白銀髪の騎士と黒髪の聖女

桝克人

第九話 見習いご一行様

 松明だけ立てて、その場を離れるようにすぐに出発した。不幸中の幸いか、一時間程歩く距離に宿駅があった。馬小屋に地方騎士が立っている。事のあらましを伝えるとすぐに自警団と共に行くと言った。

「それで、君たちはどういった理由で旅を?」

 丁度馬車で話していたことが訊ねられる。友達同士かギルドで出会ったパーティか、パーティにするなら旅の目的も言わないといけないのではないか、クリスは頭でぐるぐると理由を探した。

「ちょっと待て、そこのおまえ、フードをとれ。」

 迷っている間に地方騎士がフードを目深にかぶったすみれに違和感を覚え命じる。すみれは戸惑いながらも言われた通りフードをとる。昨日店で邪見にされたことを思い出した。委縮してしまいそうになるのをぐっとこらえて冷静さ見せる。

「おまえ魔女か?魔女と聖職者が何故一緒にいる?」
「あ、いえ私は聖職者ってわけじゃ…」

 否定しようとしたところオリヴィエはすかさず明るい声で言葉を重ねた。

「そう!彼女は地方の聖職者で巡礼中なんです。俺は彼女に雇われた傭兵で、そしてこちらが薬売りの魔女。聖職者は穢れがある度に浄化するから、余計な力を使わなくていいように薬売りを雇っているんですよ。特に彼女の薬はよく効くと評判で。ほら王都の魔女を知っていますか?あそこの愛弟子なんですよ。ね!」

 振り返ったオリヴィエは話を合わせろと瞬きもせずにじっとクリスの目を見た。

「そ、そうです!薬売りなんです。師匠の元で修行してました。よく効くって評判なんですよ」
「その割に軽装だな」

 斜めがけのすみれの鞄に手をやった。すみれは最低限の自分の持ち物しか持っていない。旅の道具はクリスとオリヴィエが持っていた。薬も然りである。

「私が持っているんです。旅路の途中で必要とした人がいると彼女から渡すより私からの方が安心なさるでしょう?」

 クリスは薬を取り出し見せると騎士はなるほどと頷いた。

「念のために名前を聞いておこう」
「名前…彼女が魔女のクリス、私がヴィオラ、それから彼が…」
「エリックです」
「エリック、ね」

 騎士は乱暴にペンを走らせた。革製のカバーを取り付けたメモをぱんっと音を立てて閉じて懐にしまい言葉を続けた。

「まあいい。最近この先のエネロは瘴気が酷くなっていると聞く。刈り入れの時期だというのに病人が増えているんだと。まだ瘴気にやられていない者も恐れて外も歩けないほど困っているそうだ。早く行ってなんとかしてやれ」
「わかりました。今すぐに」

 騎士がそれ以上に疑問を持たないようにそそくさと退散した。
 宿駅から離れてエネロへ徒歩で行くことにした。クリスは馬車の手配をすると言ったが、すみれが頑なに断った。余分なお金を使う必要もないと理由づけたが、それよりも馬車での出来事が頭にこびりついてしまい、恐ろしく馬車に乗る気がしなかった。
 数時間、日が暮れるまで出来るだけ歩いた。足腰の強いクリスやオリヴィエと違って、すみれは野宿をする頃には口数が少し減っていた。オリヴィエは火をおこすための木材を集め、クリスは布で屋根をつくり寝床の準備をした。

「私も手伝ってもいい?」

 切り株に座っていたすみれは立ち上がろうとするとよろけてしまった。クリスは木にくくりつけようとしていた紐を離してすみれに駆け寄る。明らかに膝が笑って、生まれたての小鹿のようだ。

「ご無理をなさらず。すぐに済みますから」
「ごめんなさい…」
「謝る必要なんてひとつもありませんよ」

 すみれの体を支えて切り株の上に座らせた。
 騎士学校での実務訓練のおかげで、長距離の移動も野営も慣れているクリスにはわからない。

(旅に慣れていないすみれ様には無理もない)

 華奢で小柄な体は、風ふけば倒れそうで心配になる。だからこそ少しでも長く休んで欲しかった。寧ろこれから聖女としての役目があるのだから、こんなところで無理をさせるわけにはいかない。

「馬車で行こうって言ってくれたのに無下にしてしまってすみません。それに、今も役に立てないし…」
「そんなこと気になさることではありません。それにあんなことがあって馬車に乗るのを恐れるのは当然です。でも信じてください。必ず私たちはあなたを守ります。何があっても」

 膝に置かれた手をとって言った。すみれはクリスたちを信じていないわけではない。寧ろこの世界のことをよく知らないまま旅をしているすみれにとって二人は命綱でもある。頼るしかない。本当に心から信頼できる日がくるのかと思うと不安でたまらなかった。

 暫くすると両手いっぱいに枝を抱えてオリヴィエが戻ってきた。軽く口笛を奏でながら手早く枝を組んだ。鞄から赤い石を取り出してかけらを枝の上に撒く。何かを唱えるとぼうっと火が点った。すみれは思わず感嘆する。

「これは魔法?」
「魔法石を使っているんだ。魔導士が石の力を引き出して売られてるものだから、魔術が使えないものでも使えるんだよ」
「他にはどういうものがあるの?」

 オリヴィエは小さな袋からいくつかの石を掌に取り出してすみれに見せた。

「さっきの赤い石が火の魔法石、青い石は水の魔法石でどこでも水が沸き上がるんだ。生活に根付いた魔法石はこの二つだな。攻撃魔法としても使えるんだ」

 オリヴィエは小さな袋の中身を見せた。他にも黄色や緑色など様々な色の魔法石にすみれは興味深そうに覗く。。

「浄化の石はないの?」
「それはないな。浄化は稀なる力だ。だから聖職者は非常に貴重な存在なんだ。君のような聖女は貴重どころじゃない。瘴気に対抗できない俺たちにとって聖女は神にも近い存在なんだ」

 これまでで一番真剣な表情を向けられすみれは心臓が跳ねた。オリヴィエが続けた言葉の重さにプレッシャーを感じた。また固くなったすみれを見てオリヴィエははっとした。

「ごめん。追い詰めてるよな」
「い、いいえ…まだ聖女としての力がどんなものなのか全く実感がないから、聖女と呼ばれてもよくわからないの。で、でも、皆がそう呼ぶからにはきっとそうなんだと思って、頑張るよ」

 すみれは両腕に力を入れて握りこぶしを作りやる気満々だと示した。ぎこちない笑顔だったが前向きな姿勢は、二人の若い騎士はそれに応えるべく笑顔を返した。

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