六度目の転生は異世界で

克全

第4話:民族大移動

教会歴五六八年(九歳)

「移動が決まったぞ」

 氏族長会議から戻ってきた父上が厳しい表情で言い放った。
 昨年俺が忠告してから、父上は王の悪口を言わなくなった。
 ロザムンダを王妃に迎えることを認めた事と、アルプスインダ王女の後見を最初に宣言した事で、王との関係が劇的に改善していた。
 王との関係が改善された事で、他の氏族との放牧地争いが有利になっていた。
 この状態を維持するためには、王に逆らわずに移動を認めるしかない。

「戦士だけではなく、氏族全員で移動するのですか」

「そうだ、従属民も奴隷も含めた全員で移動する事になる」

「では、今住んでいる領地はどうなるのですか、父上」

「アヴァール騎馬王国に引き渡す事になった」

 やはりそういう事になってしまったか。
 オーク王国との絆が細くなってしまった我が国に対して、アヴァール騎馬王国は常に厳しい態度で接していた。
 ゲピドエルフ王国だけが相手でも苦戦を強いられていたのだ。
 ゲピドエルフ王国の全領土を併呑したアヴァール騎馬王国の戦力は、我が国が対抗できるような生易しいモノではない。

「万が一、イタリアを攻め取れなかった時はどうするのですか」

「我らが負けた時には、領地を返してもらう事になっている。
 だが、その約束が守られるとは俺も思ってはいない。
 だから何としてでもロアマ帝国のイタリア駐屯軍に勝たねばならない。
 そのために、王にはレオナルドの言った通りの献策をした。
 そしてその献策は認められた、安心するがいい」

 俺の献策は、イタリアのロアマ軍に勝つための方法だ。
 まずは領地放棄を条件にアヴァール騎馬王国から援軍を引き出す。
 略奪ができて我が国と戦うことなく領地が手に入るのだ、援軍は出すだろう。
 次にロアマ帝国の圧政と重税に苦しんでいる属州の民に、土地を与えることを条件に略奪に加わるように誘う。 
 最後の切り札は、サルマタイ騎馬民族だ。
 彼ら二万人を遠征軍に加えられれば、勝率は格段に高くなる。

 問題は我が国の氏族達が父上を通した俺の献策に素直に従ってくれるかだ。
 氏族間には放牧地争いだけでなく権力闘争もある。
 誰が王の力を背景に権力を握るかで、手に入る放牧地が違ってくる。
 貧しい放牧地しか手に入らなければ、氏族は飢えに苦しむ事になる。
 どれほど家畜がいようと、瘦せ細っていては意味がない。
 家畜の数は少なくても、丸々と肥え太っていれば食べられる肉が多くなる。

 ゲピドエルフ王国との激しい戦いは、放牧地を荒廃させてしまった。
 まき散らされた血の影響で、牧草の成長が著しく悪いのだ。
 だからこそ、アウドイン王時代に侵攻略奪したイタリアへの移動を提案した。
 あの侵攻と略奪で、全ての氏族がイタリアの豊かさを知っている。
 イタリアを占領できれば、氏族が繁栄すると思い込んでいるのだ。

 だが俺が調べた範囲では、イタリアはそれほど豊かな国ではなくなっている。
 俺が父に提案してもらった事ではあるが、豊かだと誤解するように誘導していた。
 確かに我が国が略奪に入った時代のイタリアエルフ王国は豊かだったが、イタリアエルフ王国とロアマ帝国が長く激しく戦った事で、都市は破壊され富は略奪された。
 ロアマ帝国が勝ち残ったが、属州の総督や軍司令官がそれでなくても高い税金に自分の利益を加えたので、イタリアの富は全てロアマ帝国に奪われた後だ。

 だが、そんなイタリアでも、今の我が国よりは土地が豊かだ。
 家畜を放牧するしかない今の領地よりは、麦やオリーブを育てられるイタリアの方がとても豊かで、近隣に恐ろしい騎馬民族もいない。
 広大なロアマ帝国を敵に回す事にはなるが、愚かな皇帝と足を引っ張り合う貴族や執政官が国のかじ取りをしているので、騎馬王国よりは怖くない。
 現に大切な軍司令官を解任して次の司令官を任命していない。

「分かりました、では我が氏族が攻め取る場所を決めましょう。
 できれば塩を作る事ができる海に接した土地を得たいです。
 それが不可能ならば、大きな湖がある土地がいいです。
 それが無理なら、交易が可能な他国と接している土地がいいです。
 それも無理なら、鉱山を見つけられる可能性がある山を含む土地がいいです。
 従属民の中には、鍛冶が得意なドワーフ族もいますから」

「そんなに弱気になるな、レオナルド。
 確かに海に接した土地は競争になるが、俺も氏族もそれなりの力を持っている。
 広く海に接する土地はもらえなくても、少しは海に接した土地はもらえるぞ」

 これは、ちょっと問題だ、釘を刺しておいた方がいいだろう。

「父上、海に接しているからと言って、狭い土地ではダメですよ。
 今所有している家畜を放牧するだけの広さと交易できる事も大切です。
 友好的な氏族が海に接している土地をもらえたのなら、海にはこだわりません。
 その事を忘れないでください」

「うるさい注文を付けてくれる。
 そんな事を言うのなら、レオナルドが氏族長会議に出るか。
 レオナルドは初陣をすましているし、武功も立てている。
 リッカルドが代理に指名された事があるのだ、問題ないだろう」

「まだ幼い私では、他の氏族長達に舐められてしまいます。
 万が一氏族長同士が争い、戦いになった時には簡単に殺されてしまいます
 私ではまだまだ父上の足元にも及びません」

「ふふふふふ、当然であろう、レオナルドが俺に勝てるはずもない」

「はい、その通りです、父上。
 父上に長生きしてもらえないと、私は殺されてしまいます。
 ですから侵攻する土地で言い争う事になっても、殺し合いにはしないでください。
 海に接した場所が得られなかったら、オーク王国と領地を接する場所で、大きな湖のある土地を選んでください。
 その時には、アルプスインダ王女の縁でオーク王国の援軍を頼むかもしれないので、国境を接する場所が欲しいと主張するのです。
 子供が可愛い国王陛下が必ず味方してくれるでしょう。
 きっと王家直轄領の背後を護る場所をもらえるはずです」

「分かった、子供の言いなりに行動するのは少々腹立たしいが、言っている意味は分かるから、その通りにしよう」

 父上は渋々俺の言葉を認めてくれたが、残念ながらその通りになってしまった。
 我が氏族は従属民と奴隷を合わせても四〇〇〇人しかいない。
 弱小氏族ではないが、有力な大氏族とは言えないのだ。
 海に面した土地は、有力な大氏族が攻め取る事になってしまった。
 だがこれは最初から分かっていた事だから、計算済みの事だ。

 我が国がヴェネト地方から侵攻して、王家がメディオラヌムを仮の王都に定めるのなら、ロンバルディア地方の北半分を手に入れることができればいい。
 山岳地帯という事で、遊牧民族には広さの割には評価が低いだろうから、すんなりと手に入れられる可能性が高い。
 他の氏族には価値が低く思われても、俺には宝の山に見えるのだ。

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