野獣先生、夜の街へと誘う

味噌村 幸太郎

今から二人で大人の世界に旅立とう!


 中学3年生のころ、僕は思春期、真っただ中で。
 重たい話だが、毎日自殺を考えていた。
 
 いろんな大人に相談したが、誰も話を聞いてくれず、
「そんなの私にもあった」
「いずれ、治まるよ。そういうの」
 なんて鼻で笑われた。

 だが、一人だけ、僕の話を真面目に聞いてくれる大人がいた。

 中学校に、非常勤で夏から副担任になった野獣先生だ。(仮名)

 野獣先生はこの頃、まだ若く、20代前半。
 恐れるものなんて、なにもなかったのではないだろうか。

 僕が『自殺』について相談すると、
「なんだってぇ!? 味噌村くんは自殺を考えているのか! それは大変だ!」
 と驚き、それ以来、真剣な顔で毎日、話を聞いてくれた。

「死ぬのを思いとどまってくれないか?」
「僕と一緒に生きよう!」
「15年間で人生終わるなんて、悲しすぎる!」
 と熱弁していた。

 だが、僕もひねくれていたので、なかなかあきらめない。

 しばらくすると、野獣先生がこう言いだした。

「わかった。味噌村くんはかなり覚悟を決めているんだね……なら、仕方ない。先生が考えを改めよう」
 と、僕の肩をバシバシ叩いていた。

 先生は、いろいろと僕に提案してくれる。
「味噌村くん、どうせ死ぬんだったら、コレを経験しておくべきじゃない?」
 そう、毎回僕にいろんなことを、体験させようとしてくる。

 今思えば、先生としては、僕に少しでも『生きる希望』を与えようと必死だったのだと思う。
 僕の意思なんて関係なく、いろいろやらされた。

 夜中に勝手に大学に忍び込んで、
「ここの大学、おもしろそうじゃない?」とか。
 映画好きの僕を誘って、先行オールナイトに連れて行き、
「タイタニックを観よう!」
 と3時間もある作品を二人で観て、夜中の11時頃、見終えると。
「いやぁ、楽しかったねぇ! ラーメンでも食って行こう」
 と、中学生の僕を、夜中に連れ回し、翌週、教頭先生に怒られていた。

 だが、野獣先生はそれでもあきらめなかった。

 何かって言うと、すぐに「どうせ死ぬんだから、コレも経験しておこう!」と笑顔で僕に提案する。

 なかでも一番、酷かったのが……。

 映画を見終えたあと、多分、博多から少し離れた繁華街、中洲に連れていかれたことだ。

「味噌村くんって、カノジョとかいる?」
「いないです……」
 力なく答えた。こっちは死にたいってのに、とため息を漏らす。
「てことは、ひょっとして、童貞なの?」
「ハイ……」
 ちょっと、カチンときた。

 自殺願望がある男の子に、まあデリカシーのない言葉を投げかける。

「じゃあ、童貞を捨てたらいいんじゃない?」
「ファッ!?」
「だって死ぬんでしょ? 大丈夫! 大人の僕が一緒にいるからさ♪」
「いや、先生。それはさすがに……」
「まあとりあえず、街を歩くだけでもいいからさ。なんでも経験、死ぬぐらいの度胸があるなら、なんてことないよ」

 そう言って、強引に僕の腕を掴むと、怪しい裏通りを歩かされるのであった。

 当時は、キャッチとか、呼び込みとか、規制が緩い時代で。
 ピンク通りに入った瞬間。
 30人ぐらいの黒いスーツを着たお兄さんたちが、ぶわーっと僕たちを取り囲む。

「お兄さんたち、どうですか? 可愛い子いますよ!」
「うちの店は若い子ばっかりですよ~♪」
「きみ、若いねぇ。寄っていこうよ! 安くするからさ」

 なんて言われながら、囲まれる。
 初めての大人の世界に、僕は恐怖しかない。

 気がつくと、通りの真ん中を歩いていたはずの僕と先生は、たくさんの人に押されまくって、右端の電柱の前で身動きが取れなくなった。

 先生はそれを予測していたのか、予想外だったのか。
 慌てて、僕を守る。
「大丈夫だよ、味噌村くん! 僕がついてるからね!」
「先生……ハァハァ……」
「大丈夫! 僕が守るから!」
(いや、なにが大丈夫なんだよ。あんたが連れてきたんだろう)

 小さくて狭い通りだったが、人混みのせいで、20分ぐらいかけて、やっと脱出することに成功した。

 その頃には、僕も先生も揉みくちゃになってしまい、髪も服もバッグも、むちゃくちゃになっていた。
 お互い肩で息をして、生きた心地がしなかった。

「ハァハァ……味噌村くん。やはり、君は生きたいんだと……先生は思うね」
「ど、どういうことですか?」
「だって、お店に入るのを拒んだじゃないか……つまり、こういう店で関係を取りたくないんだ。いつか、運命的な出会いをして、その人と結ばれることを望んでいるんだよ。だから、もうちょっと生きよう。僕と一緒に!」
 そう言って、親指を立てて、白い歯をキランと輝かせるのであった。
「先生……ちょっと、言ってる意味わかんないです」

 僕はここまで、ブッ飛んだ教師に出会ったことは、今までなかった。きっとこれからも……。

 野獣先生の言ったことは、本当のことだったのかもしれない。
 数年後に、カノジョとなる人と出会い、結婚できたので。 

 だが、親になって思うのは、すごく良い教師だったなと痛感する反面、子供を生徒として預けるには結構、心配かもしれない。

 それにしても、すごい放課後教室だった。
 先生とは、未だに連絡を取り合う仲だ。
 よくわからんけど、野獣先生、あの時はありがとう。


   了

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