま去ろう……。商人達への義理は返してるしな」
そして改めて自分の剣を手に取ろうとした時に、ジェイスは異変に気付く。
「うそだろ」
ジェイスの剣と、オルテスがいないことに。
…
「はぁはぁ……」
オルテスはジェイスの剣を持って逃げていた。次第に辺りは暗くなり始める。
「はぁはぁ…ッ!ティルフィングは失った……。けど、この魔剣があればジェイスみたいになれる……。最強の剣士に……戻れる」
気絶から目覚めたばかりだ。オルテスの足は思うように動かなかった。
しかし言うことの聞かない身体を強引に動かして、必死に逃げていた。
また最強の剣士、そして村の英雄に戻るために。
「はぁッはぁッ!!」
それが叶わぬ願いだとも知らずに。
「!?」
バッ!!
突然、オルテスの目の前にボロボロの服を着た中年の男が立っていた。
男の手には屠殺用のナタが握られており、一目で山賊だとわかった。
「ふぅ……ふぅ…ッ!」
山賊はひどく興奮しており、オルテスはジェイスから奪った剣を握る。
しかし……オルテスはなぜか激しい動悸で息がつまり、身体がガクガクと震えていた。
今まではこんなことはなかったのに……剣がとてもとても重く感じたのだ。
山賊はオルテスにガラガラの声を発した。
「ずっと……見ていた」
「…な……なんだと」
「お前が最後に殺した山賊は……俺の…弟だ」
「……」
「世界で……たった一人の家族だ」
その山賊の顔は涙で濡れていた。
しかしこの時この瞬間だけは、その山賊は世界で最も勇敢な男の1人だったに違いない。
なぜなら山賊達がずっと恐れていた最強の剣士オルテスに向かって、豚の肉を切る屠殺ナタで挑むのだから。
オルテスはいつものように腕を振り上げたが、その剣の重さに後方に倒れそうになる。
ドスッ!
「あああああああああッ!!!!」
山賊は飛びかかる。オルテスがあっけなく転倒したので、そのままナタを振りおろす。
ナタはオルテスの肩に鈍い音をたてて刺さった。
「うぅッ!!!うぅッ!」
「いッ!いたいッ!!!あぁッ!!あああッ!!」
山賊は倒れたオルテスの肩に何度も何度もナタを振りおろした。
しかし使っているのは屠殺用の刃。肉を超えて骨を断ち切ることなどできない。
山賊は諦めず、オルテスを足で押さえつけて体重を乗せ……何度も何度も何度も何度もナタを振りおろした。
自分の肩に、今まで感じたことのない鈍い痛み。
こんなに痛いのに気を失うほどではない……地獄の時間。
「死にたくないッ!い"やだッ!いやだぁッ!!!」
およそ英雄とは思えないその叫び声は森中に響く。
そして…
ザシュ…ボトッ……
オルテスの聞き腕である右手が切断される頃には……涙で前すら見えていなかった。
山賊はナタを大きく振り上げる。
「しね……死ね…死ね……死ね、死ね死ね死ねぇッ!!!!」
山賊がナタを振りおろそうとした時。
オルテスを追いかけて来たジェイスが、山賊の腕をつかみ静止させた。
「やめろ」
「ひっ……」
「ここから消えろ。そうすれば命を奪うつもりはない」
山賊はそれを聞いて、最後にオルテスに唾を吐き捨て……森の奥へ消えて言った。
ジェイスはオルテスの前に膝まづき、彼に目線を合わせた。
「オルテス、あの山賊に挑もうとしたのか……?」
「ふっ…ふっ……」
「悪いが……お前の盗んだ俺の剣は、魔剣じゃない。名のある鍛冶職人が作ったものではあるが…剣自体に特別な力はない」
オルテスは自分が持ってきた、ジェイスの剣を見た。
そしてジェイスの背中にあるティルフィングを視界に捕えると、左腕を伸ばし、何度もか細く低い声で「返してくれ…」と発した。
ジェイスはそんな彼の手を握り……彼に真実を伝える。
「オルテス。それが、今のお前の力だ」
「嘘だ……俺は…俺は最強の剣士だ……」
涙で震える声はあまりに弱弱しかった。
しかしジェイスは、しっかりとオルテスに言う。
「酒場で俺を睨んでいたな?……自分以外の誰かが強いと褒められてるのが嫌いか?」
「ふぅ…ふっ……」
「いいか?人間は神や悪魔にはなれない……。人は自分の弱さから目を逸らし続ければ、心が弱いまま身体だけ大人になっていく」
「ふっ……」
「矛盾しているように聞こえるかもしれないが……誰よりも強い人間というのは、きっと誰よりも弱いんだよ」
それを聞いたオルテスは、低いうなり声をあげながら大粒の涙をこぼした。
…
ジェイスは何も言わずにオルテスの腕を清潔な包帯で巻き、バンティーク村まで送っていくことにした。
ディページに乗って村へ戻っている最中、オルテスは消え入るような声でぽつりとつぶやく。
「おれは……ただ、憧れていた存在になりたかっただけなんだ……」
「あぁ。わかってる」
「軍には入れなかったんだ……。その時わかっちまったんだよ。俺は…俺は英雄じゃなかった…って。英雄じゃない俺を、きっと誰も相手にしてくれない……。愛してはくれない」
村へ戻ると、入口にたくさんの商人達が集まっていた。
ジェイスは誰にも見つからずに村から離れるつもりだったが、どうやらそれは無理そうだ。
かけよる商人達は、右腕を失ったオルテスに絶望の表情を向けた。
それに対して、オルテスは弱々しく彼らに言った。
「ごめん……ごめん……俺は、もう…剣を握れない……誰も守れない」
その言葉に商人達は…
「何言ってるんだオルテス……お前は今まで1人で戦ってくれた。十分頑張ったじゃないか」
「そうだ。今度は俺たちがオルテスを守る番だ」
ジェイスは彼らの姿を見て、何も言わずにその場を去ることにした。
英雄の居なくなったこの先のバンティークが今後どうなるのか。
それは彼らが辿りつく結果であり、ジェイスが考えることではない。
因果は常に正しい応報へ到達する。
しかし、英雄ではなくなったオルテスの周りには、以前にも増して沢山の人が溢れていた。
きっと大丈夫だろうと、ジェイスはそう思った。
…
別れを告げずに出発するなんて、ジェイスには珍しいことではなかった。
しかし今回はジェイスにも色々と思うところがあった。
馬の姿になったディページは、旅の終着点であるフィジールに向かい筋肉を躍動させる。
それに跨るジェイスは、改めて地図を確認した。
「ブルル…(まーたダルケルノみたいに人々の希望を消し去ったね、ジェイスは)」
「ん?」
「ブルル…(あの村の周辺の山賊は消えたわけじゃない……。オルテスが居なくなったら、きっと大変だろうね……くすくす)」
このディページの嫌みに対して、ジェイスはいつもとやり方を変えてみることにした。
「ディページ、お前はいつも現実的な問題をしっかりと見つめてる。……それがお前のいいところだな」
「ブル…(は?)」
「人間ってのは悪魔であるお前みたいに強くはない。問題が起きれば、目を背けたくなる時だってある」
このやり方は上手くいったのか、珍しくディページは追撃をせずにジェイスの言葉を聞いていた。
「しかし、それに向き合えた人間が礎になってきたからこそ。人間は多くのことを成し遂げて来た」
「ブルル…(さすが人間様ですね。あいかわらず業が深いようでいらっしゃる)」
「そして、どんなに辛いことだろうと、何事も決着をつけるべき時は必ずやってくる」
村から2時間ほど走ると、砂利道の続く山道に入っていた。
大きな岩を見つけジェイスはオルテスから奪ったティルフィングを突き刺した。
そして辺りが暗くなるまで時間をかけて、岩にびっしりと魔法陣を描いていく。
ディページはあくびをしながらそのジェイスの姿を見ていた。
「こんなもんだな……鬼が出るか蛇が出るか」
「出てくるのは魔人でしょ?」
「……。あぁ、まぁたしかに」
そしてジェイスは岩に触れ、魔力を込める。
すると周囲の温度がすーっと下がり、ティルフィングがボッと音を立て青い炎がついた。
あっという間に剣が岩ごと炎上し……立ち込める煙が怒れる鬼の顔になって、ジェイス達に語りかける。
「人が……我に何をした」
「アンタと話そうと思ってな、魔人。いや、その思念体……とでも言うべきか」
呪術は多くの場合、魔力を使って呪術者の私怨を物や生物に定着させるものだ。
呪術者の意思以外にも、特定の条件を満たしたすことで発動し、目的を果たすまで消えることはない。
呪術を解除しようとする者にとって、この『目的を果たすまで』という部分がとても厄介である。
なぜなら、『目的を果たした』と判断するのは当然呪術者本人であるが、それを確認するためには実際に見るか、別の魔法を使うか、確認するための仕掛けを呪術に組み込む必要がある。
怒りを根源とする呪術は、ほとんどの場合衝動的な行動も多い。
そのため『絶対に奴が死んだか確認してやる』という呪術者だけではなく、『確認する方法が無くても奴が死ぬなら呪ってやる』と発動されるケースも多いのだ。
この場合、呪術者本人が呪いの完了を確認できなかったり、確認する前に死んでしまうなどして、ティルフィングのように数百年という単位で呪いだけ後世に残っていく。
ジェイスが用いた魔法陣は、そんな呪いに掛けられた『私怨という思念』と対話するための魔法陣だった。
「何用だ……?刹那這しかできぬ貴様らが、悠久を生きる我と話すに値ると?」
「悪いが俺達には話す理由がある。剣の呪いを解いてほしい……危なっかしくて捨てることもできん」
「ならぬ……貴様はなぜ我が20本もの剣に呪いをかけたのか、わかっておるのか?」
「古代ドワーフへの仕返しだろう?」
「左様。ドワーフのティルフィンガーは、我の妻を人質に魔剣を作らせた。我は魔剣全てに呪いをかけた。奴らを根絶やしにするまで……魔剣ティルフィングは多くドワーフをシエルの地へ送るだろう…そして…」
数百年前の遺恨をだらだらと語り始めた魔人…の思念体に対して。
ジェイスはめんどくさそうに溜息をつく。そして落ち着いた口調で、全ての真実を伝えることにした。
「古代ドワーフは500年以上も前に絶滅した。アンタがかけた呪いはすでに目的を果たし終えている」
それを聞くと、永遠に続くかと思った魔人の恨み節が途絶えた。
「……虚言ではあるまいな……」
「少なくとも人間の記録ではそれが事実だ。特に東方ドワーフの絶滅には、魔剣ティルフィングの影響が大きかったと聞く。確かめたいのなら仮の肉体を与えて確認させてやってもいい」
魔人の思念体は完全に言葉を失った。
ジェイスは続ける。
「ティルフィングはすでに500年以上、本来の目的とは無関係の死をひたすらに積み重ねている。すでに全て終わっているのに、アンタの情念をこれから先何百年も残していいのか?」
「……」
「呪いは成就されたんだ。アンタが恨む対象はもういない」
すると炎上する炎が青から赤へ色を変えた。
「そうか……ドワーフは死んだか」
「……あぁ」
「なら、我の思念は眠れるのだな、そうか……そうか……」
するとフッと煙が消え、炎も消え……ティルフィングから放たれていた異様な殺気もなくなっていた。
静かになった剣を見て、ディページが言う。
「これで終わり?……意外にあっけないねぇ」
「こいつは魔人本人ではなく、奴の私怨が形になったものだ。目的を達成する以外に存在意義のない思念体が、見ず知らずの俺達と長話する理由もない」
ティルフィングはこれまで止まっていた時間が動き出すように、一瞬で老朽し灰に変わった。
灰は呪いと共に風に飛ばされていく。
ジェイスは宙をなびく灰を見つめながら……自分がつけるべき決着を思う。
ディページはそんなジェイスを見て言った。
「次はついに、バージニアのいるフィジールだね」
「あぁ。俺達のフュリーデントの旅も終わりだ」
「でも……ジェイス、本当にできるの?バージニアを殺すなんて」
「……」
「アイツ、ジェイスの親友なんだろ?」
ジェイスは灰の舞う山道の先を見つめる。
そして俺……つまりはこの物語の語り手であり、旅の目的であるバージニア・フェンスターとの再会に思いをはせた。
「当然だ。……俺は、ヤツを殺す」
…
魔剣ティルフィングは、日本ファンタジーの元ネタとして大人気の北欧神話に登場する魔剣です。
今作の設定は神話とかなり変えていて、神話上の製作者は魔人イフリートではなく神オーディンですし、使用者の願いは3回も叶えてくれるようです。
設定を見ただけでもめちゃくちゃ中二臭い剣なんですが、その一方でこれを扱った有名な作品ってあんまりなく、そのままの名前で登場することはもっと少ないです。
魔剣とか呪剣って王道ファンタジーの鉄板です。
とある古い海外ファンタジー小説の中で、魔剣の恐ろしい効果一覧というのがあり、その中に『ナイフのように斬れる』という項があったのを覚えています。
日本人からしたら『え?剣なんだから斬れるの当たり前じゃね?』と思うのですが、西洋剣って日本刀のように斬るための道具ではなく鈍器としての扱いが主なためか、凄い斬れるだけで魔剣という扱いをしていたんですね。
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