貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

執筆用bot E-021番 

第2章 雇ってもらうことになりました

 翌朝。
 宿で借りた窓のない部屋で目を覚ました。


 昨夜は心が乱れていて落ちつけないと思っていた。思いのほかグッスリと眠った。


 自分で思っていた以上に疲れていたんだろう。それもあるが、味のしないブドウ酒の酩酊と、レッカさんとの会話が良い方向にはたらいてくれた。


 ベッドを抜ける。簡単に身支度を済ませてから、防塵ゴーグルを額に装着した。着ていたブリオーの上から、くたびれた脚甲を装着した。革紐で脚甲がズレないようにかたく縛った。べつにこれからクロに乗ろうと思ったわけじゃない。癖だ。習慣だ。その癖のことを改めて考えてみると、オレはドラゴンに乗ることしか能のない男だと痛感した。


 革のカバンをかついだ。クロに取り付けるためのハミや手綱が入っている。クロのサイドバッグになるもので、オレの上半身と同じぐらいの大きさがある。クロのカラダにとりつけて使っているためか、かなり傷ついているし、なにより焦げ臭かった。クロの体臭が染みついているのだった。


 部屋を出た。退室するためロビーに行った。昨日のにぎわいがウソのように、ロビーは閑散としていた。昨夜の賑わいが、ウソでない証拠に、床には空いた酒瓶やら肉の骨らしきものが落っこちていた。


 カウンターには、陰気そうな男が立っていた。


「すみません。退室したいんですが」


「あいよ。一泊だね」


「ええ」


「2シルバーと500カッパーだよ」


 宿代と部屋の鍵をテーブルに置いた。


「あの……」


「なに?」


 料金を支払ったのならば、さっさと出て行けと言いたげだった。


「レッカさんはいませんか?」


「レッカ?」


「えっと……。昨日ここで酒を出していた娘です。胸の大きい赤毛の」


 なにげなくレッカさんの特徴を述べたつもりだった。胸の大きいと言うのは下品だったかと恥じた。せめてソバカスのことを言うべきだった。宿の男はたいして気にならなかったようだ。


「あの娘は夜担当だから、もう帰ったよ」


「そうですか」


「なに? 何かあるなら伝えておくけど? あんまり相手にされないと思うよ」


「相手にされないというのは?」


「言い寄ってくるスケベが多いからね」


 男は興味なさげに、オレの支払った代金の勘定をしながらそう言った。


「たしかにそうでしょうね。ヤッパリ伝言はけっこうです。それでは失礼します」


 お礼を伝えたかったのだが、やめた。
 スケベな酔っ払いの類だと思われるのは不本意だった。


 宿を出る。
 併設されている竜舎に向かった。いつもならクロはオレより早く起きている。クロの入っている竜舎のトビラを開けた。部屋の隅でクロがトグロをまくかのように丸くなっているのが見て取れた。いつもならすぐにオレの胸元に顔を寄せてくるはずだ。まだ眠っているのかと思ったが、目は開いていた。


 昨日置いていった肉はなくなっている。食べたのだろう。


「クロ。朝だぜ」


「ぐるる」


「昨日、ミノタウロスの肉を買えなかったことを、まだ怒ってるのか?」


「ぐるる」


「悪かったよ。だけど良い報せもあるんだ。もしかしたら仕事をもらえるかもしれない」


 そりゃホントウかよとでも言うかのように、その長い首をこちらに向けた。まさかとは思うが、人間の言葉がわかっているんじゃないかと思うことが多々ある。


 クロはおもむろに立ち上がった。


 クロに口を開けるように指示した。ドラゴンの凶暴な牙と、その奥にある赤黒いノドが見て取れた。この口で噛みつかれでもしたら、一瞬で腕がちぎれることだろう。獰猛な口にハミをかませた。


「昨日。龍騎手としてのオレは死んだ。今日からは運び屋として生まれかわる」


「がるる?」


「もちろん。龍騎手への復帰だってあきらめたくはない。けど今は仕方ない。これだけ大きな都市なんだ。クロの活躍をしれば、きっと世の中は認めてくれるさ」


 レースに参加できなくなったいま、どういう形で認められるかはわからない。今はダメでも、クロの才能は、必ず何か大きなものを動かすことだろう。クロのチカラをいかんなく発揮できる場所さえあれば、何かしらのカッコウでクロに注目する人が現われるはずだ。


 最悪の嵐を与えた天でさえも、いつかクロの才能に舌をまくはずだ。これは身内の欲目なんかでは、決してない感情だった。


「がるるぅ」


 そんなに浮かれて大丈夫か――とクロが物憂げな表情で見つめてきた。


「大丈夫。ゴドルフィン組合はきっと、オレたちのことを雇ってくれるはずさ」


 手元のパピルス紙を見つめた。


 そこにはゴドルフィン組合の番地が書かれている。レッカさんがなんの根拠もなく、このパピルス紙をオレに渡したとは思えない。『あなたの目つきが真剣だったもの。なんだか口説かれているような気さえしたわ。私、人を見る目だけはあるのよ。酒場の娘だもの』。昨夜のレッカさんのセリフを思い出した。


 あんなセリフをみんなにかけているんだろうか? レッカさんにとってオレは酔客のひとりに過ぎなかったのだろうか……。レッカさんの紅色の瞳を思い出すと、宿から離れがたくなった。もしゴドルフィン組合に雇ってもらえたら、お礼を言いに、もう一度ここに戻って来ようと思った。


「ぐるる」
 と、クロがくだらなさそうに、オレの背中を小突いてきた。
 女のことを考えていると、バレたのかもしれない。


 照れ隠しに咳払いをした。
「わかってる。行こう」
 と、手綱とはべつにつないだリードを引いた。


 番地の場所に行くと、空き地があった。まわりには赤レンガの建物がある。指定された番地のところだけ、キレイな更地になっていた。何者かにくり抜かれたかのようにも見えた。


 パピルス紙に書かれた番地は、間違いなくその更地を指していた。

 
 レッカさんが番地を間違えて書いたのだろうか?


「あの――。すみません」
 ゴドルフィン組合はどこかご存知ですか――と道行く人に尋ねてみることにした。


「ゴドルフィン組合なら、先日までそこに倉庫があったんだがな。建物を撤去しちまったみたいだな」


「じゃあこの場所に間違いはないんですか」


「けど、もう組合をたたんじまったんじゃねェかな。運送者組合に用事があるなら、ロクサーナ組合に行くと良いよ」


 通行人はそう言うと、歩き去って行った。
 ゴドルフィン組合は廃業寸前だとレッカも言っていた。


 潰れてしまったんだろうか?


 新たな旅路の1歩をくじかれた心地だ。ことごとく運に見放されているとしか思えなかった。


「はあ」
 やっぱり故郷に帰るしかなさそうだな――と思った瞬間だった。


「ごめん。待たせちゃった?」


「レッカさん。どうしてここに?」


 オレのことが心配になって様子を見に来てくれたのかと思った。レッカさんは、紅色のドラゴンのリードを引いていた。当たり前だが今日は胸もとの開いたウェイトレスの服を着ていなかった。紺色のブリオーを着ていた。服は地味になっているが、紅色の毛がよく映えている。


「どうしてって、私もここで働いているからね。ンでもって、ゴドルフィン組合の頭は私のパパだから」


「え? レッカさんの父親が、ゴドルフィン組合の代表?」


「そうじゃないわ。組合を持っているのは、ゴドルフィン公爵さまよ。私のパパはあくまで、この都市ブレイブン支部の頭ね」


「そうだったんですか」


 すると昨日のヤリトリはある意味、オレを試すための面接だったというわけだ。


「安心してちょうだい。パパには話を通してあるから。アグバのことを雇ってくれるそうよ」


「ホントですか!」


「ホントウよ。私のパパも昨日のレースを見てたのよ。あの黒いドラゴンの龍騎手なら雇っても良いって」


「ありがとうございます」
 と、オレはレッカさんに頭を下げた。


 故郷に帰るしかないと絶望していたところだった。レッカさんのことを抱きしめたくなるほどうれしかった。もちろん、そんなことはしないけど。


「ですが、昨日の試合ではあまり良いところをお見せできませんでした。どうして雇ってくれる気になったんですかね」


「きっとパパには何か思うところがあったんだと思うわ。昨日のレースは衝撃的だったもの。今思い出してもドキドキするわ」
 と、レッカさんは物憂げに目元を伏せた。


「ええ。まあ……」


 1着を飛んでいたドラゴンが墜落したのだ。そりゃ衝撃ではあっただろうが、良い意味での衝撃とは思えなかった。

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