貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。
プロローグ
「チクショウ。急に嵐になりやがった」
その日。ジオは海上を飛んでいた。
海の上はあまり飛びたくないという竜騎手が多い。自分のドラゴンに何かあったとき、陸のほうがすぐに着陸できるからだ。
ヒヨってるヤツが多いおかげで、海の上は他の竜騎手がいない。おかげで快適に飛行訓練が出来るのだった。
その日も、ジオは訓練に励んでいた。
急に天候が崩れた。そんな崩れ方をするのを、今まで見たことがなかった。何か妙なことが起きる前兆な気がして不気味だった。
この嵐ではさすがに訓練の続行は危険だと判断した。大会も控えている。早いところ切り上げようと決めた。
国王陛下主催の大きな大会だ。その大会で勝った者には最速の称号を与えられることになる。ジオは前回の大会で優勝しているので、今回勝てば2連覇ということになる。賞金も出る。世界各地から猛者たちが集まってくるのだ。
(まぁ、誰が来ても相手じゃないがな)
大陸に引き返しているときだった。
「うん?」
嵐の中――。
ジオのほかにも飛んでいる者がいた。自分のほかにも、海上で訓練している竜騎手がいるなんて珍しいこともあるなと思った。
「面白い。仕上げの連中相手になってもらうか」
酷い雨だった。
殴るような雨が正面から打ちつけてくる。なんども稲妻が空でひらめいていた。そのせいで相手の竜騎手の姿は見えなかった。ドラゴンの色も判然としない。
(亡霊みたいだな)
と、思った。
しかしそれは相手も同じことだ。ジオの存在が亡霊か何かのように見えているはずだ。
ジオはその亡霊の横につけた。しばらく並走していた。機を見ていっきに突き放した。これでレースを仕掛けていることがわかるはずだ。並走していた相手に抜かれた。その事実に竜騎手なら血が騒ぐはずだ。
振り返る。
来た。
亡霊も速度をあげていた。
(やはり竜騎手か。ブロックしてやるぜ)
抜かされないために、亡霊の進路を邪魔するように飛行した。右から抜けようとすれば、ジオも右に寄る。左から抜けようとすれば、ジオも左に寄る。上に行っても下にもぐろうとしても同じことだ。
(悪く思うなよ。これも技のひとつだ)
背後にピッタリとついていたはずの亡霊が、不意に姿を消した。上だ。どうやら飛び越えようとしているらしい。
(させるかッ)
と、ジオもドラゴンの高度を上げた。
刹那。
ジオが高度を上げた瞬間に、亡霊は下に潜り込んでいた。
「バカな!」
高度の切り替えがあまりに速い。亡霊はジオを抜かして前に出た。
ブロックが抜かれたからと言って負けたわけじゃない。
結局、レースで物を言うのはスピードだ。
(抜かし返してやる)
ジオはアブミにチカラを入れて、半立ちになった。シルバの背を股で抱え込んで、そのチカラだけでカラダを支える。
ブロックを抜かれたことで、自分が熱くなっているのがわかった。どこの誰かもわからない相手に熱くさせられていることを思うと腹が立った。
シルバも苛立っているのがわかった。こいつは気位の高いドラゴンなのだ。自分がドラゴンの中でも特別な存在だってことをチャント熟知している。
シルバは白銀だ。偉大な血統の証拠だ。
特別なのはシルバだけじゃない。ジオだってそうだ。ジオも貴族の家柄だ。父が公爵。遠縁ではあるが国王陛下の親戚だった。
小さいころから一流の師に教育されてきた。ジオの持つ高貴なプライドと、シルバの気位の高さは噛みあうものがあった。
(オレたちが負けるはずねェだろ)
さあ。今度はこのオレをブロックしてみろよ、この亡霊め――とジオは速度をあげた。
しかし。
ブロックされるとか、されないとかの次元の話ではない。
追いつけない。
(ありえねェだろ)
全力で飛んでいる。今日は軽く飛行訓練をしただけだから余力も充分にある。姿勢に間違いもない。シルバの具合が悪いわけでもないし、装備だって念入りに調整して仕上げているのだ。
なにより最速の称号を手にしているジオが、追いつけないというのは現実的に考えてありえないのだった。
なのに――。
抜けない。
抜けないどころの話ではない。すこしずつ距離を離されている。
(なんで……)
はじめてシルバに乗ったのは8歳のときだ。竜騎手免許を取得したのは11歳のときだ。人はジオのことを天才と呼んだ。
レースだって人生だって速いことにこそ価値がある。遅けりゃ天才とは呼ばれない。
「オレより速いヤツがいてたまるかよ!」
亡霊はさらなる加速を見せた。ジオが全力で飛んでいるにも関わらず、アッという間に嵐の向こうに姿を消してしまったのだ。
ジオはしばらく追いかけようと速度を出しつづけていたが、ついにその尻尾すら見つけることは出来なかった。
この後は大事な大会が控えている。これ以上はムリは出来ない。理性がはたらいて速度を落とした。
あんな怪物が、今回の大会に出場するのだろうか。だとしたらジオに勝ち目はなかった。
(いや。ありえないんだ)
と、ジオはかぶりを振った。
天候のせいだ。きっと嵐のなかを飛ぶのがとんでもなく得意なヤツなんだ。そう考える他なかった。こんな嵐の中で飛行することが得意なヤツだなんて、そっちのほうが非現実的だった。
そう思わないことには、ジオは己のプライドを保つことができなかった。
ジオはもうひとつ厭な思考をしてしまった。
(だったら晴れていれば勝てたのか?)
そこはウソでも勝てたと考えておくべきなのだろうが、あんなに速いドラゴンを見た後では、自分を偽ることすらできなかった。
幻だ。
ホントウに亡霊だったに違いない。嵐が見せた亡霊だったんだ。
ジオはそう思い込むことにした。
「これから大事な大会前だってのに、厭なものを見ちまった」
ジオも大会の会場へと向かうことにした。もう二度とあんな亡霊と出会いたくはない。《了》
その日。ジオは海上を飛んでいた。
海の上はあまり飛びたくないという竜騎手が多い。自分のドラゴンに何かあったとき、陸のほうがすぐに着陸できるからだ。
ヒヨってるヤツが多いおかげで、海の上は他の竜騎手がいない。おかげで快適に飛行訓練が出来るのだった。
その日も、ジオは訓練に励んでいた。
急に天候が崩れた。そんな崩れ方をするのを、今まで見たことがなかった。何か妙なことが起きる前兆な気がして不気味だった。
この嵐ではさすがに訓練の続行は危険だと判断した。大会も控えている。早いところ切り上げようと決めた。
国王陛下主催の大きな大会だ。その大会で勝った者には最速の称号を与えられることになる。ジオは前回の大会で優勝しているので、今回勝てば2連覇ということになる。賞金も出る。世界各地から猛者たちが集まってくるのだ。
(まぁ、誰が来ても相手じゃないがな)
大陸に引き返しているときだった。
「うん?」
嵐の中――。
ジオのほかにも飛んでいる者がいた。自分のほかにも、海上で訓練している竜騎手がいるなんて珍しいこともあるなと思った。
「面白い。仕上げの連中相手になってもらうか」
酷い雨だった。
殴るような雨が正面から打ちつけてくる。なんども稲妻が空でひらめいていた。そのせいで相手の竜騎手の姿は見えなかった。ドラゴンの色も判然としない。
(亡霊みたいだな)
と、思った。
しかしそれは相手も同じことだ。ジオの存在が亡霊か何かのように見えているはずだ。
ジオはその亡霊の横につけた。しばらく並走していた。機を見ていっきに突き放した。これでレースを仕掛けていることがわかるはずだ。並走していた相手に抜かれた。その事実に竜騎手なら血が騒ぐはずだ。
振り返る。
来た。
亡霊も速度をあげていた。
(やはり竜騎手か。ブロックしてやるぜ)
抜かされないために、亡霊の進路を邪魔するように飛行した。右から抜けようとすれば、ジオも右に寄る。左から抜けようとすれば、ジオも左に寄る。上に行っても下にもぐろうとしても同じことだ。
(悪く思うなよ。これも技のひとつだ)
背後にピッタリとついていたはずの亡霊が、不意に姿を消した。上だ。どうやら飛び越えようとしているらしい。
(させるかッ)
と、ジオもドラゴンの高度を上げた。
刹那。
ジオが高度を上げた瞬間に、亡霊は下に潜り込んでいた。
「バカな!」
高度の切り替えがあまりに速い。亡霊はジオを抜かして前に出た。
ブロックが抜かれたからと言って負けたわけじゃない。
結局、レースで物を言うのはスピードだ。
(抜かし返してやる)
ジオはアブミにチカラを入れて、半立ちになった。シルバの背を股で抱え込んで、そのチカラだけでカラダを支える。
ブロックを抜かれたことで、自分が熱くなっているのがわかった。どこの誰かもわからない相手に熱くさせられていることを思うと腹が立った。
シルバも苛立っているのがわかった。こいつは気位の高いドラゴンなのだ。自分がドラゴンの中でも特別な存在だってことをチャント熟知している。
シルバは白銀だ。偉大な血統の証拠だ。
特別なのはシルバだけじゃない。ジオだってそうだ。ジオも貴族の家柄だ。父が公爵。遠縁ではあるが国王陛下の親戚だった。
小さいころから一流の師に教育されてきた。ジオの持つ高貴なプライドと、シルバの気位の高さは噛みあうものがあった。
(オレたちが負けるはずねェだろ)
さあ。今度はこのオレをブロックしてみろよ、この亡霊め――とジオは速度をあげた。
しかし。
ブロックされるとか、されないとかの次元の話ではない。
追いつけない。
(ありえねェだろ)
全力で飛んでいる。今日は軽く飛行訓練をしただけだから余力も充分にある。姿勢に間違いもない。シルバの具合が悪いわけでもないし、装備だって念入りに調整して仕上げているのだ。
なにより最速の称号を手にしているジオが、追いつけないというのは現実的に考えてありえないのだった。
なのに――。
抜けない。
抜けないどころの話ではない。すこしずつ距離を離されている。
(なんで……)
はじめてシルバに乗ったのは8歳のときだ。竜騎手免許を取得したのは11歳のときだ。人はジオのことを天才と呼んだ。
レースだって人生だって速いことにこそ価値がある。遅けりゃ天才とは呼ばれない。
「オレより速いヤツがいてたまるかよ!」
亡霊はさらなる加速を見せた。ジオが全力で飛んでいるにも関わらず、アッという間に嵐の向こうに姿を消してしまったのだ。
ジオはしばらく追いかけようと速度を出しつづけていたが、ついにその尻尾すら見つけることは出来なかった。
この後は大事な大会が控えている。これ以上はムリは出来ない。理性がはたらいて速度を落とした。
あんな怪物が、今回の大会に出場するのだろうか。だとしたらジオに勝ち目はなかった。
(いや。ありえないんだ)
と、ジオはかぶりを振った。
天候のせいだ。きっと嵐のなかを飛ぶのがとんでもなく得意なヤツなんだ。そう考える他なかった。こんな嵐の中で飛行することが得意なヤツだなんて、そっちのほうが非現実的だった。
そう思わないことには、ジオは己のプライドを保つことができなかった。
ジオはもうひとつ厭な思考をしてしまった。
(だったら晴れていれば勝てたのか?)
そこはウソでも勝てたと考えておくべきなのだろうが、あんなに速いドラゴンを見た後では、自分を偽ることすらできなかった。
幻だ。
ホントウに亡霊だったに違いない。嵐が見せた亡霊だったんだ。
ジオはそう思い込むことにした。
「これから大事な大会前だってのに、厭なものを見ちまった」
ジオも大会の会場へと向かうことにした。もう二度とあんな亡霊と出会いたくはない。《了》
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