吸血鬼だって殺せるくせに

大野原幸雄

人を食わぬ人狼Ⅱ

森の中は異様に薄暗く不気味で、動物の気配すらしなかった。
ジェイスとディページは依頼の手掛かりをつかもうと歩きまわる。

「見てよジェイス……。またグールの死骸だ。くっさいなぁ」

「あっちにはシカやウサギがたくさん死んでた。……死骸だらけだなこの森は」

森の中はとにかくたくさんの死骸があった。
シカ、ウサギ、熊…そしてその死骸を漁りにやってくる怪物、『死体食らい(グール)』の死骸。

ディページは鼻をつまみながらグールの死骸を見て、ジェイスに言う。

「噛み傷と爪痕があるけど食べられてはないね。殺すだけで放置か……悪趣味極まりないなぁ」

「人間しか食べない『人狼』は、食料にならない死骸をそのまま放置する。……痕跡から見ても『人狼』は確定だな」

「『人狼』が死骸を残すせいでグールが集まって、そのグールも『人狼』に殺されて……。絵にかいたような悪循環だね……ははっ」

「そうだな。……しかし、それにしても」

「なに?」

「数が……多すぎじゃないか?」

ジェイス達がこの森に入ってから、まだ数分たらずだった。
『人狼』は空腹の呪い。それゆえ『人狼』の行動は、そのほとんどが空腹を満たすために費やされる。つまりは人間を襲うことに。

動物やグールを殺すのは、自分が襲われたときだけだ。
……にも関わらず、この森には『人狼』が襲ったであろう動物やグールの死骸に溢れている。

「村人の言った通り……たしかに村を守っているようにも見える。『死体漁り』と呼ばれ死骸を食らうグールだが、時には生きた人も襲うしな」

「でもさ、そんなことある?『人狼』の食欲ってマジでキツいんでしょ?耐えられる『人狼』なんてほとんどいないって聞いたよ?」

ディページの言うとおりだった。
空腹に耐えられる『人狼』はほとんどいない。それほど『人狼』が感じる空腹は辛い。

しかしこの『人狼』はなぜか村へも行かず、食料にもならない動物やグールばかりを殺している。
その理由をジェイスもまだ見つけられずにいた。

死骸を見ながらジェイスが考え込んでいると、ディページがごねはじめる。

「ねぇ帰ろうよー。こういう臭いところは俺ちょっと……」

「お前、悪魔だろ?こう言うところ好きなんじゃないのか?」

「偏見だよそれ?悪魔バカにしてるでしょ。俺は綺麗好きな悪魔なの!」

「わかったわかった。……そもそもディページ、お前2カ月もあの村にいて、この事に全然気づかなかったのか?」

「ぜーんぜん。ずっと娼館にいたしねぇ。生贄の儀式があるなんて、ついさっきまで知らなかったもん」

相変わらずのいい加減さにジェイスは呆れる。
しかしまぁ、それに突っ込むのも悪魔には無駄だと理解していた。

「村人もなぜこんな数の死体を放置してるんだ。村はすぐ近くだぞ?死骸を放置すればグールが集まってくるなんて、子供でも知ってるもんだが」

「村人も森のこっち側には全然入らないみたいよ?」

「……」

「ジェイス、何考えてるの?」

「いや、奇妙だと思わないか?人を食わぬ『人狼』、毎年行われる生贄の儀式、神を盲目的に信じる村……なんというか、ずいぶん上手いことできてる」

「風習ってそーいうもんでしょ?……悪魔の俺からすれば、人間の風習とか宗教って動物の本能に近いと思ってるよ」

「だとしても、『人狼』が人と共存してるなんて話……俺は聞いたことないがな」



ジェイス達は一旦村へ戻った。
娼館に戻る頃には日が暮れていて、店は赤いランプの光で妖しげに照らされている。

娼館の中には女を買いにきた村の男達がたくさんいた。
エセルは仕事中だったため、仕方なくジェイスは客としてエセルを指名し、部屋に入った。

「悪いが、あんたの指名料は報酬に上乗せさせてもらうぞ」

「かまいません……それで、何かわかりましたか?」

下着姿のエセルに興奮して、ディページは彼女に膝枕をねだった。
「遊んでるわけじゃねーんだぞ!」と叱ろうと思ったジェイスだったが、話をしている最中は静かになるので、とりあえずその状態で話を進める。

エセルも最初は困った様子だったが、そこは男を相手にする娼婦。
手慣れた手つきでディページをあやすように膝枕を受け入れていた。

「……やはり『人狼』に間違いないだろう。森の中でいくつも動物の死骸を発見した。残された痕跡の特徴は『人狼』のものと一致する」

「そうですか……」

「しかし、やはり疑問は残ってる。『神狼様』の行動もこの村の風習も……俺たちの感覚だと奇妙でしかたない」

「……」

「風習について、アンタは何も知らないのか?」

「ごめんなさい……。ただ村をお守りくださる『神狼様』に、一年間の感謝を込めて生贄を捧げるとしか。そう教えられてきましたし、娘にもそう教えてきました」

ジェイスにとっては想像通りの返答だった。村人は長い間続く風習と言うだけで受け入れている。
『当たり前』に疑問を持つのは、無知な子供くらいなものだ。いや……それとエセルのように当事者になった者か。

「この風習に詳しいものは?」

「生贄のことに関しては、代々村長が仕切っておられます」

「そう言えば、生贄と一緒に森に入るのも村長と言っていたな?」

「はい……」

「仕方ない……話を聞きにいくか」

ジェイスがそう言うと、ディページがぴーんと手を伸ばした。

「なんだ?」

「ジェイス様!僕はお邪魔になると思うので、ここでお留守番しています!」

ディページが目をキラキラさせる。
ジェイスから返答がなかったので、ディページはさらに大きい声で付け加えた。

「いい子にしてます!」

ボコッ!

ジェイスはとりあえずディページを一発殴り無理矢理引っ張る。

「こい」

「チィッ!!!!!」



日が暮れてから数時間後。ジェイスは、エセルから聞いた村長の家に到着した。
決して立派とは言えなかったが、比較的大きめの木造り小屋だ。家の前にはたくさんの木材や干し肉がつるしてある。

トントン…

「旅の者だ。夜分すまない」

ジェイスは大きめに音をたててドアをノックする。すると、すぐに村長と思われる老人が出てきた。

「どうされましたかな……?」

村長は二コリとジェイスに笑みを向ける。村人達と同様、旅人には愛想よくしているんだろう。

「突然すまない。俺はホークビッツから来たジェイスというモンスタースレイヤーだ」

「モンスタースレイヤーどの……ですか?歓迎いたしますよ……今日はどんなご用件で?」

「この辺りのグールの生態について調査しているんだ。少しだけ話を聞かせてくれないだろうか?時間はとらない」

「なるほど……。えぇ、かまいませんよ」

村長はジェイスを家の中に招き入れた。
家にはいると、村長と同じく二コリと笑った奥様がいた。こちらもずいぶんと愛想の良いお婆さんだ。

「ささ、こちらへ……」

すぐに奥方がお茶を淹れにキッチンへ向かう。
それを待つ間、村長がすぐにジェイスに言った。

「グールと言いましたかな?確か『死体漁り』と呼ばれる怪物ですな……?」

「あぁ……。死体のような姿をして猿のように歩く、呪われた人間や動物の抜けガラだ。見た目は人間よりも醜悪で歯の数も多いがな……」

「恐ろしいですな……この辺りのグールの何か特別なのですか…?」

「とにかくよく食べるんだ。他の地域のグールに比べて腹もでてるらしい」

よくもまぁこんな適当なことがすぐ口からでるなぁと……ジェイス自身も自分で関心した。

「それで、調査のため森に行きたいんだが、村人からアンタの許可が必要だと聞いてね」

「なるほど……」

「どうにか許可はでないか?」

「申し訳ありません。村の掟で、森の奥へ入ることは固く禁じられているのです」

「村の掟……。『神狼様』……だったかな?」

ジェイスはここぞとばかりに本題に入る。

「ご存知でしたか……。村の者以外ほとんど知らないはずですが……。その話をどこで?」

「グラインフォールの酒場だ。酒場の店主は、吟遊詩人と同じくらい情報通だからな」

「……確かにその通りでございます。このダルケルノ村は毎年『神狼様』に村人を生贄として捧げ、村を守って貰っているのです」

「グールや悪魔からか?」

「左様でございます……。この辺りは湿気も多く、怪物も住み着きやすいですから」

「いつからこんな風習が?『人狼』が人を守るなんて聞いたことないが」

「この村ができた時からです。もう50年も前になりますな。ここに移り住んだ時の村長が森の『神狼様』と契約を結んだのです」

50年。それだけ多くの村人が生贄に捧げられたということでもある。
呆れた風習だ……。ジェイスはそう思った。

「俺の知っている限り、神様は生贄なんて欲したりしないはずだがな」

「『神狼様』は直接私たちにお話してくださいますから、何を欲しているのか私たちにもわかるのです。他の神様は話すこともできないでしょう?」

「古の神は人間と対話したと聞くが……たしかに現代の神は人と話す社交的を失ってるようだな」

「それだけ『神狼様』は慈悲深いのです」

「そうか。しかし妙だ。狼の神様がいる場所にしては、道中、一度も狼の鳴き声を聞かなかった」

狼は集団で狩りを行う。時には大きな馬車でさえその被害にあうこともある。
狼を殺した呪いである『人狼』がはびこるこの森で、狼が一匹もいないなんておかしい。

「……偶然でしょう」

モンスタースレイヤーは怪物を退治する仕事だ。しかし……怪物と同じだけ人間とも対峙する。
村長が何かを隠していると、ジェイスにはすぐわかった。

ジェイスはさらに話を掘り下げることにする。

「あなたが村長になってから長いのか?……儀式も何度か経験してるんだよな?」

「はい……。私はもう13度になります。生贄となる村人を『神狼様』のもとへ連れていきました」

「姿を見たことがあるのか?」

「えぇ……もちろん」

「その姿を見て、アンタは何も感じなかったか?」

「何を……おっしゃりたいのでしょうか?」

「俺はモンスタースレイヤーとして色んなものを見てきたが、神様だけはまだ見たことがないんでね。興味がある」

村長は黙りこむ。
この生贄の儀式にはたくさんの疑問があるが……ジェイスにとって最も大きな疑問はこの村長その人だった。

なぜなら、村長は唯一生贄を連れて何度も『神狼』ならぬ『人狼』と会っている人物だ。
普通の『人狼』は人間を見た瞬間に襲いかかる。こんな老人が逃げる術はまずないだろう。

しかし村長はジェイスの前で生きて話をし、茶を飲んでいる。それが、最も大きな謎だった。

ジェイスは改めて村長をずっと見る。すると村長はその視線に何かを感じ、こう言った。

「大丈夫ですよ……もうじきあなたも見ることができるでしょう」

「どういうことだ?」

「人は死ぬ時、神様と相対するものですから」

「…?」

バッ!

その時……ジェイスは背後に強い殺気を感じて立ちあがった。
腰につけてある短剣を抜き、椅子を倒して振り向いた。

キ―ンッ!

金物がぶつかる音が小屋に響く。
ジェイスが短剣で防いだそれは、フライパンだった。そしてそれを握っていたのは……村長の奥方だった。

「!?」

「あんたッ!!!『神狼様』を殺しに来たんだろ!?この罪人めッ!」

さっきまでの優しそうな表情はどこかへ消えて……奥方の目は血走り、強くつぐんだ口からは歯ぎしりが聞こえていた。

「あああああああッ!」

「!?」

すると今度は後ろから村長がこん棒を振りあげる。
ジェイスはフライパンを防ぎながら振り向こうとすると…

バアアアアアアアンッ!

小屋の外から、大きくて真っ白な馬が扉を壊して入ってきた。
その馬は美しい毛並みと妖艶な赤い瞳を持っており、壊した扉を踏みつけて部屋の中をぐるっと睨む。

あまりにも美しい白馬。
こんな狂気じみた美しさを持つ馬なんていない。その姿は、まごうことなく神か悪魔であろう。

今回の場合は……もちろん後者である。

「ブルルルルッ!」

純白の馬は鼻を鳴らしながら、棍棒を振りあげる村長に頭からぶつかり、転倒させる。
そして馬は少しづつ姿を変えて、美しき青年ディページとなった。

しかし何故か……裸である。

「ディページ!爺さんを抑えつけろ!」

「うっす!」

人間の姿に戻ったディページは村長を抑えつけて抵抗できないようにする。

フライパンを握りしめていた村長夫人は、あまりに突然の出来事に一瞬力を抜いた。
ジェイスはその瞬間、村長夫人の目を塞ぎ呪文を唱える。

「『アクシリオス』」

すると、夫人の目を塞いだジェイスの手の平が白く光り…

「!」

夫人は気を失い、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れた。
ディページがその光景を見て驚く。

「えぇ!?ジェイス、魔法なんて使えたの!?」

「これしか使えないけどな。……というか、なんで服着てねぇんだよお前」

「いや……馬の姿に戻ると破けちゃうのよ。魔法の服買ってよ」

「まぁいい。そのまま抑えつけてろ」

「はいはーい」

ジェイスは気絶した村長夫人の無事を確認する。
ちゃんと息があることを確認すると、夫人を優しく横たわらせた。

そしてディページが抑えつけている村長のところへいき、顔を近づける。

「村長……やはり『神狼様』が『人狼』だと知っていたな?」

「くっ!話せッ!神を殺そうとする罪人がッ!」

「いいかよく聞け。お前達が信仰しているモノは神はではなく呪われた人間だ。利用すれば必ず災いがくる」

「くるはずがないッ!実際、我々は50年の間幸せに暮らしてきたんだ!」

「生贄となる村人以外はな」

「『神狼様』に頼らなければ、誰がこの村をグールや猛獣から守ってくれるというのだッ!『神狼様』がいらっしゃったからこそ!この村は50年でこんなに大きくなったのだッ!…ぐぅッ!」

村長は何度も暴れたが、さすがに悪魔からの抑えつけに抗う術はない。

ジェイスが村長にさらに質問をしようとしたその時、村長の顔がみるみる紫色になっていることに気づいた。
どうやらディページが強く締めすぎているようだ。

「ディページ……もう少し力を抜いてやれ…」

「……」

「おい、ディページ…」

「……」

「おいッ!」

ディページが振り向く。その顔は…目が血走り、笑みであった。
ディページは悪魔。人が苦しむ姿を見るのが、この上ない幸せ。

「力を弱めろ……使役の術を使うぞ…」

「……」

「力を弱めろッ!」

すると、悪魔めいた不気味な表情をディページは解いた。
そして…

「わかったよ」

とボソリとつぶやき、いつもの表情に戻った。
そして村長の身体にこめる力を少しだけ緩める。

悪魔を使役するということは、決して簡単な事ではない。
ディページの首にはめた使役の首輪があっても、言う事を聞かなくなる時は多々ある。

ジェイスはいつも勘違いしそうになるが、ディページは友達や仲間ではないのだ。
強いて言えば、風変りな隣人。どこまでいっても…心の底からお互いを理解することはできない。悪魔。

ジェイスは村長を見て言う。

「はぁ……はぁ……」

「村長……どの村だって、自分の身は自分たちで守っている。そうやって必死に生きているんだ」

「……」

「呪われた生物に生贄をささげなくても、これだけの村人が剣を持てばグールや猛獣から村を守ることはできる。もしかしたらその過程で死ぬこともあるかもしれない。しかし生贄の風習に頼るよりもずっと健全だ」

「……」

「知っていることを全て話せ……」

村長は暴れる身体の力を緩めていたが、言葉ではまだ抵抗する。

「断る。これは……私達が選んだ生き方だ」

「『人狼』が永遠にこの村を守ってくれると思っているのか?この村はいつか『人狼』と決別しなくてはならない時がくる。そのいつかがたまたま今日だっただけだ」

「……」

「何を隠している?」

村長は口を固く閉ざし、目を伏せた。
ジェイスはその姿を見て、これ以上問いただしても無駄だと判断した。

「ディページ……もういい、離してやれ」

「いいの?」

「あぁ……仕方ない」

ディページはゆっくりと村長から手を離した。
村長はぐったりとうつむいている。ジェイスは村長に怪我がないかを確認し立ち上がる。

「いくぞディページ…」

「はいはい、ついていきますよ…今度はどこ?」

「決まってるだろ。森の奥……『神狼様』のところだ」


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