あしたのはなし

ihcikuYoK

きのうのはなし

***

「おはよ。なんかバス遅れてるっぽいよ。よかったね、今日は間に合って」
「やっぱ日頃の行いがいいからかなー」
「なに言ってんの」
 ふざけた言葉を述べながら列の最後尾、同じマンションの階違いに住む幼馴染の隣に並んだ。大口を開けて冷気を受け止めるのが嫌で、あくびを噛み殺す。

 この寒い中、幼馴染は当たり前のように生足でスカートを履いているからビビる。以前に「ひぇ~、寒くないの? 見てるこっちが寒いんだけど」と告げたら、「寒いに決まってるじゃん。文句つけるくらいなら見ないでよ馬鹿なの?」と強めにド突かれたことを思い出す。
 寒さに身を縮こませつつ、家を出掛けに慌てて鞄につっこんできた防寒具を引っ張り出した。しかし取り出したマフラーは昨日に引き続き母のもので、手袋に至っては間違えてまた軍手を持ってきてしまっていた。
 素知らぬ顔をして軍手をしまいなおし、マフラーはこのまま拝借することにする。どちらにしろ後で怒られるのだから、我慢して身を震わせて怒られるよりしっかり暖まって怒られた方がマシだ。
「あれ、マフラー可愛いじゃん。そんなのだっけ?」
「間違えてお母さんの持ってきたっぽい」
「そんなことある??」
「あったんですよこれが」
ふっしぎー! と両手を開いて見せると、アホくさくなったのか、ハイハイふしぎーと適当にいなされた。

 息を吐きあてるのも面倒になり、ブレザーのポケットに手を突っ込んだ。ヒンヤリした素材感にゲンナリする。冷たい。カイロくらい持ってきたらよかった。
「てか、またバス遅れてんの? 昨日も遅れてたじゃーん、弛んでるんじゃないのー?」
「バスの人もあんたには言われたくないでしょうよ。ていうか昨日は定刻通り来たでしょ、寝坊して乗り損ねてたじゃない。まだ寝ぼけてるの?」
しっかりしなよね、と呆れた顔で言われ、俺は目を丸くした。

「? そうだっけ……?」
 乗り損ねた覚えはなかった。寝坊したのは一昨日だ。
 昨日は今日のようにこの幼馴染に声を掛けられ、挨拶もそこそこにバスの遅延を聞かされ、知ったとて行かないわけにもいかないので気を悪くしつつも大人しく列に並んだ。
 そして寒い中、バス待ちの面々は各々スマホなどで時間を確認しつつ黙って待っていた。だが結局バスは30分ほど遅れ、俺たちはきっちり学校に遅刻した。

 ポケットからスマホを取り出す。自分の眉間に皺が寄るのを感じた。
 昨日と同じ日付であった。

 口から漏れ出た。
「……あー、はいはい。なるほどそういうやつね。ループしてる感じね、はいはいなるほど」
 なんだったら、“昨日”も同じことを思ったという確信があった。繰り返すのはいったい何回目なんだろう、と考えてもわからぬことを思う。

 たまにこういうことがある。巷で超常現象とか言われているやつである。
 特に何が切欠ということもない。誰かの命を救えば解決するだとか、なにかをすれば解放されるだとかそういうこともない。少なくとも俺の場合は、このテのものに介入できた試しがない。
 本当に何故だかさっぱりわからないが、いつの間にかそういう時空の歪み的なものに落ち、そしてまたいつの間にかそこから解き放たれていることがあるのだ。
 たぶん、俺はこの現象におけるキーマンではないのだろう。きっと俺以外の誰かもこの世のどこかで同じ日付を繰り返していることに気が付いて、どこかでなにかをいい感じに解決してくれて、うまいこと時の流れを正常に戻してくれているのだと勝手に思っている。

 幼馴染はドン引いた顔をしていた。
「え、なにコワ……。急になに言ってんの? なんかあった?」
こっちのハナシ、と親指を立てて見せたが、余計不安そうな顔をされただけだった。
 たまに巻き込まれるこれらのタイムリープのことを、誰にも話してこなかった。幼馴染にも親にもだ。どうせ“明日”という名の“昨日”に戻れば、相手はなにもかもをすっかり忘れているのだし、そもそも俺には日付を繰り返していることを証明するすべはないのだ。
 どうせ今回も俺にできることはないんだろう、気楽でいいや。
 幸いなことに、昨日、もとい今日は体育やら理系の実験やら好きな授業が盛りだくさんの日でもある。このループがいつ終わるか知らないが、同じ授業を何度も何度も受けられるぶん、ちょっと賢くなっちゃうかもな~などと抜けたことを思う。
 人によっては恐怖を感じる出来事なのかもしれないが、生来俺は人よりちょっとポジティブなのだ。あまり深刻に悩んだことはなかった。

 確か昨日は、事故渋滞に巻き込まれての遅延だった。
 取り立てて早く学校に行きたいわけでもなかったし、なんなら少し寝坊していたくらいだったので仮に俺が遅刻したとてそれはバスのせいではないのだが、自分のリズムを崩されたように感じて昨日は朝から勝手にちょっと気を悪くしていた。
 だが2日目ともなると、もはやどうでもいいことのように思えた。これから30分長く寝られるじゃん、ラッキー、などと思う。
「でもまた遅延証明もらわなきゃな、ちょっとめんどいな……」
「? そこまで遅れないでしょ」
「いやいや、遅れる遅れる。今日は賭けてもいい、バスは30分遅れる」
って今日じゃなくてこれは昨日のことになるのか、賭けても覚えてないんじゃあなぁ……と零すと、隣で幼馴染は眉根を寄せた。

「! そうだ、せっかく時間あるんだし返してこよっかな。これ持っててー」
 よろしくーと鞄を預け踵を返すと、ちょっとーバスが来たらどうしたらいいの!? 私が持って乗るの? と慌てる声が聞こえた。来ないんだなぁそれが、と内心返事をしつつ、マンション内に戻りエレベーターに乗るなり5階のボタンを連打した。

***

 我が家の玄関扉の向こうから「どうしよう、マフラーがない! 寒いのにー」と慌てふためいた声がした。開けると困惑した顔の母と目が合い、思わず戸を閉めなおした。すかさず開け放たれ、マフラーというか襟首ごと掴まれた。
「それお母さんのマフラーでしょ! 探したんだからー!」
「お母さん……、首……っ」
締まってる、締まってるから、と述べるとすぐさま放され巻いていたそれを剝ぎ取られた。山賊もかくやという速さである。ひんやりとした冬の空気に、改めて晒された首元を押さえる。
「朝は1分1秒を争うのー! 学生さんは遅刻しても笑って済まされるかもしれないけど、会社員は給料から差っ引かれちゃうんだからねー」
「いやいやお母さん、別に学生だからって笑ってすまされたりしないよ? 遅刻で単位落とす人だっているんだし」
やだ、あなたそんなに遅刻してるの? 駄目よ? 学費結構かかってるんだからね? と珍しく真面目な顔で見返され、慌てて首を振った。

「、焦るお母さんに朗報でっす。バスが30分遅れまーす」
「? どこが朗報なのー、遅刻が確定しちゃったじゃないー」
あららーもー、と言いながら母はパンプスを脱ぎ、いそいそと居間に戻っていった。
「……? え、出るんじゃないの?」
「だってバス遅れるんでしょう? それなら慌てたって仕方ないでしょー。せっかくだから、のんびりしていこうと思って」
お母さんおうち大好きなんだもんー、と微笑まれちょっと呆れる。我が母ながらマイペースな人である。

 自分のマフラーを掴み、「そういえば、幼馴染に鞄を任せ、寒空の下で待たせているのだった」と告げると、「なにしてるのそれなら早く行きなさい、これお詫びにあげなさいねー」と、カイロを無理やりふたつ渡され家から叩き出された。

***

 カイロを振りながら慌てて向かうと、目が合った途端、幼馴染は恨めしげな顔をした。
「遅いんだけど~」
「だから言ったじゃん、30分遅れるって」
「バスじゃなくて。人が外で寒い思いしてるっていうのにずいぶんのんびりしてきたね」
はいこれお詫びー、とカイロを渡すとぶぅ垂れながらも受け取った。
「なに? カイロひとつで懐柔できるとでも?」
「え、いらなかった?」
「もらうけど!」
お母さんがお詫びに渡せって持たせてきてさー、と素直に述べると、「知ってる、“見た”し」ポッケにもう1個持ってるでしょ、と言われあっさり強奪された。

 幼馴染はたま~に数秒先の未来予知ができる。いわゆる超能力者である。
 超能力者じたいは近年さほど珍しいものではなくなっているのだが(俺もそうだったし)、年齢を重ねるごとに失われてゆく場合が多く(俺もそうだったし)、高校生になっても現役の能力保持者はなかなかレアだった。
 だが本人曰く、『見たい時に見れるわけでもないし特に役にも立ってないし、クイズ番組の答えがCM前にわかるくらいのほとんど気のせいみたいな能力』とのことである。
 それでもないよりあるほうがいいじゃん、と思う。だってなんか格好いいから。

「ねぇ、さっきのなんだったの。なるほどなるほどってひとりでさ。予知能力が復活したの?」
首を振る。予知のほうはさっぱりだ。
「どうせ言っても信じないじゃーん」
「言う前から、なんなのその言い草」
聞いてみなきゃわかんないんだけど! と挑戦的に俺の目を見た。
 この幼馴染は、俺の超能力が戻ることを秘かに期待しているようである。だが、まったく別の能力が開花することはあっても一度失われた能力が戻ることは稀だ。
 そして、新たに開花したそれが役に立つかどうかもまた別の話だ。

 溜め息を飲み込んだ。思い出したぞ、このやり取りも覚えがある。“昨日”ではない“昨日”にしたくだりだ。

「……じゃあ言わせてもらおっかな」
「よし来い」
その黒い目は期待に満ちていた。

「――“今日”って実は“昨日”でさ。
 そんでたぶん、しばらく俺たちは“昨日”を繰り返し過ごすことになってて、なんていうか毎日“昨日”をリスタートしてる感じになるって言えばいいのかな」

 瞳に宿っていた期待が、小さくしぼんでいくのを見た。だから言ったじゃん、と思う。
 なにもないよりマシか、と鞄から軍手を取り出すのを、幼馴染が形容に困る顔で見た。その目は(軍手はさすがにダサいでしょ……)と強く告げていたが、それはこの際どうでもいい。
 どうせ誰も覚えていないのだから、多少ダサくても寒くない方がよっぽどいいのだ。

「……だから言ったじゃん、どうせ信じないってー」
でも、だってさ……、と口ごもった。
 次に放たれる言葉はわかっていた。

「「……。まだ寝ぼけてるんじゃない?」」
ヒィ、ユニゾンするのやめてよキモいんだけど! と心底イヤそうな顔をしてド突かれ、俺はたたらを踏んだ。

Fin.

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