吸血鬼だって殺せるくせに
鮮血にただ酔う剣士
ジェイスとディページは、イーストレア村の村長に教えられたフィジールという街へ向かっていた。
フィジールは最も首都に近い農村であり、食の豊かなこの国を象徴するような街だ。
当然首都に近づいていくので、付近には大小さまざまな村が多い……はずなのだが。
ジェイスとディページはなぜかだだっ広い平原を走っていた。
白馬の姿でジェイスを乗せるディページは、ずっと不服そうな表情だ。
いくら疲れを知らない悪魔の馬であろうと、さすがに半日以上も走っていれば不満もでるもので…
「ブルル……(ねぇジェイス)」
「なんだ?」
「ブルルル!(絶対迷ったでしょ!)」
ジェイスからこれについての返答がない。
ディページは何も言わず休めそうな岩影に立ち止まると、馬から人間の姿に変身する。
「!?」
当然、ジェイスも地に足をつける。
ディページは人間の姿で、ぐーっと背伸びをした。
それを見たジェイスは…
「お……おい…」
と声をかけてみる。
しかし「いいから休むの!」というディページの言葉に何も言い返せず、仕方なく岩影に腰を下ろす。
ジェイスはたまに道に迷う。まぁ人間だ。たまにはそういうこともあろう。
しかし迷ったことをなんとなくディページには言いだせず、自分なりに反省した結果、ディページの休憩要求を素直に応じる形になった。
「迷ってるなら早めに言ってよ!」
「……」
「ジェイス昔っからそういうとこあるよね!ほら、地図みて現在地を確認!」
「お……おう」
と、モンスタースレイヤーが悪魔に正当な理由で叱られるという、希有な状況に至る。
ジェイスは素直に地図とコンパスで現在地を確認する。
ディページは不機嫌そうに横になると、すぐに小さな寝息を漏らしはじめた。
「ここを北に進むべきだったのか……。道なりにきてしまったんだな」
こんな様子でぶつぶつ言いしながら10分ほど地図を見ていると、どこからか馬車が地面を走る音が聞こえきた。
ジェイスは立ち上がって音のする方角をみると、4台の商団馬車の一団がゆっくりと南へ向かっていくのが見える。
ジェイスはディページを起こした。
「ディページ……起きろ」
「ん?」
「あの商団馬車についていくぞ……村があるはずだ」
ディページはめんどくさそうに馬車の一団を見る。そして…
「いや、あの馬車の方角って、俺達が来た方角じゃん……」
「あぁ。大丈夫だ」
「大丈夫って……まさかジェイス……。あの、一応聞くけどさ……もしかしてフィジールって…」
「あぁ。真逆だ」
…
その後、ディページのグチグチとした嫌みを聞きながら、ジェイス達はその商団馬車に乗せてもらうことになる。
一団はバンティークという大きな村に向かっている最中で、乗せてもらう代わりに彼らから旅の食料を買い、運賃も少しだけ払うことになった。
ジェイスは一番前を走る馬車の運転席の隣に乗せてもらい、ディページは木材を乗せた後方の馬車の荷台に乗り込んだ。
ほっとしたジェイスは、運転する商人と話をする。
「アンタ達に出会えて助かったよ。バンティークという村はここから近いのか?」
「まぁ一日くらいかな。明日の夜には到着するはずだよ」
20人ほどの商人が全員男というなんともむさくるしい商団だったが、だからこそジェイスはすぐに馴染むことができた。
ジェイスも自分の身なりを明かした上で色々と情報交換をしたが、探し人であり、この物語の語り部でもある俺……バージニア・フェンスターの情報を得ることはできなかった。
夜になると、商団は馬車を円に並べて簡易キャンプをつくる。
食事の時間になると、ジェイスとディページは商人達と焚火を囲み、すっかり意気投合していた。
「ほう……あんたらホークビッツから来たのか。あの国は国民全員が魔法を使えるってのは本当なのかい?」
「全員ではないが、使える者は多い。……戦争前のホークビッツ人は農民も魔法を使って畑を耕してたそうだ」
「ははっ!なんだそりゃ!畑仕事はさすがにクワの方が楽だろう」
商人達は夜が冷えると、焚火で温めたワインにジャムやシナモンを入れた飲み物を作り、ジェイス達に振る舞う。
身体の芯から温まるホットワインは優しい甘さでとても美味しく、ゆったりと2人を酔わせてくれた。
互いの文化の話に花が咲くと、時間はすぐに過ぎるもの。
夜が深まると1人づつ眠りについていった。
ジェイスもそろそろ眠りにつこうとした、その時……
「ん?」
何か不穏な空気を感じ、ジェイスの表情がこわばった。
それを感じた商人達が尋ねる。
「どうしたんだい?ジェイスさん、急に怖い顔して」
「何者かに囲まれてる」
「……は!?なんだって!?」
ジェイスの言葉に商人達は寝ている者を起こしていく。すぐにみな剣を持ち、周囲を見渡した。
ディページも商人に起こされていたが、緊張感のないアホ面で寝つづけていた。
すると、とても低いかすれた声で闇からこちらに言葉が向けられる。
「お前ら……武器を捨てろ」
闇から現れたのは山賊だった。それも凄い数の。
20人規模の商団馬車を取り囲むほどの、さらに規模の大きい山賊団。
山賊達の姿が見えると、商団のリーダーである男が震える声で彼らに言った。
「か…勘弁してくれ……。村の食料も積んであるんだ……全部奪われたら、皆飢え死にしちまう…」
「黙れッ!二度は言わない……はやくしろ」
商人達は皆言われた通り武器を捨てる。
ジェイスは闘うことに恐れはなかった。しかし剣を抜けば20人もいる商人を全員を守ることが難しいことも理解していた。
黙って武器を地面に置き、様子を見ることにする。
「それでいい……」
山賊達は商人達が武器を捨てたのを確認し、馬車の中を漁る。
しばらくその時間を耐えながら見ていると……漁り終えた山賊の1人が言う。
「よし……全員殺せ」
「そんなッ!!待ってくれッ!命だけはッ!たのむッ!」
商人の言葉はもう無意味だった。
山賊達が、商人達に襲いかかる。
ジェイスも剣を拾い、臨戦態勢を取ったその時だ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「うわああああッ!!!」
聞くに堪えない男の断末魔。
なぜか山賊団の後方から、多数の悲鳴が聞こえて来た。
山賊達も予想外の状況に振り向き、殺気が商人達から後方へ向けられる。
ジェイスはこれを好機と判断し、剣を持ったまま山賊団の指揮をとっている男へ距離を詰めた。
「なッ!!ぐあっ!」
ボキッ!
ジェイスは瞬時に山賊のリーダーを転倒させる。
そしてそのまま足の骨を折り行動不能にすると、続けて近くにいた山賊の頭を思い切りけり上げ気絶させる。
その刹那。
ジェイスは山賊後方の叫び声の原因を見た。
それは人だった。
山賊達を、まるで紙屑のように斬るたった一人の男。
複数の山賊に囲まれながら、巧みに攻撃を避けては剣を振る剣士。
一見すると、飛び散る鮮血の中を漂っているだけのようにも見える。
謎の剣士は、自分から近い者を順に肉に変えてはまた舞った。
1人目の吹き飛んだ鮮血が地へ落ちる前に2人目を真っ二つにしていくような手際。
あっという間に数が減った山賊達は、各々が散り散りに逃げ始めていた。
しかしそのほとんどが謎の剣士から逃げ切ることはできず、肉と骨の塊として地に伏していた。
剣士とジェイスの2人は、あっという間にその場を制圧していた。
ジェイスは共に戦った剣士に視線を送る。近づくにつれ、焚火に照らされる剣士の顔が異様に若いことに気付く。
20代前半か……もしかするとジェイスと同じ年齢かもしれない。
ジェイスは自分と同じくらいの年齢でこれほど強い者に出会ったことは無かった。
しかし、ジェイスはそれよりも別のことが気になっていた。
「あの剣……」
それは彼の持っている剣だ。
焚火の明かりに照らされているのにも関わらず、その剣の刃は光をほとんど反射していなかった。
まるで闇に溶けるように、切先に異様とも言える威圧感を感じる。
剣士は刃の血を振り落としていたが、戦いが終わってもその剣の存在感は消えなかった。
いや、殺気と言い換えるべきだろう。
「助かった……ありがとう」
なんにせよ、助けられたのは事実。ジェイスは素直に謎の若輩剣士へ礼をいった。
すると剣士は爽やかに笑い、ジェイスに返した。
「この辺りは山賊が多いから……巡回していてよかったよ。君もとても強いんだな」
「巡回……?」
「あぁ、僕はバンティーク村の剣士なんだ。そうか……まだ自己紹介をしてなかったね。僕の名は……」
「いやまて……巡回だと?村から?」
おかしなことを言っていることに、ジェイスは早々に気付いた。
彼の自己紹介を遮るほど、それは異様なことだった。
「バンティーク村はここからまだ半日かかると聞いた。……こんな時間にその村から巡回でここまで来たと言うのか?しかも1人で?」
「あぁ……はは。……たしかにおかしな事に聞こえるかもしれないな。この辺りはもともと山賊が多い地域なんだ。村付近の山賊はもう排除したんだが、最近は巡回の範囲を広げているんだ」
「範囲を広げてるって……」
彼の返答は『こんな時間にとても離れた村から巡回を行う理由』に対する回答にはなっていなかった。
範囲を広げるという距離ではないし、巡回することが目的なのであればまず人手を多くすべきだ。そもそもこの時間にやる必要もない。
だってこんなところまで巡回するのであれば、護衛として最初から同行しておくべきだろう。
色々聞きたいことがあったが、ジェイスはとりあえず落ち着くために、彼に言う。
「そうか……まぁいい。とにかく助かった。俺はモンスタースレイヤーのジェイス・ヘンディだ。君の村の商団と、訳合って一緒に行動していた」
「僕はオルテス。共に闘ってくれたことに感謝するよ」
「うぅ……」
簡単な自己紹介を終えた時……ジェイスの足元で、先ほど骨を折った山賊のリーダーが苦しそうにもがいていた。
謎の剣士はその姿を見て彼にゆっくりと近づき……特に何か言うわけではなく。
ザシュッ…
「…ぁ…」
山賊の首に剣を突き刺し、殺した。何のためらいもないその行動にジェイスは驚いた……のだが。
「ッ!!!???」
山賊の首に突き付けられたオルテスの剣から、この上ない感覚に襲われ……なんの言葉も出なかった。
その感覚はまさに恐怖そのものであり、ジェイスの身体を硬直させた。
早くこの場から消え去りたい。そう思うほどの圧倒的な恐怖。
生きている気がしない……それはジェイスが今までほとんど感じたことのないものだった。
オルテスは剣を山賊の首から抜き、鞘にしまう。
すると、不思議とドロリとした恐怖も消えた。
「(あの剣……。やはり何かある……一体なんだ?)」
山賊達が動かないことがわかると、商人達が2人に駆け寄ってきた。
「オルテスッ!……こんなところまで来てくれたのか!助かったよ!」
「みんな……無事で本当に良かった。ジェイスにも助けられた」
「そうか!ジェイスさんも本当にありがとう……あんたも命の恩人だ」
「いや…。……あぁ」
ジェイスは一息つこうと、焚火の前に戻る。
するとディページが目を覚ましており、商人に囲まれているオルテスをじっと見つめていた。
「起きてたのか……ディページ」
「うん。死体臭くてさ」
ディページの視線も、オルテスの剣にしっかりと向けられていた。
「……」
「ねぇジェイス……あの剣なに?」
「さぁな。魔剣の類だとは思うが……殺気が異様だ」
「ジェイスが持ってる……なんだっけ?ほら、吸血鬼からもらった剣あるじゃん。あれみたいなもん?」
「『ヴァン・ヘルシング』か?あんなもんが何本もあるとは思えないが。……なんにせよ、普通じゃない」
こうして、謎の剣士オルテスと出会ったジェイスとディページは……彼らの村バンティークへ向かうことになるのだった。
フィジールは最も首都に近い農村であり、食の豊かなこの国を象徴するような街だ。
当然首都に近づいていくので、付近には大小さまざまな村が多い……はずなのだが。
ジェイスとディページはなぜかだだっ広い平原を走っていた。
白馬の姿でジェイスを乗せるディページは、ずっと不服そうな表情だ。
いくら疲れを知らない悪魔の馬であろうと、さすがに半日以上も走っていれば不満もでるもので…
「ブルル……(ねぇジェイス)」
「なんだ?」
「ブルルル!(絶対迷ったでしょ!)」
ジェイスからこれについての返答がない。
ディページは何も言わず休めそうな岩影に立ち止まると、馬から人間の姿に変身する。
「!?」
当然、ジェイスも地に足をつける。
ディページは人間の姿で、ぐーっと背伸びをした。
それを見たジェイスは…
「お……おい…」
と声をかけてみる。
しかし「いいから休むの!」というディページの言葉に何も言い返せず、仕方なく岩影に腰を下ろす。
ジェイスはたまに道に迷う。まぁ人間だ。たまにはそういうこともあろう。
しかし迷ったことをなんとなくディページには言いだせず、自分なりに反省した結果、ディページの休憩要求を素直に応じる形になった。
「迷ってるなら早めに言ってよ!」
「……」
「ジェイス昔っからそういうとこあるよね!ほら、地図みて現在地を確認!」
「お……おう」
と、モンスタースレイヤーが悪魔に正当な理由で叱られるという、希有な状況に至る。
ジェイスは素直に地図とコンパスで現在地を確認する。
ディページは不機嫌そうに横になると、すぐに小さな寝息を漏らしはじめた。
「ここを北に進むべきだったのか……。道なりにきてしまったんだな」
こんな様子でぶつぶつ言いしながら10分ほど地図を見ていると、どこからか馬車が地面を走る音が聞こえきた。
ジェイスは立ち上がって音のする方角をみると、4台の商団馬車の一団がゆっくりと南へ向かっていくのが見える。
ジェイスはディページを起こした。
「ディページ……起きろ」
「ん?」
「あの商団馬車についていくぞ……村があるはずだ」
ディページはめんどくさそうに馬車の一団を見る。そして…
「いや、あの馬車の方角って、俺達が来た方角じゃん……」
「あぁ。大丈夫だ」
「大丈夫って……まさかジェイス……。あの、一応聞くけどさ……もしかしてフィジールって…」
「あぁ。真逆だ」
…
その後、ディページのグチグチとした嫌みを聞きながら、ジェイス達はその商団馬車に乗せてもらうことになる。
一団はバンティークという大きな村に向かっている最中で、乗せてもらう代わりに彼らから旅の食料を買い、運賃も少しだけ払うことになった。
ジェイスは一番前を走る馬車の運転席の隣に乗せてもらい、ディページは木材を乗せた後方の馬車の荷台に乗り込んだ。
ほっとしたジェイスは、運転する商人と話をする。
「アンタ達に出会えて助かったよ。バンティークという村はここから近いのか?」
「まぁ一日くらいかな。明日の夜には到着するはずだよ」
20人ほどの商人が全員男というなんともむさくるしい商団だったが、だからこそジェイスはすぐに馴染むことができた。
ジェイスも自分の身なりを明かした上で色々と情報交換をしたが、探し人であり、この物語の語り部でもある俺……バージニア・フェンスターの情報を得ることはできなかった。
夜になると、商団は馬車を円に並べて簡易キャンプをつくる。
食事の時間になると、ジェイスとディページは商人達と焚火を囲み、すっかり意気投合していた。
「ほう……あんたらホークビッツから来たのか。あの国は国民全員が魔法を使えるってのは本当なのかい?」
「全員ではないが、使える者は多い。……戦争前のホークビッツ人は農民も魔法を使って畑を耕してたそうだ」
「ははっ!なんだそりゃ!畑仕事はさすがにクワの方が楽だろう」
商人達は夜が冷えると、焚火で温めたワインにジャムやシナモンを入れた飲み物を作り、ジェイス達に振る舞う。
身体の芯から温まるホットワインは優しい甘さでとても美味しく、ゆったりと2人を酔わせてくれた。
互いの文化の話に花が咲くと、時間はすぐに過ぎるもの。
夜が深まると1人づつ眠りについていった。
ジェイスもそろそろ眠りにつこうとした、その時……
「ん?」
何か不穏な空気を感じ、ジェイスの表情がこわばった。
それを感じた商人達が尋ねる。
「どうしたんだい?ジェイスさん、急に怖い顔して」
「何者かに囲まれてる」
「……は!?なんだって!?」
ジェイスの言葉に商人達は寝ている者を起こしていく。すぐにみな剣を持ち、周囲を見渡した。
ディページも商人に起こされていたが、緊張感のないアホ面で寝つづけていた。
すると、とても低いかすれた声で闇からこちらに言葉が向けられる。
「お前ら……武器を捨てろ」
闇から現れたのは山賊だった。それも凄い数の。
20人規模の商団馬車を取り囲むほどの、さらに規模の大きい山賊団。
山賊達の姿が見えると、商団のリーダーである男が震える声で彼らに言った。
「か…勘弁してくれ……。村の食料も積んであるんだ……全部奪われたら、皆飢え死にしちまう…」
「黙れッ!二度は言わない……はやくしろ」
商人達は皆言われた通り武器を捨てる。
ジェイスは闘うことに恐れはなかった。しかし剣を抜けば20人もいる商人を全員を守ることが難しいことも理解していた。
黙って武器を地面に置き、様子を見ることにする。
「それでいい……」
山賊達は商人達が武器を捨てたのを確認し、馬車の中を漁る。
しばらくその時間を耐えながら見ていると……漁り終えた山賊の1人が言う。
「よし……全員殺せ」
「そんなッ!!待ってくれッ!命だけはッ!たのむッ!」
商人の言葉はもう無意味だった。
山賊達が、商人達に襲いかかる。
ジェイスも剣を拾い、臨戦態勢を取ったその時だ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「うわああああッ!!!」
聞くに堪えない男の断末魔。
なぜか山賊団の後方から、多数の悲鳴が聞こえて来た。
山賊達も予想外の状況に振り向き、殺気が商人達から後方へ向けられる。
ジェイスはこれを好機と判断し、剣を持ったまま山賊団の指揮をとっている男へ距離を詰めた。
「なッ!!ぐあっ!」
ボキッ!
ジェイスは瞬時に山賊のリーダーを転倒させる。
そしてそのまま足の骨を折り行動不能にすると、続けて近くにいた山賊の頭を思い切りけり上げ気絶させる。
その刹那。
ジェイスは山賊後方の叫び声の原因を見た。
それは人だった。
山賊達を、まるで紙屑のように斬るたった一人の男。
複数の山賊に囲まれながら、巧みに攻撃を避けては剣を振る剣士。
一見すると、飛び散る鮮血の中を漂っているだけのようにも見える。
謎の剣士は、自分から近い者を順に肉に変えてはまた舞った。
1人目の吹き飛んだ鮮血が地へ落ちる前に2人目を真っ二つにしていくような手際。
あっという間に数が減った山賊達は、各々が散り散りに逃げ始めていた。
しかしそのほとんどが謎の剣士から逃げ切ることはできず、肉と骨の塊として地に伏していた。
剣士とジェイスの2人は、あっという間にその場を制圧していた。
ジェイスは共に戦った剣士に視線を送る。近づくにつれ、焚火に照らされる剣士の顔が異様に若いことに気付く。
20代前半か……もしかするとジェイスと同じ年齢かもしれない。
ジェイスは自分と同じくらいの年齢でこれほど強い者に出会ったことは無かった。
しかし、ジェイスはそれよりも別のことが気になっていた。
「あの剣……」
それは彼の持っている剣だ。
焚火の明かりに照らされているのにも関わらず、その剣の刃は光をほとんど反射していなかった。
まるで闇に溶けるように、切先に異様とも言える威圧感を感じる。
剣士は刃の血を振り落としていたが、戦いが終わってもその剣の存在感は消えなかった。
いや、殺気と言い換えるべきだろう。
「助かった……ありがとう」
なんにせよ、助けられたのは事実。ジェイスは素直に謎の若輩剣士へ礼をいった。
すると剣士は爽やかに笑い、ジェイスに返した。
「この辺りは山賊が多いから……巡回していてよかったよ。君もとても強いんだな」
「巡回……?」
「あぁ、僕はバンティーク村の剣士なんだ。そうか……まだ自己紹介をしてなかったね。僕の名は……」
「いやまて……巡回だと?村から?」
おかしなことを言っていることに、ジェイスは早々に気付いた。
彼の自己紹介を遮るほど、それは異様なことだった。
「バンティーク村はここからまだ半日かかると聞いた。……こんな時間にその村から巡回でここまで来たと言うのか?しかも1人で?」
「あぁ……はは。……たしかにおかしな事に聞こえるかもしれないな。この辺りはもともと山賊が多い地域なんだ。村付近の山賊はもう排除したんだが、最近は巡回の範囲を広げているんだ」
「範囲を広げてるって……」
彼の返答は『こんな時間にとても離れた村から巡回を行う理由』に対する回答にはなっていなかった。
範囲を広げるという距離ではないし、巡回することが目的なのであればまず人手を多くすべきだ。そもそもこの時間にやる必要もない。
だってこんなところまで巡回するのであれば、護衛として最初から同行しておくべきだろう。
色々聞きたいことがあったが、ジェイスはとりあえず落ち着くために、彼に言う。
「そうか……まぁいい。とにかく助かった。俺はモンスタースレイヤーのジェイス・ヘンディだ。君の村の商団と、訳合って一緒に行動していた」
「僕はオルテス。共に闘ってくれたことに感謝するよ」
「うぅ……」
簡単な自己紹介を終えた時……ジェイスの足元で、先ほど骨を折った山賊のリーダーが苦しそうにもがいていた。
謎の剣士はその姿を見て彼にゆっくりと近づき……特に何か言うわけではなく。
ザシュッ…
「…ぁ…」
山賊の首に剣を突き刺し、殺した。何のためらいもないその行動にジェイスは驚いた……のだが。
「ッ!!!???」
山賊の首に突き付けられたオルテスの剣から、この上ない感覚に襲われ……なんの言葉も出なかった。
その感覚はまさに恐怖そのものであり、ジェイスの身体を硬直させた。
早くこの場から消え去りたい。そう思うほどの圧倒的な恐怖。
生きている気がしない……それはジェイスが今までほとんど感じたことのないものだった。
オルテスは剣を山賊の首から抜き、鞘にしまう。
すると、不思議とドロリとした恐怖も消えた。
「(あの剣……。やはり何かある……一体なんだ?)」
山賊達が動かないことがわかると、商人達が2人に駆け寄ってきた。
「オルテスッ!……こんなところまで来てくれたのか!助かったよ!」
「みんな……無事で本当に良かった。ジェイスにも助けられた」
「そうか!ジェイスさんも本当にありがとう……あんたも命の恩人だ」
「いや…。……あぁ」
ジェイスは一息つこうと、焚火の前に戻る。
するとディページが目を覚ましており、商人に囲まれているオルテスをじっと見つめていた。
「起きてたのか……ディページ」
「うん。死体臭くてさ」
ディページの視線も、オルテスの剣にしっかりと向けられていた。
「……」
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