貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。
第5章》ようやくチャンスがめぐってきた
マーゲライトの免許が無事に取れてから、オレは運び屋としての日常に戻ることになった。
竜騎手に戻りたいという思いは抱きつつも、オレはこの場所に居心地の良さをおぼえていた。クロもまた同じ気持ちのようだった。
ゴドルフィン組合が新たに場所をうつした教会。その裏手。巨木が1本生えていた。たいへんな樹齢と思われる幹の太さをしていた。荷物を運び終えた休憩時間に、その木の根元でくつろぐのが日課になっていた。根っこが地面を隆起させており、ちょうど座りやすい形状になっているのだ。
クロは落ちつきなく巨木のまわりを歩き回っている。
「落ちつけよ。クロ。女の前でオタオタしてるとカッコウがつかないぜ」
「ぐるる」
しばらくするとホンスァを連れてレッカさんがやって来る。べつに示し合わせたわけでもないのに、この場所だとオレとレッカさんは二人きりになれた。ホンスァがやって来ると、クロは急に落ち着きをとりもどした。
「忙しくなったわね。ゴドルフィン組合も」
と、レッカさんはオレのとなりに腰をおろした。
「マーゲライトのおかげですよ」
「竜騎手免許を取ったのが良い宣伝になってるみたいね」
「ええ」
「ロクサーナ組合は、すこし低迷ぎみみたい。いいい気味だわ」
オレはレッカさんの横顔を盗み見た。レッカさんは地面を見つめていた。何かあるんだろうかとオレも、レッカさんの視線を追ってみた。タンポポが咲いていた。風に揺られている。どうやらそれを見ているらしかった。
キスの件が脳裏をよぎった。後から思い出すと、現実なのか夢なのかわからないぐらいに曖昧な記憶だった。
酷く酔ってたから――という理由もあるが、なによりそう感じてしまう原因は、レッカさんの態度にあった。
キスなんてしてなかったかのように依然となんら変わるところがなかった。付き合ってくれと告白して了承をもらったはずなんだけど、恋人になったような手ごたえもなかった。まぁ、急にヨソヨソしくなったりされたら、オレのほうも緊張して接しにくくなるんだけど。
クロはホンスァと額をすり合わせるようにしていた。ドラゴン同士の愛情表現だった。強靭なドラゴンの鱗を研ぎ合わせているのだ。脱皮の時期になると、そカラダをすり合わせることで皮を脱ぐことが出来る。
こうも堂々とイチャイチャされると、見ているほうが気まずい。
「気を付けなくちゃいけませんね。発情期に入ったら交尾してしまうかもしれません」
と、オレは切り出した。
「するとホンスァとクロの子が生まれるのね」
「ええ」
「愛し合ってるのに、引き離すのはカワイソウだわ」
「有精卵が生まれたら、ドラゴンの赤ちゃんが出来ちゃいますから」
「もらい手が見つかるまでは、交尾はさせないほうが良いのかな」
「オレはそう思います」
生まれてくる命に責任を持てない以上は、生ませるべきではないだろう。扱いに困って卵を捨てるような輩もいるのだ。
捨てられていた卵を拾ったというマーゲライトの話を思い出した。さすがのドラゴンでも親がいなけりゃ育たない。
生まれてくる子は、そのまま息絶えてしまうことだろう。卵のときに潰してしまうという手もある。無精卵ならまだしも、有精卵を潰してしまうのは気が引ける。
そりゃオレだって、朝食に卵を食べることもある。
クロとホンスァの子を食べる勇気はなかった。
「野生のドラゴンは、どうしてるのかしら」
「野生だと心配は要らないですよ。親のドラゴンが育ててくれますからね。ですが、人が飼うなら、誰か人間が持ち主にならなくちゃいけません。ドラゴンは危険ですし。人の乗ってないドラゴンだけの飛行は許されてませんから」
「私が育てようかしら」
「ホンスァがいるのにですか?」
「2匹も育てるのは大変かな」
「大変だと思いますよ。べつに1人1匹という決まりはないですけどね」
「こういうときに私に子どもがいれば、その子にドラゴンを託すんだけどね」
ふと――。
母のことを思い出した。
どうして母がオレにクロを授けたのか。オレを竜騎手にしようとしたのか。そのすべてが理解できた気がした。
「子どもですか……」
レッカさんの発言は、もうひとつ深い意味が込められている気がした。
もしかして遠回しに子どもが欲しいと言ってるのではないか、と勘繰ったのだ。
オレはまだそんな覚悟もないし、迂闊には立ち入れない話題だった。
「深読みしすぎよ」
と、レッカさんがオレの手の甲を軽くつまんできた。レッカさんの指は深爪ぎみで、鋭い痛みはなかった。
「べつにそんなこと考えてませんよ」
と、オレはしらを切った。
もうそんなカマカケに引っかかるようなオレではないのだと思っていたら、思わぬ追撃が来た。
「そんなことって、どんなことを想像していたの?」
「い、いや、それは……子どもがどうこうと言うから――ですね」
「私だってそんなつもりで言ったんじゃないわ」 と、レッカさんは、オレの手の甲をつねるのをやめた。
「ズルいですよ。そんな話題されたら、男のオレだと強く出れないのは当たり前じゃないですか」
「ごめん、ごめん」
と、レッカさんは巨木の幹に深くもたれかかって笑っていた。
おーい、大変だ――とバサックさんの声が飛んできた。
オレはあわてて立ち上がった。人手が足りないのかもしれないと思ったのだ。クロを連れて教会のなかに戻った。
見慣れぬ女性が、バサックさんと何か話をしていた。一瞬、バサックさんの奥さんが戻ってきたんだろうか――と思った。
それにしては庶民離れしたイデタチだった。ブロンドの髪には艶があるし、着ているのは真っ黒なコタルディだった。首には何か巻きつけていた。べつに寒くもないのにマフラーを巻いているように見えた。よく見てみると、それは生きた白貂だった。
「おや。黒い髪に黒い目。それに連れてるドラゴンは黒。これがアグバね」
と、女性は品定めするような目をやってきた。
「どちらさまですか?」
ゴドルフィン公爵さまだ――とバサックさんが紹介してくれた。
「こ、公爵さまですか……」
都市ブレイブンにある組合は支部に過ぎない。バサックさんには失礼だが、末端も末端だ。すべての都市に展開しているゴドルフィン運送者組合の、そのトップということだ。
公爵ともあろう人が、こんな場所にいったい何をしに来たんだろうか。
「これは失礼しました」
と、オレはあわてて頭を下げた。
「畏まる必要はない。頭を上げよ」
「はい」
頭を上げろと言われても、公爵さまの顔を真正面から見て良いものかもわからない。オレはその首にいる白貂を見つめることにした。
「ウワサには聞いておる。かなり凄腕の竜騎手だそうではないか。マーゲライトという小娘を、免許試験に合格させたとか」
「いえ。それは違います。マーゲライトにはもともとその素質がありました。オレの教えなど関係なく合格していたことでしょう」
「しかしマーゲライトは、お師匠のおかげだと吹聴しているようだが」
「謙遜しているのでしょう」
「オヌシこそ謙遜することはない。オヌシが優秀だというウワサは方々から聞いておるでな。ここまで、この支部が立ち直ったのもオヌシの功労のおかげだと聞いておる」
と、ゴドルフィン公爵は倉庫の隅に目をやった。
公爵の視線の先には配達物が、古びた教会の天井に届きそうなほど山積みにされていた。
「しかしオレはもう竜騎手ではありませんので」
「それも知っている。先の大会は私も見ていた」
「ご、ごらんになられていたんですか。それはミットモナイところをお見せしました」
オレが落っこちた場面は、国王陛下も見ていたし、ロクサーナも見ていた。さらにはゴドルフィン公爵まで見ていた。
この国のお偉いさんたちの前で、大恥をさらしてしまったものだ。
「ミットモナイものか。ゾッとするような飛び方であった。凄まじいものを感じたよ」
ホめられているのかわからなかったが、
「ありがとうございます」
と、返しておいた。
ゴドルフィン公爵は、首に巻いてある白貂の頭を人差し指でナでていた。その爪には赤いマニキュアが塗られていた。公爵というからには、勝手に老爺を想像していた。
想像とはずいぶんと違う若い女性だった。もしかするとオレとそんなに歳は変わらないかもしれない。
「ねぇ。アグバ。あんたは竜騎手に戻るつもりはないのかい?」
「戻りたいとは考えていますが、免許を剥奪されてしまっているので」
「私の方から口をきいてやっても良いよ」
「ホントウですか!」
つい声が大きくなってしまった。教会のなかに、オレの声が響いた。バサックさんをはじめとする、他の運び屋たちもオレたちの話に聞き入っているようだった。
「ただし、ひとつ条件がある」
と、ゴドルフィン公爵は、白貂をナでていた指をピンと立てた。
「なんでしょう」
「ジオに勝てるかい?」
「勝てます」
「即答だね。気に入った」
「ジオに勝つことが、オレの竜騎手免許を取り戻す条件になるんですか?」
「この時代の最速の称号を持ち、国王陛下の寵愛を受けるあの男よりも速く飛ぶことが出来るのならばたいしたものだと思ってね。ジオに勝てるほどの竜騎手を、私が飼っているとなれば、ゴドルフィン公爵の名も挙がるってもんだ」
なにより――とゴドルフィン公爵は咳払いをしてつづけた。
「私は、あのときの続きが見たいのよ。モヤモヤするのよ。もしあなたが落下しなかったら、先の大会はいったいどうなってたのか」
「オレのほうに異存はありません。が、ジオがオレの挑戦に受けて立ってくれるかはわかりません」
オレの免許剥奪を、国王陛下に進言したのはジオだ。ジオはオレと飛ぶことを怖れているはずだ。
「ジオにはもう話を通してあるんだよ」
「ジオが了承してくれたんですか」
「私の前で断れるわけないわ。もしあなたにその気があるのなら、付いてらっしゃいな。ジオも招いているのよ」
と、ゴドルフィン公爵は、教会の出口に向かって歩きはじめた。
私の前で断れない――というのはジオのことを言ったのだろうと思うが、オレにも当てはまる気がした。
貴族の品位を身にまとって悠然と歩くゴドルフィン公爵に誘われるがまま、オレはその背中に付いて歩いた。
竜騎手に戻りたいという思いは抱きつつも、オレはこの場所に居心地の良さをおぼえていた。クロもまた同じ気持ちのようだった。
ゴドルフィン組合が新たに場所をうつした教会。その裏手。巨木が1本生えていた。たいへんな樹齢と思われる幹の太さをしていた。荷物を運び終えた休憩時間に、その木の根元でくつろぐのが日課になっていた。根っこが地面を隆起させており、ちょうど座りやすい形状になっているのだ。
クロは落ちつきなく巨木のまわりを歩き回っている。
「落ちつけよ。クロ。女の前でオタオタしてるとカッコウがつかないぜ」
「ぐるる」
しばらくするとホンスァを連れてレッカさんがやって来る。べつに示し合わせたわけでもないのに、この場所だとオレとレッカさんは二人きりになれた。ホンスァがやって来ると、クロは急に落ち着きをとりもどした。
「忙しくなったわね。ゴドルフィン組合も」
と、レッカさんはオレのとなりに腰をおろした。
「マーゲライトのおかげですよ」
「竜騎手免許を取ったのが良い宣伝になってるみたいね」
「ええ」
「ロクサーナ組合は、すこし低迷ぎみみたい。いいい気味だわ」
オレはレッカさんの横顔を盗み見た。レッカさんは地面を見つめていた。何かあるんだろうかとオレも、レッカさんの視線を追ってみた。タンポポが咲いていた。風に揺られている。どうやらそれを見ているらしかった。
キスの件が脳裏をよぎった。後から思い出すと、現実なのか夢なのかわからないぐらいに曖昧な記憶だった。
酷く酔ってたから――という理由もあるが、なによりそう感じてしまう原因は、レッカさんの態度にあった。
キスなんてしてなかったかのように依然となんら変わるところがなかった。付き合ってくれと告白して了承をもらったはずなんだけど、恋人になったような手ごたえもなかった。まぁ、急にヨソヨソしくなったりされたら、オレのほうも緊張して接しにくくなるんだけど。
クロはホンスァと額をすり合わせるようにしていた。ドラゴン同士の愛情表現だった。強靭なドラゴンの鱗を研ぎ合わせているのだ。脱皮の時期になると、そカラダをすり合わせることで皮を脱ぐことが出来る。
こうも堂々とイチャイチャされると、見ているほうが気まずい。
「気を付けなくちゃいけませんね。発情期に入ったら交尾してしまうかもしれません」
と、オレは切り出した。
「するとホンスァとクロの子が生まれるのね」
「ええ」
「愛し合ってるのに、引き離すのはカワイソウだわ」
「有精卵が生まれたら、ドラゴンの赤ちゃんが出来ちゃいますから」
「もらい手が見つかるまでは、交尾はさせないほうが良いのかな」
「オレはそう思います」
生まれてくる命に責任を持てない以上は、生ませるべきではないだろう。扱いに困って卵を捨てるような輩もいるのだ。
捨てられていた卵を拾ったというマーゲライトの話を思い出した。さすがのドラゴンでも親がいなけりゃ育たない。
生まれてくる子は、そのまま息絶えてしまうことだろう。卵のときに潰してしまうという手もある。無精卵ならまだしも、有精卵を潰してしまうのは気が引ける。
そりゃオレだって、朝食に卵を食べることもある。
クロとホンスァの子を食べる勇気はなかった。
「野生のドラゴンは、どうしてるのかしら」
「野生だと心配は要らないですよ。親のドラゴンが育ててくれますからね。ですが、人が飼うなら、誰か人間が持ち主にならなくちゃいけません。ドラゴンは危険ですし。人の乗ってないドラゴンだけの飛行は許されてませんから」
「私が育てようかしら」
「ホンスァがいるのにですか?」
「2匹も育てるのは大変かな」
「大変だと思いますよ。べつに1人1匹という決まりはないですけどね」
「こういうときに私に子どもがいれば、その子にドラゴンを託すんだけどね」
ふと――。
母のことを思い出した。
どうして母がオレにクロを授けたのか。オレを竜騎手にしようとしたのか。そのすべてが理解できた気がした。
「子どもですか……」
レッカさんの発言は、もうひとつ深い意味が込められている気がした。
もしかして遠回しに子どもが欲しいと言ってるのではないか、と勘繰ったのだ。
オレはまだそんな覚悟もないし、迂闊には立ち入れない話題だった。
「深読みしすぎよ」
と、レッカさんがオレの手の甲を軽くつまんできた。レッカさんの指は深爪ぎみで、鋭い痛みはなかった。
「べつにそんなこと考えてませんよ」
と、オレはしらを切った。
もうそんなカマカケに引っかかるようなオレではないのだと思っていたら、思わぬ追撃が来た。
「そんなことって、どんなことを想像していたの?」
「い、いや、それは……子どもがどうこうと言うから――ですね」
「私だってそんなつもりで言ったんじゃないわ」 と、レッカさんは、オレの手の甲をつねるのをやめた。
「ズルいですよ。そんな話題されたら、男のオレだと強く出れないのは当たり前じゃないですか」
「ごめん、ごめん」
と、レッカさんは巨木の幹に深くもたれかかって笑っていた。
おーい、大変だ――とバサックさんの声が飛んできた。
オレはあわてて立ち上がった。人手が足りないのかもしれないと思ったのだ。クロを連れて教会のなかに戻った。
見慣れぬ女性が、バサックさんと何か話をしていた。一瞬、バサックさんの奥さんが戻ってきたんだろうか――と思った。
それにしては庶民離れしたイデタチだった。ブロンドの髪には艶があるし、着ているのは真っ黒なコタルディだった。首には何か巻きつけていた。べつに寒くもないのにマフラーを巻いているように見えた。よく見てみると、それは生きた白貂だった。
「おや。黒い髪に黒い目。それに連れてるドラゴンは黒。これがアグバね」
と、女性は品定めするような目をやってきた。
「どちらさまですか?」
ゴドルフィン公爵さまだ――とバサックさんが紹介してくれた。
「こ、公爵さまですか……」
都市ブレイブンにある組合は支部に過ぎない。バサックさんには失礼だが、末端も末端だ。すべての都市に展開しているゴドルフィン運送者組合の、そのトップということだ。
公爵ともあろう人が、こんな場所にいったい何をしに来たんだろうか。
「これは失礼しました」
と、オレはあわてて頭を下げた。
「畏まる必要はない。頭を上げよ」
「はい」
頭を上げろと言われても、公爵さまの顔を真正面から見て良いものかもわからない。オレはその首にいる白貂を見つめることにした。
「ウワサには聞いておる。かなり凄腕の竜騎手だそうではないか。マーゲライトという小娘を、免許試験に合格させたとか」
「いえ。それは違います。マーゲライトにはもともとその素質がありました。オレの教えなど関係なく合格していたことでしょう」
「しかしマーゲライトは、お師匠のおかげだと吹聴しているようだが」
「謙遜しているのでしょう」
「オヌシこそ謙遜することはない。オヌシが優秀だというウワサは方々から聞いておるでな。ここまで、この支部が立ち直ったのもオヌシの功労のおかげだと聞いておる」
と、ゴドルフィン公爵は倉庫の隅に目をやった。
公爵の視線の先には配達物が、古びた教会の天井に届きそうなほど山積みにされていた。
「しかしオレはもう竜騎手ではありませんので」
「それも知っている。先の大会は私も見ていた」
「ご、ごらんになられていたんですか。それはミットモナイところをお見せしました」
オレが落っこちた場面は、国王陛下も見ていたし、ロクサーナも見ていた。さらにはゴドルフィン公爵まで見ていた。
この国のお偉いさんたちの前で、大恥をさらしてしまったものだ。
「ミットモナイものか。ゾッとするような飛び方であった。凄まじいものを感じたよ」
ホめられているのかわからなかったが、
「ありがとうございます」
と、返しておいた。
ゴドルフィン公爵は、首に巻いてある白貂の頭を人差し指でナでていた。その爪には赤いマニキュアが塗られていた。公爵というからには、勝手に老爺を想像していた。
想像とはずいぶんと違う若い女性だった。もしかするとオレとそんなに歳は変わらないかもしれない。
「ねぇ。アグバ。あんたは竜騎手に戻るつもりはないのかい?」
「戻りたいとは考えていますが、免許を剥奪されてしまっているので」
「私の方から口をきいてやっても良いよ」
「ホントウですか!」
つい声が大きくなってしまった。教会のなかに、オレの声が響いた。バサックさんをはじめとする、他の運び屋たちもオレたちの話に聞き入っているようだった。
「ただし、ひとつ条件がある」
と、ゴドルフィン公爵は、白貂をナでていた指をピンと立てた。
「なんでしょう」
「ジオに勝てるかい?」
「勝てます」
「即答だね。気に入った」
「ジオに勝つことが、オレの竜騎手免許を取り戻す条件になるんですか?」
「この時代の最速の称号を持ち、国王陛下の寵愛を受けるあの男よりも速く飛ぶことが出来るのならばたいしたものだと思ってね。ジオに勝てるほどの竜騎手を、私が飼っているとなれば、ゴドルフィン公爵の名も挙がるってもんだ」
なにより――とゴドルフィン公爵は咳払いをしてつづけた。
「私は、あのときの続きが見たいのよ。モヤモヤするのよ。もしあなたが落下しなかったら、先の大会はいったいどうなってたのか」
「オレのほうに異存はありません。が、ジオがオレの挑戦に受けて立ってくれるかはわかりません」
オレの免許剥奪を、国王陛下に進言したのはジオだ。ジオはオレと飛ぶことを怖れているはずだ。
「ジオにはもう話を通してあるんだよ」
「ジオが了承してくれたんですか」
「私の前で断れるわけないわ。もしあなたにその気があるのなら、付いてらっしゃいな。ジオも招いているのよ」
と、ゴドルフィン公爵は、教会の出口に向かって歩きはじめた。
私の前で断れない――というのはジオのことを言ったのだろうと思うが、オレにも当てはまる気がした。
貴族の品位を身にまとって悠然と歩くゴドルフィン公爵に誘われるがまま、オレはその背中に付いて歩いた。
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