吸血鬼だって殺せるくせに
人を食わぬ人狼Ⅳ
ジェイスは『神狼様』の墓をつくった。ディページが深く穴を掘り、そこに枯れ木をさしただけの簡素なもの。
枯れ木に短剣でフュリーデント公国の紋章を掘る。
これは「生まれ変わってもまたこの地に戻ってこれるように」という願いを込めた、フュリーデントのまじないだった。
「シエルの地へ辿りつけることを願わん……どうか安らかに」
永遠の安息があるシエルの地。『神狼様』が迷わず辿りつけるよう、ジェイスは追悼の言葉を簡潔に述べる。
そしてすぐに立ち上がり、白馬となったディページにまたがり、村へ戻った。
…
村の裏手につくと、ディページは人間の姿に戻った。
当然、裸である。
ジェイスは捨ててあった布切れをディページに渡し、とりあえず身体を隠した。
2人はその足で、つい数時間前に立ち寄った村長宅へ戻る。
村はまだ明りが付いている家もあり、酒場からは人の声が聞こえていた。
数分歩いて、ジェイスは村長の家の玄関の前に立つ。
明りはついているが音はなく、ずいぶんと落ち着いた雰囲気だ。
ガチャ…
ジェイス達が家の中に入ると、村長夫人はまだ目を覚ましていなかった。
村長は膝を落とし、床をただ茫然と眺めていた。
「『神狼様』は死んだ」
ジェイスは村長に言葉を放つ。それを聞いて村長は床に視線を向けたまま返した。
「疫病神だ……お前たちは」
村長の顔は真っ白になっていた。力もなく、小さい声でジェイスを侮辱した。
「50年も守ってきた村の風習を……お前達が途絶えさせた。これからは誰も守ってはくれない……」
「『神狼様』は呪いだ……お前たちに与えられた罰だ」
「……」
「ダルケルノ村の人達は十分に罰を受けた。50年間、生贄を捧げ続けるなんて風習でもなんでもない……ただの厄災だ」
それを聞いても、村長は顔をあげようとしなかった。
ディページは飽きてしまったのか、あくびをしながら椅子に座った。
「村長、あれは『渡り人狼』という人を渡る呪いだ。普通の『人狼』よりももっと強力な呪い。お前たち、50年前に相当な数の狼を殺したな?」
「……」
「『神狼様』の死に際に儀式のことを聞いた……お前が言ったそうだな?一年間人間を食べずに村を守れば、人間に戻ることができると」
「……知らぬ」
「過去の生贄が村に戻ったことはないはずだ。なのに『神狼様』はお前の言葉を信じて、一年間この村を守り続けていた」
「……」
「それが……嘘だとも知らずにな」
村長はなんの言葉も返さなくなった。しかしジェイスは椅子に座り、村長の話を聞く体制をとった。
「全て話せ……」
村長は数分間沈黙をたもった後……ゆっくりと語り始める。
この村の神様……いや、呪いについて。
「ダルケルノは……資源も多く、地下には綺麗な水も流れている。とても豊かな場所だ」
「……」
「50年前……この森に初めてやってきたとき、我々の新しい村はここしかないと思った」
「もともとは違う場所にいたんだな?」
「もともといた集落は飢餓に苦しんでいた……毎日のように我々は木の皮のスープを食べていた」
いまでこそ食料が豊富なフュリーデント公国。しかし農産物の流通が安定化したのは、ほんの数十年前。
それまでは他の国と同じように、小さい村はどこも飢餓に苦しんでいた。
「この森は、何もない我々にはまさに天からの恵みとも呼べる場所だった。山賊や盗賊、怪物だってまったくいなかったからな。しかし……奴らがいたんだ」
「狼か」
「あぁ……。たくさんの狼が住み着いていた。狼は集団で獲物を狩る頭のいい動物だ。村を開拓するためには、駆除しなければならなかった」
人間によって殺され追い出された狼の呪い。よくある話ではあるが……よくない話。
「戦士ではない我々は怪物を倒すことなんてできない……しかし狼なら、我々だけでも駆除することができると思ったんだ。狼は復讐を企てる動物だ……根絶やしにしなければならなかった。我々は1年かけて、村を作りながら狼狩りを続けた」
「……ずいぶんかかったんだな」
「我々が思っていたよりもずっと数が多かった……。まだ14歳だった私も狼狩りに参加したよ。殺した狼は毛皮や食料にした。」
狼は誇り高い生き物だ。人間のように死の概念があり、より誇り高い死を望むと言われている。
ジェイスは村長の話をきいて、50年前に行われた狩りは本当に酷いものだったのだろうと思った。少なくとも、狼にとっては。
「1年たつと……狼を殺すことに何の感情もわかなくなっていたのを覚えている」
「……」
「森のほとんどの狼を駆除し終えたころ、我々は狼の女王の隠れ家を見つけたんだ」
「狼の女王?」
「あぁ……この森の狼をずっと束ねていた狼だ。傷だらけだったが、とても凛々しく立派な姿だった」
「狼を統べる者か……。倒すのに相当苦労しただろう」
「あぁ……剣を持った我々が10人がかりで殺した。代わりにこちらも3人死んだ……。本当に手ごわい狼だった」
女王と呼ばれるほどだ。かなりの高齢だったであろう。
それでも3人道連れにするとは……本当に強い狼だったのだろう。
「女王を殺して皮をはごうとしたとき……当時の村長だった男が突然、大きなうねり声をあげて『人狼』になった」
「それが、最初の『神狼様』か?」
「そうだ……その後は、話さなくても想像がつくだろう?」
「狼の呪いを解くことができなかった……。しかし村が『人狼』に滅ぼされるのも嫌だったと」
「そうだ……『神狼様』の力が人を渡るとわかった時、当時の村長が今のルールを作った」
「歴代村長しか知らない……暗黙のルールか」
「最初は怪しむ者もいた……。しかし10年で疑念は無くなり、30年で常識となり、50年経って風習になった。ルールも少しづつ改善した……全てが上手くいっていたんだ」
村人が生贄だと信じていたもの。その正体は、次の『神狼様』に選ばれた者だった。
おそらく1年と言う期限があることで、過去の『神狼様』達は空腹を我慢することができたのだろう。
モンスタースレイヤーですら知らなかった『人狼』の我慢の限界。
そのギリギリの期限を見極めるために何人の生贄が死に……何人の『神狼様』が生まれたのだろう。
……想像もしたくない。
ダルケルノの村長は代々この秘密を村人にも隠してきた。
毎年1人に全ての呪いを受け継がせるという禍々しい呪縛災害を……神様に守ってもらうための風習に変えることで。
その風習は終わった。しかしその現実を、今の村長は受け入れることができないようだった。
頭を抱えて、漏れるようにジェイスに行った。
「私は……私はどうすればいい…これから……どうすればいいんだ」
「もうこの村を守る神はいない。まずは森中の死骸を片付けろ、あれじゃグールの餌場だ。それと村を守っている壁ももっと厚くしろ、あんなんじゃ熊にも破られるぞ」
「そうじゃない……。50年もの間……生贄の真実は村長だけの極秘事項だった。今さら、全部呪いだったと……嘘だったと村人に言えというのか……?」
「……言え。村人に真実を話し、これからは村人自身でこの村を守っていくんだ。呪いなんかに頼らずな」
「こんな老人に……なぜこんな酷なことを強いる?……お前に慈悲はないのか」
村長は消え入るような声でそう言った。しかしジェイスは厳しく突き放した。
「『神狼様』だった少年は、村のために……そして自分のために死ぬことを選んだ」
「……」
「50年にも及ぶ呪いに、彼は決着をつけたんだ。今度はお前の番だ」
「うぅ……うぅ……」
村長は、溢れるように涙を流す。
その涙は後悔によるものか、それともこれからやってくる辛い現実から目を背けたいからか。
ジェイスにそれはわからなかった。
しかし、こうしてダルケルノ村にかかった呪いは解かれたのである。
ジェイスと、なにより呪いに立ち向かった『最後の神狼様』によって。
…
ジェイス達は娼館に戻っていた。依頼主であるエセルに、ことの顛末を伝えるためだ。
ディページは館の娼婦達に別れの挨拶をしていた。
名残惜しそうに……それはそれは本当に名残惜しそうに。
ジェイスはそんなディページをほっておいて、エセルと館の外で村を眺めていた。
「まさか……そんなことになっていたなんて」
ジェイスはエセルに真実を全て話した。
昨年の生贄が『渡り人狼』になっていたこと……そしてこの村の風習と呪い。
さすがにショックを隠せないようだった。
「近く村長が村人に全て打ち明けるだろう……」
「そう……ですか」
「あんたはどうするんだ?」
「私は……子供と違う村にいこうと思っています」
「そうか」
「真実がわかったとしても……娘が生贄を免れたということで冷ややかな目で見られるのはわかっています。私もこの村に未練はありません」
2人はもう一度村を見る。これからこの村は、誰も守ってくれない。
これからが一番つらいのだ。そして、これからこの村は始まるのだ。
「これ、今回の報酬です」
「あぁ……。……いや、いらないよ」
「え?」
「子供を連れて旅をするなら、なにかと金は必要になるだろう」
「……ありがとうございます」
エセルは心の底から頭を下げた。
自分の子供のためだけではない……この村のため、そして死んでいった村人のために。
唯一真実を知った村人として、彼女はジェイスに深く頭を下げたのだ。
…
次の日。
ジェイスとディページはダルケルノを去った。
森を抜け広い平原を走り、彼らは南に向かう。
馬の姿になったディページは、背中にまたがるジェイスに聞いた。
「よかったの?あれで」
「……なにがだ?」
「いや、生贄をささげてたとはいえ、一応平和だったわけじゃん?あの村」
「そうだな……」
「これからは誰もあの村を守ってはくれない。森の中にはグールも多かったし、むしろ危険になったよね?あの村」
「そうかもな」
ジェイスがそう返すと、ディページはさらに続けた。
「アンタがめちゃくちゃにしたんだね……ジェイス」
「……」
「失敗したんじゃない?全部」
ディページは淡々と話す。意地の悪い言い方をするのは実に悪魔らしい。
ディページがなぜそんなことを言うのか、ジェイスにはわかっていた。
しかしそれについて何も触れず、聞かれたことだけを返す。
「そんなことはない」
しかし、ディページは続けた。
「まさか、呪いに頼るのは道徳に反しているとか……そんなこと言っちゃうわけ?」
「……」
「怪物の力を使うなんて間違っているとか災いがくるとか。そんなわかりきったつまんない言葉なら聞きたくないね」
「変わらないな……おまえは」
「ジェイスもじゃん」
「まぁ、結局おれは英雄や勇者にはなれない。皆を幸せにする結末なんて、しがないモンスタースレイヤーには荷が重すぎる」
これはジェイスの口癖だった。
「……?」
「だが人間ではある……」
「……」
「いくら不合理であっても、理不尽であっても……いつだって俺は人間らしい答えにいきつこうとしているんだ……ただそれだけなんだよ」
「ふーん……」
ディページは少し黙って…
「人間って……面白いよね。本当にバカでさ……くすくす」
そう言って、平原をかけていくのだった。
ー今回対応したモンスターの記録ー
■神狼様
怪物:渡り人狼
種別:呪縛生物 ー 人狼
多くの狼を殺した人間にかけられる呪い。
『人狼』と同じく、狼のような姿に変えられて終わることのない空腹に苦しむ。
人間しか食することができず、人間以外のものを口に入れると灰となって消える。
『人狼』と違う点は、人間を食べずに噛みつくことで呪いを他者に移すことができるという点。
しかし呪いが解かれた『渡り人狼』は人間に戻るわけではなく、魂のない『死体漁り(グール)』となる。
■ディページ
怪物:馬の悪魔オロバス
種別:悪魔
馬の姿をした悪魔であり、人間に化けることができる。群れは成さず、非常に強い上昇志向を持ち、強力な魔法を使う。
多くの知識を持つがゆえ言葉巧みに人間を陥れることを得意とし、またそれを心の底から楽しむ。
悪魔学では数千の軍隊を率いることができる教養とカリスマ性を持つとされ、使役した人間に忠誠を誓い、真理や世界創造の知識を与えると言われている。
人狼はゲームの影響もあって、一般に浸透している西洋の怪物です。
人狼について昔の人は結構真剣に考えていたようで、ライ麦パンの中で過剰に繁殖した麦角菌による幻覚作用や、狂犬病に罹患した人が人狼扱いされてたらしいです。
また、新バビロニア王国のネブカドネザルという王様は『自分が狼ではないのか?』と7年間悩んでいたとか。
人狼の他にも、意図せず動物に変身してしまうみたいな話は世界各所に残されていて、それらが創作物として今の怪物の由来になったケースもたくさんありそうですね。
枯れ木に短剣でフュリーデント公国の紋章を掘る。
これは「生まれ変わってもまたこの地に戻ってこれるように」という願いを込めた、フュリーデントのまじないだった。
「シエルの地へ辿りつけることを願わん……どうか安らかに」
永遠の安息があるシエルの地。『神狼様』が迷わず辿りつけるよう、ジェイスは追悼の言葉を簡潔に述べる。
そしてすぐに立ち上がり、白馬となったディページにまたがり、村へ戻った。
…
村の裏手につくと、ディページは人間の姿に戻った。
当然、裸である。
ジェイスは捨ててあった布切れをディページに渡し、とりあえず身体を隠した。
2人はその足で、つい数時間前に立ち寄った村長宅へ戻る。
村はまだ明りが付いている家もあり、酒場からは人の声が聞こえていた。
数分歩いて、ジェイスは村長の家の玄関の前に立つ。
明りはついているが音はなく、ずいぶんと落ち着いた雰囲気だ。
ガチャ…
ジェイス達が家の中に入ると、村長夫人はまだ目を覚ましていなかった。
村長は膝を落とし、床をただ茫然と眺めていた。
「『神狼様』は死んだ」
ジェイスは村長に言葉を放つ。それを聞いて村長は床に視線を向けたまま返した。
「疫病神だ……お前たちは」
村長の顔は真っ白になっていた。力もなく、小さい声でジェイスを侮辱した。
「50年も守ってきた村の風習を……お前達が途絶えさせた。これからは誰も守ってはくれない……」
「『神狼様』は呪いだ……お前たちに与えられた罰だ」
「……」
「ダルケルノ村の人達は十分に罰を受けた。50年間、生贄を捧げ続けるなんて風習でもなんでもない……ただの厄災だ」
それを聞いても、村長は顔をあげようとしなかった。
ディページは飽きてしまったのか、あくびをしながら椅子に座った。
「村長、あれは『渡り人狼』という人を渡る呪いだ。普通の『人狼』よりももっと強力な呪い。お前たち、50年前に相当な数の狼を殺したな?」
「……」
「『神狼様』の死に際に儀式のことを聞いた……お前が言ったそうだな?一年間人間を食べずに村を守れば、人間に戻ることができると」
「……知らぬ」
「過去の生贄が村に戻ったことはないはずだ。なのに『神狼様』はお前の言葉を信じて、一年間この村を守り続けていた」
「……」
「それが……嘘だとも知らずにな」
村長はなんの言葉も返さなくなった。しかしジェイスは椅子に座り、村長の話を聞く体制をとった。
「全て話せ……」
村長は数分間沈黙をたもった後……ゆっくりと語り始める。
この村の神様……いや、呪いについて。
「ダルケルノは……資源も多く、地下には綺麗な水も流れている。とても豊かな場所だ」
「……」
「50年前……この森に初めてやってきたとき、我々の新しい村はここしかないと思った」
「もともとは違う場所にいたんだな?」
「もともといた集落は飢餓に苦しんでいた……毎日のように我々は木の皮のスープを食べていた」
いまでこそ食料が豊富なフュリーデント公国。しかし農産物の流通が安定化したのは、ほんの数十年前。
それまでは他の国と同じように、小さい村はどこも飢餓に苦しんでいた。
「この森は、何もない我々にはまさに天からの恵みとも呼べる場所だった。山賊や盗賊、怪物だってまったくいなかったからな。しかし……奴らがいたんだ」
「狼か」
「あぁ……。たくさんの狼が住み着いていた。狼は集団で獲物を狩る頭のいい動物だ。村を開拓するためには、駆除しなければならなかった」
人間によって殺され追い出された狼の呪い。よくある話ではあるが……よくない話。
「戦士ではない我々は怪物を倒すことなんてできない……しかし狼なら、我々だけでも駆除することができると思ったんだ。狼は復讐を企てる動物だ……根絶やしにしなければならなかった。我々は1年かけて、村を作りながら狼狩りを続けた」
「……ずいぶんかかったんだな」
「我々が思っていたよりもずっと数が多かった……。まだ14歳だった私も狼狩りに参加したよ。殺した狼は毛皮や食料にした。」
狼は誇り高い生き物だ。人間のように死の概念があり、より誇り高い死を望むと言われている。
ジェイスは村長の話をきいて、50年前に行われた狩りは本当に酷いものだったのだろうと思った。少なくとも、狼にとっては。
「1年たつと……狼を殺すことに何の感情もわかなくなっていたのを覚えている」
「……」
「森のほとんどの狼を駆除し終えたころ、我々は狼の女王の隠れ家を見つけたんだ」
「狼の女王?」
「あぁ……この森の狼をずっと束ねていた狼だ。傷だらけだったが、とても凛々しく立派な姿だった」
「狼を統べる者か……。倒すのに相当苦労しただろう」
「あぁ……剣を持った我々が10人がかりで殺した。代わりにこちらも3人死んだ……。本当に手ごわい狼だった」
女王と呼ばれるほどだ。かなりの高齢だったであろう。
それでも3人道連れにするとは……本当に強い狼だったのだろう。
「女王を殺して皮をはごうとしたとき……当時の村長だった男が突然、大きなうねり声をあげて『人狼』になった」
「それが、最初の『神狼様』か?」
「そうだ……その後は、話さなくても想像がつくだろう?」
「狼の呪いを解くことができなかった……。しかし村が『人狼』に滅ぼされるのも嫌だったと」
「そうだ……『神狼様』の力が人を渡るとわかった時、当時の村長が今のルールを作った」
「歴代村長しか知らない……暗黙のルールか」
「最初は怪しむ者もいた……。しかし10年で疑念は無くなり、30年で常識となり、50年経って風習になった。ルールも少しづつ改善した……全てが上手くいっていたんだ」
村人が生贄だと信じていたもの。その正体は、次の『神狼様』に選ばれた者だった。
おそらく1年と言う期限があることで、過去の『神狼様』達は空腹を我慢することができたのだろう。
モンスタースレイヤーですら知らなかった『人狼』の我慢の限界。
そのギリギリの期限を見極めるために何人の生贄が死に……何人の『神狼様』が生まれたのだろう。
……想像もしたくない。
ダルケルノの村長は代々この秘密を村人にも隠してきた。
毎年1人に全ての呪いを受け継がせるという禍々しい呪縛災害を……神様に守ってもらうための風習に変えることで。
その風習は終わった。しかしその現実を、今の村長は受け入れることができないようだった。
頭を抱えて、漏れるようにジェイスに行った。
「私は……私はどうすればいい…これから……どうすればいいんだ」
「もうこの村を守る神はいない。まずは森中の死骸を片付けろ、あれじゃグールの餌場だ。それと村を守っている壁ももっと厚くしろ、あんなんじゃ熊にも破られるぞ」
「そうじゃない……。50年もの間……生贄の真実は村長だけの極秘事項だった。今さら、全部呪いだったと……嘘だったと村人に言えというのか……?」
「……言え。村人に真実を話し、これからは村人自身でこの村を守っていくんだ。呪いなんかに頼らずな」
「こんな老人に……なぜこんな酷なことを強いる?……お前に慈悲はないのか」
村長は消え入るような声でそう言った。しかしジェイスは厳しく突き放した。
「『神狼様』だった少年は、村のために……そして自分のために死ぬことを選んだ」
「……」
「50年にも及ぶ呪いに、彼は決着をつけたんだ。今度はお前の番だ」
「うぅ……うぅ……」
村長は、溢れるように涙を流す。
その涙は後悔によるものか、それともこれからやってくる辛い現実から目を背けたいからか。
ジェイスにそれはわからなかった。
しかし、こうしてダルケルノ村にかかった呪いは解かれたのである。
ジェイスと、なにより呪いに立ち向かった『最後の神狼様』によって。
…
ジェイス達は娼館に戻っていた。依頼主であるエセルに、ことの顛末を伝えるためだ。
ディページは館の娼婦達に別れの挨拶をしていた。
名残惜しそうに……それはそれは本当に名残惜しそうに。
ジェイスはそんなディページをほっておいて、エセルと館の外で村を眺めていた。
「まさか……そんなことになっていたなんて」
ジェイスはエセルに真実を全て話した。
昨年の生贄が『渡り人狼』になっていたこと……そしてこの村の風習と呪い。
さすがにショックを隠せないようだった。
「近く村長が村人に全て打ち明けるだろう……」
「そう……ですか」
「あんたはどうするんだ?」
「私は……子供と違う村にいこうと思っています」
「そうか」
「真実がわかったとしても……娘が生贄を免れたということで冷ややかな目で見られるのはわかっています。私もこの村に未練はありません」
2人はもう一度村を見る。これからこの村は、誰も守ってくれない。
これからが一番つらいのだ。そして、これからこの村は始まるのだ。
「これ、今回の報酬です」
「あぁ……。……いや、いらないよ」
「え?」
「子供を連れて旅をするなら、なにかと金は必要になるだろう」
「……ありがとうございます」
エセルは心の底から頭を下げた。
自分の子供のためだけではない……この村のため、そして死んでいった村人のために。
唯一真実を知った村人として、彼女はジェイスに深く頭を下げたのだ。
…
次の日。
ジェイスとディページはダルケルノを去った。
森を抜け広い平原を走り、彼らは南に向かう。
馬の姿になったディページは、背中にまたがるジェイスに聞いた。
「よかったの?あれで」
「……なにがだ?」
「いや、生贄をささげてたとはいえ、一応平和だったわけじゃん?あの村」
「そうだな……」
「これからは誰もあの村を守ってはくれない。森の中にはグールも多かったし、むしろ危険になったよね?あの村」
「そうかもな」
ジェイスがそう返すと、ディページはさらに続けた。
「アンタがめちゃくちゃにしたんだね……ジェイス」
「……」
「失敗したんじゃない?全部」
ディページは淡々と話す。意地の悪い言い方をするのは実に悪魔らしい。
ディページがなぜそんなことを言うのか、ジェイスにはわかっていた。
しかしそれについて何も触れず、聞かれたことだけを返す。
「そんなことはない」
しかし、ディページは続けた。
「まさか、呪いに頼るのは道徳に反しているとか……そんなこと言っちゃうわけ?」
「……」
「怪物の力を使うなんて間違っているとか災いがくるとか。そんなわかりきったつまんない言葉なら聞きたくないね」
「変わらないな……おまえは」
「ジェイスもじゃん」
「まぁ、結局おれは英雄や勇者にはなれない。皆を幸せにする結末なんて、しがないモンスタースレイヤーには荷が重すぎる」
これはジェイスの口癖だった。
「……?」
「だが人間ではある……」
「……」
「いくら不合理であっても、理不尽であっても……いつだって俺は人間らしい答えにいきつこうとしているんだ……ただそれだけなんだよ」
「ふーん……」
ディページは少し黙って…
「人間って……面白いよね。本当にバカでさ……くすくす」
そう言って、平原をかけていくのだった。
ー今回対応したモンスターの記録ー
■神狼様
怪物:渡り人狼
種別:呪縛生物 ー 人狼
多くの狼を殺した人間にかけられる呪い。
『人狼』と同じく、狼のような姿に変えられて終わることのない空腹に苦しむ。
人間しか食することができず、人間以外のものを口に入れると灰となって消える。
『人狼』と違う点は、人間を食べずに噛みつくことで呪いを他者に移すことができるという点。
しかし呪いが解かれた『渡り人狼』は人間に戻るわけではなく、魂のない『死体漁り(グール)』となる。
■ディページ
怪物:馬の悪魔オロバス
種別:悪魔
馬の姿をした悪魔であり、人間に化けることができる。群れは成さず、非常に強い上昇志向を持ち、強力な魔法を使う。
多くの知識を持つがゆえ言葉巧みに人間を陥れることを得意とし、またそれを心の底から楽しむ。
悪魔学では数千の軍隊を率いることができる教養とカリスマ性を持つとされ、使役した人間に忠誠を誓い、真理や世界創造の知識を与えると言われている。
人狼はゲームの影響もあって、一般に浸透している西洋の怪物です。
人狼について昔の人は結構真剣に考えていたようで、ライ麦パンの中で過剰に繁殖した麦角菌による幻覚作用や、狂犬病に罹患した人が人狼扱いされてたらしいです。
また、新バビロニア王国のネブカドネザルという王様は『自分が狼ではないのか?』と7年間悩んでいたとか。
人狼の他にも、意図せず動物に変身してしまうみたいな話は世界各所に残されていて、それらが創作物として今の怪物の由来になったケースもたくさんありそうですね。
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