吸血鬼だって殺せるくせに
馬の悪魔と花の天使
次の目的地であるフィジールは、イーストレア村から相当離れた場所にあった。
長旅に備え、ジェイス達は遠回りして、リドルナ―ドという街で長旅の準備を整えようと立ち寄ることにした。
リドルナ―ドはあらゆる商路の中継地点としても使われる街。
領主の城と教会を中心に、円形に発展した街並みは圧巻で、公国の中でも大きな都市のひとつだった。
立派な市場を見て回ると、本来の目的以上に色んな物が欲しくなるもの。
ジェイスは宿をとった後、色々と見てまわることにした。
「よし、俺は少し出てくるが……お前はどうする?ディページ」
すると、ベッドで横になるディページがジェイスを見ずに返答する。
「……俺はいい。お腹いたい」
「おなか?」
「うん……」
「……悪魔が?」
「うん」
それ以降ディページの返答がないので、ジェイスは何も言わずに部屋を出て街にむかった。
ジェイスが部屋をでると、ディページがチラッと部屋の周囲を確認する。
立ち上がりドアに耳を当てて、ジェイスが本当に行ったのかを確認。
そして完全に1人になったことがわかると……
「ッしゃああああああああああああああああああッ!!!!一人の時間だあああああああああああああああああああああ!!!」
と、大きな声をあげた。
「何しよっかなぁ♪…まずはお金だよねぇ」
そして平然とジェイスの荷物を漁る。
しかし、この行動は当然ジェイスに予測されており、荷の中には少ししか金を入れていなかった。
「3リタしかない……しけてやがるっ!」
と、言いつつ。
ディページはちゃっかりポケットにそのお金を入れる。
「ん~……まぁ安い娼館ならいけるかな?……とりあえず街にいこ~っと!ひゃっふぅ!!!」
部屋にいるように言われているが、自由を愛する馬の悪魔にそんなのは関係なし。
ぴょんぴょんと跳びはねながら、宿をでる。
「♪」
リドルナ―ドはとにかく人が多く、入り組んでいた。
しかしディページは欲望が忠実に働いたのか、何の迷いもなく酒場や娼館が並ぶ通りにでる。
夜に立ち寄るような店が多い通りだが、昼でも人がたくさんおり、ディページを見ると皆が熱心に客引きをしてきた。
「おっ!にいちゃん!うちの店かわいい子いるよ!」
「いくら?」
「夜まで一人4リタ。店にくれば直接好みの娘を選べるぜ?どーだ?」
「4リタ……」
ディページは手のひらのお金を見る。そして生唾を飲み込んで…
「ごめん、違う店にするよ」
と、断腸の想いで断った。
…というか金が足りない。
その後も何人かの客引きから売り込みを受けたディページだったが…
「ん~…おっきい街だからかな?どこも結構高いや……。もういっそのことナンパして宿に連れこんだ方が……」
なんて、最低男どストレートなことを言いながら町を歩いていると……
ドンッ!
「きゃ!」
「!」
ディページの足元に何か小さいものがぶつかった。
視線を落とすと、そこには6~7歳くらいの少女が倒れており、周りには雑草が散らばっていた。
「あぁ……。ごめんごめん……。よそ見してたよ」
少女は擦り切れたぼろぼろの服を着ていた。靴は履いておらず裸足だ。
ディページは周りに散らばった雑草を見る。
「……ん?なにこれ……草?」
小さい実のついた雑草。たくさんある。
少女はムクリと立ち上がり、ディページの足元をじっと見た。
「……?」
「踏んでる」
「…え?」
自分の足元を見ると、ディページは思いっきり雑草を踏みつけていることに気付く。
「ありゃりゃ…ごめんごめん!…じゃ!俺は忙しいから!じゃーね!」
「……」
すると少女は、みじんの反省もせずに立ち去ろうとするディページに腹を立てたのか……
「まって!」
と、ディページを呼びとめた。
「なに?」
「これ……べ、弁償して!」
「弁償って……」
ディページは散らばった雑草を見る。
「それ、そこらへんに生えてる雑草でしょ?……また摘めばいいじゃん」
「……」
そう言われると、少女は今にも泣き出しそうになりながら、ぐっと拳をにぎった。
そして黙り込み、じっと散らばった雑草を見る。
ディページは面倒と思いながら、一応彼女に聞く。
「なんに使うの?その草。食べても美味しくなさそうだけど……」
「ちがう……」
「…?」
「これは……プレゼント…」
「プレゼント……?」
ディページはそれを聞くと…
「あははははははーーーッ!そんなのもらって喜ぶ人なんているわけないじゃーん!」
とケタケタと少女に指を指して笑った。なんてやつだ……。
さすがにこれには少女もショックを受けてしまい…
「うぅ……」
「はははははーーーッ!ははは…!はは…は……」
「うぅぅぅ……」
「あ……」
「うぅぅぅぅ…ッッ」
「いや、嘘だようそ!ごめ……ッ」
そして……
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!びゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」
大きい声で泣き出した。
「わっ!わっ!ごめんって!」
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「皆みてるから!泣くのやめてって!」
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「わかった!わかったから!!!」
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「俺も手伝うから、もう一回それ摘みにいこうよ!」
「ほんとう?」
ディページの言葉に少女はぴたっと泣きやんだ。
その移り気の早さにディページは納得いかなかったものの、不機嫌そうに彼女に言う。
「うん。だから泣くのやめてよ……うるさいなぁ」
と彼女に向かって言った。
すると、少女はディページの手を掴んで……
「こっち!」
「わっ!」
と、街の外へディページを連れ出した。
…
そこは街の入り口だった。道の隅にある、背の高い雑草が生えている一帯。
目の前には林が広がっており、後ろには街に入ろうとする商人の一団が列を成している。
少女はそこでしゃがみこみ、草を摘み始めた。
ディページはそんな少女を見ながら近くに座り込み、溜息をつきながら彼女に聞いた。
「俺……ディページ。きみは?」
「チコ……」
チコは何やら一生懸命に草をむしっている。
手のひらも服も泥んこだったが、なぜかとても楽しそうだった。
「チコちゃんさぁ。なんでそんな雑草なんかプレゼントしようと思ったの……?」
「ほんとはお花がいいんだけど……ここらへん咲いてないし、遠くへ行ったら怒られるから」
「買えば?花屋いっぱいあったよ」
「お金ないから……」
「ふーん……誰にあげるの?」
「ママ!」
「へー……誕生日かなんか?」
「ううん……違うけど……」
ディページは座り込み、ただ草を摘む少女を見ていた。
「ちょっと離れたところにいけば……花がいっぱい咲いてるとこあるんじゃない?」
「え?……本当?」
「この街に来る途中、見かけた気がするよ」
「……遠い?」
「馬を使えば1時間かからないんじゃない?」
「だめ……。ご主人様に……遠くへ行ったら叱られちゃうから…」
「ご主人様……?」
「……うん」
「君……もしかして奴隷なの…?」
この問いに、少女は何も言わずにもくもくと草を摘む。
「ママもご主人様と一緒に暮らしてるの?」
「ううん……ママは違うところにいる」
「……」
その話を聞いたディページは、本当になんとなく……気まぐれをおこした。
悪魔の気まぐれ。いつもの気まぐれ。
なんの理由も意味もない。ただの気まぐれ。
ディページはすっと立ち上がり、しゃがみこんでチコの横に座って視線をあわせた。
「連れてってあげようか?」
「……え?」
「いや、だから連れてってあげるよ。花がたくさんあるところ」
「本当!?」
「うん!俺は嘘はつかない男よ?」
まぁ、割と平気で嘘をつくが……
少なくとも彼女に言った言葉は本当だった。
「でも、私お馬さんなんて持ってないし……何時間も帰らなかったらご主人様におこられちゃうし」
「だいじょーぶ。1時間って言うのは、『普通の馬を使った場合』の話ね?」
「普通のお馬さんじゃないの?」
「うん!めっちゃめちゃ速い馬だよ。まるで悪魔みたいにね」
「……?」
ディページは少女の手を取り、誰もいない家の隅に連れていく。
周囲を見て誰も見ていないのを確認すると……本来の白馬の姿に戻った。
「ブルルル…ッ!」
「!」
少女はもちろん驚いたが……
突然目の前に現れた美しい白馬に見とれて、こぼれるようにこう言った。
「きれい…」
「ブルルッ(ほら、乗って!)」
「……?乗れって言ってるの?」
「ブルルッ!」
馬になったディページの言葉は、悪魔として使役しているジェイスしか聞こえない。
しかし、チコはディページの言葉をちゃんと受け取って…
「うん!」
と、なれない手つきで背中に乗った。
「ブルルッ!(しっかりつかまっててよ!)」
…
チコが振り落とされないように気を使って走ったディページだったが、それでも目的の場所に10分ほどで到着した。
そこは広い草原で、白と黄色の花がたくさん咲いている場所だった。
チコはディページから降りると、嬉しそうに飛び跳ねて綺麗な花を摘みはじめた。
人間の姿に戻ったディページは、そんな彼女を見ながらあくびをして、空を見ながら背伸びする。
「ディページ見て!!こんなにたくさん!」
「おー!見せて見せて」
「きれい……とってもかわいい」
「チコ!こっちみて!大きな花もあるよ!」
「かわいい!これも持ってく!」
「なんか凄い美味しそうだね」
「ディページ食べちゃだめ!」
こんな感じで花を摘み、2人はすぐにリドルナードに帰った。
今度はリドルナ―ドの郊外に暮らす母親の元にいくためだ。
ディページに乗っている最中、チコはずっと嬉しそうに母親の話をしていた。
「ママ、黄色い花が一番好きなの!これだけあれば、花飾りもつくれる!」
「ブルル」
「ありがとう!ディページ!」
「ブルルッ!」
そして、チコの案内で母親の暮らす場所へ向かったのだった。
…
「……ここ?」
「うん!」
そこは……
「……そっか」
墓場だった。たくさんの墓石がならぶ墓地。
手入れされていないのか、ほとんどの墓石が風化している。
その中の一つに、枯れた草がたくさん備えられている貧相なお墓があった。
ディページは、それがすぐにチコの母親の墓だとわかった。
チコは嬉しそうに花飾りを作りながら、ディページに言った。
「一週間に3時間だけ…お休みがもらえるの」
「……」
「そのたんびにここにきて…ママにプレゼントを渡しているんだ……」
「……」
ディページは何も言わず、また少女の後ろ姿を見ていた。
「こんなに綺麗なお花をあげられるのははじめて。きっとママも喜ぶ!」
「……そうだね」
死んだ母親のために草を摘む少女。それを見守る、馬の悪魔。
それはとても奇妙な光景だった。
チコは完成した不格好な花飾りを、墓石の上に乗せる。
そしてにっこりとディページを見て…
「ディページ。ありがとう」
と笑った。
「いいよ」
ディページはこの時、複雑な心境に悩まされていた。
それは、今まで抱いたことのない感覚だった。
「チコ……」
「なに?」
「……いや、なんでもないや」
チコはそのあと、母親の墓に向かってディページとの1時間に満たない旅の話をした。
ディページが凄く速かったという話。
たくさん綺麗な花を見たという話。
それをディページは特に何を言うわけでもなく……
時折少女の言葉に相槌をはさみながら…ただ、ただそれを見ていた。
「?」
その時…
廃れた墓に一人の商人のような男が入ってきた。
早足にこちらに向かってくる。
「あ……」
チコはその男を視界にとらえると、あんなに嬉しそうだった顔がしゅんと下を向いた。
ディページはすぐわかった。彼が、チコのご主人様だと。
「チコ!」
「…あの…ごめ…」
バシッッ!
低い声でチコの名を呼び…彼女の前に来ると思い切り彼女の頬を叩く。
チコは大きな声を上げるわけでもなく…
「ごめんなさい…」
と震えた声で呟くように言った。
商人の男はディページに視線を移すと、横目で視線を送り言った。
「あんたは?」
「ん~…ともだち?」
「……ふん」
それを聞くと、男はチコの腕を掴んで強引に連れ出す。
チコはディページを見て、弱々しく手を振った。
「……」
少女と商人は墓を出ていく。
ディページはその場から動かず2人を見ていた。
2人が墓地の裏手に入りディページの視界から外れると、商人がとても大きな声で、チコを叱りつけているのが聞こえた。
「3時間だけの約束だったはずだろッ!」
バシッ!
「もう10分以上過ぎてる!何度言えばわかるんだッ!」
バシッ!
ディページはあくびをした。
別に珍しくもない、奴隷と主人の関係性。
気まぐれで相手をした少女に、悪魔が何か感情を持つはずがない。
ナンパする女でも探そうと、ディページは立ち上がった。
まだ聞こえてくる、罵声と頬を叩くような大きな音。
…なのに一切聞こえてこない、チコの声。
ディページは……
少女の母親の墓と、その上の花飾りを見た。
「時計の読み方は教えてやったな?…何度言えばわかるんだッ!」
バシッ!
ディページは考えた。
チコは今、どんな表情をしているのだろう……と。
初めて会った時みたいな、わざとらしい泣き顔か?
花を積みにいったときに見せた満面の笑顔ではないだろう。
母親の墓の前で満たされた顔でも……きっとない。
「……」
ディページは鼻で溜息をついて、振り向く。
気づけば、チコとその主人の所へ向かっていた。
「……!?…なんだお前?」
「ディページ……」
「……」
ディページはチコを見る。チコの頬は真っ赤になっていた。
あんなに可愛かった笑顔は、無くなってしまっていた。
ディページは商人に言う。
「楽しそうだね」
「……あ?なんか文句でも?」
「いーや、俺はどっちかっていうと人間の悲鳴は好きな方だし……文句なんかないよ」
「ならなんだってんだ?……ぶっ叩かれるガキを見る趣味でもあるのか?それともこんなクソガキを売ってくれって言う変態野郎か?」
「あぁ。そうだね。それでもいいよ」
「……あん?」
その言葉を聞いて、商人は表情を変えた。
そしてディページに近づき、もう一度確認する。
「このガキ買いてーのか……?」
「……うん。買うよその子」
商人はディページの身なりを品定めするようにまじまじと見た。
服装は決して裕福そうではないが、清潔で整った顔立ちとふてぶてしい態度。
商人はディページから何かを感じ取り、もしかしたら商売になるのではないかと思った。
そしてチコに言う。
「チコ……どっかいってろ」
チコはコクリと頷いて、怒られないよう急いで母のいる墓の方へ向かった。
それを見た商人は、さらにディページに近づき……小さい声で言った。
「悪かったよ……。あんな言い方をしたが、チコは結構高いぜ?」
「……ふーん」
「チコはうちで家事をこなしてる……。毎日風呂にも入れてるし、虫歯もない…状態はいいはずだ……いくら出せる?」
「……相場知らないんだ…いくらほしいの?」
「ここじゃ組合を介さない奴隷売買は禁止されてるから、それなりの手間がかかるんだ。…あぁ、心配すんな、もちろん売ってやることはできるぜ?チコは大人になったら娼館に売り飛ばそうと思ってた……かなり清潔にしてあるつもりだ。そうだなぁ……色々込みで……12リタでどうだ?」
ディページの顔には何の表情もなかった。
提示された金額を聞いても、ただ流れるように…
「いいよ」
と、返すだけ。
商人にも、ディページが長話をするつもりがないことはわかっていたはずだ。
しかし商人は12リタという大金をすんなり出すと言う青年を見て……
「あ、待った待った……」
と…話を続けた。
「今まで俺があいつに使った金も上乗せしてもらわねぇとな」
「……」
「女ってのは金がかかるんだ。お前も見ただろ?チコは肌も綺麗だし、髪にも艶がある。毎日馬油とハチミツで手入れさせてるのさ。それを込みでみても……18リタってとこだろう」
しかしディページは何も返さなかった。
それを見た商人は、さらに続ける。
「……わ、わかった。17リタでいいぜ?言っとくが市場で買えば20リタはいく。自分の元で囲っておかなくても、女のガキは高値で売れるんだ。数年経てば女の体つきになって顧客もつく。いい投資になると思うぜ……?」
「……」
「……どうだ?」
「あぁ……いいよ」
ディページのその言葉を聞いて商人は二ヤリと笑い、ディページの肩を大きくたたく。
「ははッ!話のわかる兄ちゃんでよかったッ!」
商人はディページの手を半ば強引に掴み、両手で強く握手した。
「アンタだったら直売価格で売ってやるぜッ!実は家にまだまだいるんだ……よかったら見ていかねぇか?きっと気に入るガキがい……」
その時。
「……る…ん…………だ?」
商人は自らの身体に起こったとある現象に気付いた。
ディページと握手をしている手の感覚がまったく無くなっているのだ。
「!?」
視線を手に落とすと……
両手とも肘にかけて腕が真っ青になっている。
「なんだ……?なんだこれ……」
そしてみるみる黒ずみはじめ、やがてぼろぼろと崩れ始めた…
「ひっ…ッ!!!」
ボト…
驚いてディページから手を離すと、その拍子に腕がまるで腐った果実のように……
低い音を立てて地面に落ちた。
「ひぃいいあッ!!ああああああああああああああああッ!!!」
商人はあまりに驚いて…後ろにのけぞり、尻をついて身体を震わせた。
ディページはその商人をまるでゴミを見るかのような目で見降ろす。
そしていつもの悪魔めいた笑顔を向けた。
「ガキの時教わらなかった?悪魔とは契約をしちゃだめだって……」
「ひっ!!ひぃいい!!あ、悪魔ッ!!??悪魔だとッ!!!」
ディページはゆっくりと彼に近づき、地面に落ちた男の手を拾う。
それは完全に腐っており、ひどい悪臭を放っていた。
「こんな汚ない手でチコを叩いてたんだね……」
「あ…あ……ぁ…たす…たすけて…くれ」
商人の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
その姿を卑下するようにディページは笑い、男に視線を合わせるようにしゃがんだ。
「あはっ……チコはあんなに叩かれても一切泣かなかったのに。アンタはすぐ泣くんだね。……うける」
「ごめ……ご…ごめんなさ……」
「はは、まさかアンタ慈悲を求めてるの?……それ、悪魔相手じゃ意味ないよ」
「あ、あ…あ………ッ!!!!………」
瞬間、一切の断末魔も響かず。
そこには腐った死体だけが残された。
…
チコはただ墓を見てうずくまっていた。
戻ったディページは、そんな彼女の横に座る。
するとチコは周りを見て……
「あれ……?ご主人様は…?」
と聞いた。
「さぁ……急にどっかいったよ。仕事が忙しいんじゃない?」
「え?」
しかしチコは頭のいい子だった。
とても無垢な表情で、ディページに聞く。
「……ディページ、もしかして……私を買ってくれたの?」
「……」
チコは真ん丸な顔でディページを見つめる。
それを見たディページはぶふっと吹き出し……
「まっさかーーっ!俺はチコみたいなガキんちょ買うわけないじゃーーーーんっ!俺はもっとおっぱい大きくて色っぽいお姉さんが好きなの~!」
と、馬鹿にするように笑った。
それを聞くと、チコはムスっとディページを見る。
ディページはそんなチコの顔を見て、彼女の母親の墓を見た。
そして彼女に言う。
「でも……」
「……?」
「君はもう自由だよ。チコ」
「え?」
「自由」
「……」
そう言ってディページは、ジェイスの荷物から奪った3リタを彼女に渡した。
「ご主人様があげるって」
「……え…?そんな…嘘だよ。……こんなたくさん」
「本当だって。それだけあればいい服も買えるし、きっと馬車で違う街にもいける。俺人間の生活とかよくわからないけど、きっとチコみたいなガキんちょでも働ける場所があるんじゃない?」
ポカンと見つめるチコに、ディページはもう一度言った。
「チコはもう自由なんだから」
それを聞くと……チコは驚いた表情を崩さないまま…静止したまま…
ぽろぽろと綺麗な涙を流した。
「……」
ディページはそれを見て驚き、つい目をそらした。
だって、こんな美しいものを見たことがなかったから。
なにより性に合わないと思ったのだ。
感謝されるなんて、悪魔らしくない。
しかし…
「ディページ!」
「……!」
チコはディページを思い切り抱きしめて……今度は嬉しくて…
思い切り、思い切り泣いた。
「ーーーー!」
ディページは何人もの女を抱いてきた。
だけど、おそらくその誰よりも優しく……なにより暖かく少女を抱きしめた。
こうして悪魔であるはずのディページは、少女の白馬の王子様になった。
まぁ今回は白馬『が』王子様……なわけだが。
…
チコと別れ、ディページは宿に戻った。
部屋に入ると、ジェイスが鬼のような形相で立っていた。
「ジ……ジェイス!」
「……」
「あれ?は、はは…早くない?」
「思ったよりスムーズに買い物が済んだからな」
「あ……ははは」
「俺は部屋にいるように言ったはずだが?」
「えっと!その…まぁ…………はい」
「どうして、お前が俺の後に部屋に入ってくるんだろうな?」
「ふしぎだねぇ…」
と……しらじらしいことを言うディページ。
「あと、荷物に置いてあった金が無くなってるんだが…?」
「あはは…」
あまりに間抜けな態度のディページに、ジェイスは怒る気持ちも萎えた。
大きくため息をついて椅子に腰かけると、ディページに言う。
「ったく……また女に使ったのか?」
「まぁ……そんなとこ」
「懲りない奴だ……しかしなんだ…?今日はずいぶん満足そうな顔してるな?……今日の女はそんなに好みだったのか?」
「……へへ」
ディページは答えた。
「天使みたいな子だったよ」
長旅に備え、ジェイス達は遠回りして、リドルナ―ドという街で長旅の準備を整えようと立ち寄ることにした。
リドルナ―ドはあらゆる商路の中継地点としても使われる街。
領主の城と教会を中心に、円形に発展した街並みは圧巻で、公国の中でも大きな都市のひとつだった。
立派な市場を見て回ると、本来の目的以上に色んな物が欲しくなるもの。
ジェイスは宿をとった後、色々と見てまわることにした。
「よし、俺は少し出てくるが……お前はどうする?ディページ」
すると、ベッドで横になるディページがジェイスを見ずに返答する。
「……俺はいい。お腹いたい」
「おなか?」
「うん……」
「……悪魔が?」
「うん」
それ以降ディページの返答がないので、ジェイスは何も言わずに部屋を出て街にむかった。
ジェイスが部屋をでると、ディページがチラッと部屋の周囲を確認する。
立ち上がりドアに耳を当てて、ジェイスが本当に行ったのかを確認。
そして完全に1人になったことがわかると……
「ッしゃああああああああああああああああああッ!!!!一人の時間だあああああああああああああああああああああ!!!」
と、大きな声をあげた。
「何しよっかなぁ♪…まずはお金だよねぇ」
そして平然とジェイスの荷物を漁る。
しかし、この行動は当然ジェイスに予測されており、荷の中には少ししか金を入れていなかった。
「3リタしかない……しけてやがるっ!」
と、言いつつ。
ディページはちゃっかりポケットにそのお金を入れる。
「ん~……まぁ安い娼館ならいけるかな?……とりあえず街にいこ~っと!ひゃっふぅ!!!」
部屋にいるように言われているが、自由を愛する馬の悪魔にそんなのは関係なし。
ぴょんぴょんと跳びはねながら、宿をでる。
「♪」
リドルナ―ドはとにかく人が多く、入り組んでいた。
しかしディページは欲望が忠実に働いたのか、何の迷いもなく酒場や娼館が並ぶ通りにでる。
夜に立ち寄るような店が多い通りだが、昼でも人がたくさんおり、ディページを見ると皆が熱心に客引きをしてきた。
「おっ!にいちゃん!うちの店かわいい子いるよ!」
「いくら?」
「夜まで一人4リタ。店にくれば直接好みの娘を選べるぜ?どーだ?」
「4リタ……」
ディページは手のひらのお金を見る。そして生唾を飲み込んで…
「ごめん、違う店にするよ」
と、断腸の想いで断った。
…というか金が足りない。
その後も何人かの客引きから売り込みを受けたディページだったが…
「ん~…おっきい街だからかな?どこも結構高いや……。もういっそのことナンパして宿に連れこんだ方が……」
なんて、最低男どストレートなことを言いながら町を歩いていると……
ドンッ!
「きゃ!」
「!」
ディページの足元に何か小さいものがぶつかった。
視線を落とすと、そこには6~7歳くらいの少女が倒れており、周りには雑草が散らばっていた。
「あぁ……。ごめんごめん……。よそ見してたよ」
少女は擦り切れたぼろぼろの服を着ていた。靴は履いておらず裸足だ。
ディページは周りに散らばった雑草を見る。
「……ん?なにこれ……草?」
小さい実のついた雑草。たくさんある。
少女はムクリと立ち上がり、ディページの足元をじっと見た。
「……?」
「踏んでる」
「…え?」
自分の足元を見ると、ディページは思いっきり雑草を踏みつけていることに気付く。
「ありゃりゃ…ごめんごめん!…じゃ!俺は忙しいから!じゃーね!」
「……」
すると少女は、みじんの反省もせずに立ち去ろうとするディページに腹を立てたのか……
「まって!」
と、ディページを呼びとめた。
「なに?」
「これ……べ、弁償して!」
「弁償って……」
ディページは散らばった雑草を見る。
「それ、そこらへんに生えてる雑草でしょ?……また摘めばいいじゃん」
「……」
そう言われると、少女は今にも泣き出しそうになりながら、ぐっと拳をにぎった。
そして黙り込み、じっと散らばった雑草を見る。
ディページは面倒と思いながら、一応彼女に聞く。
「なんに使うの?その草。食べても美味しくなさそうだけど……」
「ちがう……」
「…?」
「これは……プレゼント…」
「プレゼント……?」
ディページはそれを聞くと…
「あははははははーーーッ!そんなのもらって喜ぶ人なんているわけないじゃーん!」
とケタケタと少女に指を指して笑った。なんてやつだ……。
さすがにこれには少女もショックを受けてしまい…
「うぅ……」
「はははははーーーッ!ははは…!はは…は……」
「うぅぅぅ……」
「あ……」
「うぅぅぅぅ…ッッ」
「いや、嘘だようそ!ごめ……ッ」
そして……
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!びゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」
大きい声で泣き出した。
「わっ!わっ!ごめんって!」
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「皆みてるから!泣くのやめてって!」
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「わかった!わかったから!!!」
「びえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「俺も手伝うから、もう一回それ摘みにいこうよ!」
「ほんとう?」
ディページの言葉に少女はぴたっと泣きやんだ。
その移り気の早さにディページは納得いかなかったものの、不機嫌そうに彼女に言う。
「うん。だから泣くのやめてよ……うるさいなぁ」
と彼女に向かって言った。
すると、少女はディページの手を掴んで……
「こっち!」
「わっ!」
と、街の外へディページを連れ出した。
…
そこは街の入り口だった。道の隅にある、背の高い雑草が生えている一帯。
目の前には林が広がっており、後ろには街に入ろうとする商人の一団が列を成している。
少女はそこでしゃがみこみ、草を摘み始めた。
ディページはそんな少女を見ながら近くに座り込み、溜息をつきながら彼女に聞いた。
「俺……ディページ。きみは?」
「チコ……」
チコは何やら一生懸命に草をむしっている。
手のひらも服も泥んこだったが、なぜかとても楽しそうだった。
「チコちゃんさぁ。なんでそんな雑草なんかプレゼントしようと思ったの……?」
「ほんとはお花がいいんだけど……ここらへん咲いてないし、遠くへ行ったら怒られるから」
「買えば?花屋いっぱいあったよ」
「お金ないから……」
「ふーん……誰にあげるの?」
「ママ!」
「へー……誕生日かなんか?」
「ううん……違うけど……」
ディページは座り込み、ただ草を摘む少女を見ていた。
「ちょっと離れたところにいけば……花がいっぱい咲いてるとこあるんじゃない?」
「え?……本当?」
「この街に来る途中、見かけた気がするよ」
「……遠い?」
「馬を使えば1時間かからないんじゃない?」
「だめ……。ご主人様に……遠くへ行ったら叱られちゃうから…」
「ご主人様……?」
「……うん」
「君……もしかして奴隷なの…?」
この問いに、少女は何も言わずにもくもくと草を摘む。
「ママもご主人様と一緒に暮らしてるの?」
「ううん……ママは違うところにいる」
「……」
その話を聞いたディページは、本当になんとなく……気まぐれをおこした。
悪魔の気まぐれ。いつもの気まぐれ。
なんの理由も意味もない。ただの気まぐれ。
ディページはすっと立ち上がり、しゃがみこんでチコの横に座って視線をあわせた。
「連れてってあげようか?」
「……え?」
「いや、だから連れてってあげるよ。花がたくさんあるところ」
「本当!?」
「うん!俺は嘘はつかない男よ?」
まぁ、割と平気で嘘をつくが……
少なくとも彼女に言った言葉は本当だった。
「でも、私お馬さんなんて持ってないし……何時間も帰らなかったらご主人様におこられちゃうし」
「だいじょーぶ。1時間って言うのは、『普通の馬を使った場合』の話ね?」
「普通のお馬さんじゃないの?」
「うん!めっちゃめちゃ速い馬だよ。まるで悪魔みたいにね」
「……?」
ディページは少女の手を取り、誰もいない家の隅に連れていく。
周囲を見て誰も見ていないのを確認すると……本来の白馬の姿に戻った。
「ブルルル…ッ!」
「!」
少女はもちろん驚いたが……
突然目の前に現れた美しい白馬に見とれて、こぼれるようにこう言った。
「きれい…」
「ブルルッ(ほら、乗って!)」
「……?乗れって言ってるの?」
「ブルルッ!」
馬になったディページの言葉は、悪魔として使役しているジェイスしか聞こえない。
しかし、チコはディページの言葉をちゃんと受け取って…
「うん!」
と、なれない手つきで背中に乗った。
「ブルルッ!(しっかりつかまっててよ!)」
…
チコが振り落とされないように気を使って走ったディページだったが、それでも目的の場所に10分ほどで到着した。
そこは広い草原で、白と黄色の花がたくさん咲いている場所だった。
チコはディページから降りると、嬉しそうに飛び跳ねて綺麗な花を摘みはじめた。
人間の姿に戻ったディページは、そんな彼女を見ながらあくびをして、空を見ながら背伸びする。
「ディページ見て!!こんなにたくさん!」
「おー!見せて見せて」
「きれい……とってもかわいい」
「チコ!こっちみて!大きな花もあるよ!」
「かわいい!これも持ってく!」
「なんか凄い美味しそうだね」
「ディページ食べちゃだめ!」
こんな感じで花を摘み、2人はすぐにリドルナードに帰った。
今度はリドルナ―ドの郊外に暮らす母親の元にいくためだ。
ディページに乗っている最中、チコはずっと嬉しそうに母親の話をしていた。
「ママ、黄色い花が一番好きなの!これだけあれば、花飾りもつくれる!」
「ブルル」
「ありがとう!ディページ!」
「ブルルッ!」
そして、チコの案内で母親の暮らす場所へ向かったのだった。
…
「……ここ?」
「うん!」
そこは……
「……そっか」
墓場だった。たくさんの墓石がならぶ墓地。
手入れされていないのか、ほとんどの墓石が風化している。
その中の一つに、枯れた草がたくさん備えられている貧相なお墓があった。
ディページは、それがすぐにチコの母親の墓だとわかった。
チコは嬉しそうに花飾りを作りながら、ディページに言った。
「一週間に3時間だけ…お休みがもらえるの」
「……」
「そのたんびにここにきて…ママにプレゼントを渡しているんだ……」
「……」
ディページは何も言わず、また少女の後ろ姿を見ていた。
「こんなに綺麗なお花をあげられるのははじめて。きっとママも喜ぶ!」
「……そうだね」
死んだ母親のために草を摘む少女。それを見守る、馬の悪魔。
それはとても奇妙な光景だった。
チコは完成した不格好な花飾りを、墓石の上に乗せる。
そしてにっこりとディページを見て…
「ディページ。ありがとう」
と笑った。
「いいよ」
ディページはこの時、複雑な心境に悩まされていた。
それは、今まで抱いたことのない感覚だった。
「チコ……」
「なに?」
「……いや、なんでもないや」
チコはそのあと、母親の墓に向かってディページとの1時間に満たない旅の話をした。
ディページが凄く速かったという話。
たくさん綺麗な花を見たという話。
それをディページは特に何を言うわけでもなく……
時折少女の言葉に相槌をはさみながら…ただ、ただそれを見ていた。
「?」
その時…
廃れた墓に一人の商人のような男が入ってきた。
早足にこちらに向かってくる。
「あ……」
チコはその男を視界にとらえると、あんなに嬉しそうだった顔がしゅんと下を向いた。
ディページはすぐわかった。彼が、チコのご主人様だと。
「チコ!」
「…あの…ごめ…」
バシッッ!
低い声でチコの名を呼び…彼女の前に来ると思い切り彼女の頬を叩く。
チコは大きな声を上げるわけでもなく…
「ごめんなさい…」
と震えた声で呟くように言った。
商人の男はディページに視線を移すと、横目で視線を送り言った。
「あんたは?」
「ん~…ともだち?」
「……ふん」
それを聞くと、男はチコの腕を掴んで強引に連れ出す。
チコはディページを見て、弱々しく手を振った。
「……」
少女と商人は墓を出ていく。
ディページはその場から動かず2人を見ていた。
2人が墓地の裏手に入りディページの視界から外れると、商人がとても大きな声で、チコを叱りつけているのが聞こえた。
「3時間だけの約束だったはずだろッ!」
バシッ!
「もう10分以上過ぎてる!何度言えばわかるんだッ!」
バシッ!
ディページはあくびをした。
別に珍しくもない、奴隷と主人の関係性。
気まぐれで相手をした少女に、悪魔が何か感情を持つはずがない。
ナンパする女でも探そうと、ディページは立ち上がった。
まだ聞こえてくる、罵声と頬を叩くような大きな音。
…なのに一切聞こえてこない、チコの声。
ディページは……
少女の母親の墓と、その上の花飾りを見た。
「時計の読み方は教えてやったな?…何度言えばわかるんだッ!」
バシッ!
ディページは考えた。
チコは今、どんな表情をしているのだろう……と。
初めて会った時みたいな、わざとらしい泣き顔か?
花を積みにいったときに見せた満面の笑顔ではないだろう。
母親の墓の前で満たされた顔でも……きっとない。
「……」
ディページは鼻で溜息をついて、振り向く。
気づけば、チコとその主人の所へ向かっていた。
「……!?…なんだお前?」
「ディページ……」
「……」
ディページはチコを見る。チコの頬は真っ赤になっていた。
あんなに可愛かった笑顔は、無くなってしまっていた。
ディページは商人に言う。
「楽しそうだね」
「……あ?なんか文句でも?」
「いーや、俺はどっちかっていうと人間の悲鳴は好きな方だし……文句なんかないよ」
「ならなんだってんだ?……ぶっ叩かれるガキを見る趣味でもあるのか?それともこんなクソガキを売ってくれって言う変態野郎か?」
「あぁ。そうだね。それでもいいよ」
「……あん?」
その言葉を聞いて、商人は表情を変えた。
そしてディページに近づき、もう一度確認する。
「このガキ買いてーのか……?」
「……うん。買うよその子」
商人はディページの身なりを品定めするようにまじまじと見た。
服装は決して裕福そうではないが、清潔で整った顔立ちとふてぶてしい態度。
商人はディページから何かを感じ取り、もしかしたら商売になるのではないかと思った。
そしてチコに言う。
「チコ……どっかいってろ」
チコはコクリと頷いて、怒られないよう急いで母のいる墓の方へ向かった。
それを見た商人は、さらにディページに近づき……小さい声で言った。
「悪かったよ……。あんな言い方をしたが、チコは結構高いぜ?」
「……ふーん」
「チコはうちで家事をこなしてる……。毎日風呂にも入れてるし、虫歯もない…状態はいいはずだ……いくら出せる?」
「……相場知らないんだ…いくらほしいの?」
「ここじゃ組合を介さない奴隷売買は禁止されてるから、それなりの手間がかかるんだ。…あぁ、心配すんな、もちろん売ってやることはできるぜ?チコは大人になったら娼館に売り飛ばそうと思ってた……かなり清潔にしてあるつもりだ。そうだなぁ……色々込みで……12リタでどうだ?」
ディページの顔には何の表情もなかった。
提示された金額を聞いても、ただ流れるように…
「いいよ」
と、返すだけ。
商人にも、ディページが長話をするつもりがないことはわかっていたはずだ。
しかし商人は12リタという大金をすんなり出すと言う青年を見て……
「あ、待った待った……」
と…話を続けた。
「今まで俺があいつに使った金も上乗せしてもらわねぇとな」
「……」
「女ってのは金がかかるんだ。お前も見ただろ?チコは肌も綺麗だし、髪にも艶がある。毎日馬油とハチミツで手入れさせてるのさ。それを込みでみても……18リタってとこだろう」
しかしディページは何も返さなかった。
それを見た商人は、さらに続ける。
「……わ、わかった。17リタでいいぜ?言っとくが市場で買えば20リタはいく。自分の元で囲っておかなくても、女のガキは高値で売れるんだ。数年経てば女の体つきになって顧客もつく。いい投資になると思うぜ……?」
「……」
「……どうだ?」
「あぁ……いいよ」
ディページのその言葉を聞いて商人は二ヤリと笑い、ディページの肩を大きくたたく。
「ははッ!話のわかる兄ちゃんでよかったッ!」
商人はディページの手を半ば強引に掴み、両手で強く握手した。
「アンタだったら直売価格で売ってやるぜッ!実は家にまだまだいるんだ……よかったら見ていかねぇか?きっと気に入るガキがい……」
その時。
「……る…ん…………だ?」
商人は自らの身体に起こったとある現象に気付いた。
ディページと握手をしている手の感覚がまったく無くなっているのだ。
「!?」
視線を手に落とすと……
両手とも肘にかけて腕が真っ青になっている。
「なんだ……?なんだこれ……」
そしてみるみる黒ずみはじめ、やがてぼろぼろと崩れ始めた…
「ひっ…ッ!!!」
ボト…
驚いてディページから手を離すと、その拍子に腕がまるで腐った果実のように……
低い音を立てて地面に落ちた。
「ひぃいいあッ!!ああああああああああああああああッ!!!」
商人はあまりに驚いて…後ろにのけぞり、尻をついて身体を震わせた。
ディページはその商人をまるでゴミを見るかのような目で見降ろす。
そしていつもの悪魔めいた笑顔を向けた。
「ガキの時教わらなかった?悪魔とは契約をしちゃだめだって……」
「ひっ!!ひぃいい!!あ、悪魔ッ!!??悪魔だとッ!!!」
ディページはゆっくりと彼に近づき、地面に落ちた男の手を拾う。
それは完全に腐っており、ひどい悪臭を放っていた。
「こんな汚ない手でチコを叩いてたんだね……」
「あ…あ……ぁ…たす…たすけて…くれ」
商人の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
その姿を卑下するようにディページは笑い、男に視線を合わせるようにしゃがんだ。
「あはっ……チコはあんなに叩かれても一切泣かなかったのに。アンタはすぐ泣くんだね。……うける」
「ごめ……ご…ごめんなさ……」
「はは、まさかアンタ慈悲を求めてるの?……それ、悪魔相手じゃ意味ないよ」
「あ、あ…あ………ッ!!!!………」
瞬間、一切の断末魔も響かず。
そこには腐った死体だけが残された。
…
チコはただ墓を見てうずくまっていた。
戻ったディページは、そんな彼女の横に座る。
するとチコは周りを見て……
「あれ……?ご主人様は…?」
と聞いた。
「さぁ……急にどっかいったよ。仕事が忙しいんじゃない?」
「え?」
しかしチコは頭のいい子だった。
とても無垢な表情で、ディページに聞く。
「……ディページ、もしかして……私を買ってくれたの?」
「……」
チコは真ん丸な顔でディページを見つめる。
それを見たディページはぶふっと吹き出し……
「まっさかーーっ!俺はチコみたいなガキんちょ買うわけないじゃーーーーんっ!俺はもっとおっぱい大きくて色っぽいお姉さんが好きなの~!」
と、馬鹿にするように笑った。
それを聞くと、チコはムスっとディページを見る。
ディページはそんなチコの顔を見て、彼女の母親の墓を見た。
そして彼女に言う。
「でも……」
「……?」
「君はもう自由だよ。チコ」
「え?」
「自由」
「……」
そう言ってディページは、ジェイスの荷物から奪った3リタを彼女に渡した。
「ご主人様があげるって」
「……え…?そんな…嘘だよ。……こんなたくさん」
「本当だって。それだけあればいい服も買えるし、きっと馬車で違う街にもいける。俺人間の生活とかよくわからないけど、きっとチコみたいなガキんちょでも働ける場所があるんじゃない?」
ポカンと見つめるチコに、ディページはもう一度言った。
「チコはもう自由なんだから」
それを聞くと……チコは驚いた表情を崩さないまま…静止したまま…
ぽろぽろと綺麗な涙を流した。
「……」
ディページはそれを見て驚き、つい目をそらした。
だって、こんな美しいものを見たことがなかったから。
なにより性に合わないと思ったのだ。
感謝されるなんて、悪魔らしくない。
しかし…
「ディページ!」
「……!」
チコはディページを思い切り抱きしめて……今度は嬉しくて…
思い切り、思い切り泣いた。
「ーーーー!」
ディページは何人もの女を抱いてきた。
だけど、おそらくその誰よりも優しく……なにより暖かく少女を抱きしめた。
こうして悪魔であるはずのディページは、少女の白馬の王子様になった。
まぁ今回は白馬『が』王子様……なわけだが。
…
チコと別れ、ディページは宿に戻った。
部屋に入ると、ジェイスが鬼のような形相で立っていた。
「ジ……ジェイス!」
「……」
「あれ?は、はは…早くない?」
「思ったよりスムーズに買い物が済んだからな」
「あ……ははは」
「俺は部屋にいるように言ったはずだが?」
「えっと!その…まぁ…………はい」
「どうして、お前が俺の後に部屋に入ってくるんだろうな?」
「ふしぎだねぇ…」
と……しらじらしいことを言うディページ。
「あと、荷物に置いてあった金が無くなってるんだが…?」
「あはは…」
あまりに間抜けな態度のディページに、ジェイスは怒る気持ちも萎えた。
大きくため息をついて椅子に腰かけると、ディページに言う。
「ったく……また女に使ったのか?」
「まぁ……そんなとこ」
「懲りない奴だ……しかしなんだ…?今日はずいぶん満足そうな顔してるな?……今日の女はそんなに好みだったのか?」
「……へへ」
ディページは答えた。
「天使みたいな子だったよ」
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