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吸血鬼だって殺せるくせに

大野原幸雄

鮮血にただ酔う剣士Ⅲ

「ティル…フィング…?」

オルテスは自分の握る剣の正体を告げられてもなお、ジェイスから目を離そうとはしなかった。
それよりも殺気はさらに増し、いつ斬りかかってもおかしくない緊迫感は終わらなかった。

ジェイスはじりじりと後ずさる。
しかし、これは立ち向かうことに恐れたわけではない。

もし戦闘になった時、十分に距離がとれる場所から対応すべきだと考えたからだ。

「ティルフィングを使う者は超人的な力を得るだけじゃなく、ひとつ望みを叶えると言われている」

「望み……?」

それを聞いて、オルテスは握りしめる剣を見た。

「ティルフィングは他の魔剣とは一線を画す能力を持っている。それは使用者の肉体やあらゆる物理法則の影響を全く受けず、老人だろうが子供だろうが強靭な剣格に変貌させるというものだ」

するとオルテスはクスクスと笑う。

「はは……そうか。これは、そういうモノだったのか。それに加え、さらに望みを叶えてくれると?」

「あぁ……。しかし、その代償は魂に作用する永遠の死だ」

「……永遠の…死?」

「死んだ後も、使用者の魂を剣に捉え続ける。生が死に変わる瞬間を永遠に味わうことになると言われている」

これを言うとオルテスは沈黙した。
ジェイスの体感ではとても長い時間に感じられた。

そしてオルテスが振り返りると、悲しそうな表情でジェイスを見て、わざとらしく落ち着いた声で言った。

「なるほど……。ジェイスさん、ありがとう。わかった……はは、そうかそうか。いいだろう……俺は、この運命を背負うことにするよ……」

「……なに?」

「辛く悲しい運命でも……俺はあの村を守らなきゃならない。たとえ呪われた力に頼ったとしても……死んでしまったとしても……俺は…」

ジェイスはその言葉に、すぐに反応する。

「やめておけ……。その剣は悲劇の演出には使えない」

その言葉にオルテスはキッとジェイスを睨む。そしてすぐに怪異な笑顔に戻った。
それを見てジェイスが、さらにその剣の脅威を彼に説く。

「その剣がもたらす圧倒的な力はお前の精神を犯し続ける。今だって、アンタが冷静な判断ができているとは到底思えない」

「なぜ……そんなことがわかる…?」

「正義感で剣を振るう者は、そんな顔で人を殺さない」

それを聞くと、やっと自分が異様な笑顔であることに気付いたのか、オルテスは表情を変えた。

「お前は剣の力に酔っている。正義を大義名分に、圧倒的な力で敵を征圧することに快楽を得ている」

「……違う。俺は守っているんだ。人を。そんな俺が……人を殺すことを楽しんでるはず……ない」

「ハッキリ言う。その剣がもたらすのは人の進化ではなく変貌だ。その力はお前のモノではない。オルテス、お前は最強の剣士なんかじゃない」

「……ちがう……」

「その剣を地面におけ。俺が処分する」

「……」

「置くんだ」

「……」

「置けッ!!!!」

ジェイスは体中に脂汗をかいていた。
なぜなら穏やかに聞こえる彼の声とは裏腹に、その場に流れる空気全てが不穏な死の予感で溢れていたから。

ジェイスの大きな声を聞きながらも、オルテスは自分の握る剣を改めてじっと見つめる。
そしてやっと口を開いた言葉が、あまりにも幼稚な理由の後付けだった。

「ジェイス……お前…まさか……」

「……?」

「この剣を……奪おうとしてるのか?」

「オルテス……?」

「お前もこの剣を……この力が欲しくて……」

「何言ってるんだ……。オルテスいいか、良く聞け。何も考えずに、まずは俺の目をみろ」

「いや……そうだ。そうに決まってる。だってずっと見てたもんな……。巡回している最中もずっとずっとだ…ずっとずっと、ずっと…。あぁ、あぁ。そうか…そういうことか…」

「オルテス……」

「山賊と一緒だ……お前も人のモンを奪おうとする……山賊と一緒」

そして、その瞬間は唐突に訪れた。

「山賊は村のために……殺さなきゃだめだッ!」

地面を蹴り上げるわずかな粉塵を残し、オルテスの身体はすでにジェイスの頭上で剣を振りおろそうとしていた。
不意をつかれたジェイスも背中の剣を抜こうとしたものの、鞘から剣を抜いている最中に間に合わないことを察したが、避けることも困難だった。
とっさに身体ごと鞘から抜けきらない剣を上空へ向け、オルテスの攻撃を防いだ。

コーンッ!

ジェイスの剣の半分はまだ鞘の中に収まっていたため、刃同士が激しくぶつかっても鈍い音しか響かなかった。
しかしオルテスは振りおろした剣に乗せた体重をそのままに、さらに力を込めてジェイスの転倒を狙う。

「くッ!」

ジェイスはすぐに前方へ転がり距離をとる。
その最中に抜刀し、振り向いてオルテスへ臨戦態勢を向けようとする。

しかしオルテスはすでにジェイスを射程範囲に捕えており、次なる剣を振る寸前だった。

その速度は常軌を逸しており、剣による防御が間に合わない。
仕方なくジェイスは後ろに体を逸らし、さらに地面を蹴って後方へ退避した。

しかしオルテスはさらに一歩踏み出し、あっという間に次の攻撃に転じていた。

カーーーッン!
カンッ!

剣は体重移動が非常に重要だ。
強烈な一撃を成すために必要なのは、軸足を起点とするしっかりとした踏み込み。

しかしオルテスのそれは一般的な剣術のどれにも当てはまらず、体重移動は異様に軽かで、けん制で使うような軽い振りでさえ剣で防げば腕ごとはじき返されほどに強かった。

カンカンッ!カンッ!

「『アクシリオス』……ッ!」

ジェイスはなんとか剣で攻撃を防ぎつつ、とっさに感情を鎮静化させる『アクシリオス』を唱えた。
しかしオルテスにその効果はまったく発揮されず、攻撃の速度も変わらない。

カンカンッ!

一切の躊躇なく、全ての攻撃が急所めがけて正確に放たれる。
手数は多かったが、剣を振る体勢から狙える急所の数はたかが知れており、ジェイスが剣の攻撃を防げるのはある意味その予測行動に本能で反応しているに近かった。

「……ッ!?」

避けたり剣で防いだり、ジェイスはそれらにただ耐えていた。

「……?」

…そう、耐えていた。
これまで、おそらく誰も耐えられなかったオルテスの攻撃を何度も何度も耐えていた。

相手のことに疑問を持ったのは、今度はオルテスの方だった。

「なんだ……お前」

まったく届かない自分の剣。
汗ひとつかかないジェイス。オルテスは目の前に立つ自分と同年齢くらいのジェイスを見て言った。

「お前……なんか変だ。なぜ俺の攻撃を防げる?」

オルテスはそれがずいぶん不服なようだった。

「俺は……強いのに。一番、誰よりも強いのに。俺より強いヤツがいるはずない……なのに」

ジェイスはそんな彼に、臨戦態勢を崩さずに言った。
しかしこの言葉は、オルテスによって最も屈辱的な言葉だった。

「強いのはお前じゃない」

「……ッ」

オルテスは血走る目で、ジェイスの持つ剣を見る。

「その剣も……?はは、そうかそうか…はは、お前もか」

「……」

「そうだ、そうに決まってるッ!お前も俺と同じ魔剣を持っているんだなッ!その剣は…俺の魔剣よりも優れているんだなッ!そうさ……ッ!魔剣も使わずにそれほどの強さの人間がいていいはずがないッ!!!」

黙って攻撃を受け流すジェイスに、オルテスは続ける。

「だってそうだッ!人間なんてみんな弱いんだッ!だったら強くなる方法を得たヤツだけが強い存在であればいいッ!そして魔剣を手に入れる人間は、俺一人でいいんだッ!俺だけが……いや、俺が最も強い剣士になればいいッ!」

次にオルテスから放たれた攻撃は余りに無様なものだった。
体ごとジェイスに飛びかかり、すでに剣士ともいえなかった。

しかし、いやだからこそジェイスは何もできなかった。
オルテスからの攻撃は剣撃のみと思っていたから。

大きく腕を広げたオルテスを避けるには接近しすぎていたし、剣で防いだらオルテス自身を殺しかねない。
ジェイスはオルテスが到達する前にその答えに達し、解を得ぬままオルテスと共に転倒した。

「ッ!」

「はぁッ!あぁああッ!!」

ジェイスはその拍子に剣を落としてしまう。
それを見たオルテスは、ジェイスを払いのけてジェイスの剣を手に取った。

「これか。この剣がお前の秘密なんだなッ!俺だけだ。称賛を浴びるのは俺だけ……ッ!だって散々バカにされ続けて来たんだ……俺はもう十分不幸だった。もう、これからの俺の人生は褒められるだけでいいはずだッ!俺は、俺は成し遂げたんだッ!努力の結果が今なんだッ!」

独り言というには余りにも大きな声。
オルテスはそんな言葉を言いながらジェイスの剣を見た。
しかし…

「お前の負けだ。オルテス」

バシュッ!!!

瞬間、ジェイスは別の剣でオルテスを攻撃した。

「なッ!」

その剣は片方にしか刃がついていないもので、ジェイスは剣の逆刃をオルテスの腹部に当てる。
オルテスはジェイスの剣でそれを反射的に防ごうとしたが、握る剣は鈍く空を切るだけだった。

ジェイスは逆刃で殴ったので当然致命傷には至らないものの、その衝撃は凄まじく、オルテスの両手に握られた二つの剣を手放させるには十分だった。

オルテスに取られた以外にも、ジェイスは2本の剣を背中に指している。
しかしオルテスを倒した剣はその2本ではなく、ましてや魔剣でもなんでもない。

それは……山賊が持っていたどこにでもある出来のわるいナタ刀だった。

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