ばれんラジオ

ばれん

死にたいなら、死ねばいいって話

どうも、ばれんです

本日は
「死にたいなら、死ねばいい」
という話です。

さてみなさん、
今このタイトルをきいてどう思いましたか。

おそらくほとんどの人が、
「いや、だめだろ」
と思ったはずです。

なので今回は「なぜ死んだらダメなのか」
という事をメインに話をしていきたいと思います

内容が内容だけに、今回は事前に私ばれんで
「なぜ死んではいけないのか」
というのを仕事中に調べてみました

結果、私の考える理由と同じだったのでお伝えしたいと思いますが、
「なぜ死んではいけないのか」
それは
「他者に影響をおよぼすから」です

まず、「死」というのは、
自身には全く影響がありません。
なぜなら死んでしまえば、もう自分自身の存在は無くなるので影響はうけません。
当たり前ですよね。

ただ、自分の「死」によって、
かならず誰かに影響がでます。

まず悲しみ。
親族、友人、知人、全てにそれは出る可能性がある。
少なからず今言った関係性の人たちには何かしら少なからず感情に影響が出ます

それ以外にも、
例えば死んだ後の処理、手続きなど、
業者や役所、会社などですね、
全く関係のない人にも影響がでます。

この「影響」には「良くも悪くも」が含まれますが、
ほとんどが「悪い影響」だと思います。
悲しみも精神的なストレスになりますので間違いなく「悪い影響」ということになるでしょう

このように、
自身が死ぬ事で他者に悪い影響をおよぼすことがほとんどなので、
「死んではいけない」
ということになるようです。
私もそう思います。

ただ、
「死にたい」
というのを一つの願望として考えみたらどうでしょうか。

よく比較としてでてくるのが、
「生きたい」
という願望。

「生きたくても生きる事ができない人もいるから死んではいけない」
という人もいますが、
これは絶対間違いだと思います。

生きたい人は
その願望がほぼ叶う見込みがない
生きるか、死ぬか、を選ぶ事ができない人です

逆に死にたい人は
生きる事ができるし、死ぬ事ができる。
選択肢がある状態です

なので、
前者の「生きたい」という人の願望を
他者でかなえてあげようという曲がった思想が
この
「生きたくても生きる事ができない人がいるから」
という言葉にいきつくのだと思います。

しかし、願望は願望。

死にたい人も死ねない理由があるから、
その願望を叶える事ができない。
そう考えると「生きたい」と言ってる人と同じだと思います

また、
「死ぬな」
と言うのは完全にその願望を持った人を否定してるわけです
人間は独立した生物なので、
たとえ家族であろうとそんな事は言えないはずです。
人間は個人の所有物ではないんです。

だから言うとするならば、
「死んでほしくない」
と、「死にたい」と言ってる人に「死ぬ」という選択をしないでもらうようにお願いするしかないんです

みなさん、簡単に「死ぬな」とか言ってませんか?
「死にたい」と思ってる人を否定してませんか?

本当に死んでほしくないのであれば、
「自分が死んだら悲しませるから死ねない」
と思えるように、
その人にとっての大切な人になる努力をした方がいいと思います

生きるも死ぬも本来は自由なんですよ

あとですね、
いま「死にたい」と思ってる方。

いまあなたが死ねないのはなぜですか?
「死ぬなと言われてるから」
ではありませんよね?

「誰かに影響をあたえるから」
とわかってるからですよね?

あなたはもうすでに誰かに影響を与える事ができる価値のある人なんです

今一度、本当に死んだ方がいいのか考えてみてください

それでも「死にたい」というのであれば
死んでもいいんです


ちなみに、私ばれんは死にませんよ
みなさんが、
私ばれんの事を大好きだって知ってるからね

終わります


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