貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

執筆用bot E-021番 

誕生の思い出

 ゴドルフィン組合の露店に行くと、トランクケースやら木箱やら布袋といった配達物が積み上げられていた。


「おう。来たな」
 と、バサックさんが上機嫌に呼びかけてきた。


「これが今日の荷物ですか」


「全部で500Kあるが、さすがに1度には運べねェかい?」


「そうですね。何度か往復しようと思います。配達先は?」


「こっちのトランクケースが都市キリリカだ。このあいだ布を運んで欲しいと言ってきた爺さんだ」


「ああ。あの値切ってきた人ですか。また値切られたんですか?」


「いいや。今度はまっとうな金額で了承してくれた。速いし確実に運んでくれるから――とのことだ」


「また500カッパーまで値切られちゃったのかと思いましたよ」


「クロとアグバの優秀さが伝わったんだろう。これからも定期的に運んでくれと頼んできたよ」


 オレは笑って応じた。


 最初に値切ってきた初老の男の顔のセリフを思い出した。ロクサーナ組合じゃなくて、わざわざゴドルフィン組合で頼んでるんだから、安くしろと要求してきたのだ。ズルい要求だと思う。そんな要求を口にした男が、まっとうな金額を払うと言ってくれているのだ。たった1人の改心ではあるが、それはトテモ大きな変化だと感じた。


 ほかの荷物の届け先についてバサックさんの説明を受けた。都市だけじゃなく、村に向けての配達物もあった。


「地図が必要か?」


「そうですね――」
 私が案内するから大丈夫よ――とレッカさんが言った。


「おう。じゃあよろしく頼むぜ」
 と、バサックさんはオレの肩に手を回して、オレのことを抱き寄せてきた。


 オレにだけ聞こえるように小声で「レッカのこと、頼んだぜ」と言ってきた。娘の悩みについて、うすうす気づいているんだろう。


 100K分のトランクケースを、クロにくくりつけた。今のクロなら500Kだって簡単に運べることだろう。
 速達物ではないらしいし、焦って運ぶ必要はないだろうと判断した。


 飛び立つために都市の外に向かって歩いていると、ウワサ話が聞こえてきた。「へぇ。あれがウワサの」「たしかに黒いドラゴンね」「レースでは墜落しちゃったのよね」「だけど、配達は速いし確実なんだってよ」というヤリトリが聞こえてきた。


 悪いウワサばっかりじゃない。


 配達をこなして注目を集めているいま、シッカリと配達をこなして行けば、クロのウワサは良い意味で広がってゆくはずだ。そうやって広がって行けば、何か良い事態を招くだろう――とオレは漠然とした期待をいだいていた。


「そう言えば、アグバ」


「なんです。レッカさん」


「実家のほうには、まだ帰らなくても大丈夫なの?」


「一旗あげるまでは、迂闊に帰れませんよ。それに今はゴドルフィン組合を離れるわけにはいきません。ここが勝負どころですから」


「遠いの?」


「遠いんですよ。特に海を越えなくちゃいけないのが大変なんです。海を抜けるのに丸1日はかかります。往復するとなったら2、3日はかかりますよ」


「そっか。だから、嵐に打たれて困憊していたのね」


「嵐に打たれたせいで1日で来れると思ってたのが、3日かかることになったんですけどね」


「え! じゃあ3日間ぶっ通しで飛んできたの?」


「ええ」


 道行く人たちのほとんどが、クロのことを振り返って見ていた。数日前とは向けられる視線がマッタク違ったものになっている。


 もう今のクロを侮る目で見てくる者はすくない。この大きなカラダに、脂の乗った黒い鱗は人々に畏怖すらあたえる。
 クロもそれがわかっているかのように、毅然としてオレに引かれていた。


「故郷の人たちは心配してるんでしょう。手紙ぐらいは出したら?」


「そうですね。手紙は誰がとどけてくれるんでしょうか? ロクサーナ組合に頼むとかですか?」


「頼むのが厭なら、自分で届ける?」


「それは手紙の意味がないじゃないですか」


 そうね、とレッカさんは口元をおさえて笑った。笑うときに口もとをおさえるその仕草は、とても酒場で働いている娘の癖とは思えなかった。


「ロクサーナ組合に頼むのは、たしかに癪なものがあるわよね。冒険者組合なら頼めば、手紙ぐらいは届けてくれるかもしれないけど」


「やっぱり、やめておきます。わざわざあんな田舎まで手紙を届けてもらうのも悪いですし。それにオレの母なら、オレのことはわかってくれてると思いますから」


「信頼してるのね」


「龍騎手としての師でもありますから」


「漆黒の疾走者?」


「あれ? オレの母が漆黒の疾走者だって話しましたっけ?」


 べつに隠していたわけじゃないが、話した覚えもなかった。


「聞いてないけど、なんとなくそうなのかな――って。黒いドラゴンは珍しいから」


「正解です」


「漆黒の疾走者は、自分のドラゴンを売らなかったの? レースで活躍したんだから、貴族の買い手がついてたんじゃない?」


「たぶん買い手はたくさんついてたと思います。けど、売らなかったみたいです。オレの親父が乗っていたドラゴンとのあいだに卵をもうけて、クロが生まれて、それっきりだと思います」


 そう……とレッカさんは物憂げにつぶやいた。


「やっぱりそう簡単に、自分のドラゴンを売ろうとは思わないのね」


 ホンスァのことを考えているのだろう。


「ドラゴンはペットとは違います。ドラゴンに限らず自分の飼っている動物を、ペットだと思ってる人はすくないんじゃないかな――って思います」


 家族だ。
 そう口にするのはキザったい気がしたのでやめた。なにより、そんなことはレッカさんもよくわかっているはずだ。


 ふと。
 クロが生まれたときのことを思い出した。


 ある日。母がオレに卵を差し出して来たのだ。黒炭のカタマリかと思うほど黒い卵だった。「もし将来、龍騎手になるつもりなら温めると良い。でもそうじゃないなら、この卵はどこかに売っちまうとするよ」と母は言った。一言一句おなじセリフだったわけではないが、たしかそのような意味合いのことを言った。


 龍騎手になりたいとは思わなかった。竜騎手が、どういう仕事なのかも理解がとぼしかった。ただドラゴンを飼ってみたいという欲求から、オレは、黒炭のような卵を受け取った。


 オレは卵をベッドのなかで抱え続けた。食事もベッドで取った。友人と遊ぶこともしなかった。排泄のときだけは仕方なくベッドから出たけれど、すぐにまたベッドに戻った。


 クロが生まれたのは早朝のことだ。トカゲのような小さな生きものが、卵を突き破って出てきたのである。
 それが、クロとの、はじめましてだった。


 レッカさんとホンスァとのあいだにも、同じような思い出があるはずだった。

コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品